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梓ちゃんの正体

「フラれてる……って、どういう……」


 まるで人が変わったみたいに真剣な眼差しで俺たちを見る弥富。彼女の発言の解釈に困っているとすぐに答えは示される。


「二か月くらい前でした。私は同じ部活の智也くんに思いを伝えて、そしてフラれたんです」


「……はぁ。同じ部活って。いや、おい。待てよ。てことはサッカー部? マネージャー?」


「はい、そうです」


「……下の名前、なんだっけ」


「梓です。……あっ。私のことは、あずにゃんって呼んでくださいねっ」


 いや、呼ばない。呼ばないけど。しかし『梓』という名前はどこかで聞き覚えがあった。


 記憶をたどる。――あれは確か、智也の浮気騒動のときだったか。


「……もしかして、お前アレか。サッカー部のマネージャーの……!」


「そう言ってますけど……?」


 瞬間、脳内に閃光が走る。


 かぁーっ! 思い出した! こいつアレだ。確か智也と一日デートしたっていう。


「夜遊びしたっていう『梓ちゃん』だ!」


「してませんけどっ!?」


 ただでさえ大きな目をさらに見開いて、弥富は驚いたように否定する。いやしてたんだよ……。春日井の中では、だけど。


 なるほど、こいつはいつぞやの梓ちゃんというわけか。確か智也のことを諦めきれずに一日だけデートしたっていう話だったはずだ。ああ、なるほどね。その梓ちゃんね。へぇ……。――え、お前か。お前なのかよ。うそでしょ。イメージと全然違ったんだけど?


「誰……。結局この子って」


「春日井が智也の浮気を疑ってたことがあっただろ? その元凶になった奴だ」


「あぁ……、あのときの」


 俺とは異なり、鷹揚とした様子の加納。そうか、こいつは名前まで知らないんだっけな。ともかく、弥富の素性はよく分かった。


「じゃあお前一度フラれてるじゃねえか。なんでまた告白なんて……」


 智也は弥富の告白を断っている。その事実に変わりはない。


 つまり、こいつは智也の真意に気付いていながらも、改めて智也に気持ちを伝えようとしているのだった。


「それは……」


 弥富の声が詰まる。


 言いにくいことでもあるのだろうか。口元をごにょごにょさせて何か言いたげな様子を醸し出していた。


 しかしすぐに、覚悟を決めたかのように顔を上げて、弥富は口を開く。




「智也くんに、もう一度想いをぶつけたいからです!」


「…………」




 射抜くようにどこまでも真っすぐな視線。


 弥富のその言葉に、俺は返す言葉を用意できなかった。

そう言われてしまえば、こちらとしても彼女を止める理由などない。


 智也は春日井と付き合っていて、もちろん友人として俺はそれを応援したいという気持ちでいる。二人の関係を脅かしたいという気持ちはないし、二人の関係に水を差すようなことはしたくない。


 だが、俺の願望が弥富を止める理由にはならないのだと気付いた。


 弥富は智也に彼女がいることも、自分を選んでくれなかったこともすべて承知の上でこんな相談をしている。その覚悟は容易に想像できるものではない。


 その覚悟を、俺の勝手な都合で無下にするわけにはいかなかった。


 しかも個人的な相談ではない。あくまでも彼女は恋愛相談部に依頼を申し出ているようだ。


「相談者に俺を指名したって聞いたんだが……」


「はい、そうです」


「それはつまりアレか。智也に告白をしたいから、関係の近い俺を呼び出したってことか」


「ま、まぁ、そんなところです」


 ちょっと歯切れの悪い返事が返ってきたが、要はそういうことだろう。つまり、こいつが俺を相談者に指名したのは、俺が智也の友人であることを知っていたからだ。俺と協力関係を結べば、智也との関係が近い分強力なサポートを得られると踏んだらしい。将を射んとすればなんたら、みたいな話である。恋愛においては常套手段だ。


 本命の前にまず、周りから落とす。難易度の高い攻略ほど、この作戦は有効に働く。つまり、俺は今からこいつに落とされるわけで……。あれ、そういう話だっけ?


 そして加納を巻き込んで、弥富は俺たち恋愛相談部に協力を仰いだ。個人的にではなく部活動に対しての依頼として。たぶん、俺個人に頼んでも承諾の可能性が低いと思っての行動なんだろう。


「なるほど、な……」


 こいつ、一見アホに見えるが案外ちゃんと考えて行動しているみたいだ。


「サポートと言っても、本当に少しだけ、智也くんと接触の機会を増やしてくれるだけでいいんです……。このまま終わるのは、イヤなんです……」


 何より考慮すべきことは、こいつの相談を断る正当な理由がない以上、彼女の思いを踏みにじるのは恋愛相談部の意義に真っ向から反していることだった。


 恋愛相談部はみんなの恋愛に関する悩みに寄り添い、アドバイスやサポートをしてやる部活だ。


 弥富にだけそれが適用されないというのは、ひどくおかしな話であって。




 ――どちらも大切にすべきだから。




 智也を応援したいという気持ちも、弥富を応援したいという気持ちも。


 他ならぬ俺自身が抱いた立派な意思なのだから。


 だから、俺がしてやれることは――




「――弥富」


「は、はいっ!?」


「やっぱ協力とか無理だわ。どう考えても智也の方が大事だし。すまん」


「…………えぇぇぇぇっ!?」


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