指名された相談者
「うわぁ……」
思わずそんな声が漏れてしまった。本当にこいつと会話するのがイヤで仕方ないんだなって改めて実感できた。……俺のラブコメはいつになったら序章が終わるのだろうか。早くメインヒロイン出て来いよ、遅刻にも限度があるっつーの。
とりあえず、面倒ごとは後回しだ。着信音が鳴り続けるスマホをポケットに突っ込んだ。
「どうした、陽斗?」
「い、いや……ちょっとバイト先から電話がかかってきて」
「柳津ってバイトとかできるの? 想像できないんだけど」
やかましいわ。
「……それより。お前らは買い物行かなくていいのか」
そう言うと智也が頷いた。「それもそうだな」と肩に提げた大きめのトートバッグを持ち直す。
「じゃあ俺たちは行くわ。また林間学校でな」
「おう」
「……ちゃんと来なさいよ?」
「いや行くっつーの。どんだけ信用ねえんだよ」
なぜか春日井は俺のことをひどく疑っている様子だった。俺が行こうが行くまいが春日井にとっては何の関係もないはずなのだが……。うーん。もしかして俺のことが好きなのだろうか。好きだから俺がちゃんと来るかどうか心配しているのだろうか。なるほど、そうかそうか。いやそんなわけあるかっ☆
智也と春日井を見送り、やがて二人の姿が見えなくなったところで俺はポケットからスマホを再び取り出す。
こいつ……。まだコールしてやがる。意地でも俺と話がしたいらしい。
これが加納じゃない別の女の子だったら、喜んで電話に出たんだけどなぁ……。加納と電話してキャッキャウフフな展開があるはずもないので俺は真顔で着信応答のボタンを押す。
「……はい、もしもし」
「――やっと出たわね? 遅いわよ。一コール以内に出ないってどうなの? 『大変お待たせ致しました』の一言もないのかしら?」
案の定、電話口の加納は不機嫌そうな口調だった。
「お前はビジネスマナー講師か。あとそのマナーは古すぎる」
「アンタ働いたことないでしょ」
「それはお前もだろうが」
加納と話すたび、毎回のように思う。なぜ俺たちときたら、こうも最初は口喧嘩じゃないと会話が始められないのだろうか、と……。まあ照れ隠しという可能性もあるが、残念ながら俺たち二人にその節はない。照れなんてどこにもないのだ。あるのは鬱積だけ。
いい加減俺のラブコメ始まんねえかなぁとか思いつつ、ため息交じりに口を開いた。
「んで、何の用事だよ」
加納が俺に好き好んで電話をするはずがないので、大方『用事』の見当はついている。
アレだ。仕事終わりに妻からの着信を見て、電話せずともその用事が分かってしまう会社員みたいなものだ。洗剤買ってこいとか、そんな用事で電話したんだろうなーって俺はいくつだよ。
つまらないことを考えながら加納からの返事を待っていると、小さな咳払いが聞こえた。
その後、加納は端的に答える。
「恋愛相談よ」
「……夏休み中は部活しないんじゃなかったのか?」
「それはそれよ。今日のは別件」
いつもの加納のトンデモ理論に、おおらかで冷静沈着と名高いさすがの俺も苦笑いする他ない。それはそれってなんだよ。どれだよ。
「そんな理由が認められるか。なにお前? もしかしてわがままなの? ハイスペックなのにわがままなの? ワガママハイ〇ペックなの?」
「何を言ってるのか全然わからないんだけど……」
冷めた声が電話越しでもよく分かる。まぁ俺も何言ってんのか分かんねえんだけど。
このまま会話が脱線して、今の話が無かったことになればそれでいいのだが、相手はそんな都合のいい女ではない。……仕方ない。ここはびしっと言ってやろう。
「いや、普通に夏休み中は勘弁しろよ。俺だって暇じゃねえんだ」
「へぇ……? そうなんだ? ちなみに今は何してるの?」
「い、いま? 今はそうだな……」
暇じゃないと公言した以上、ぶらぶら散歩中と言う訳にもいかない。
少し考えてから、平静を装って答えた。
「……バ、バイトの休憩中だよ」
「はぁ。よくそんな嘘がすぐに思いつくわね。ダウトよダウト。いま国道沿いにいるでしょ? カラオケ店あたりの」
「なっ――なんでそれを!?」
なんでこいつ俺の居場所知ってんの!? 怖っ!
驚きのあまりその場で仰け反ってしまう。まっ、まさか! 俺のスマホにGPSでも仕込んでいるのか!? ……それは最初から搭載されていますね。知ってました。
「美咲からさっきラインが来たのよ。暇そうにしてた柳津と遭遇したってね」
「……なん、だと」
そういえばあいつスマホ弄ってたな……。もしかしてあの時か。
加納と春日井は友人関係にある。二人の共通の知人で、なおかつ痴人であり恥人でもある俺に出会ったともなれば、そりゃラインの一つも交わされるだろう。……いや交わされねえだろ。不審者情報かっつーの。……泣いてもいいよね、俺?
つまりすべてはお見通しということか。この電話は俺が暇にしていることを事前に知っていての電話というわけだ。そして俺に拒否権はないと気付く。
「それで、いつ頃バイトは終わるのかしら?」
「……もう終わりました」
始まってもいないバイトの終了宣言が為された。降伏宣言という説もある。
俺の返事に満足したのか、加納は乾いた笑い声をあげてから言った。
「駅前に来てほしいのよ」
「駅? 駅って……。こっからだいぶ遠いんですけど……」
「返事は『レンジャー』しか認めないわ。……返事は?」
「レ、レンジャー……」
いつから俺はレンジャー部隊に配属されたのだろうか。入った覚えないんですけど……。まあ上官に対する反論が一切認められない辺り、恋愛相談部はレンジャー部隊という見方ができなくもない。
「分かったよ……。行けば良いんだろ。行けば」
投げやり気味に、そんな声を漏らす。確かに加納の思っている通り俺は暇だが、別に恋愛相談をしたいわけではないのだ。むしろ早く部活やめたいくらい。夏休み後は極力部活にいかず、そのままフェードアウトする計画を立てているくらいには部活へ行きたくなかった。
しかし今回は加納に捕まってしまった以上、どうしようもなかった。暇つぶし、とまでは言わないが、せめて部活に所属している間は部員として、活動目的に準じた行動をするのが筋というものだろう。
観念して俺が電話を切ろうとした、そのときだった。
「あっ、一個言い忘れてたんだけど」
加納の声が、着信終了のボタンを押すのを遮った。
んだよ、と思って再びスマホを耳元に近づける。
「――今日の相談者は、相談相手にアンタを指名してるから。絶対来ること」
「…………は?」
どういう意味か理解できなかった。
俺が指名されている……?
加納の言葉の意味を解釈するのに、恐らくかなりの時間を要しただろう。
俺が次に加納へ問いを投げた頃には、回線はビジートーンに切り替わっていた。
「どういうことだよ……」
スマホをポケットにしまって、それから大きなため息を一つ。
そこはかとない不安と憂慮を抱えつつも、俺は駅の方へと歩き出すしかなかった。