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協力しがたき相談

 耳を疑った。


 人生でこれほど自分の耳を信用しなかった日は無いだろう。


 弥富の口から現れたその名は、俺も加納もよく知るところの人物の名だ。




 ――大里智也。




 サッカー部エースにして今どき流行りの爽やか系イケメン。外見、ファッションセンス、ユーモアすべてにおいて百点満点の男であり、性格についても申し分ない男。


 一緒にいて心地がいいし、みんなの人気者だし、優しいし、頼れるし、かっこいいし。




 ……そして、春日井美咲の彼氏なのだ。




「智也って……。智也に告白したいって、おいマジかよ」


「マジですよ? だってかっこいいですもん」


「いや、まあ、そこを否定するつもりは無いけどさ……」


 だからってなんでよりによって智也を選んでしまったのだろうかこの子は……。


 いや、確かに智也は学年の中でも屈指のイケメンだと思う。実際あいつはかなりモテる。女子から見れば智也は彼氏にしたい男って感じであこがれの対象になるのは十分理解できるのだが。


 しかしなぁ。他にも一杯いるだろ、イケメンは。


 ……ほら? 例えば、そう――


「――西春先輩とかどうだ。俺は智也よりあっちの方がイケメンだと思うが」


「え? 西春って……。あぁ。西春斗真先輩ですかー。あ、それは大丈夫です。この前告白されたんですけどフったんで」


「うそでしょキミ」


 既に西春先輩は撃沈済みだった。


「私が告白したいのは智也くんなんです。だからお二人にはぜひ、お力添えをいただきたいと思いましてっ」


 ニコニコとそう言い終えると、弥富は自身のコーヒーを一口啜った。


 彼女のキラキラとした視線が、答えを急かしているように思える。「はやく返事よこせや」と目で訴えているのだろうか。


 だがそう感じてしまうくらい、彼女の大きな丸っこい目からは目力みたいなものを感じる。


 なんでよりによって智也なんだ……。


 いや、まあ。相談内容は分かったんだけど。


 どうしたもんかなぁ……。


 こいつは智也に対する告白を計画している。だから俺達にはそのサポートをしてくれとか、そういう依頼なんだろう。


「一つ確認してもいい?」


「なんですかー?」


 どうすべきか頭を抱えていると、加納が落ち着いた声のトーンで質問を投げかける。


「弥富さんは、その……えっと、智也くんに彼女がいることは知ってる?」


「はい、知ってますけど……?」


 なにを当たり前のことを? とでも言いたげな様子で首をかしげる弥富。


「それが、なにか?」


「あ、うん。いや、か、確認しただけです……」


 あの加納が完全に押し切られていた。思わず敬語で返しちゃってるよ……。心なしかその姿はいつもより小さく見える。


 しかし、やはりと言うべきか。弥富は智也に春日井という彼女がいることを承知みたいだった。すべて分かった上で、今回の相談を俺たちに委ねたということだろう。


 つまるところ、これはアレだ。


 昼ドラとかでよく見る、アレです。




 ――略奪愛ってやつだ。




「智也には彼女がいる。それを分かったうえで、智也に告白するってことだな?」


「はい、そうなりますっ。……何かおかしいですか、ハルたそ?」


「うんそうだね。お前はだいぶおかしいと思うよ? はっきり言ってイっちゃってるレベル。あとハルたそって呼ぶな。ぶちのめすぞ」


 どうでもいいんだが、こいつって友達とかいるんだろうか。キャラが濃すぎて逆に人気者説は否定できないが、古人曰く、障らぬ神に祟りなしという。


 見てくれが結構可愛い点は男子からの評価を集めそうだが、それ以外はどうか。明らかにおかしい距離感の詰め方、掴みどころのなさそうな性格、何を考えているか分からない上に意味不明なアニメ声……。ああ、もうこれ役満じゃん。近づいちゃダメなタイプの人だ。レベルで言ったら国士無双レベル。俺だったら絶対近づかない。


「ぶっ――ぶちのめすって言いましたか!? ハルたそ、ひどいですっ! 警察にツーホーしますからねっ! あ、いやっ、しないですけどねっ! 本気にしちゃダメですからねっ!?」


 なるほど、おまけにアホの子と来たか……。やべえよ。国士無双じゃなくて天下無双できるんじゃねえのこいつ。もうお腹いっぱいなんですけど……。キャラの欲張りハッピーセットかっつーの。生まれてきた次元間違えてるだろこれ。


「とにかく、だ」


 俺は咳ばらいを一つ挟んでから、弥富の方をまっすぐ見据える。


「相談内容は理解した」


「――にししっ。協力ありがとうございますっ!」


「……いや、協力するとは言ってない」


「ほぇ?」


 俺の言葉に、弥富がアホみたいな声を漏らして首をかしげた。


「協力しないって……。えぇっ!? ちょっ、それは困りますっ! 絶対絶対困るんです!」


「困るも何も冷静に考えろよ。彼女がいる男に女を紹介できるわけねえだろ」


 そんなことをしたら春日井にどんな仕打ちを受けることか……。正直な話、春日井が怖いからこいつの相談を断ろうとしているまである。


 加えて智也は俺の親友だ。智也と春日井が二人でいることを応援すると決めた以上、この相談を受けることは智也への裏切り行為に他ならない。


「だから、この相談を受けるわけにはいかない」


 ため息交じりにそう言うが、向こうも簡単には引き下がらない。


「違いますっ! 別に智也くんを紹介してほしいとか、そういうサポートじゃなくていいんです! もっと基礎的で、古典的で、致命的なサポートをお願いしてるんですっ!」


「……お前は暗殺依頼をしてるのか?」


 致命的ってなんだよ。おかしいだろ。殺してどうすんだよ。


「私と智也くんは既に面識があります! だから二人にお願いしたいのは、私が智也くんにアピールをする際のバックアップなんです!」


 弥富は体を前のめりにして、こちらの反応をうかがっている。


 バックアップ……って。


 まあ面識があるというのなら、紹介する的なサポートは確かに要らないのかもしれない。


 だが、結局は彼女もちの友人に対する背信行為。


 結局何をお願いされているのか分からないが、ダメなものはダメだ。


「それでも、協力するわけには……」


「私は――」


 そう言いかけた弥富は、一瞬何か戸惑うような表情を作る。


 会話のリズムを失った俺たちは、互いに顔を見合わせて。


 わずかに吐息を漏らした弥富は、しばらく口を噤んで、俯いて。




 そして―――




「私は、智也くんに一度フラれているんです」




 ――上ずった弥富の声は、小さく震えていた。


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