バーベキュー
智也が戻ってきたのは、だいたい一分くらい後のことだった。
蔓延る鈍感ラブコメ主人公とは違い、勘の良い俺は智也が何をしに行ったのか大体想像がついていた。恐らく食材集めをしに行っていたのだろう。
智也はクラスの誰とも仲良く接することができる気さくな奴である。周辺の班を回って余りそうな食材をもらうことができれば、俺たちの食糧問題も解決するというわけだ。ありがとう、智也……。
――とか思っていたのだが。
「あれれ? こんなところでやってたんですかー?」
智也が持ってきたのは、食材ではなく、女子三人。しかも全員知ってる顔。
「こんにちは、陽斗くんっ」
「加納……。それに鳴海と弥富まで……」
違うな。持ってきたのはトラブルの火種といったところか。
バスで一緒だった女子三人がこちらの方へとやって来たのだ。
……ねえ智也くん? なんでこいつら連れてきちゃったの? もしかしてアホなの?
「この三人が向こうで班を組んでたんだけど、食材が余りそうだって言ってたからなっ。じゃあいっそ俺たちと合同でやっちゃえば、諸々の問題も解決するだろと思って」
「というわけで、来ちゃいましたーっ!」
弥富がアホみたいな顔で俺に近寄ってきた。いやっ……来んなよ。こっち来んな。
「なんだよ……」
「――さすがハルたそ。わざと忘れ物をして、それを口実に私たちと一緒にバーベキュー。そして私と智也くんの距離を近づけるってことですよね?」
なんか知らんが企画立案すべて俺になっていた。
「あ、ああ。まあ、そんなところだ」
とりあえず話を合わせると、弥富が悪戯っぽく笑っていた。
「ありがとうございますっ。これでいよいよ智也くんにアタックできます」
「そうかよ……」
「はいっ。まずはこの媚薬を智也くんのお皿に……」
「おい」
弥富が鞄から取り出したのは瓶詰めの液体。なんだよそれ……。禍々しいピンク色してるのが恐怖でしかない。
てか今こいつ媚薬って言ったか? なんで媚薬なんて持ってんの? 怖いんだけど!?
「あはははっ。冗談ですよっ。これはただのグロスです」
「グロス……。どんなエロい効果があるんだそれは」
「いやだから冗談ですって」
打って変わって冷めた目で俺を見る弥富。あとで調べてみたら化粧品だと分かった。知らねえよそんなの。口紅と何が違うんだ。俺はメタ〇ロスしか知らねえっつーの。
***
肉の焼ける香ばしい匂いがしてきた。
その辺の石を適当に円形に並べた実に簡素な竈。その上に鉄板が置かれ、肉やら野菜やらがジュージューいってる。
見渡せばどこの班も食材の調理を始めているようだ。とうもろこしやら魚やらカニやらワニ肉やら……。え? ワ、ワニ肉……?
いやこういうのって本当に個性出るもんだよな。王道の食材持ってくる奴もいれば、変わり種しか用意してきていない奴もいたりする。他には経済的豊かさとかも見えちゃう。普通こんな行事にカニなんて持ってきたりしないし。
そんなことを思いつつ、我らが班の鉄板に並べられた具材たちを見る。
牛肉に豚バラ、ソーセージはもちろん、玉ねぎや獅子唐、ピーマンなど選り取り見取りである。
「カラフルでなんかいい感じだな」
我ながらアホみたいな感想だった。まあでもカラフルってだけでテンション上がるときあるからね。虹とか化学反応とか。あとバーバ〇パとか。
別に誰かの同意が欲しかったわけではないが、智也はそんな俺の独り言にも笑ってくれた。こいつ本当に良い奴だな。
「そうだなー。みんなの協力のおかげだ」
そう言って智也は団扇を仰いで火力の調整をしていた。頭に巻き付けたタオルがよく似合う。ただでさえアウトドア顔なもんだから、露店のあんちゃん感がすごい。
智也が言うように、バーベキューは協力作業だった。
鉄板の上に並べられたこれらの食材は女子三人が下ごしらえをしてくれたものだ。竈の設置と火起こしは智也と犬山が、火の番はずっと智也がやってくれている。――え、俺……? 俺はアレですよ。智也の話し相手をしてたんですよ。ほら、一人だと寂しいじゃん……?
しかしこのまま何もしないのも申し訳ないので、肉奉行くらいは仰せつかるつもりだ。こういうのってなにかしら仕事がないと謎の不安に襲われるんだよな。そもそも俺のせいでこうなってるわけだし。
というわけで菜箸を構えた。肉と野菜が焼けていくのをじっと見つめる。
「うまくいくもんだな。バーベキューってもう少し手こずるものかと」
「そうか? みんなこれくらい普通にできるだろ。バーベキューとかよくするしな」
「そんなしないだろ普通」
「いやいや。俺らの県って確かバーベキュー日本一盛んな県だからな」
そうなのか? 初めて知ったんだけど。
首をかしげていると、追加の薪を持ってきた犬山が口を開く。
「そうだなー。バーベキューセットとか家にあるしな」
「あー分かる分かる! 私の家にもあるよ! みんなも持ってる?」
「うん、私の家にもあるよ」
「私の家もありますよー。よく庭でバーベキューしますよねー?」
女子勢も続けて犬山に同意する。
「柳津の家にはないのか?」
鉄板の上の肉をひっくり返していると、犬山がそんなことを聞いてきた。
「そんなアウトドアグッズは無かったな。うちの家族、基本インドアだし」
まあインドアというか、出不精というか。わざわざバーベキューしにどこかへ行こうなんて発想すらうちの家族には無いんだろうが。むしろ料理作るのだりぃからってウーバーしちゃったりするからね。インドアじゃなくてただの怠慢と言われた方が納得できる。
「そうなのかー。なんかもったいないよな。バーベキュー楽しいのに」
犬山が言う。いや、まあ、そりゃね。そりゃ楽しいでしょうよ。君たち陽キャにとっては。
「みんなで楽しく食事できますからねっ」
「そうだよねー」
まあこいつらみたいに、俺もみんなでワイワイやれる性格なら、バーベキューの一つや二つ参加したのかもしれんが。
結局こういうのって向き不向きみたいなもんだと思うのだ。別に俺は外でみんなとご飯食べたいだなんて思わないし、むしろ、用意が面倒だったり会話が続かなかったり変な気を遣わないといけなかったり、そういうのが自分には向いてないんだろうなって思うだけって話なわけで。
特に人と話すこと。そこに気を遣ってしまうのだ。どうしても。
大人数で、しかも銘々が共通の話題を持っているとも限らない場で、何を話せばいいかだなんて俺は学校では教えてもらっていない。
それは言うなれば処世術だ。これから先、知らない人間と関係を築き上げていかなきゃっていう場面なんて腐るほどあるだろうに。きっとどんな授業よりも価値あることだと誰もが分かっているのに。
できる奴と、そうでない奴がいる。
「ほら、肉焼けたぞ」
なんだかばつが悪くなって、会話の流れを途切れさせるみたく声が出てしまった。
別に腹が立ったわけでも、恥ずかしい気持ちになったわけでも無いのだが。
なんとなく、具合が悪い感じがして……。
まあ。よく分からんよな。こういうのって。