ルームメイト
「おー」
バスの中の誰かが驚いたような声を出した。その声に合わせて、寝ていた奴らは目を覚まし始める。そして窓の外を見て同じように感嘆の声を漏らしていた。
林間学校が見えたのだ。
忠節高校出発から三時間。気付けば周囲は山々で囲まれており、大抵の人が思い浮かべるであろう『大自然』の中に俺たちはいる。
バスは渋滞に巻き込まれることもなく、予定通りの時刻で林間学校に到着した。
「よし、全員降りろー」
先生の号令で俺たちは順にバスを降りていく。舗装されていない駐車場は小石が敷き詰められ、足で地を踏むたびにじゃらじゃらと音がした。
ぐっと伸びをする。心地よい風が吹いた。
「荷物を持って建物に入れよー。左側が宿舎だからな。右側の食堂棟にはまだ入らないように」
四階建て鉄筋コンクリート製の林間学舎。五十年以上前に建てられたという話だが、間近で見るとそのボロさがよく分かる。
このクソボロ林間学舎は大きく分けて二つの区に分かれている。入り口から入って左手の宿舎棟と、右手にある食堂棟だ。
宿舎棟の一階と二階は共用エリアで、三階と四階が女子エリア。食堂棟との連絡は一階にある。なるほど、二つの建物は別々と考えた方がいいだろう。ちなみに宿舎棟にエレベーターはない。さらに言うと男子エリアもない。
「一階と二階が一応男子の部屋になってるみたいだけど、男子は三階と四階の立ち入りは禁止。対して女子は制限なしか……。これは男子の肩身が狭いなぁ」
智也がおどけたように笑った。確かにこれって男女の生活スペース分けてはいるが、実質制限されてるのは男子だけだと思う。思うってか絶対そうだ。
まぁ制限されたところで女子エリアになんて行かないんですけどね。用事とか無いし。
何はともあれ、まずは三日間お世話になる部屋とルームメイトの確認だ。
「部屋、俺たちは一緒だったよな? あと一人って誰だっけ。俺が知ってる奴か?」
「そりゃそうだろ。部屋はクラス単位で分けてるんだから。しおりくらいちゃんと読んでおけよな」
呆れた様子の智也が続けて言う。
「んでルームメイトのことだけど、もう一人も陽斗の友達だ」
「友達……? はて、そんな奴いたかな」
てんで分からない。俺って智也以外に友達いただろうか。
自分の友達の少なさに驚いていると、我らが拠点、二二五号室が目の前に現れた。そう、二二五室である。二二五か……語呂合わせ的に『ふつごう』って読めるなぁ。――不都合ってなんだよ。何かすげえイヤな部屋番じゃねえか。
ドアノブに手をかける。薄い扉の向こう側には既に人の姿があった。
そいつはこちらに目をやると、すげえ爽やかな顔で笑みをこぼしていた。
「……よう、大里! それと柳津も」
「犬山?」
そこにいたのは見覚えのある顔――というか犬山創太だった。
「ルームメイトってお前かよ」
「はははっ、超久しぶりだなー。終業式以来か!」
「大抵の人はそうだろ」
挨拶から訳の分からないことを言う奴である。別に超久しぶりってわけでもない。二週間振りくらいだし。
え、マジか。もう一人のルームメイトって犬山だったのか。つまり陽キャだ。俺以外二人とも陽キャ。しかも彼女もち。なんだこれ。不都合ってそういうこと?
「それもそうかー。大里もよろしくなっ」
「おう!」
三人適当に挨拶を済ませる。この面子ならそんなに気苦労しなさそうで安心だ。
荷物を部屋の隅に置き、次やることと言えば寝床決め。二段ベッドが二つあるが、人数は三人だけなので一つは使わない。
別にこだわりとかねえなと思いつつ、コンセントに一番近い下の段のベッドを申請したら二人もそのベッド狙いだった。何だよお前ら。こういう二段ベッド見たら「俺は絶対上がいい!」って言うガキかと思ってたぜ……。
というわけで。
「じゃんけん――ぽん!」
こういうのって結局じゃんけんで決めるところまでが林間学校のお約束みたいなところあるよね。……そうそう。争いごとは勝負で決める。敗者に口なし。自分のベッドは自分で掴み取らなければいけないのだぁっ!
そんなことを思いながら、俺は上の段によじ登ってベッドシーツを広げた。
***
「んで、この後って何かやることあんの? 自由時間か?」
「そんなわけないだろ、陽斗。今からバーベキューだ。昼食は自分たちで作るんだよ」
「いきなり労働か……」
バス移動で全身クタクタだというのに、さっそくアウトドアな活動が俺たちを待っているようだった。思わずため息が漏れた。
時刻は十一時半。しおりによると部屋の確認が済み次第、食堂棟脇の広場に集合とある。
そして小さく赤字で「正当な理由なく行事を休んだ者は昼食が用意できないので、そのつもりで」とか書かれていた。
なるほど。正直言って野外炊飯なんて微塵もやりたくないのだが、参加しなければカレーは食えないということだ。働かざるもの食うべからずという諺の通り、学校は労働の対価に食事を提供する姿勢のようで――ってなんだよこの林間学校。もう楽しくねえ。
野外炊飯か……。くっそぉ、今日じゃなくてもいいじゃないかよぉ。バス移動で疲れたよぉ。お腹空いたよぉ。
――まあ俺に学校への反骨精神があるはずもなく。川の流れのように、おだやかにこの身を任せることとした俺は、しぶしぶ智也と犬山の後ろに付いていくことにした。
宿舎棟の一階に降り、そのまま外へ出て食堂棟をぐるっと周って広場の方に出る。
そこは言うなれば広場というよりちょっとした緑野みたいになっていて、人工物の類は排除されていた。まるで現代文明とは切り離されたかのような場所である。
決して大げさな表現ではない。その証拠にスマホの電波が全くつながらないのだ。おいもっと頑張れよお父さん犬。
「全員いるなー?」
しばらく待っていると、先生が何やらいろんな道具を持って俺たちの前にやって来た。鍋やらトングやら鉄板やらを抱えている。あれが今回の道具一式なんだろう。めんどくさそうだな、野外炊飯……。そういえば竈ってどこにあるんだろうか。
「よし、じゃあ野外炊飯の説明をするぞー。まず三人一組をこの場で組んでくれ」
いかにも体育教師って感じの先生が腕を組んでにかっと笑った。名前知らねぇ……、誰だあの人。
「……ん。今、三人一組をこの場で組めって言われたか」
「言ってたな」
惨いことを……。友達いなかったらどうすんだよマジで。そういう配慮本当にしねえよな教師って。おかげで俺は体育も英会話の授業も全部先生とマンツーマンだったぞちくしょうめ。
「まっ、ちょうど俺たち三人いるから、ここで組めばいいよな」
犬山の提案に俺と智也が頷く。別に他の奴とわざわざ組む意味もないしな。誰とやろうが一緒だし。……いやまあこの提案に乗っておかないと俺ぼっちになっちゃうしね。この同盟をより強固なものとせんため、俺はもう一度頷いておいた。
「しおりには書いてあったと思うが、みんな食材は持ってきたな?」
先生の問いに、威勢のいい陽キャみたいな奴が「持ってきました! 黒毛和牛!」と叫んで場は笑いに包まれる。「そんな高級食材もったいねえだろー」とか「あとで一口食わせてくれー」とか声が飛び交う中、先生が咳払いを挟むと、再び生徒の注目は先生の方へと向く。
ああいう奴、クラスに絶対一人はいるよな。みんなで食材持ち寄るときにめちゃくちゃ高い食材持ってきて、班のみんながどう調理したもんか若干困るっていう流れ。まあ肉なんて焼くだけだし、別に調理もクソもないんだが、そんなことより疑問が一つあって――『食材』ってなんのことだ?
「じゃあ今から、林間学校バーベキューを始めます!」
高らかに先生がそう叫ぶ。合わせて生徒の歓声がどっと上がった。
バーベキュー? 食材? え、なにこれ?
「――智也、今から作るのはカレーじゃないのか?」
「何言ってんだ? カレー? 今からやるのはバーベキューだぞ?」
恐る恐る智也に問うてみたが、その反応は俺を絶望の深淵に叩き込むもので。
「それで、陽斗は何持ってきたんだっ?」
――柳津陽斗、十六歳。
しおりの確認不足で野外炊飯をカレー作りと早とちり。無事、死亡の模様です。