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陰謀詭計

「ちょっと!? 話が違いますよ!?」


 カフェの中に響き渡る大声。


 弥富はこれでもかというくらい机をバァン! と叩いて前のめりに俺のことを睨んだ。


「今の流れはどう考えても私に協力する流れではっ!?」


「いや普通に考えて意味分かんねえから。彼女もちの友達にヤバい女が近づくのを黙って見過ごせないから。ぶっちゃけお前なんかより智也の方が大事だから」


「なぁっ――!?」


 心の底からの本音を言い終え、俺はふぅとため息を漏らす。


 そうだ。こんな相談受けるはずもない。


 そりゃ恋愛相談部の存在意義に反する行為なのかもしれない。だが、それはそれ。これはこれ。所詮は高校の部活動なんだから、そのあたりのコンプラとかどうでもいいのだ。


 どう考えても智也の未来の方が大事である。親友としてやはり裏切るわけにはいかない。弥富の気持ちに同情はするが、俺が彼女をサポートする動機にはならなかった。


「というわけで、お引き取り願います」


「ちょっ……ええ? 嘘ですよね? これで恋愛相談終わりじゃないですよね!?」


「いや終わりです。いま超終わりました。……いいから早く帰れ帰れ。お前が告白するのは別に止めないからさ。あとは自分で何とかしろ」


「さすが陽斗くんっ……。鬼畜だね……。道理でモテないわけか……」


 加納が何か納得したかのようにポツリ呟いていた。やかましいわ。


「……ホントに? ホントにこれで終わりですか?」


「ごめんね、弥富さん。実は智也くんの彼女は、私の友達でもあるから……。その……。友達のことを考えると、私もあんまり協力できないっていうか……」


 加納は申し訳なさそうな表情でそう言うと、小さく頭を下げた。


 弥富が呆然として加納のことを見ている。さすがに加納が智也の彼女と友達であることまでは知らなかったみたいだ。


「でも分かってほしいの……。公私混同みたいで申し訳ないんだけど……、それでも私は、陽斗くんと同じで、あの二人の関係を見守っていたいから」


 透明感のある、とても澄んだ声だった。


 俺も加納も、弥富には協力できない。それは俺たちそれぞれが、自分の尺度で部活以上に大切なものを判断しているからだろう。そこに正しさとか正義なんていうものはない。こればかりは、どうしようもないのだ。


「そんなっ……」


「そういうわけだ。悪いがサポート役なら他をあたってくれ」


 弥富の気持ちを無下にしたわけではない。彼女の気持ちには向き合いたかったし、できれば応援もしてやりたかった。弥富の惚れた相手が智也でなかったら、きっと恋愛相談部の総力を挙げてサポートに徹しただろう。


 申し訳なさは感じている。だが、仕方のないことだった。




 俺たちでは弥富の相談を引き受けられない。




 智也の名前が出ては、どうすることもできないのだ。


 本当に、申し訳ないけれど……。


 ここは引き揚げてもらって――




「――にししっ」


「にしし?」




 なんか聞いたことのある笑い声。


 気づけば弥富は俯きながら、肩を震わせていて……。


 いや、聞いたことがあるも何も。


 こんな意味不明な笑い声を漏らすのは、一人しかいない。




 弥富が一転、あふれんばかりの笑顔で俺たちの顔を見ていた。




「――にししっ、これで私が帰ると思いましたかっ! 残念っ! まだ帰りませんよっ!?」


「……いや帰れよ。もう終わりだって言ってんだろ」


「ははーん? そんなこと言っていいんですかねぇ? ねえ? 加納さん?」


「……え、あ、わたし?」


 弥富の勝ち誇ったような笑み。


 それは俺ではなく加納に向けられたものだったようで。


 状況が呑み込めず呆気にとられる、俺と加納。


 え、なんだ急に……。いきなり怖いんだけど。


 弥富はコーヒーをぐいっと飲み干すと、その丸っこい目を大きく見開いて加納に問う。


「加納さん? 私はあなたの秘密を知っているのです!」


「……秘密? えっと……何のこと?」


「にししっ。そんなとぼけなくても良いんですよ? 私には全部お見通しなのですから!」


「ホントに……何のこと?」


 困ったように加納は首を傾げた。そして、ちらちらとこちらの方に視線を送ってくるが、俺にも何のことだか分からない。加納の秘密を握っている……? どういうことだ?


「私だってバカじゃありません。こんなこともあろうかと、ちゃんと対策はしてるんですから?」


「対策ってなんだよ」


「まあまあ落ち着いて聞いてください、ハルたそ」


 今までの狼狽がまるで嘘のように、弥富はやけに落ち着いた様子で会話の主導権を握っていた。


「対策は対策ですっ。恋愛相談部にこの相談を持ち掛けても、絶対に依頼を断られないようにするための、そういう対策ですっ」


 ごほんと、わざとらしい小さな咳ばらいの後、弥富は得意げな表情で口を開く。


「つまりこれは脅迫なんです。私は加納さんの秘密を知っています。全校生徒にこの事実を拡散する準備もあります。そうされたくなかったら、私の恋愛相談を受け入れてくださいっ」


「いやだから。その秘密ってマジで何なん――えっ。ちょっと待て。まさかお前……」


 そこで気付く。弥富がチラつかせている『秘密』とやらを。


 もしその秘密を彼女が知っているとなれば、この態度の急変っぷりにも納得はいく。


 脅迫の材料たり得る加納の秘密……。それも全校生徒にバレたら俺たちが困るようなもの。




 そんなの、一つしかないではないか。




「えっと、ホントにどういうこと……?」


「バカお前。なんでお前が最後まで分かんねえんだよ。それとも本当にとぼけてんのか?」


「そうですよ加納さん? 私が何を知っているか、答えを言っちゃうとですね?」


 すぅと弥富が息を吸い込む音がした。


 それは恐らく、加納にとって最大の脅威になりうる、絶対にバレたくない真実だ。




「加納さんが実は、暴力を振るう最低最悪の性悪女ってことですよ?」


「――――はぁ!?」


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