第九百四十二話 マスターブレイバー ~存在保持魔術干渉事件~
【ブレスメント:命中率上昇】
【ブレスメント:命中率上昇】
【ブレスメント:命中率上昇】
【ブレスメント:命中率上昇】
【ブレスメント:命中率上昇】……
「……何これ」
「さあ……?」
さあ早速殺し合いだヒャッハーと意気込んだハンスとサラ、試合が始まって間もなく鉢合わせる。じゃあ戦闘に発展したかと言うと、そうでもなかった。
突如沸いて出てきた身体強化アイテム、『ブレスメント』。その中でも最近追加された『命中率上昇』のものがしゅぽぽんとお見えに。
止まってくれと願っても止まることはなく、気付けば足下に百個以上のブレスメントが溢れ返ることに――そんなに命中率を上げた所で、攻撃力も上がらなければ意味がないのだが。
「……う゛っぶ。これ駄目じゃねえか、集合体なんちゃらってやつじゃねえか」
「どう見ても異常事態ね……術式に虫でも入り込んだのかしら」
「虫? なんだってそんな――」
<ヘーイハンスにサラ!
俺の声聞こえるー!?
「ん、この声は……アルシェスだっけ?」
「はいはい聞こえているわよー。今目の前にブレスメントが大量発生してるんだけど」
<それはだなー、
ブレスメントを構築している
術式に不具合が
生じてるんだわ!!!
「んなことだろうと思った。で? これどうするの?」
<一旦術式見直すから、
この試合はノーゲームだ!!!
「えーまじかよ……それって時間かかる感じ? いやかかるわ」
<察してくれたようで
何よりだハンス!!
<つーわけで今から
二人を仮想空間から
緊急脱出させるんで
ご協力シクヨロ!!!
こうしてハンスとサラは、ブレスメントの大量発生に加えて、構造がやけにおかしくなった建物や、同じく大量発生した武器を尻目に、仮想空間から現実に戻ってきたのだった。
「でもって何でアーサーが項垂れているのかしら」
「『他人の不幸は蜜の味』なんてことわざは存在しないことを叱っておりました」
「オレが『マスブレ』できない隣で騒ぎ立てた報いだとか言って申し訳ありませんでした……」
人差し指を突き合わせてぶつぶつむくれるアーサーを横目に、サラはアルシェスに迫る。彼女達が現在いた場所は、仮想空間を投影映像で確認しながら、適宜術式の調整を行うコントロール・ルームである。
ハンスとサラ以外は、術式を見たいというヴィクトールの熱い要望を受け、観戦すると闘争心のあまり闇に染まってしまうというアーサーの自制心も考慮し、複雑な術式が並ぶこの部屋に来ていたのである。
「何か、長辺がやけに長く延びてる建物あったんだけど。あれも術式のバグ?」
「バグってなんすかサラ先生」
「不具合を示す用語よ。魔法陣研究をしている時に虫が入り込んで、過程が変わったことによって結果も変わってしまったことが由来。大抵いい意味で使われるものではないわね。どう、今の解説の間に説明は考えられたかしら?」
表情こそ変わっていないものの、サラは早口になっており試合が中断されたことに怒りを抱いているのは明白だ。エリスはほえ~っと彼女の様子を見ている。
「いや~もう……大問題もいい所! サラやハンスが見たのは、建造物を再現する術式に不具合入っちゃったからだね~」
「え、ブレスメントだけじゃねーのかよ」
「あと初期位置の魔術もだし、武器だってそう。細かい所では音楽もだしシステムにも……ステータス表示のやつね」
「あの腰をポンポンってやるやつっすよね。ボクこれだけはわかる」
「ああ、『マスター』武器を取ったにも関わらず、オレにボッコボコにされていたよな」
「そういうの思い出したくない記憶っつーんだぜ? アーサーよ……」
イザークが必死に過去を脳裏からかき消そうとする中――
説明をしていたアルシェスに合流してくる人物が。ユンネである。
「あっユンネさんだ~」
「エリス、我は今報告に来た故、挨拶もなしに話を始めることを許してほしい」
「あっえっ……んんっ?」
要は『単刀直入に言う』と言った所だろうか。ユンネの態度に只ならぬ気配を感じたエリスは、以降口を閉ざした。
「ハンスにサラ、貴方達には聞く権利があるわ。しっかりと聞くこと、いいわね?」
「いいけど……そんな重大なバグ? だったのかよ」
「不具合事態は大したことはないわ。アルシェスの言っていたことが全て。問題なのはその過程……」
「……調査の結果、今回の大規模な不具合は、『存在保持魔術』に干渉しようとして、失敗に終わった顛末と見ているわ」
普段の芝居がかった語り口なぞ何処吹く風、ユンネはじっと全体を見ながら、しっかりと話す。
そして異変があったのはアルシェスもだった。報告を受けるとその表情から笑顔が消え去り、ぞくりと顔が青褪める。
「……『存在保持魔術』? マジか、うわーマジかー……!」
「えっと、つまりどういうことっすか?」
「『存在保持魔術』は……仮想空間に接続した者の精神を魔力に変換し、それを元の生命体データに維持する役割の魔術。砂を入れておく箱だと思って頂戴」
「だがそれを破壊し、箱から魔力を流出させようとした……魔力となった精神をぐちゃぐちゃにし、元の存在をわからなくすることによって、中の人間を殺そうとした」
本当に単刀直入だった。事実が冷たく告げられると、誰もが言葉を失い目が見開かれる。
「……ワタシ、どこの誰とも知らない輩に、殺されかけたってこと」
「……サラァァァ~~~!!!」
「……サラちゃ~~~ん!!!」
「ちょっ……!」
自分に抱き着き泣き喚くエリスとギネヴィアを、一瞬拒んだサラだったが、正直泣き着きたいのは彼女も同様だった。軽く見ていたことの真実を告げられると、それまでの行いを愚かだと思いたくなるものである。
「ぐすん、ひっく、本当によかった……!!!」
「一生分のラッキーここで消費したね!!! 消費する価値のあることだ!!!」
「ラッキーって……本当にそうなんすか?」
「いいえ、『存在維持魔術』はブラックボックス。何重にも防護策を仕掛けているし管理している部屋には関係者以外立ち入れないわ。干渉されたってわけではない……しようとした形跡が残っていただけ」
「一応大規模な災害を想定して、現実側に命の危機が迫った場合は、魔術側から接続をシャットアウトする命令は組み込んであるんだがな……」
アルシェスはそう補足するが、表情はいつにも増して重い。そしてそれ以上に重そうな腰を、どっしりと上げた。
「干渉しようとした結果ってことは、誰かが干渉しようと魔術をやってみたけど失敗に終わって、それが適当に霧散した結果他の魔術に影響出たってことだろ?」
「イクザクトリー。とにもかくにも、干渉されたという事実は残っている。犯人の特定をできる限り急いでいるけど、時間がかかるか……不可能って見込みよ」
「クソッ……!」
歯軋りをして苛立ちを見せるアルシェス。彼が感情を露わにしている様子は、事態の物々しさを悟るには十分だった。
「とにかく、当分は徹夜だな。これから仕事は山積みだ……ハンスやサラ以外の参加者にも説明しなきゃなんねーし」
「その辺りはトレック様が早速当たってくれている。ブラックボックスのことと、犯人究明のことも伝えてくださってるわ」
「さっすが俺達のアールイン家当主ー! つーわけだ、こっから先は大人の本分! 子供はさっさと帰れ!!」
やや強めにアルシェスに促され、エリス達はそうしますとどんどん立ち上がっていく。
「ユンネさん!! もしも犯人見つかったらこう言っておいてください!! わたしの友達を殺そうとして、絶対に許さないって!!」
「ザッツライト、それの百倍以上は物申してやるつもりよ」
「期待してますからねー!!!」
こうして一同は『マスターブレイバー』の施設を出る。話を聞き付けたのか、魔術師らしい人物やそれ以外の野次馬も詰めかけていた。
強引に人波を掻い潜り進む。その間もエリスは胸の高鳴りと涙が止まらなかった。
「ぐすん、ひっく……サラ、サラのおててがあったかいよぉ……」
「はいはい、そろそろ外出るから。人が見ている所で泣かないの、エリス」
「見られてもいい!! 今は泣きたい気分なの!!」
「全く……」
「あの様子だと当分『マスブレ』は休業だろうな……このドタバタを踏まえて楽しめるかと言われると、そうはならないだろう」
「新事業! って気合十分だったのにこれっすか。まあトラブルは何だって付き物っしょ」
「とは言ってもな……状況は悪い方だろう。最近エレイネ事変と呼ばれるようになったあれの影響で」
「あーそう持っていかれるのかー……クソがよ、もう本当に腹が痛い」
グロスティの名が知れ渡っている以上、エレイネ事変と聞くとイザークは身体の痛みが止まらないらしい。
「……おれ、難しくて、途中から頭真っ白。ついていけてたか?」
「誰かが殺そうとした、という事実だけ理解した」
「ハンスらしいな……ヴィクトールは?」
ルシュドは右隣を歩いていたハンスから、左隣のヴィクトールに視線を向けるが――
「……ふんふふんふんふ、ふんふふんふんふ、ふんふふんふんふ、ふーん……」
なんとヴィクトールは鼻歌を歌っているところであった。
「……ヴィクトール? お前、緊張感ないのか?」
「え゛? 誰が緊張感なくしてのんべんだらりだって?」
ルシュドのさりげない発言で、エリスの怒りが着火する。まだ涙で目を腫れさせながらサラの下を離れヴ、ィクトールの頭に拳をぐりぐりねじ込む。。
「よくこぉんな状況で鼻歌なんて歌えるなぁ~~~……???」
「待て、誤解だエリス。俺はあの状況で確かに恐怖を感じていた。それを誤魔化す為に鼻歌を歌ったんだ」
「ぬ、むぅ~……そうかそうか……」
ばつが悪そうに俯くと、再びエリスは定位置に戻っていくのだった。
「……アナタも怖いと感じたのね。そして鼻歌を歌うのね。意外な側面が一気に二つも見れたわ」
「というより、今の曲……らーららーらーらー、らーららーらーらー……あ、『漆黒のシュラハト』だ」
「よりにもよってそれかよ。気に入りすぎだろ」
「ははは、何とでも言え。俺はこの曲が大好きなのだ」
「開き直っておりますな~。一周回ってボカァそういうの好きだぜ」
「……」
一歩を踏み締めていく度に、こうして語り合えることへの感謝が溢れていく――生きていることの何たる素晴らしいことか。




