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告白の顛末

 鳴海の声によって、静寂は破られる。


 壇上の弥富と智也、観衆にいる俺も含め、その瞬間、その場にいた全員が鳴海の方に顔を向けた。


 集まる好奇の視線。奇異の目。興味と期待と懐疑。


 鳴海は顔を赤らめながらも、シャツの裾をぎゅっと握りしめて前を向いていた。




 その視線の先は、間違いなく――




「弥富さん!」


「……は、はいっ?」


 鳴海の声に合わせてたじろぐ弥富。


 その表情は憮然としていた。驚きの感情を先行して呆然としているのだろうか。


 そうに違いない。実際、俺もまだ状況を飲み込んでいないのだ。


 鳴海がその場で立ち上がって、何かを言おうとしているというのだから。




「…………」




 では、鳴海は何を語るというのか。


 彼女はまっすぐに弥富のことを見据えていた。


 夥しい注目の中、鳴海は身体全部を使って、声を振り絞った。




「――弥富さん、私のあだ名、どうにかなりませんかっ!?」


「…………え、はい?」


「私のあだ名です! 『リオ〇イア』ってなんですか! もうちょっと良いあだ名は無かったんですかっ!?」




 え? あだ名?


 今あだ名って言ったか?




「あ、え……っと、その……」


 未だ置かれている状況が呑み込めていない様子の弥富。鳴海の方をじっと見て口をあんぐりと開けていた。


 もっといいあだ名を寄こせ、ということだろうか。


 鳴海の表情はいつになく真剣だ。壇上の弥富をこれでもかというくらい凝視している。


「もうちょっとかわいい名前にしてくださいっ! あだ名の意味が分からなくてさっき調べたら、なんですかあの、ゲームの……。よく分からない……。とにかく可愛くない化け物みたいなのが出てきたんですっ!」


 鳴海は血相を変えて、まるで形振り構っていられない様子で声高にそう叫んだ。


 その様子を見ていた俺たちのうち、何人かがクスクスと笑い始める。


 異常事態だった状況に、ようやく理解が追いつき始めたのだ。


 つまり、鳴海の言いたいことはシンプルなもので――


「あんな可愛くないあだ名は嫌です! 変えてくださいっ!」


「あっ、はい……。すみません……」


 弥富が頭を下げたのと、会場に爆笑が沸き起こったのはほぼ同時だった。


 笑いに包まれる会場。緊張感は完全に行方をくらませ、一部では拍手なんかも起こっていた。


 しばらく喝采を受けていた鳴海。周囲を見渡し、自分のしでかしたことの大きさに気付いたのか、途端に耳まで真っ赤になる。




「あっ、わ、私からは、以上です……」




 そう言ってちょこんと座った。俯いていて表情は見えない。


 その姿を見ていた司会役の生徒が思い出したように口を開く。


「……あっ、素晴らしい主張でしたね! 今叫んでくれた方、ありがとうございましたー」


 観衆の注意は依然として鳴海に集まっている。この盛大な歓声も拍手も、すべては鳴海のために存在しているらしく。


 壇上の弥富には目もくれず、鳴海を称賛するためだけに喝采は上がり続けて。


 そう締めくくられるのと同時に、チャイムが鳴り響いた。


「――えー、残念ながらちょうど時間のようですねー。みなさんたくさんの主張をありがとうございました! これでレクリエーションを終わりたいと思います!」


 ぺこりと頭を下げる司会。会場に沸く拍手と歓声。そしてスタンディングオベーション。


 まるで幕を下ろす直前の舞台のように。収まらぬ余熱が放出されるかのように。


 銘々が喝采を巻き起こす一員となって、その最後を見届けている。


「…………んぁ」


 全身の力が抜けた。


 背もたれに深く腰掛けて、大きく息を吐く。


 どっと疲れた。本気で疲れた。


「なんだったんだ……。今のは……」


 正直細かいところは散らかったままで、すべてを呑み込めたわけではないのだが。


 一応、最悪の事態は免れたということか。


「めっちゃ疲れた……」


 続々と生徒たちが部屋へと戻っていく中、俺は一人その場に残り、脱力しきった身体と頭を動かさずに過ごしていた。


 後ろの方を見れば鳴海も俺と同じようにしている。まだ俯いていた。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだろうな、あれ……。


 それからその隣には加納もいた。鳴海と何か話している。


 と、俺の隣に人の気配が。


「おつかれー」


「……あっ、ああ。おつかれ」


 演壇から戻ってきた智也が笑っていた。


「どうだった? 俺の最高の告白は」


「ん? あぁ。良かったんじゃねえの。知らんけど」


「適当だなぁ」


 満足そうな笑みで智也は俺の脇腹を小突いた。まあこいつの主張が一番盛り上がってたと思うし、春日井も満更じゃなさそうだった。文句なしの大成功だろう。


 結果だけ見ればレクリエーションは大盛り上がりに終わったのだ。トラブルも何も起こらず、円滑にイベントは進んでいった。多くの気持ちが交錯し合うも、全ては実り、全ては報われたかのように見えたことだろう。


 ――彼女を、除いては。


「なぁ、陽斗。ところで梓ちゃんはさっき何をし」


「智也。悪いが先に部屋戻っててくれ」


 横目にそう言う。今はただ、壇上で立ち尽くしている弥富に意識が傾注されていた。


 智也は少しだけ考えるような素振りを見せたが、すぐに首を縦に振る。


「おっけー。部屋戻ったらトランプするからな!」


「……子供か、お前は」


 智也が悪戯っぽい笑みを残して去っていく。それを見送った俺は、椅子から立ち上がって演壇の方へと向かった。


 既に食堂棟には数える程度の生徒しか残っていない。後片付け担当の生徒たちだろう。それらの生徒を除けば、恋愛相談部の関係者しかこの場にはいないようだ。


 壇上に上がり、呆然自失とした弥富に声をかける。


「えっと……なんつーか、その」


 意味を持たない前置きだけが口から漏れ出た。あー。どうしよ……。なんて声かければいいんだよこれ……。告白うまくできなくて残念だったねとか言えばいいんだろうか。


 次の言葉に困っていると、弥富がこちらの方に体を向けた。




「――ハルたそ」


「なんだ」


 視線が合う。


「……わたし、これで良かったんでしょうか」


「…………」




 その質問に対する答えを、俺は用意しているつもりだったのに。


 弥富を前にして、なぜか答えることができなかった。


「……すみません、失礼します」


 そう言って、弥富は落ち込んだ様子のまま俺の脇を通り過ぎていく。


 何も言わず、ただ歩みを進めて行って……。


 その後ろ姿をただ黙って見送ることしかできない自分に、自責の念を感じてしまう。


 弥富の姿が見えなくなって、視線を鳴海たちの方に移す。


 鳴海も加納も、俺のことを見ていた。


 これで本当に良かったのか――その疑問に自信のある答えは無いけれど。


 きっとこれが最善だったんだと、今はそう思うしかなくて。


「なんだってんだよ……」


 間違っているはずがないと、そう自分に言い聞かせるしかなくて。




 胸にじわりと浸食するみたいな、痛みにも似た息苦しさを、俺はひとり覚えた。


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