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新たなる面倒ごと

 ――最低最悪の性悪女。


 いったい誰が考えたフレーズかは知らないが、その表現を聞いて俺は心の中で納得してしまう。加納のことをこうも簡潔に説明できる言い回しはそうそうないだろう。


「なっ……? 何のことだかさっぱり、なんだけど……?」


「にししっ。声が震えてますよ……、加納さん? それとも今私が言ったことは本当に虚言なんでしょうか?」


「――あ、当たり前じゃないっ! 証拠もなしに、そんな取って付けた悪口みたいなこと……」


「証拠ならありますよ?」


 加納が反駁するのをあざ笑うかのように横目で見る弥富。怖いなぁとか思って見ていると弥富が俺に視線を預けていることに気付く。


「ハルたそに聞きますね? 加納さんは暴力を振るう性悪女なんですか?」


「……はい。加納は暴力を振るう性悪ゴリラです。間違いありません」


「――陽斗くんんっ!?」


 あ、すまん。つい口が勝手に……。


 いや俺嘘とかつけないからなぁ……。つい本当のことを喋ってしまった。いやはや。正直者はつらいぜまったく。


「にししっ。私が証拠を出すまでもなかったようですね……」


「なんで認めちゃったの? ねえなんで認めちゃったのっ!?」


「――あ、いやっ。これはだなっ……」


 慌てて釈明しようにも加納が聞く耳を持っていなかった。涙目になりながら俺の両肩を激しく揺さぶってくる。勢いがすげぇ――てか止めろ、止めろって。むち打ちになっちゃうだろうが。


 なんとか加納を制止させてから、俺は落ち着いて答えた。


「冷静に考えろって加納。いいか……? こんな自信ありげな聞き方だぞ? こいつ絶対お前の秘密知ってるし、なんなら本当に証拠も掴んでるかもしれない。いまさら俺が否定しても、何の解決にもならないと思ったんだよ」


「だからってあっさり認めすぎじゃない!?」


 正直な話、反射的に弥富の質問に答えを返したことは黙っておこう。


 しかし実際、弥富の口ぶりから察するに、彼女には確固たる証拠があるみたいだった。


 だからここで弥富に反駁しても意味は為さない。直感的にそう思った。


「そうなんだろ? 弥富」


 聞くと弥富は悪戯っぽく笑って首を縦に振った。


「はいっ。加納さんが部活内では凶暴だという証拠がここにありますっ」


「……ん? スマホか?」


 机の上に置かれたのは、恐らく弥富のものであろうスマホ。


 弥富はスマホを操作し、それから画面を俺たちの方に向けた。


 そこに表示されていたのはどこか見覚えのある部屋だった。続いて俺と加納と鳴海の三人が談笑している様子が見えて……って。なんだこりゃ。動画? てか、なんで俺たちが映ってるんだ? なんか見たことあるけど……っておい。これ部室じゃねえか。


「普段の恋愛相談部の様子を録画させていただきましたっ。にししっ。――ほらぁ? この動画なんか、加納さんがハルたそに一発やっちゃってますよぉ?」


「と、盗撮じゃん、これ……」


「ほんとだよ。ていうか『一発やってる』ってなんだよ。やってねえよ」


 正しくは『一発入れている』が正解だ。もちろん入れてるのが加納で、入れられてるのが俺。


「この日なんか、加納さんが靴を舐めさせようとしてましたよねー?」


「そんな場面俺の記憶にないんだが……」


 弥富がスマホで次々俺たちに見せた動画は、どれも俺たち恋愛相談部の日常風景を撮ったものだった。


 そしてそのほとんどが、相談者のいない三人だけの場面ばかり。


 ――加納が普段の仮面を外し、いつもとは違う一面を見せる時間。


 つまり、動画のほとんどには加納の粗暴な言い回しや俺に対する暴力が克明に記録されていた。


「この動画が証拠ですよ。加納さんはみんなの思うキャラとは違って、本当はドSの女王様だったってことですっ!」


 弥富はどうだと言わんばかりに、高らかにそう言い切ってみせる。


 思わず息を呑んでしまった。


 確かに証拠能力十分。認めざるを得ない。


 そこには加納の裏の顔が完全に記録されていた。


「い、い……いつの間に……」


「そうだな。マジで気付かなかったぞ」


 これだけの動画の数、十以上はあるだろうか。こんな頻繁に部活の様子を撮りに来ていたとしたら、俺たちが気付く機会もあっただろうに……。


 戦々恐々としていると、弥富が不思議そうな顔で俺のことを見ていた。


「そうなんですか? てっきりハルたそには気付かれていたのかと」


「え?」


「あれっ。もしかして、気付いてませんでした……? 目が合ったこと何回かあるんですけど。さすがにバレているのかと思ってました」


「そう、なのか……? いや、そんなことは……。あ、でも……」


 記憶を掘り起こす。思い当たる節はあった。


 これまでに何度か、部活中に誰かからの視線を感じたことがあった。


 相談者が帰った後、扉の向こうから感じていた視線。


 もしかしてあの視線って……。


「……終業式の前日にも、来てたりする?」


「はいっ。よくご存じでっ」


「――陽斗くんっ! 気付いてたならなんで言ってくれなかったのよっ!」


「いやだってまさか盗撮されてるとは思わなかったし……。ていうか俺ちゃんと言ったと思うけど……」


 言ってもこいつは俺を馬鹿にしてロクに相手もしてくれなかった記憶がある。


 でもなるほど。あの視線って弥富のものだったのかー。はははっ。いや分かるかよ。


 さすがにこの展開は予想していなかった。部室の光景を撮られているだなんて思いもしなかった。……こんな伏線ありかよ。回収できるわけねえだろ。


 しかしいずれにしても。


 これだけ証拠を掴まれてしまえば後の祭りだ。


 弥富は加納の裏の顔を知っている。


 それを脅しに、俺たちに協力依頼を申し入れているのだ。


「どうですか? 私の相談を受けてくれますよね? 『ことはっち』?」


「うぅ……」


 なんか加納がたま〇っちみたいなあだ名を命名されていた。やっぱり加納にもあだ名付けるのね、弥富さん。育成に手間がかかりそうだなぁ、ことはっち。


 状況は完全にアウェー。弥富の撮った動画は確かに脅迫の材料として十分すぎる価値がある。


 しばらくして。加納は諦めたかのようにため息を一つ漏らすと、一言。


「――分かったわ」


「……おい、いいのか、こいつの相談を受けても」


「いいも何も仕方ないじゃない。自己保身のためよ。背に腹は代えられないわ」


「うわぁ……」


 思わず『うわぁ』とか言っちゃった。こういう人間が将来日本をダメにしていくんだろうなぁとか思った。


「くっ、人を脅して協力させるなんて……。最低ね、弥富さん」


「……お前が言うな。お前が」


 お前も似たようなことしてるけどな。主に俺に。


「にししっ。そっちの加納さんに出会えて私も光栄ですっ。――あ、わたしのことは『あずにゃん』って呼んでくださいね?」


「分かったわ」


「いや、呼ばないでくれ。その名前はダメだ。頼む。理由は言えないが、頼む……」


 その名前は別のキャラを思い浮かべてしまうから止めていただきたい。オタクじゃないお前らは知らんだろうけど。


「そう? じゃあ『梓ちゃん』って呼ばせてもらおうかしら」


「はいっ。それで構いません。――これからよろしくお願いしますねっ。ハルたそ? ことはっち?」


 最後に思い出したのか、弥富は決め台詞を吐くみたいに「にししっ」と笑う。




 かくして、不本意ながら。


 弥富梓の恋愛相談を俺たちは引き受けることとなった。


 相談内容は、弥富と智也の関係を近づけるサポートの依頼。


 期間は三日後、二泊三日で行われる林間学校の間。


 なんつーかこう……。



 

 面倒ごとが起こる気配しかねぇ……。






***






「ただいま」


「あ、おかえり。遅かったじゃん?」


「まあな……。ちょっと遠くまで飯食いに行ってた」


 弥富からの相談の後、暑い中やっとの思いで帰宅した。時刻は午後五時を回っている。


 リビングに入り、倒れこむようにソファにダイブ。




 今日はなんだか、すごく……。


 すごく、疲れた。




「――ところで、私のアイス買ってきてくれたっ?」


 遥香がにっこりスマイルの仮面を被って、俺に問う。


 アイス……。アイスってなんだっけ。確かそんな話が……。


「…………あ、忘れてた」


「…………使えねぇこのゴミ」


 ――はははっ、今日も遥香の冷たい毒舌が身に染みるぜ。


 夏のうだる暑さにちょうどいいまである。一家に一台、気の強い妹。――え? 冬はどうするんだとかそんなこと知らねぇよばーか。


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