彼女たちの密かな思い
「――乾杯!」
何はともあれ乾杯。ギャル語的に言うとKP~。
鉄板を囲むように円状に並んだ俺たち六人。それぞれ好きな具材を箸で攫ってもしゃもしゃ食べ始めた。
「思ったよりちゃんと焼けてるなぁ。うまいぞ!」
智也と犬山が狂ったように肉に齧り付いている。その肉、まだ生焼けだと思うんだけど……。腹減ってたんだろうな。落ち着いて食えよ落ち着いて。
「これホントおいしい!」
「それ、家から持ってきたホタテだよ。喜んでもらえてよかった」
「さすがリオ〇ウスですねっ。めちゃうまいです!」
女子の皆さんも好評のようだ。……おい、それ雄の方だぞ。間違ってる間違ってる。
何はともあれ、無事バーベキューがスタート。銘々が肉やら野菜やら頬張りながら、話題に花を咲かせている。学校の話やら部活の話やら夏休みの話やら和気藹々である。正直、会話の内容が陽キャすぎてついていけない話題もあるのだが、こういうとき肉奉行は肉に専念できるから良い。よく分からん話題になっても、今ちょっと火加減気にしてるから的なオーラを出しておけば会話に混ざらず済む。
というわけで、俺はせっせと新しい肉を鉄板の上に乗せていた。同じことを延々と繰り返す作業は嫌いじゃない。むしろ得意だ。その証拠に日々同じ失敗を繰り返している。
一通り肉が焼けたところで、皆の会話に耳を澄ませてみた。ちょうど話題が変わってこの後の予定を話し始めるところだった。
この後、か。
確かレクリエーションとキャンドルサービスとかだっけな。どっちも何をするのか全く見当がつかない。キャンドルサービスに関しては結婚式の行事だと思うんだが……。
だがその後は風呂入って寝るだけだ。風呂はもちろん温泉に行くつもりである。こんなところまで来たんだから、施設内の風呂に浸かる気は毛頭ない。
バスの中で弥富が温泉を利用する人は少ないとか言っていたが、俺は全然構わなかった。利用客が少ないのはむしろ結構なこと。のんびり湯に浸かれること以上に望むことなんて無いだろう。
そんなことを思いながら、またせっせと次の肉と野菜を並べていた時だった。
「――なんか、これ合コンみたいですねっ?」
弥富の声だった。なんかとんでもないことを口走っていた。
瞬間、みんなの箸が止まる。
「え? あ、あははっ……。そう、かな?」
智也の苦笑い。乾いた笑い声。
沈黙のなかで、皆顔を見合わせていた。
ボケなのか本気なのか分かりづらい発言だ。そして微妙な空気が漂い始める。え、なにこの空気……。どうすんの。ていうか合コンみたいってなんだよ。したことあんのかお前。
今の発言が冗談かどうかはともかく、どちらにしても弥富の発言をうまく回収できる者は現れない。
顔を上げると弥富が俺のことを困ったような目で見ていた。――ははぁ、なるほど。そうですか。俺がこの話を片づけるんですかそうですか。
「いや全然違うだろ。どこにそんな要素あんだよ」
ツッコむと、弥富の表情がパアッと明るくなった。
「えー、だって三対三ですし?」
「三対三だから合コンみたいってアホかお前。じゃあバスケはどうなるんだよ」
「……何言ってるんですか? それはスポーツですよ? みんなでご飯食べたりしないじゃないですか」
こいつマジか。
思わず絶句してしまう。この話のお片付け、無理だわ。失敗失敗。そもそもどういう真意で合コンみたいって言ったのかも分かんねえんだけど。
「でも、女の子がいると盛り上がるのは確かだよなぁ」
弥富の取り扱いに絶望していると、犬山が割って入ってきた。……おお。やけにさわやかな笑顔だ。会話がビミョーな感じになった時、こういう存在はありがたいなマジで。
「あはは、男子ってやっぱそういうもんなんだ?」
「そう、かな? まあ女の子と一緒に喋るのは楽しいけどね。色々話が盛り上がるし」
加納と智也が犬山の発言に乗っかった。……うーん、いやでもそれは違うと思うけどね。それはイケメンの智也だから盛り上がるってだけの話で。俺なんか見てみろよ。女子と話しても時間を無駄にさせてるなーって思っちゃうから、極力喋らないようにしてるくらいだぜ?
「ちなみに陽斗くんはどうなのー?」
とか思っていたら加納が俺に話題を振ってきた。すげえ笑ってるじゃんこいつ。答え知ってんじゃん。な、殴りてぇ……。
「さぁ、どうだろうな……」
面白い返しが思いつかなかったので適当に返事をした。ちなみに恋愛相談部は俺以外女子なのに全然楽しくない。なぜなんだろう。
まあその問いに対する答えを俺が用意できるはずもない。そもそも俺って女子との交流少ないしな。二次元ではモテモテだけど。
「それよりこの後って何すんだ?」
自身の女性遍歴の乏しさにちょっぴり悲しくなったので話題転換。だいたいこんな話題を掘り下げても次には「気になってる子とかいるのー?」とか「好きな子の名前は?」とか「お前あいつのことが好きなのかよー。ウケるんだけどー?」とか聞かれるんだろどうせ。言っておくがその手には乗らんからな。なぜってもう経験済みだから。
俺がそう切り出すと、加納の隣で鳴海がほっと胸をなでおろしているのが見えた。たぶん鳴海もこういう話題は苦手なのだろう。最初に部室来た時も顔真っ赤だったしな。図らずも俺は一人の女の子を救ってしまったのか……。ノーベル平和賞も近い。
「この後はバーベキューの片付けの後に夕方まで自由時間。そのあとキャンドルサービスとレクリエーションだな。レクリエーションの内容はまだ知らされてないけど」
智也がしおりを引っ張り出してきてそう言った。
「なんかよく分からん行事だな……」
「先輩の話だと、毎年『未成年の主張』をやってるらしいぜ」
「……それアレじゃん。学校へ行くやつじゃん」
レクリエーションというより定番コーナーだった。ていうか普通にパクリだった。まあ俺ら世代じゃないんだけど……。特番で見たことあるからギリギリ内容が分かるくらいだ。
「あー、あれやるんだ。なんか言いたいことを言う、みたいなのでしょ?」
「そうそう。林間学校の定番イベントらしい」
たぶん世代ドストライクの先輩方が思い付きで始めて、以降その内容が定着したって感じだろう。
「主張したいことかぁ……。いっぱいあるけど、なんか恥ずかしいなぁ」
犬山が一人悶えていた。高校生とはいえ、俺たちだっていろいろとぶちまけたいことはあるもんだ。でもお前、よほど小牧に対する告白の方が恥ずかしかったと思うけどな。
「鳴海さんは、何か告白したいこととかある?」
鉄板の上を攫っていると智也が鳴海にそう聞いていた。
「え、そうだね……、私は無いかな……? あ、柳津くんは?」
「俺ですか」
また俺か……。なんですか。弥富といい加納といい、それに弥富も、とりあえず困ったら俺に会話投げとけってスタイルマジでなに? なんで俺こんな絶大な信頼を得てるの?
「いやまぁ、何も無いな」
強いて言うなら部活早く止めたいとか、かな……。でもそんなこと言ったら加納に殺されちゃうから言えないんだよなぁ。どうなってんだこの部活。
「俺も無いかな……。ああいうのはアレだろ。告白とかするのが定番だったり?」
智也の発言を受けて、加納が笑った。
「そっかー、それはそうだよねっ」
――なぜか俺を見ながら。……え、なんで今笑った? なんで笑ったのねえ?
まあ智也の言うとおり、そういうイベントは恋愛事と切り離せないように思える。実際本家の方でも、終盤は告白してる奴が多かったと思うし。
勇気を振り絞ってみんなの前で思い人に告白。いかにも青春って感じだ。いやまあ林間学校でやることなのかとは思うけど。それも一日目だ。失敗して気まずくなったら残り二日は地獄でしかない。
でもそういうことを考えずに、絶好の機会だと捉えて告白する奴は普通にいそうだ。むしろ普段と違うシチュエーションで成功率も上がりそうだし、チャンスだと考えてる人もきっといるわけで……。
「告白、か……」
加納がそんなことを呟いていたが、よく聞き取れなかった。どこか神妙な面持ちで一人考え事をしているようだった。……まあこいつの発言なんて微塵も興味がないので俺が聞き返すことは無い。そもそもそれは独り言で、誰かに向けた発言でもないのだろう。聞き返すだけ野暮ってもんだ。
「告白、か……」
もう一人。俺の隣にいた弥富が、そう呟いているのを聞いてしまう。
さっきまでやけに静かだなとは思っていたが、その表情は何かを決心したかのように真剣だ。
こいつの発言に関しては、レーダーがビビビッと反応した。
まさかとは思うが……。いや、まさか。
それはダメだよ弥富さん? 理由は言わなくてもわかるよね?
ヒントは三つ。『春日井』『智也は彼氏持ち』『殺』。もうこれ答えじゃねえか。