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加納琴葉の主張

「えー。お待たせしました! 今からレクリエーションを始めたいと思います!」


 夕食を終え、食堂棟でしばらく待つこと数分。一人の生徒が壇上に登場した。


 活気に満ち溢れたその声を前に、俺たち生徒は歓声を上げている。


 いよいよ始まったみたいだ。


 本日の謎イベントその二、レクリエーションである。


「さぁ、みなさん! 思っていることがあればぶちまけちゃいましょう! 誰かいませんかー? 叫びたいことがある人は手を挙げてくださーい! 何でもいいですよ!」


 司会役の陽気な男子生徒が、俺たちのことをそう煽った。壇上から身振り手振りも使って全力で囃し立てている。……ああいう役は大変だよなぁ。俺には絶対無理である。イベントの司会役、飲み会の幹事、中間管理職……この三つだけはマジで大変そうだから将来絶対にならないと誓っているくらいだ。


 このレクリエーションは周知の通り、あの有名番組のパクリ企画だ。立候補者が一人ずつ壇上に上がって、そこで声高らかに『主張』を述べるというもの。


「誰かいませんかー?」


 司会役の生徒が声をかけ続けている。が、依然として立候補者は現れない。そろそろ一分が経とうとしている頃か。……こういうのなんて言うんだっけ。ファーストペンギンだっけ。最初の一歩を踏み出すには勇気がいるみたいな話。


 俺たちは互いに顔を見合わせている。互いに探っているのだ。誰が最初に手を挙げるのか、誰の後なら行ってもいいのか、そんな探り合いがひしめいている。そして予想通り、「お前、いけよー」「いやいやお前がー」的な雰囲気が広がり始めた。


 こうなってしまうと、ますます自分から行くのは難しいように思う。完全に、お前が行けよみさえ状態。そして時間が経てば経つほど、最初は行ってもいいかなと思っていた連中でさえも、途中からは言い出しにくくなってしまうのだ。


 ――この現象、小さい頃はよく経験したもんだ。思い出すなぁ。今でも鮮明に覚えている。おじいちゃんの家へ遊びに行ったあの日……ボール遊びをしていたら、うっかりおじいちゃんが大事にしている盆栽を壊してしまったのだ。そしたらおじいちゃん、それはそれはもう怒りまくって血圧も上がりに上がって卒倒したんだよね。最初は謝ろうかと思ってたけど、なかなか言い出せなくて……。ちなみに十年経った今でも、俺が犯人だとは言っていない。バレなきゃ犯罪じゃないのである。……いる? このエピソード。


 隙あらば自分語り。そうしている間にも時間は刻々と過ぎていく。


 司会役の生徒がいよいよ焦り始めて「い、いいんですか……。誰もいないと僕から始めちゃいますよー……?」とか言っていた。なんだかちょっとかわいそうになってくる。めちゃくちゃ声震えてんじゃん……。大丈夫かよ。


 まあそもそもの話。この企画自体に無理があるとは思うんだが……。挙手制っていうのがもう無謀。言われて急に羽目を外せるほど、俺たちは単純じゃないのだ。


 非日常にいるからといって、それは自身の常識を破る理由にはならないはずであって。


 もちろん、多少は目立ってみたりハジケてみたりしたいお年頃だろう。しかし、非日常が非常識を寄せ集めてくれるわけではないのだ。誰だって心のどこかでは揺らがない常識を持っているもの。いつも動けない人間が、場所と雰囲気に流されて動けるようになるなんてそうそうない話なのだ。


 くだらね、と思いながらあくびを漏らしたその時だった。


 透き通るような声が響いた。




「――わたし、いいですか?」




 聞いたことのある声だった。


 その場にいた誰もが『彼女』に注目する。


 振り返り、手を高らかに挙げる『彼女』を見る。




 終わりの見えなかった膠着状態を壊したのは――加納琴葉だった。




「そこに行けばいいんですよね?」


 加納は返事を待たずに立ち上がると、みんなに笑顔を振りまきながら演壇の方へと進んでいく。そして堂々と壇上に上がって、俺たちに一礼した。


「じゃあ私から……。言いますね?」


 若干頬を赤らめた加納が、照れ笑いするように口元を綻ばせる。


 その言葉が号砲となったか、次々と歓声が上がった。


 会場の雰囲気は一変する。


 そこら中から期待の声。特に男子からの声援が半端じゃない。『もしかしてあの加納さんが告白……?』的な囁きも聞こえてきた。あいつに限ってそんなことは無いと思うが、何を言おうとしているのか、俺も全く見当がつかない。


「何考えてんだあいつ……」


 どう考えても嫌な予感しかしなかった。危険レーダーがビシバシいってる。


 加納の知名度は学内でもトップクラス。その発言力は極めて大きい。これが意味することは何か――つまり、彼女の発言次第では如何様にもできるということだ。あいつが壇上で『よろしい、ならば戦争クリークだ』とでも言ってみろ。一心不乱の大戦争が始まるに違いない。


 まあさすがに今のは冗談だが、しかし「陽斗くんに××されて~」なんて言った日にはどうなるか……。確実に俺は血祭りにあげられるだろう。うん。全然それはありそうだな。ところで××には何が入るんだ……。


 じっと睨むようにして様子をうかがっていたときである。




「……ん?」




 気のせいだろうか。


 一瞬、加納と目が合ったような気がした。




「えっと……実はわたし……」


 俯き、手をもじもじさせて、告白かなんかをする女の子みたく加納は声を詰まらせている。


 うっぜぇ、どうせ演技だろと思って見ていたが、周囲の連中がそれに気付くはずもなく。


 遂には「なーにー?」とかお決まりの合いの手を入れていた。……特番見過ぎだ特番。てか世代じゃないのになんでみんな知ってんだよ。


 加納の顔が上がる。言葉にすることを決意した表情だった。


 彼女の次の言葉に誰もが注目している。




 そして――




「――わたし、気になっている男の子がいるんです!」




 どこまでも響くような、綺麗な声。




 加納琴葉の言葉は、誰もがしっかりと聞き取れたに違いない。


 それを証明するかのように、その場から音が消え去る。


 時間が止まったかのように、全てがフリーズしていた。


 え? てか今なんて?




「――――えぇぇぇぇぇ!?」




 それはたぶん、俺だけではなくて、みんなも。


 その場にいた誰もが、彼女の言葉に驚嘆していただろう。




 ――あの加納琴葉に、気になる男子がいるというのだから。


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