第九百三十三話 踊りたい方々と演奏する彼
「ばちっ……ばちばちっ……」
「ばちばちですわー!」
「ばちばちばちばち!」
ドレスに着替えるや否や、エリス、アザーリア、ファルネアの三人は目線をぶつけ合っている。口で効果音を演出しているので緊張感がないが、本人達は至って真剣だ。
「……ああエリス。この期に及んで何を争うって言うんだ」
「アザーリア、何かするってなら俺退場させてもらうけど……」
「ファルネアがこういうおふざけに乗るのは珍しいな……」
<どうしたじゃねー!
<逃がしませんわ!
<おふざけじゃないもん!
「「「ふんぐっ!!!」」」
タキシードに着替えた男三人、アーサー、ダレン、アデル。筋肉が冴え渡ると何を着ても似合うと誰もが思った矢先、それぞれのパートナーに連行される。
「今年は勝負だよ。しょーぶ! アザーリア先輩とファルネアちゃんとわたし、どのカップルが一番上手く踊れているか!」
「このパーティそういうコンセプトじゃないだろぉぉぉ……!?」
「わたくしには先輩としての意地がありますわ。演劇部の本領発揮! ですわ!」
「その本領発揮力は別の所に回さないかぁぁぁ……!?」
「わたしはプランタージの名を背負っています。王族の一員として、負けていられません!」
「そんなっ、ことよりっ!!! 身長差、身長差によって腰があああああ……!!!」
そういう何とも微笑ましい一場面があったが、今年も降神祭はダンスパーティの時間になる。
裕福な生徒もそうでない生徒も、礼服に身を包めば立派な社交界の客人。礼服が着れなくたって、魔法学園の優秀な料理人達によって取り揃えられた料理は、分け隔てなく振る舞われる。
身分の違いなんて存在しない。あるとしたら『グレイスウィル魔法学園の生徒』、たったそれだけである。
「来たぜー! ん、誰かと思ったらリーシャだ!」
「おっつ~。今年もばっちし似合ってんねえエリっち!」
「ぬへ、うへへ、おへへへへへへへへへ……!!!」
「ネヴィルは一周回って気色悪いな……」
「ほら、アーサー先輩にも言われてますよ」
リーシャは青色のミニドレス姿で、パートナーに抜擢したネヴィルと料理を堪能している所だった。後ろからはミーナがついてきており、恍惚で死にかけているネヴィルのアシストに徹している。
「エリスが踊るつもりでいたから、私も踊ろうと思ってさ~。ネヴィル君誘ったんだ」
「その調子でダンスの時間まで持つのか」
「持ちます!! 持たせますよ絶対に!!」
「起き上がったのはいいが鼻水を拭いてくれ」
「ぬぅんこれは音楽家として何たる失敬!!」
「はぁ……狩りしていた時は決まっていたのに、リーシャが絡むと駄目だな」
<リーシャが絡むと駄目だな
<リーシャが……絡むと……
<リーシャが……
「うぼあああああああそうです僕は十中八九四面楚歌どこを取っても駄目人間んんんんんんん……!!!!!」
「アーサー先輩、もうネヴィル君に余計なこと言わないでください。大変なんですよこっちは」
「ミーナ……何かもう、済まない。パーティ中頑張ってくれ」
ネヴィルが奇行や奇声の数々を発していても、リーシャは一切気に留めない。というのもネヴィルがアーサーと話している間に、エリスと別の友人の所に行ってしまったからである。
「サラ! ジャミル先輩と一緒か!」
「ええそうよ。そして今年はワタシも踊るから」
「な、何かサラさんの情熱がいつも以上だ……?」
緑のロングドレス姿のサラは、エリスに対して不敵に微笑む。腰がきゅっと引き締まっており、ウエストが際立つ。正直そこの美しさだけで言えば、敗北しているかもしれないとエリスは謎の対抗心を燃やすのだった。
片やパートナーのジャミル、踊るつもりとのことで心の準備はしてきたが、それでも穏便に行きたい性分である。サラが一方的に喧嘩を売るのに対して、笑ってやり過ごすことしかできなかった。
「いよーっすルシュドっち。キアラちゃんも可愛いネッ!」
「リーシャ先輩ありがとうございます~!」
「えへへ。あ、言っとくがおれ達踊らない。お楽しみ、どうぞ」
サラ達の隣で、ルシュドとキアラの竜族カップルは食事を楽しんでいた。しかしパートナーの踊らないの一言に、目をカッと見開くキアラ。
「何言ってんですか先輩! ファルネアちゃん達も踊るんですよ、私達も行きますからね!」
「えっ、ええ~!? 既成事実~!?」
「ぶっ……! いいかいルシュド、これがパートナーのいる宿命ってもんだぜ」
「そーなのかぁー……うう、緊張……でも、頑張る」
緊張のあまり落ち込んでいたルシュドだったが、一転して拳を握り、決意を滾らせる。タキシード姿に整髪料で髪を整えているので、例年より増して社交界に馴染んでいた。
一方のキアラは漆黒のミニドレス。竜族の特徴である尻尾や爪が映えるデザインである。周囲からの目を気にしない彼女は、誰よりも輝いて見えた。
「何だかエリス達はダンスがどうこう楽しそうだなあ……」
「クラリア先輩も誰か誘ってみたらいかがです?」
「んなことする時間あったら飯を食うぜー!」
「アサイアちゃん、先輩はこういう人だよわかってんでしょ」
相変わらずクラリアはドレス姿が映えているにも関わらず、所作を一切気にしない食いっぷりと見せている。今年は当然のように後輩のメルセデスを誘い、ファルネアが忙しそうなのをぼーっと眺めていたアサイアも誘った。
「ご機嫌よう、クラリア。元気そうね」
「ん、お前はカタリナ! そしてセシルか! セシルか!?」
「露骨に驚きすぎですよ先輩っ。シル君ごめんね~?」
「いいんです、普段こういう服は一切着ませんから」
そう、普段は女性の服を着ていることが多いセシルだが、今日は髪型をオールバックにして紺色のタキシードで仕上げていたのである。引き締まった肉付きを見ると、やはり彼は男性であることを思い知らせてくる。
一緒にやってきたルドベックも、当然ながらタキシード。首元の蝶ネクタイはこういうごつい体格である程逆に映える。
「どうもカタリナ先輩が踊りたいらしくてな。最初は俺が誘われたんだが、外見を重視してセシルを推薦した」
「あたしは別に気にしないんだけど、セシルの方がノリノリになっちゃって。その勢いで今に至る」
「ふぇ……セシル君も男らしい格好を……」
そう言ったアサイアはというと、性別問わず着用できる、ローブのような礼服姿だった。魔法学園では大体男装で通しているので、この場でも男装するべきかというせめぎ合いの結果こうなった。
「ん? 別に、その服装似合ってるけど」
「そ、それとは別にですね。私もそろそろ女性らしい服を意識するべきなのかと……ほら、胸部が目立ちますし?」
「ああね。じゃあ妖艶なる魔女の茶会の新作、アサイアにモデルになってもらおう」
「何でそういう方向性に話が飛躍するんですかぁー!」
そしてここは、舞台袖の控室――
「あれ? ヴィクトール君だ」
「リリアン先輩……」
いくら生徒会長になった身分と言えど、パーティを満喫するのには変わらず。小物のハンドバックを手に、ピンクのスパンコールドレスで、ツインテールはそのままに。
友人のユージオを引き連れて、リリアンは控室を訪問していたのだった。生徒会として音楽部の様子を見に来たらしい。
「お前ここにいるってことは、ピアノ弾くのか? 自分から志願したのかー?」
「いえ、音楽部の方に誘われました。断る理由もなかったので……」
「なーんだよ、俺だってピアノ弾けるぞ!? 誘ってくれればよかったのにー!」
「んじゃこの後弾くかー? 飛び入り参加も歓迎だぞ、何せ曲は決まってないからな!」
音楽部の生徒に呼びかけるユージオ。ぜひとも弾くぜ、と言った直後にリリアンが腕を引っ張る。
「はいはいユージオ、まずは踊ることから始めようねぇ! つーわけだヴィクトール君、期待してるよ!」
「ありがとうございます」
「ぐえええリリアン引っ張るなあ……!! 後で来るからな!!」
「はいよー!」
準備のあれこれは音楽部に任せている為、自分は本当にピアノを弾くことしかやることがない。今は緊張に備えて集中する時間だ。
何度も楽譜を確認し、指の動きを空で動かして確認する。そんなことを繰り返していた最中――
「おっすーヴィクトールゥ!」
「ここにいるって聞いたから来たぞえー!」
「きみ達もう少し声を抑えないか……出入り自由とはいえさあ」
今度は同学年の友人が訪ねてくる。イザーク、ギネヴィア、ハンスの三人。三人揃ってパーティを満喫するべく、タキシードやドレスに身を包んでいた。
「ああ、貴様等か。イザーク、今年も礼服着たんだな」
「どっちかって言うと嫌だったけどな! でもヴィクトールの演奏聞けるってんなら我慢する価値はあるぜあるぜ~!」
「……あまり期待しないでくれよ。俺はそんなにピアノは上手ではない」
「ヴィクトール君、謙遜の仕方が下手くそ! 今までだってずっとキーボード弾いていたじゃん!」
「それは……それとしてだ」
「下手くそだなあ本当に。一体何がきみの自信を奪っているんだ?」
「自信がないわけではないが……」
「人に聴かせるという目的で……ピアノを弾くのは久しぶりだからな」
しんみりした発言に、思わず三人揃って押し黙る。
「……キーボードとは違うのは言うまでもないか」
「魔法音楽はしんみりなぞクソ喰らえだもんな。まあボクが主戦場にしているジャンルは、だけど」
「うーむ、たかが鍵盤って思っていても奥が深いもんですなあ」
「きみも一応歌っているクチだろ。今の発言は問題があるんじゃないのか」
「んなこと言われたって! わたしはこう……ばーってやってべーってやってどーん! でやってるし!」
「本番で本領発揮するタイプなんだねきみは」
とか何とかと、些細な言葉から会話が発展したが――
「……この曲は『協奏曲』なんだ」
その最中、ヴィクトールは改まった態度で、もう一度切り出す。
「……ん、この曲? 『漆黒のシュラハト』?」
「協奏曲ってことは、別の楽器と合わせるのを前提にした楽譜ってことか。前聴いた時は、そんな雰囲気しなかったけどな。両手の演奏だけで充足していた」
「独奏として書き下ろされた楽譜もある。しかし大本を辿っていけば、原点はこれだ」
「……色々な楽器と合うように作られているんだ。だから……」
「……イザークのギターや、ギネヴィアの歌や、ハンスのリュートとも……いずれ合わせてみたい」
ほんのり浮かんだ願望すらも、彼らは拒むことなく受け入れてくれる。
「……何それ? 先んじてコラボ確約? ヴィクトールもやるようになったなぁ!」
「どんな歌詞が似合うかわかんないけど……でもヴィクトール君の為なら、ぎぃちゃんは頑張る!」
「……ぼくがリュート弾いてたの覚えてたんだな。いいよ」
イザークは面白そうに、ギネヴィアは鼻を膨らませて、ハンスは普段通りのひねくれた態度。
それぞれの個性溢れる快諾を受けた後、いよいよ場が動き出す。
「おっ! 皆動いてんな~……そろそろ時間じゃね!?」
「そいならわたし達はおいとまし~! 頑張ってねヴィクトール君!!」
「まっ……期待しているよ」
友人達は去り、自分も立ち上がる。例年だったら聞き流していたはずの演奏も、今年は普段とは違う――
「……!」
「何だ……シャドウか? ずっと入っていろと言っていたのに……」
しかしシャドウはヴィクトールの命令も聞かず、眼鏡ををかけていない彼の姿に変身する。礼服の主君に対して、学生服のままであったが。
服装はシャドウにとってどうでもよかったのであろう。問題は人間の姿かどうかだ。
主君の前に膝をつくと、両手で主君の手を包み込んだのだ。
「……これは」
「♪」
「……ああ。思い出した。昔母上にも……」
「~~~」
元気出たか、と言わんばかりにシャドウは笑う。
思えばこうした彼の遊び心に、今まで何度助けられたことか。
「緊張をほぐしてくれたのか。感謝を……ありがとう」
「! ~~~!!」
感謝の言葉を受け取ると、シャドウは影に戻っていく。
ヴィクトールもそれを受け、はやる鼓動を抑え込んで――歩き出した。




