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味もそっけも

 ――中学のときの家庭科の調理実習を思い出した。




 確かその日のテーマは『自由に献立を考えてみよう』というものだった。班ごとに協力して食材を持ち寄り、ある日の夕食のメニューを自分たちで考えて作ってみようという授業だ。


 つまりテーマ上、食材は自分たちで用意しなければならない。


 そういう大事な持ち物に限って、誰かしら忘れてくるのが世のお約束。


 その日の授業で、ある女子生徒が食材を持ってくるのを忘れてしまったのだ。


 彼女は大人しい性格の生徒で、時折俺と話す仲でもあった優等生だ。


 普段の宿題はきっちりこなすし、忘れ物なんて滅多にしない子だった。だから先生からの信頼も厚く、「次からは気を付けてね」と言われるだけで、その日は特に叱られることもなかった。


 だが班のテーブルに戻った途端、その班の男子が次々にこう言ったのだ。


「わぁー、俺らの班だけ食べれる料理少ないぜー?」


「食材ないもんなー? 誰かさんのせいで」


「楽しみにしてたのになぁ」


 みたいな。さすがに先生がその男子たちのことを叱咤したが、女子生徒はその場で泣き始めてしまう。そしてしばらく、その女の子は心を閉ざしてしまうのだった……。






「――んで、今の長い話はなんだよ?」


「え、あ、つまりですね。俺のこと叱らないでくださいってことです……」


 俺の話を黙って聞いていた智也と犬山。二人して呆れたような顔をしていた。


 俺は今、正座して二人に相対している。そう、正座だ。


 もちろん草っ原の上で。背筋を伸ばして座している。反省の念を表すためだ。何を反省しているのかと言えば、無論、しおりの確認不足で野外炊飯に必要な食材を持ってくるのを忘れたこと。


 結論から言えば、林間学校の野外炊飯は『バーベキュー』だったのだ。カレー作りではなかった。


 野外炊飯と言えばカレー。そういうステレオタイプな思い込みをしていたため、食材を持ってくるなんていう発想に全く至らなかった。


 そして今までの長い話は、そんな俺の罰を少しでも軽減するために同情を誘う作戦だ。もちろん作り話である。俺に仲の良い女子がいたという時点でダウト。もう少し話を作りこんだ方が良かったか……全然反省してねぇな俺。


「陽斗……。俺はがっかりだぜ……」


「俺もだ、柳津。まさか何も持ってきてないなんて……」


「――いやっ、ち、違うんだよ。言い訳させてくれっ。まさかバーベキューだなんて思ってなかったんだよ! そもそも野外炊飯と言ったらカレーだろ普通、ふっざけんなよ」


「なんでキレてんだよ……」


 智也は可哀そうな動物を見るかのような目をしていた。


「だってそうだろ? こういうのはカレーを作るって法律で決まって……。ところで野外炊飯ってなんでカレー作るんだろうな?」


 自分で言ってて思った。疑問だ。なぜこういう野外炊飯では毎回カレーが選ばれるのか。別にカレーじゃなくてもいいのにね……? まあ今回はカレーじゃないんですけど。


 たぶんカレーが国民食だとかその作り方をみんな知ってるだとか、きっとそんな理由なんだろうが今はそんなことどうでもいい。つまるところ考えなければならないのは……。


「で、どうする? 柳津が食材持ってきてないとなると、俺らの昼食足りるかな?」




 ――そう。つまるところ俺の裁判。処遇の決定だ。




 この場合下される判決は三パターン。少ない食材を三等分して仲良く食す生存ルート。食材を持ってこなかった俺だけ食事抜きの贖罪ルート(しょくざいだけに)。


 そして、食材を持ってこなかったことを理由に俺が二人から非難されて、精神的苦痛を受けた結果早退を決め込む林間学校脱出ルートの三つだ。


「――罵倒するなら思い切り頼む。その方がリアル感あっていいしな」


「は? え、何言ってんだ?」


 素で犬山にそう言われた。林間学校脱出への道のりは遠い。


 そんな俺たちの様子を横目で見ていた智也が「そうだ」と声を上げた。


「ちょっと待っててくれ」


 そう言って智也はどこかへ行ってしまう。その場に残された俺と犬山。束の間の沈黙が訪れる。


 相談の件で犬山とは色々あったが、正直なところ別にこいつと仲が良いわけではない。


 なんも話す事ねぇなと思いながら地面の草をむしっていると犬山が困ったような表情で俺を見ているのに気付いた。


「いつまでやってんだ……? それ」


「え、なにが?」


「いや……だから、正座」


 言われて気付く。お、おお。俺正座してたんだっけな。完全に忘れてたよ。


 家じゃ悪いことをしたら床に正座だったもんだからつい……。


「すまん。『正座やめ』の合図が出ないと俺は正座を崩せないんだ。そういう家庭環境でな」


「どんな家庭だよ……」


 俺が立ち上がっているのをなんか恐々として見ている犬山。別にどこのご家庭もそんなもんだろうに。悪いことをしたら正座。正しく座して折檻を受けるのは当然のことだ。


 まあうちの母親はとびきり説教の時間が長かったけどな。そこは他のご家庭と一線を画す特徴かもしれない。


 一番怒らせた話は何だっけな……。確か中学上がるころに母親に向かって『ババァ』って言ったのが一番ヤバかった。あれ五、六時間は正座させられたぞ。その後まともに立てなかった覚えがある。それがトラウマで、床に座るときは正座でしか座れなくなっちゃった時期があるくらいだ。おかげで今では剣道部の連中よりも正座に耐えられる時間が長いと評判だ。


「そういえば、あれから小牧とはうまくやってんのか」


 犬山と共通の話題はそれくらいしかない。


 問うと犬山は小さく照れ笑いするように顔を綻ばせた。


「ああ、まあな。……あのときは相談に乗ってくれてありがとな」


「別に俺らは何もしてねえけどな」


「いやいや。柳津のアドバイスが無かったら、今頃俺たちどうなってたか」


「んなことはねえと思うけど……」


 まさか結婚してくれだなんて声高らかに叫ぶとは思わなかったし。あの時は雰囲気に流されてちょっと犬山君カッコよくね? とか思っていたが、冷静に考えたらただのヤバい奴だった。


「まあ順調なら良いさ……。小牧も来てるんだよな?」


「もちろん。バスでは一緒だったし。この後のイベントも、できるだけ陽菜と一緒に回るつもりだよ」


「そっか」


 つい、素っ気ない返事が漏れる。別に二人の関係に興味がなかったとかそんなのではなく、ただ純粋に安堵しただけの返事だった。


 この二人の相談に関していえば、俺たち恋愛相談部が具体的に何かできたわけではない。


 水面下で動いていた思いや、鳴海の葛藤を俺は汲み取れなかった。


 けれど、結果を見れば。


 今こうして二人は、今の関係を続けられている。


 俺たちが二人のために起こした行動のすべてが無駄ではなかったのだと思えば。


 そりゃ、心弛びに味気ない声が出ても仕方ないというもんだろう。


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