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第956話 幕間:静まり返る世界

「ああ、不思議なものね。舞台の幕開けが近付くと、誰もが静かになる。まるでそのことを知っているかのように」

「グルゥ……」



 ログレス平原のどこかで、獅子に乗った淑女が語る。



「今から誰かが舞台を演じる。現実には決して起こり得ない、英雄達の物語。それが与えられるには、場が静まっているという条件が必要不可欠」

「グルルゥ」



 美しく華のある風貌。されどその姿を収める者はなし。



「舞台の前に静かになるのは、教育によって刻み込まれた行動なの。それは無意識のうちに、子が親を見真似て勝手に。されば必然的に、舞台を求めるもまた人間の本能」

「グオオオンッ」



 何故なら誰もかもが、遥かなる舞台を見つめているから。



「――楽しみで溜まらないわ! 人間達が求めた物語、それの行く末がこれだもの。振るいにかけられた役者達は、どのような演技を魅せてくれるのかしら?」

「ガオーン!!」





「創世の刻より変わらぬ法則、それは『始まり』には『興奮』が付き物だということォォォーーー!!!」

「いつ味わっても緊張し、時にはくすぐったく、時には心臓を蝕む悪い物であります」



 ログレス平原のどこかで、辮髪の老人と吟遊詩人の男性が語る。



「けれどもこの大地を包む興奮! 今この時ばかりは心地良く、冬であるのに爽やかだ! これも舞台の性質故カァ!」

「『青春』という言葉が秘める力は、それを通り過ぎた人々の幻想が加味され、人智の及ばぬ所にまで肥大しているのであります」



 奇抜さが際立つ風貌。されどその姿を収める者はなし。



「そのつもりでないのに手に汗握り、湧き上がった感情が声となって表出せるゥ!」

「人間の本質とは『熱』であります。動力には必ず熱が伴うのです。故に『熱意』とは動力だけを押し固めたもので、計り知れない力を有しているのです」



 何故なら誰もかもが、奇抜さより熱狂を求めているから。



「今ならワシも熱さのあまり溶けてしまいそうだわい!! 何ならいっそ溶かしてみせてくれたまエエエエエーッ!!」

「理論をあれこれ並べましたけど結局は一つ! 人間達の繰り広げる物語がンンッ楽しみィィィーーー!!!」





「……全く、人間というのは実に不思議な生物だ。この大地の各地に生息しているにも関わらず、定期的に催しを行い、一ヶ所に集う」

「くぅ~ん!」



 ログレス平原のどこかで、中世的な装いの戦士と子犬が語る。



「大気に存在する魔力は八つに分かれる。それでも根源はただ一つのみ。それを象徴するかのように、何かに呼ばれて人間は集う」

「わぉ~ん!」



 一瞬でも目を奪っていく風貌。されどその姿を収める者はなし。



「しかし結局人間は分かれていってしまう。口論を起こし喧嘩に走り戦争を引き起こす、哀れであると同時に趣深い。どうしても分かり合えない時があるのに、こうやって手を取り合おうとするのだから」

「あおーん……」



 何故なら誰もかもが、分かたれた世界より集うのに夢中だから。



「単純に団結する、分かたれると言えない所が人間の面白さだ! さて、お前達は今回どんな思惑を携えて、手を取り合おうとしている?」

「ぐるるるる……ガオオオオオッ!!!」





「おーっほっほっほ!! 感じる!! 感じますわ!! 今この大地に、人の持つ力が集いつつありますわーっ!!」

「一つ一つは小さい力。でも沢山集まって共鳴すれば、何倍にも何十倍にも膨れ上がっていくもの」



 ログレス平原のどこかで、ドレス姿の令嬢と骸骨が語る。



「音を有する、共鳴する! 多数の音を重ね合わせ、巨大で壮大な旋律が生まれ出る! どんな主旋律で伴奏なのか、全く想像がつきませんわっ!」

「不協和音もあるけどね。だけどそれを不要だと断じずに、味の一つだと割り切れるのもまた楽しい」



 目を疑いたくなるような風貌。されどその姿を収める者はなし。



「音の本質とは心と至ったり! 固まったと見せかけて揺らぐそれこそが、人間の本質であり魅力でありますのー!」

「前に進む様もさることながら、後ろに戻ってその場に留まり、もがく様もまた一興。暗い時にこそ、その心の持つ本質が見える」



 何故なら誰もかもが、偉大なる旋律を奏でるべく呼吸を整えているから。



「なればこちらも準備をせねば!! 人間達の心のままに編み出される旋律を、一切の偏見なく受け入れる準備をねーっ!!」

「人間、頑張れ。頑張ってもどうにもならない時には、流れに身を任せていれば何とかなるよ。それでもどうにもならない時には、運命と思って受け入れよう」






 かくして役者は集い、観客も続々やってきた。最初はそのつもりでなくとも、周囲の雰囲気に絆されて、重い腰を上げた者も少なくない。



 予断を許さぬ世界情勢。拠り所となるのは、生徒の魂を懸けた青春だけだ。無色透明の世界に現れた鮮烈、興味はなくとも本能が勝手にそちらを向く。



 そう、今このイングレンスにおいて、ログレス平原及びティンタジェルに興味を示さない者は皆無だった。平野も荒野も海も孤島も、山も砂漠も谷も雪も――






「クックック……」



「うぬのようなちっぽけな人間が、世界の理すらも変えたと?」



「人間の強さというものは、大きさに直結しない。他の生物より発達した頭こそが、強さの指標となる。実に面白いものよ……」






『そんなことを言う為だけに呼んできたのか?』



「まさか。我とて人間の扱いは心得ている。しっかりとうぬに見合うだけの対価は用意しておるわ」






『もう全てを手に入れ、満足している。貴様が差し出す物は何一つ必要ない』



「果たしてそうと断じれるか? 我はうぬに、再び表舞台に上がる機会を与えようとしているのだ」



『舞台だって?』



「そうだとも……クックックッ。我はうぬの思考を汲み、うぬが最も求める物を提供するのだ」



『それがそうだと言うのか。そんなものを与えてどうしたいのか、先に聞かせてもらおうか』



「決まっておろう、我を楽しませてもらう為だ。うぬが再び舞い戻った暁には、人間共は慌てふためくだろう。我にはその姿が容易に想像できるわ」



『だとしたらお前は、影響力も鑑みて提案を持ちかけているわけだな』



「その通りだ……人間共を混乱に陥れ、もがく様を見せてくれるのなら、我はそれ以上の対価を求めん。さあどうする?」



『創世の女神と戦ったと言われているお前が、そんな単純な思考をしているとは思えないな。現にお前は既に、ある人間に力を与えているじゃないか』



「ハンニバルのことか? うぬは何か思い違いをしているようだが、我が力を与えるのは何も一人と決めたわけではない。我が面白いと思った分だけ人間達を唆す」



『恐るべき八の巨人の王。名に違わぬ自由さだ』




『だがお前が何と言おうとも、その提案は退ける』




「……ほう?」



『目付きが変わったな。最初から選択肢なんて与えてやるつもりはなかったんじゃないか』



「我は心の底から……うぬが暴れ狂う様を見たいのだ。我が動き始めた時期には、うぬの存在は伝説となってしまっていた。今日こうしてうぬの存在を当てられたのも、長い年月を要した」



『巨人も努力とか苦労をするのか。どうでもいいが。お前は思考を読み取ったと言っていたが、恐らくそれは真実だろう。舞台がどうのこうのと言うのも、深層心理としてあるのだろう』



「ならば何故だ? 我には人間の中に偶にいる、大いなる存在に近付こうと足掻かない者、その心理がわからぬ。力を求めるのは生物の道理だろう?」



『力を求めたあまり、それに疲れてしまうこともあると覚えておけ』




『そしてこうして断るのは、渇望はあったとしても、もっと主役に相応しい人物がいると割り切っているからだ』




「騎士王か?」



『わかってるんじゃないか。それなら一刻も早く、彼に構いに行った方がいいと思うぞ』



「クククッ……理解していないのはうぬの方よ」




「奴は存分に楽しませてもらった後の、楽しみとして喰らうつもりなのだから。求めているのはその前座よ。前菜から甘味まで、我は至高の味を食していたい。わかるか?」




『ああそう。随分と困った美食家だな』



「美食家とな。随分と昔にも、全く同じ比喩を我に向けた者がいたな」



『それは一体誰だ?』



「名は知らぬが、容姿は覚えておる。白髪に黒き瞳、この世界に存在していること自体がおかしく思えるような、出で立ちの整った男だった」



『……ああそう』






『では……これを倒したら帰らせてくれるということで、いいのか?』



「我が主君より命令を承りました。貴方を排除します」

「我が主君より命令を承りました。貴方を排除します」





「うぬは我と手を組むつもりがないことはよくわかった。ならば今この場で、我にその軌跡を焼き付けるが良い」



『要するに死ねってことだ。やっぱり王と呼ばれる者であっても、巨人である以上思考は単純なのだな』



「キルッフ、オルウェン。一切の手加減は無用だ。これを生かして帰すな」

「承知しました」

「承知しました」





『……巨人が作った人の形をした何か。人ではないという点においては、キャメロットのアレ共と似ているな』


『それなら負ける道理がない』

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