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第九百五十二話 アイツもコイツも皆が集まる・後編

「いただきまー……すっ!」

「おうよ! どんどん食ってけ!」



 ここは薔薇の塔の食堂。夕方になると、勉強や訓練上がりの生徒達が続々押し寄せてくる。



「すみませーんパンが切れちゃったんですけどぉ!」

「はいよーただいま持っていきまぁす!」



 特に薔薇の塔は男子生徒が集う塔。成長期の男子の食欲を舐めてはいけない。そしてそんな食欲に負けてしまうようでは、未来のイングレンスを担う若者は育たない。



「シチューくださーい! あとスクランブルエッグー!」

「かしこまりー!」


「ぎゃあああ皿が割れたあああああ!!」

「はいはい、替えを持ってくるからねー!」


「お水、足りないですー!」

「はいお待ちー! ……ちょっ、通れないよ! 並ぶ時はちゃんと一列に並んで! でないと流れないよ!」




 生徒達は料理がなくなった際に、作ってくれと叫ぶことしかできない。料理人達はその声を聞くと心苦しいので、急いで料理を作る。



 このように、食事時というのは、料理人達の戦場でもあるのだ。





「……ぷはー。今日も一日お疲れ様でしたー」

「冬なのに汗が凄いよ、もうっ!」

「そして生徒達に振る舞った料理を、ちょっと豪華にして食べるこの贅沢! いただきまーす!」



 あらかた生徒達を捌き終えると、職員総出で食事の時間。今日は生徒達に提供したシチューに、モッツアレラのチーズを乗せてとろとろにしてある。



「んめぇぇぇ~~~!! この時ばかりは牛になってしまう!!」

「モォーッ!」

「おーっとこっちには本物の牛が!」



 食堂に入ってきたのは、白黒柄が特徴的な牛のナイトメア、ブランカ。そして主君の寮長ビアンカも一緒にやってきた。



「どーもっ。今日も皆頑張ってくれてありがとう!」

「礼には及ばないっすよ~、これが仕事なんで!」

「とはいえ対抗戦強化期間中の生徒の食欲は、辟易してしまうぐらい激しいだろう。そんな中よくやってくれるよ」



 妻のビアンカに引き続き、夫の寮長アレックスも中に入る。隣にはもう筋肉そのものと言っても過言ではない彼のナイトメア、ブロットがのっそのっそと入ってくる。



 加えてその後ろには、大衆食堂カーセラムのおやっさんと、彼の下で働く従業員達も上がってきていた。




「おやっさんちっす! 今日も手伝いありがとうっす!」

「なんてことはねえよ。俺達だって料理を作りたくて溜まらねえんだ」

「料理で皆を笑顔にさせるのが我々の使命! うひょー! うまそー!」



 遅れてやってきた者も、少し遅めの夕食に舌鼓を打つ。生徒を唸らせる程に美味しいなら、当然自分達の口にだって合うものだ。




 これで出入りはもう終わりかと思っていると、匂いに釣られて新たなる客人が。



「んお~この香りはシチュー……私らにも分けてくれぇー」

「「「お願いしまーす」」」


「ガレアさんにもください。カフェメニューはがっつり系のものは皆無なんです」

「いいぞいいぞまだ残ってるからな。保健室の先生も店長も、皆揃ってなーらべっ!」




 白猫の保健室教師ジュディを始めとした、保健室教師達が続々とやってきた。彼女達もまた、訓練で怪我をした生徒の治療に明け暮れていたのである。


 どうしたらそんな怪我をするのかと、頭を抱えてしまうような怪我もしばしば。効率の良い治療法や対策も並行して講じているので、頭脳労働でも体力を消耗していた。そのせいか顔にはハリがなくなってしまっている。


 そういうものとはほとほと無縁なガレアは、終始羨望の眼差しを保健室教師達から受けていたとかいないとか。




「はぁ~溜まらん。シチューは学園祭出店の時ぐらいしか作らないからなぁ~」

「結構意外な物を作ってますよね、カフェって」

「でないと生徒の皆に頑張る目的を与えられないだろう? あのメニューの為勉強を乗り越えるってさ。そういうのもあるんだよ」



 職員達は集まり合いながら、談笑に耽る。話題は趣味の話から生徒の評判まで様々だ。





「対抗戦……対抗戦っ。いやあ楽しみだなあ。皆が双華の塔で頑張ってきた成果を、存分に発揮する……」



 アレックスはシチューを食べ終えた後、ビアンカ達に向けてそう呟く。



「行くんですよね? 今回は寮のスタッフも、総出で!」

「そうよ! だってこんな大舞台だもの……現地に行ってもしっかりサポートしてあげなくっちゃ!」



 お節介を焼く人物というのは、世界の果てまで行っても焼き続けるものだ。



「この塔が誕生してから初めての大規模遠征になりますからねえ。そういう意味でも、気合入っている職員は少なくないようです」

「残りたい人もいるだろうに、そういった人には迷惑かけちゃうわね」

「いやあ……実を言うと、自分は残りたい派だったんですけど。なんというかその……」



 ビアンカの隣にいた職員が、遠慮しがちに口を開く。するとジュディとガレアも会話に混ざってきた。



「今回の対抗戦は、観れるチャンスがあるなら現地で観といた方がいいって……そんな予感がひしひしとするんです」

「あらそうなの? なんかねえ、私の同僚も同じこと言っていたわ。その子も私みたいな獣人だから、直感は鋭い方だろうけどね」

「僕ん所の学生ちゃん達もそう言っていたなあ。大多数の人がそう感じるってことは……やっぱ何かあるよ今回」


「何なんでしょうね……ま、何が待ち受けていようと、私達のやることは変わりないけどね! そうでしょアレックス?」

「その通りだ。きっと俺達が足掻いた所で、運命は変わらない。ならば運命を変えられるような力を持つ、生徒達を支えてやるだけだ」

「その意気よぉー! んじゃ盛り上がってきた所で、一杯やるわよぉー!」

「そういう流れになりますぅビアンカさん!?」








「――それでよぉー!! 聞いてくれよぉー!! ゼラのババアがさ、ひでーんだよぉー!!」

「はいはいローザさん、訓練お疲れ様です」

「ネム~」




 こちらは第一階層の隠れ家的名店『キングスポート』。青い海の音が聞こえてくるこの店に、今日は涙がこぼれる音が木霊する。




「私にだけ露骨にしごくんだぞー!!! 私にだけ態度が冷たいんだぞー!!! 昔の名残で私にだけ厳しくてよー!!! ヒック!!!」

「この姿トレック様に見られたらなんと言われるか」

「うるせー知るかーあんなクソチビなんてよーーー!!!」



 この日のキングスポートは急遽貸し切り状態。というのも常連客のレーラが、知り合いを集めて食事会をしたいと申し出たからである。


 大本は現在進行形で泣き叫んでいる宮廷魔術師、ローザを慰めてあげたいというのが理由だったが。



「傍から見ている分には、宮廷魔術師のしごきはそこまで熾烈に見えないけどなあ……」

「私達の教官やってくれている、ハルトエル殿下がお優しいというのもあるんじゃない?」

「そうだよ!! こっちだってメリエル様が教官やってくださってたんだよ!! なのに途中からあのババアにぃぃぃ……!!!」


「ベイクドポテトです、どうぞ」

「おうよサンキューな!! えっと……」

「パールです。さっきからもう何回も名乗ってます」




 クロンダイン王家の血を引く少女、パールディア。彼女がメイド服を着てウエイトレスをする様は、すっかりこの店の名物になっていた。



 そして店主のセロニムが教師も兼任している料理人だと言うことも、知れ渡る所である。




「ローザさん、大変ですね。僕は料理を作ってあげることでしか力になれない……」

「あー、それなら大丈夫ですよ。実はロザリンはいわゆるレディースデイが近いんです」

「生理前症候群ってやつ? 結構腹痛辛そうにしていたものね」



 ローザの友人の魔術師ソラがオブラートに包んだのに対して、医療班所属のレベッカは事務的な病名を連ねる。



「……医療班の方には配慮という概念がないのかな~?」

「何よぉ、思春期最前線の生徒じゃないんだから! 大人ならそのぐらい常識として知っておいて当然でしょ!」

「いやそれでもさ、気にする人はいるでしょ」

「まあ僕に関しては気にしなくて結構ですよ」




 セロニムが手を振りながら話す。レベッカは認識の違いに溜息をつき、そんな彼女の隣ではウェンディがグラスをちまちま弄っていた。




「……あーあ。最近カイル君に一切アピールできていないや」

「忙しそうだからねアイツも。そろそろジョンソン団長、副団長候補としての教えを叩き込んでいるみたいよ」

「え、出世の話が……はあ、やっぱり凄いなあカイル君は」

「あら、頑張ってるという点では二人も同じじゃない?」



 若き騎士や魔術師の話に耳を傾けるのは、ある程度経験を重ねてきた騎士レーラである。今日はロングドレス姿で上品に仕立ててあった。



「私からすれば皆そうよ。ウェンディもレベッカも、もう少し自分を褒めてあげなさいな」

「んなこと言われたってぇ……」

「ちょっとそれは恥ずかしいっていうか……」

「うおおおおお私はめっちゃ頑張ってるぅぅぅーーー!!!」

「ロザリンは自分を褒めないとやっていられないね」


「周囲から褒められるなんてのは、子供の私ぐらいなものですよ。大人は自分で自分を褒めないと」

「何でガキンチョに大人の道理を説かれなきゃいけねえんだよぉ!!!」

「ごめんねパールちゃん、ロザリンはすっかりお酒回っちゃった」

「いいですよ、大変なんでしょう」

「ははは……」



 軽く笑うセロニムに、レーラはこっそり耳打ちをする。



「……次の対抗戦、ウィンシュマーズも来る予定になっている。その辺の根回しはどう?」

「仲間には呼びかけている。ただ夏の一件から回復し切っていない人も多くてね……規模は夏より小さくなりそうだ」

「そう……やっぱり何も起こさないことを願うばかりね」








『さて、世界の霊脈を巡る旅路もいよいよ終盤を向かえた。残るは光と闇で、どちらも海の彼方にあるデュペナ大陸に位置している。イズエルト諸島より南に下り、大陸を目指していく所存だ』


『道中には小さい島々があるので、補給を挟みながら旅を続ける。海は天候によっては船を出せない場合がある以上、到着までの時間はこれまでにない規模になるだろう。人との交流を楽しみながら、ゆっくりと赴きたい』



『デュペナ大陸については、風の噂でしか聞いたことがない。荒涼とした荒野しか広がっていないとのことだが、案外自然が残っているかもしれない。また、生息する動物や魔物も、アンディネとは違うのだという。環境の違いが進化の違いを促しているとでも言うのか』


『数ある噂の中で、私が最も奇妙に感じたのは、『光と闇が睨み合っている』という吟遊詩人の弁だ。光と言えば妖精族だが、彼らが国を持っているという話は聞いたこともない。また、闇と言えばヴァンパイア族だが、彼らはとっくに滅亡している。だというのにこう比喩されてることには、何か深い意味があるのではないかと思う』



『また、旅の途中で私はアルブリア島を見かける機会に恵まれた。船に乗って進んでいると、突然水平線の彼方に島が現れる。太陽を背にしたその影すらも美しく、人の手が付いていない自然が残っている様が、容易に想像できるようだ』


『時にアルブリア島は熾天の楽園とも讃えられる。神々の隣に並ぶに相応しい純粋な命が、そこに導かれて永遠を過ごすのだと言う。また別の話では、恐るべき八の巨人との戦いで傷付いた神々がその身を癒す為に作った療養の場とも。神々による世界創世は、この島より始まったという突飛な伝説まである』


『真実は神々しか知らないが、人間によってそのような伝説が多く生み出される程に、神秘的な美しさを持つ島なのだろう。今回は訪れることは叶わなかったが、いつしか行ってみたいものだ――』






(光と闇か……昔の時代の人を以てして、こう喩えられるんだな)


(あまりにも時勢的に合っているな……いや、オレがたまたまここを読んでいるだけなんだけど)



(それにアルブリア島。熾天の楽園か……帝国が避暑地にする前は、神秘性に溢れている島だったんだな)


(『千年後には人が沢山移り住んで縦に伸びています』なんて言ったら、当時の人達はどんな顔をするだろうか。というかそんな島を縦に伸ばすなんて、新時代人は恐れ知らずだな……)





「おおーい文学少年や。そろそろ休憩から上がってくれーい」


「はーい」





 ということで、アーサーは貢献活動の休憩から舞い戻る。例によって『GET’M A TIGER』にて、調理や接客の最中だ。



「戻りましたー。あと一時間半ですが、よろしくお願いします」

「おうよしっかり稼いでけ~。で、例のブツは氷室に仕舞ってあるから、帰る時に持っていけな」

「すみません無茶言っちゃって」

「なーに無茶じゃないよ、素敵な提案だ。そんでもって俺がそれに便乗しただけのことよ。無理だったらその時点で拒否ってる」



 店長は今日も天然パーマをときめかせながら、腰エプロンを着て愛想を振りまいている。アーサーにとっては慣れ親しんだ光景となっていた。



「うい~疲れた。さっさと飯作ってくれや」

「はいはい、今日は何にしましょ。俺のおすすめはポテサラだよ」

「ならばそれを貰おうか。あのこってりしながらもさっぱりとした感じ、時々食いたくなる」

「あいよ~。既に作っているやつを持ってくっから、数秒でできるわ」



 そしてチェンバロ弾きの男性と、アコーディオン弾きのトロール族の男性。二人と一緒につるむのだってもうお馴染みである。



「ところでさっきアーサーさ、本読んでたんだぜ。文学少年なんだよこいつ」

「ほう、お前にそんな趣味があったとは。何読んでたんだ?」

「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』です。愛読書なんです」


「いいねえ。愛読書があるって文面がいいねえ。それだけでイケメン度上乗せじゃん」

「オレにとっては本当に人生の地図のようなものなんです」

「んーそこで調子に乗らない所が益々イケメン」

「からかわないでくださいよ、もう……」




 アーサーは大人達の弄りを軽くいなしながら、グラスを磨き続ける。




「そうだ、そんなアーサー少年にご報告だ」

「俺達三人も対抗戦観に行くからよろしくな」




 そのような重大事項を、前振りもなしに言われたので、中身もないのに噴き出してしまうアーサー。




「……しれっと言うことじゃないでしょう!!」

「何だ? 何か言ったのか?」

「対抗戦観に行く予定だってことを伝えた」

「あー、すっかり忘れった。まあそういうことだから、俺達の期待に敵うような活躍見せろよ!」

「流れるようにプレッシャーかけてきて……!!」



 とはいえ今更三人増えた程度、どうということはないとすぐに思い直すアーサー。



「逆に珍しいじゃないですか……何で観戦しようって話になったんです?」

「そりゃあアーサーが頑張るからさあ」

「この店で働いてる、他の連中も期待してるんだぜ? 未来を担う栄光の騎士ってな!」

「ちょっ、オレの正体バラしたわけじゃないですよね」

「比喩表現だよっ! 口は堅いから心配すんな!」

「むぎぎぎ何だか凄く不安だ……!」





(……にしても、店長達も来てアレックスさんも来るのか。今回協賛している地方都市や商会が過去最大級だって話もあったし……)


(皆……何か予感を感じて、それを確かめるべく集まろうとしているのかな)




 城下町には雪が降り注ぐ。それは降り積もるだけで何も答えてくれないが、神秘性だけは段違いなので、精々演出だけは担ってくれるだろう。

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