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茶番というにはあまりにも

 加納の決死の告白のおかげで、レクリエーションの雰囲気はがらりと変わっていった。


 続々と壇上に上がる彼ら彼女らは、それぞれが十人十色の思いを言葉に乗せている。


 不平不満や感謝の言葉、笑い目当ての一発芸まで。個人に向けられたものや学校に向けられたものまで様々。


 誰かが壇上に上がるたびに、あいつは何をしてくれるんだという期待の眼差しが飛び交っている。


 ある者は共感を得て、ある者は笑いを得て、ある者は歓声を得て。


 等身大の思いは絶えることを知らず、会場をどっと沸かせていた。


「……こうしちゃいられねぇな」


 それまで隣で大人しく座っていた智也がすっと立ち上がる。その表情から察するにうずうずしているのだろう。……こういう催し物好きそうだもんな、こいつ。大学生になったら学祭とか死ぬほど楽しむタイプの人間だ。


「ちょっと俺も叫んでくるわ」


「……ん? ああ。どうぞお好きに」


「やっぱりここは盛大にかますしかないよな」


「何を叫ぼうとしてるのか、大体予想がつくな……」


 俺の言葉を聞いて智也はにへらと笑った。


「まあ見てろ。俺が最高のエンタメを用意してやる」


「見てなきゃならんのか」


 まあ見るけどさ。よくもまあそんな自信たっぷりに言えたもんだ。


 呆れを通り越して尊敬に近い何かをひしひしと感じていると、ちょうど今壇上に上がっていた奴の出番が終わったところだった。智也は「行ってくる」と言葉を残して演壇の方へと向かう。


「えーっと次の方は……、あっ、じゃあ今来た方! お願いします!」


 司会役の生徒に呼ばれ、智也は壇上へ。


 大丈夫かなぁ……。変なこと言わないかなぁ。


 半ば保護者目線で智也を見守る。不敵な彼の笑みが若干怖い。


「――大里智也です! 俺が主張したいのはたった一つです!」


 そう前置きして、智也は大きく深呼吸した。若干緊張しているのだろうか。いつもより声のトーンが高い気がする。


 観客である俺たちは智也に注目して、その続きの言葉を今か今かと待ち構えている。


 その緊張感といったら、どんなにか。


 俺だったら壇上に立つことさえ耐えられないだろう。これだけ大勢の視線を集めながら、おかしな台詞や恥ずかしい話を言わなければならないのだ。……無理無理。絶対に無理。ストレスで禿げるわそんなの。


 俺にはできない芸当なので、せめて壇上に立つ人を応援することくらいしかできない。心の上っ面でいいから智也にエールを送ろう。見ればいつもの笑顔が心なしか引きつっているように見える。やっぱり緊張してるみたいだ。そうだな。友人として、やっぱり応援くらいはしてやるべきだ。


 湧きたつ歓声の中で、俺も「智也ー」と叫んでみた。


 ――が、一回が限界だった。……こういうの慣れないんだよなぁ、マジで。小っ恥ずかしくなっちゃうよ。応援とかマジ勘弁。だいたいこういうのって周りにかき消されてあんまり聞こえないとかそういうこと言わないの男子!


 アホみたいなことを考えていたときだ。遂にその瞬間はやってくる。智也の覚悟を決めた瞬間が、マイクに入り込んだ呼吸の音で分かった。




「――俺は、美咲が好きだぁぁっ!」




 言った。


 言い切った。


 束の間に歓声が上がる。


 待ってました! と言わんばかりにそんじょそこらから「ひゅーひゅー」と冷やかしの合いの手が入った。それを聞いた智也。わざとらしく咳ばらいを挟むと、彼らを指さして言った。


「そんな冷やかしは必要ないですよっ! その程度じゃあ俺の恋の火は消えないんでっ!」


 決まった、と智也のキメ顔も炸裂。


 何言ってんだあいつ……。


 思わずちょっとだけ引いた。決め顔がやたらイケメンなのにも腹が立った。


 男子の方からは笑い声が止まず、女子の方はというと静まり返っている。「大里君ってあんなだっけ……」とか言われてるぞ。




「とにかく好きなんだ! 美咲! 好きだぁっ!」




 智也の告白に対して春日井さんの反応や如何に……。


 後ろの方を振り返ると、ざわついている人だかりがある。その中心には春日井がいるようだ。


 周囲の友達に囃し立てられているのだろう。「立って、立って」みたいな声が聞こえてきた。


 それからすぐに、春日井は決心したような面持ちで椅子から立ち上がる。


 顔が真っ赤だ。あぁ、ちょっぴり怒ってるのかな……? 少なくとも機嫌は良くなさそうだ。まあそうだよね。こんなところで公開告白なんてされたら恥ずかしいもんね。


 いくらイベント事とはいえ、時と場合ってもんがある。そうだそうだ。言ったれ言ったれ。『TPOって何の略か知ってる?』って言ったれ、なんて思いながら次の展開を待っていたのだが……。


 小さく、少しだけ春日井は笑ったのだ。






「………………もうっ♡」


 そして、智也は、


「………………すまん」






 照れ笑いを浮かべ、二人は見つめ合うのだった。……完。




 ――んだよこれ。何を見させられてんだよ。


 なにが完だよ。終わるな終わるな。完じゃなくて寒だっつーの。


 智也と春日井には俺たち観衆のことなんか見えていないようだった。完全に二人だけの世界だ。俺たちを置いて遠く彼方にフライアウェイしていた。


 いったい今のどこが最高のエンタメだったんですかね……。全然面白くねぇよ。もうお前ら早く結婚しろって。ご祝儀包んでやるから。


 もはや冷やかすという発想にも至らないのか、先ほどまでうるさくしていた男子連中もこの瞬間だけは黙っていた。完全に時が止まっていた。あ……、ありのまま今起こったことを話すぜ? ――智也と春日井がいちゃついていた。


「なんだこれ……」


 思わず独り言ちてしまう。ここまで見せつけられちゃうと、もうなんかこう、こっちが悲しい気持ちになっちゃうよね。アレだ。SNSのキラキラ投稿見て、なんだか胸が締め付けられるあの気持ちと一緒だ。マジでやめてほしいよね、キラキラ投稿。見たくもねぇのにカップルでイチャイチャした動画見せつけてくるんじゃねえよ。俺の夏休みドキュメンタリー完全版投稿しちゃうよ? お前ら全員泣くぜ? マジで。


 ため息をこぼしつつ、目の前の情景に呆然としていると、隣に誰かがいるのに気付いた。




「――ホント、何を見させられてるんですかね」


「……え?」




 聞き覚えのある声。びっくりして智也が座っていた席の方を見ると、空席のはずのそこには弥富梓が座っていた。


 いつの間にこっちに来たんだ……?


「何だお前か……。びっくりした……。どうした、こんなところで?」


 確か弥富の席はもっと後方だったはずだ。


 まさにちょうど、春日井がいるあの辺りのはずで……。


「――次は私が行きます」


「は? 『行きます』ってどういう……」


 口にした台詞の途中で気付く。




 ――弥富の視線が、壇上の智也を真っすぐに捉えていた。


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