ローションとプロローグ
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「彼氏へのプレゼント、何がいいと思う?」
実に面倒臭い相談が来た。俺には手に余る案件だ。
首の後ろをポリポリと掻きながら、俺は悲鳴の代わりに唸り声を上げている。
正面でニコニコと笑う名前も知らない相談者が、俺に早く早くと答えを急かす。
――彼氏へのプレゼント、ねぇ。
背もたれに体重を預け、ふぅとため息を漏らす。
最近この手の話題ばかり聞いているような気がする。俺は相談相手として相応しくないというのに、だ。
「彼氏への誕生日プレゼント、か」
呟いてから思った。俺には彼女がいたことがない。もちろん彼氏がいたこともないが。正直な話、恋愛経験なんて俺には皆無だった。
こういう相談は恋愛経験のある奴に相談するのが妥当だと思う。
というか、そもそも俺は誰かにプレゼントをあげたことがあるだろうか。
「…………」
少しの間、考えてしまった。いや、さすがにあると思うのだが……。自信をもってあると言えないあたり俺は悲しいやつだった。
「プレゼント、か」
なんにせよ、何かしら答えを出さねばならない。
女子高校生が彼氏にあげるプレゼントとはなんだろう。
考えてみる。
「そうだな……」
沈思黙考。普段はスリープモードのおつむがバキバキと音を鳴らしてフル回転した。
その甲斐あって、一つの案が浮かぶ。
「シャーペンとかどうだ。あの芯がクルクル回るやつとか」
「えー……。そんなのセンスないよ。ナシよりのナシだよ」
そうですか。
きっぱりと断られてしまった。ばっさりだった。なんか悲しいな、これ。……ナシよりのナシとか言うなよ、せっかく考えてやったのに。
「文房具なんて真面目過ぎるじゃん! ナシだよナシ」
「じゃあ何がいいんだよ」
相談されている俺が聞いていた。
「例えばメンズコスメとか考えててさー。最近流行りのグルーミングウォーターとかスキンローションとか? やっぱりノンコメドジェニックのを買ってあげたいんだよね!」
「はぁ」
何を言ってるのか全然分からなかった。意識高い大学生か何かかよこいつ。
話についていけない俺は「はぁ」と頷くことしかできない。せいぜい「それなー」と適当に相槌を追加するのが関の山。……ていうかこいつ、俺に聞かずとも買いたいプレゼントあるじゃねえか。なんで俺に相談してきたんだこいつ。俺いらねえだろ。それになんかローションとか聞こえたけど……。はっ、まさか!
「そんなエロイやつはダメだろ」
「……え、何言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」
蔑みの視線が俺を貫く。いや、だってローションとか言うから……。
俺は慌てて口を開いた。
「その、なんだ。よく分からんローションを買いたいなら買えばいいじゃねえか」
「違うのっ! プレゼントとして本当にこれでいいのかを聞きたいの!」
「いやそんなこと言われても……」
好き嫌いは人それぞれだ。俺の好みに彼女が合わせる必要はない。
だいたい、俺は彼女のことも、その彼氏のことも、ほとんど何も知らないのである。
中途半端な情報だけで俺の勧めたプレゼントがお気に召さず、彼女らが破局した……なんてことになっても俺は責任を取れない。
彼女が選ぶべきなのだ。
だから、そんなの好きにしてくださいとしか言いようが――
「…………」
いや、違うな。それでは道理が通らない。
彼女の方を見ると、真っ直ぐな視線を俺に向けていた。
その態度は真摯そのものだ。本気で悩み、本気で答えを知りたいという思いの表れだった。
だから彼女はここに来たのだ。ここまで足を運び、恥ずかしいはずの恋愛事を打ち明け、あんな相談をしたのだ。
恋愛相談は恥ずかしいに決まっている。彼女の気持ちに、応えてあげるべきなのだ。
向かい合うべきなのだ。俺は。
もう一度考えてみる。
「そうだな……」
しかし残念ながら、彼女が求めているその手の知識が俺にはない。というか俺に恋愛経験が無い時点で、彼女の恋愛相談を受ける資格すらないのだろう。
彼氏が彼女からもらって嬉しいプレゼントなど、俺が知る由もない。最初からこの相談に乗ること自体無理があるのは重々承知だ。
だが、俺には確信があった。
「彼氏がもらって嬉しいプレゼントだろ? んなの決まってんだろ」
突然の俺の変貌ぶりに面食らったのか、彼女は「えっ」と驚いたような声を上げた。いやいや、そう驚くようなことではない。俺がちょっと本気を出せば、この程度余裕だ。
何度だって言おう。俺に恋愛経験は無い。
だが、恋愛に関する『知識』だけは、誰にも負ける気がしないのだ。
「いいか? よく聞けよ」
そう言うと、ガラリと空気が変わった。
相談者である彼女が俺にキラキラとした目を向けている。期待の眼差しだった。
俺が次に口にする言葉を、彼女は待っているのだ。
期待は最高潮だ。よし、ならば応えてやろう。
満を持して口を開く。
「プレゼントはお前の処女を――」
刹那、衝撃が走った。
視界が揺らぎ、身体が震えるような感覚を得る。
左のわき腹に――
「んっ!?」
――拳がめりこんでいた。