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アブラカタブラ

 学校につくと、そこにはハイデッカー式のバスが数台ずらりと並んでいた。


 既に荷物の整理が始められており、生徒のスーツケースやらリュックサックやらがバスに詰め込まれている。


 普段見慣れない光景を目にすると、それだけでテンションが上がってしまうものだ。


 ここへ来るまでは、今日から林間学校だというイメージがそこまで湧いていなかった。が、さすがにこの光景を見せられては実感もする。ああ、いよいよなんだなと、思わずにはいられない。


 そう感じるのは俺だけではないようで、学校へやって来た者は次々とその光景を見て、感嘆の声を漏らしていた。


 バスが並んでいるだけでこの興奮である。修学旅行なんかで空港へ行った日には失神するに違いない。


 いや、でもこういうのって出発する前が一番ドキドキするんだよな。旅行で一番楽しいのはその準備をしてるときだってよく言われるし。それはつまり、旅行が始まる直前こそが一番楽しいってことなんだろう。――要するに今この瞬間である。この瞬間が、林間学校で最も盛り上がる瞬間。……よし、堪能した。帰っても良いな。なんでだよ。


 でもぶっちゃけ、旅行なんていうのはテンションの補正がかかって楽しいと感じているだけの錯覚みたいなものだ。別に旅行なんて行かずとも、その準備作業だけで実は同等の楽しさを味わえるのではなかろうか。旅行の準備だけして、実際には行かない。そういう新しい旅行の仕方もアリなんじゃね、とか思った。前衛的過ぎて意味分かんねえけど。




 ――さて、これからどうしたものか。


 腕時計を見れば、まだまだ出発には時間がある。




 既に登校している多くの生徒は、近くの人とくっちゃべって出発まで時間をつぶしているみたいだった。しかし俺の場合、友達が少なすぎるのでそれが叶わない。周囲に話せる奴などいなかった。


「あっちいくか……」


 悲しくなったので人気の少なそうなグラウンドの方へ行ってみる。すると何人かがサッカーをして遊んでいるのが見えた。ああやって体を動かしながら時間をつぶすのも悪くない。しかし俺の場合、一緒にサッカーをするような友達がいないのでこれも叶わなかった。


 ……くそっ、やっぱ調子に乗って早起きするもんじゃねぇな。早く来たところでやることがない。早起きは三文の徳って言ったやつ誰だよ。そもそも三文っていくらだよ。


「あっちの方行ってみるか……」


 下らないことを考えながら、学校を徘徊。良い暇つぶしの方法が思いつかなかったので目的の無い散歩を始めた。おかげでこんなところに自販機あるんだーとか、ここにも自転車止めるところあるんだーとか、微妙に役立ちそうな学校知識が増えた。


 グラウンドの端を歩きながら、体育館の方にやってくる。そういえばここは終業式の日に犬山が告白した場所である。最近のことだというのに妙に懐かしい。夏休みに入ったし、最近は学校に来ていないからそう感じるだけだろうか。


 体育館裏ねぇ……。普段はこの辺り全然来ないよな。用事とかも別に無いし。体育館裏と言えばアレだもんな。告白を受けるか、リンチを受けるか、だもんな。俺にはどちらも関係ないイベントだ。


 と、裏手に回り込んだ時である。視界に人の姿が飛び込んだ。


「――っ!」


 びくっとなって、思わず校舎の陰に身を隠す。……っぶねぇ。バレてないよな?


 スネークばりに物陰から恐る恐る覗き込む。


 そこには向かい合う男女二人の姿。


 何やら取り込み中のようだった。そしてやけに空気が張り詰めている。――んん、妙だな……。


 何が妙かって、あんなところで何をしているんだって言う話だ。


 いや待てよ。冷静に考えろ俺……。今はバス出発まで待機の時間。ほとんどの生徒はバスが止まっている正門付近に集まっている。つまりこの辺りは人気が少ないわけだ。ははぁ、なるほど。分かりました。分かっちゃいました。こんな状況でやることなんて決まっているじゃないか。こんな簡単なことも分からないなんてバカだなぁ俺は。はははっ。ずばり、あいつらは青――




「――わたしと付き合ってくださいっ!」




 い空をみていたわけではないようだ……。ってなにこれ。え? もしかして告白?


 もう一度彼らのことをよく見てみる。女子が顔を真っ赤にして男子の方を見ていた。男子の顔はこちらからは見えないが、その後ろ姿からはイケメン特有のオーラみたいなのを感じる。


 どう見ても、告白の場面だった。


 うわぁ……。イヤなもん見ちゃったなぁ。


 新たなリア充誕生の場面かよ。しかも女の子は結構かわいい。リア充爆誕したよ、今。ル〇アが爆誕したときと同じくらい衝撃の展開だ。


 非リア充の俺には、呪いの視線を送ることくらいでしか応援できなさそうだった。とりあえずハリー〇ッターに出てくる許されざる呪文を口にする他ない。その呪文が何だったのか懸命に思い出していると、男子の方が何かを言った。俺には声が小さくてよく聞こえなかったが、女子の表情が徐々に陰っていくのは見えた。――どうやら男子は彼女の告白を断ったみたいだ。


「マジか……」


 思わず独り言ちる。なぜか俺の方がショックを受けていた。ほんとになんでだ。


 いやだってね……? あの子結構かわいいと思ったんだけどな……。俺だったら絶対にOKしてるレベルだ。まぁもちろん俺が相手だったら向こうがNGなんですけどね☆


 バカなことを考えていたときである。次の瞬間、奇妙なことが起こった。


 女子はしばらく悲しそうな表情でいたのだが、やがて笑顔を見せると、にこやかな様子でその場を去っていったのだ。




 ――はて、どういうことでしょうか……。


 よく分からんが、さっきの告白は円満に終わったみたいだった。




 それにしてもあそこに佇む男子……あのレベルの女子の告白を断るとは相当なイケメンに違いない。ちょうど振り返るところだったのでそのご尊顔を拝むことにした。隙あらば目の前で泣いてやろうと思った。


 徐々に近づいてくる男子。たしかにそいつの目鼻立ちは整っている。


 だが、それはどこかで見た覚えのある顔で――


「よう、陽斗」


 いつもの癇に障る声。しかし艶のある低いその声はイケボと言って差し支えないだろう。


 彼の名前は大里智也。今日も笑顔が輝いていて素敵だった。




 ――ってか、お前かよ!




「こんなところで何してんだ?」


「いやこっちの台詞だわ! お前こそなに今の? なんで爆誕しなかったの?」


「……何言ってんだ、陽斗」


 告白されていたのはまさかの友人、智也だった。なぜだろう。なぜかは分からないが、なんかすげえ凹んだ。


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