キャンドルサービス
自由時間が終わり、俺たち生徒一同は食堂棟に集められる。
今からこの場でキャンドルサービスとかいうのをやるらしかった。
何をするのか全く事前情報がないのでどうすることもできない。ただ待つのみ。智也たちと適当に駄弁りながら待っていると、照明が途端に落とされ、室内は暗闇と化す。
ちょっとしたどよめきが起こった。思わず俺も変な声を漏らした。
何が始まるのかなぁとか思っていると、出入り口の方から小さな明かりが見えた。
「今からキャンドルサービスを行います」
マイクを持った生徒がそう言ったのを合図に、続々とキャンドルを持った生徒がやって来た。見えていた明かりは蝋燭の光だったようだ。
よく見ると彼らはなんか白い民族衣装みたいなのを身に付けている。頭には花飾りを付けて、それから仙人とかが持ってそうな杖も携えていた。
食堂棟の中央の方まで全員がやってくると、幻想的な音楽が流れ始める。眠気を誘うような、スピリチュアルな感じの音楽だ。
「私は木の精霊です」
そしてキャンドルを持ったうちの一人がそんなことを言った。
瞬間、会場に笑いが起こる。
「同じく、木の精霊です」
「俺もです。木の精霊です」
彼らの自己紹介が続く。どうやら彼らは木の精霊という設定らしい。衣装もそれに合わせてのものなんだろう。
彼らが自己紹介するたびにあちらこちらで笑いが起こっている。知り合いがああいうのやってると、なんか笑っちゃうよな。俺だって智也があそこにいたら笑うと思うし。
最後の木の精霊が自己紹介を終える。と、流れていた音楽がぴたりと止まる。
束の間に、彼らは持っていた杖をタイミングよく床に打ち付けた。
ドン、と大きな音が室内に響く。
「――みなさん、私たちは怒っています……!」
リーダー格の精霊が一歩前に出てそう叫んだ。なんかすごい剣幕だ。妙に芝居がかっている。
それまでの雰囲気から一変。会場内は水を打ったように静かになった。声を発することさえ憚られるかのような雰囲気。
木の精霊、林間学校、怒り……。
――ははぁ、なるほど。分かったぞ……。ここは林間学校だからね。木の精霊に扮した彼らが、環境問題だのゴミ問題だの、そういうのを俺らに啓発するって流れなんだろう。
あくまでもこれは学校行事。つまるところ、楽しむだけじゃ林間学校は終われないわけだ。
林間学校の趣旨は、自然への感謝。
面倒にも思えるが大事なことだ。環境問題は俺たちも深く関わってるからね? ポイ捨てとかマジ許せないし。そうそう。こういうのは大切なことだから、俺たちはちゃんと意識していかなければならないと思う。
襟を正して、彼らの方を見つめる。
木の精霊は、神妙な面持ちをわざとらしく作ってから、マイクを口元にかざした。
「――林間学校、盛り上がりが足らなくないですかぁっ!?」
「――うえぇぇぇい!」
どっと沸く観衆。一斉にそこらじゅうの生徒が立ち上がった。おい嘘だろ。
その場は一瞬にして喧騒に包まれる。
まさかの煽り文句だった。アレだ。ライブとかでボーカルが煽ってくるアレに近い。
「せっかくの林間学校だぞお前らぁっ!」
「盛り上がらなくてどうすんだよぉ!」
「かかってこいやぁぁ!」
とかなんとか。雰囲気的に木の精霊たちはいつの間にか珍奇なバンドマンと化していた。最後のかかってこいや発言に関しては理解に苦しむ。
しかしそんな細かいことなど我々観客は気にしないようで、周囲の奴らは曲も流れていないのに頭をぶんぶんと振っていた。ちょっと待て。怖ぇよ。
「よしっ、点火の準備だっ!」
リーダー格の精霊の掛け声に合わせて、取り巻きの精霊たちが俺たちにキャンドルを配り始める。この流れでキャンドルサービス始めんのかよ。どうなってんだこのイベント。つーかお前らが木の精霊っていう設定はどこで活かされるんだ。
目の前の光景に呆れつつも、キャンドルサービスは進行していく。
隣の奴から火をもらい、その灯を隣の奴に分けてやる。そしてその場にいる全員に火が行き渡った。一応キャンドルサービスの体は為しているようだ。
「全員火は灯っていますかー?」
精霊のうちの一人が呼びかける。慌ただしく動いている精霊たち。こんなふざけたイベントでも、ちゃんと打合せして準備とか大変だったんだろうなと思った。
手元のキャンドルは暗闇の中で、小さな灯ながらも煌々とその存在感を保っている。
「全員大丈夫みたいです、大精霊」
確認が取れたのだろう。精霊の一人がリーダー格の精霊にそう声をかけた。あいつ大精霊だったんだ。てか大精霊ってなんだよ。
「なんかこういうのワクワクするよな」
「しねぇよ」
智也の言葉を一蹴。どの辺にワクワクしたのかまるで分からない。火を見て興奮していいのは小学生までだぞ。
「みなさん、私から一つ言わせてください」
全員の手元に火がともったところで大精霊が声を上げた。どうやらありがたいお言葉の時間らしい。どうせ下らないことを言うんだろうなぁ。
「――みなさん。我々人類ははるか昔に火を使いこなして以来、ここまで便利な世の中を築いてきました」
しかし、神妙な面持ちで居た大精霊の継ぐ言葉は、思ったよりもマジメなものだった。
「僕らにとって火はとても身近な存在です。無くてはならない、大切な存在です。ですが、誤った使い方をすればそれは災いになります。私たちにとってもそうですし、自然にとっても脅威になりえます。日本は自然豊かな国です。守っていかなければならない緑がここにはあります。心の火は燦爛と燃やしても、手元で小さく灯るこの炎だけは、どんなときも注意深く見守っていかなければならないと思うのです」
…………え。
え、何言ってんのあいつ。どうしたどうした。
「今回は火を例に挙げましたが、環境問題は様々です。私たちが身近に感じる事例もあれば、そうでないこともきっとあるでしょう。ですが私たちは決して自然から目を背けず、この地球が直面している問題に向き合っていかなければなりません」
めちゃくちゃマジメな演説に、誰もが息を呑んでいただろう。
真剣な眼差しで大精霊は俺たちを見渡すと、最後にこう締めくくった。
「だからみなさん、この林間学校で改めて、自然の大切さについて考えてほしいのです」
わずかな静寂の後、拍手が巻き起こる。
やり切った様子の大精霊はほっと胸をなでおろすと、みんなの喝采を全身で受けるように両手を上げ、笑顔で手を振っていた。
……なにこれ。何を見させられてんの。
「……はい。生徒会副会長の田神さん、それから他の皆さんもありがとうございましたー」
先生が生気の無い顔で淡々とそう言った。へぇ。あの人生徒会副会長なんだ……。知らんかった……。まぁ普通知らんか。知らんよな。副会長なんて。一年生のこの時期にもう生徒会やってるとかすげぇなとは思うけど。
「このあと夕食の後はレクリエーションです。皆さん遅れないで下さいね」
先生の解散の合図を以て、キャンドルサービスは呆気なく終了した。
「何だったんだこのイベント……」
思わず独り言ちた。それくらいよく分からないイベントだった。
「一回部屋戻るか、陽斗」
「そうだな。夕食までちょっと時間あるし」
キャンドルを精霊さんに返し、俺たちは一度部屋に戻ることに。
部屋の中では、あの大精霊こと副会長の話で持ち切りだった。
――圧倒的なカリスマ性、話術、そして顔立ちの良さ。
智也も犬山も口をそろえて「副会長はすげぇよな」とか言っていた。
生徒会副会長、ねぇ。
まぁどうせ会わんだろうし、覚えなくてもいいだろ。何だっけ名前。もう忘れたな。