第九百二十五話 傷が癒えぬ世界・その二
「……ってことがこの間あったんですよぉ~」
「ランスロット……想像以上のキャラしてるわね」
「性癖自体は記憶失った頃に培われたっぽいけどね。それも人妻とは何たる因果か」
「確か騎士王伝説にも不倫の話があったわね……肉体が覚えていたのかしら」
ここにいない円卓の騎士について話をするのは、円卓の騎士ガレスと生徒サラ・マクシムス。場所は百合の塔がカフェにて。声がちょっとやそっとじゃ聞こえない、カウンター席の奥に座り、人には聞かれたくないようなことをつらつら喋る。
客足はまばらで席が三分の一程空いている。平日の昼間、それも年の瀬でこれなら十分な繁盛と言えるだろう。もっとも今この状況のように、人がいないことが有難い場合もあるのだが。
「待たせたぜー!」
「サラさん、ガレアさん。お待たせしました」
「……あ゛?」
「君は……ジャミル君じゃないか。どういうことだいクラリア嬢?」
ガレアからの質問に答える前に、クラリアとジャミルはカウンター席に座る。その際クラリアが一瞬踏み止まり、サラの隣にジャミルを座らせたのを、座られた本人は見逃さなかった。
「先輩、アタシに声かけてきてさー。何だかサラと会いたがっていたからよ、今日会う予定だったから連れてきたんだ!」
「だって最近エレナージュが大変だったじゃないですか。それでいて魔術戦の時に急にサラさんがいなくなるし……僕心配で心配で、隊長崩して試合一つ休んだんですよ?」
「……ああ」
そういえば彼もまたエレナージュの出身。にも関わらず殆ど何も言わずに来てしまった。
まだまだ自覚が――コイツに告白されたという自覚が薄い為、
「そこまで想ってくれてるなんていいねぇ~」
「黙れ……黙れよ……」
「もう本性曝け出した今は黙らな~いっ」
「え、何の話です?」
「ああもう、ここまで来たんならアナタにも話しておくわ。いい、眩暈起こして倒れないでよ!」
こうしてジャミルにも、カフェの店長ガレアが伝説に語られる円卓の騎士ガレスであることが知られたのだった。
「……へぇ」
「眩暈どころかリアクションうっす」
「壮大すぎてどういう反応を返せばいいのかわかりません」
「普段通りでいてもらえるならそれはそれで。んじゃま、本題に行こうか」
一転して真面目な声色になったガレスは、サラ達の前に複数枚の資料を提示する。
「これは……エレナージュの内部調査書?」
「そうよ。実質鎖国状態ってのはアナタも知ってるでしょ」
「はい……僕の両親はかなり悩んだようですが、ペスタに留まることを選択ました」
「ああ……」
自分の両親はとっくに死んでいるものだから、ジャミルが抱いているような心配は一切抱くことがない。しかし世界から見れば自分の方が珍しい部類に入るのだ。
「父さんも母さんも、心配になるよな……アタシももしエレナージュに家族がいたらどうしようって、身震いしたぜ」
「情報を流すつもりもないものね。こういうのは国家滅亡の第一歩だけれど」
「当事者達にはその自覚がないか、或いは自分達は二の舞を踏まないと意気込んでるかのどちらかですよね」
「クラジュの性格を考えると後者な気がするわ……」
資料にはペスタの町の現状、王国の動向、そしてクラジュの幼少期の様子が書かれていた。
「クラジュの過去の所業? 誰話したのこんなこと」
「リネスが捕らえた捕虜から聞き出したらしいよ。捕虜の中にはエレナージュに帰らず、リネスに留まることを選んだのが少なからずいたらしい」
「そんなことを調べる店長の調査力ですね。あっ、えっと」
「いいよ~今のはスマートな店長呼びだった」
「それはそうと一体どうやって調べたんだぜ? 調査してくるからって言われた時も、びっくりしたけど……」
「そりゃあ実際にリネスにぴょーんよ。食べ物卸している商会と知り合いだからね、そこから聞いてみたのさ」
「確かにそういう人達って、人の噂には敏感な印象だぜ」
三人は資料に目を通していく。とりわけクラジュの過去については、初めて知る情報が多数だった為、興味深く眺めていた。
「『笛吹き失踪事件』……初めて聞くわこんなの」
「エレナージュ内でも少し市井に広がって、忘れ去られた事件だからねえ。でも今思うと、クラジュが圧力かけて揉み消したんだと思うよ」
「貴族の子供が複数人失踪。その中にクラジュと遊ぶという証言があったことから、彼に疑いの目が向けられたが――」
「『あの病弱な王子がそんなことするわけがない』と……クソッ」
そうして病弱を演じて国民からの支持を得て、今までこそこそやってきたのだろう。彼には疑う余地がないという下地が形成されていったのである。
「でも、実際は子供達はクラジュの下に行ってた。そして彼による《《遊び》》の果てに全員死んだらしい」
「あ、遊びって……ちょっと背筋がぞくっとしたぜ」
「クラリアでもそんななら、目の当たりにした従者はもっと生きた心地しなかったでしょうね。これはその当時の従者の証言か……」
痛ましい表現が連なる一部に、黄色い石についての言及が見られた。
「黄色い石? もしかして魔石か?」
「だろうねえ。それまでのクラジュは、特に同年代の子供からいじめられていたんだと。それが魔石を拾ってきてから、他人に対して牙を剥き始めたらしい」
「あー、違和感がこれで払拭されたわ。国民から愛されて優しい? そんないい印象ばかりなわけないって、ちぐはぐだと思っていた。だが実際にあったんじゃねーか」
「サラさん……」
思わず名前を呼ばれたので、ジャミルの方を向くサラ。
目が合った彼はそっと微笑み返す。恥ずかしくなってまた顔を背けた。
「……人の好意も素直に受け入れられるようになろうね♡」
「うっせえキモいぞクソガレス、で? 他にも何かあるようだけど?」
「ああそう、もう一個重要な情報……その魔石を拾ったと思われる場所だ」
ガレアはカウンターの上から、腕を伸ばして資料を捲る。
そこにはある遺跡の調査資料が並べられていた。至って普通の神殿に見えるが――
「クラジュはどうやらここで魔石を見つけたらしい。目を離した際にいなくなって、気付いた時には魔石を持って戻ってきたんだと」
「この神殿に魔石があったなら、もっと騒ぎになっていないか?」
「それがだね、これは数年後の調査なんだけど――神殿の地下には別の施設と思われる遺跡があったらしい」
クラリアに話をしながら、ガレスは次の頁を捲る。
「……っ」
その内容を確認する前に、調査者の名前がサラの目に留まった。
「……ジャファル。テメエこんなの調査してたのか」
サラが呟いた通り、その遺跡を発見したのはジャファル・マクシムス――彼女の父親だったのだ。
「そう、ジャファル・マクシムスが発表した研究さ。エレナージュ内では少し話題になってたけど……考古学に発表されるまでとはいかなかった」
「またクラジュが揉み消しているぜ。魔石のことがバレてしまうから……ぐぬぬ」
「確かにこんな大発見、ルドミリア先生なら喜んで現地調査に赴くでしょうね」
だが肝心の内容はというと、遺跡内部の絵が数枚描かれてはいたが、調査中とか調査予定といった単語が目立ち、不十分を思わせる。
「ん? これって、調査の方もクラジュが圧力かけて止めさせたのか?」
「いや、調査の方は本当にできなかったっぽい。内部に瘴気がねっとりと溜まっていたらしく……そしてそれに当てられた魔物が寄ってきて、今その遺跡は魔物の住処になってしまった」
「瘴気ねえ……魔石を置いておくにはぴったりの環境じゃないの」
「……」
一昔前のサラだったら、父親がしていたという調査について、何をしているのかと小言や文句を吐き連ねる所だが――
真実を知り、死を見届けた今では違う。彼はクラジュに従いながらも、その裏で食い止めようと必死に模索していたのだ。
「あれ……そろそろ資料が終わりそうだぜ。もうないのかー?」
「色々情報が出てきたんで、取り敢えずまとめる為に撤退してきたんだよ。また数回は赴く予定だから……まあね?」
「ぶー、じゃあ今回は何も収穫なしか……」
「ううん……ワタシは満足しているわ」
クラリアにそう言った彼女は、遺跡調査の頁を隈なく眺め、指でなぞっている。
「ジャファルが生きていた頃の話……知れたから」
「そうか……そうなのか? ジャファルさんのも含めるってなら、また広い範囲で調べないとなー」
「えっ、何だい何だい。ひょっとしてズレた方向で調査してきちゃった? ガレスさん不安なんだけど」
「アタシもよく聞かずにお願いしちまったから、どっこいどっこいだぜ。アタシ達は母さんの生きていた証拠を探しているんだぜー!」
クラリアが語ったのを受けて、ジャミルが少し身を乗り出す。
「母さんって、サリアさんですか? それなら、生前文通していた手紙が残って……わっ!」
「何でそういうことは早く言わないのよ!」
思わずサラはジャミルの肩を両手で掴み、前後に揺り動かす。クラリアが彼女の身体を引かせて、行為を止めさせた。
「へへっ……はははっ! よかったなサラ!」
「次会う時まで必ず持ってきなさいよ。いいわね!」
「わ、わかりました。ふふ……やっぱりサリアさんのことをお話されているサラさん、素敵です」
「うっさい、うっさーい!」
「わっはっは。そうだね……僕自身の用事もあるから、完全にお望み通りってわけにはいかないけど。でもサリアについての情報、頑張って集めてみるよ」
「頼んだぜガレスー! サリアさんだけじゃなくって、クラリスもよろしくしたいぜー!」
「そっちはクラリアさんのお母様かい。ん、オッケーオッケー……」
それから客足が賑わってくるまで、四人は秘密の話を繰り広げるのだった。
「あっイザーク先輩! お疲れっす!」
「お疲れ。どしたん、そんな慌てて」
「そ、それがですね……」
魔法音楽部の部室にやってきたイザークは、慌てた様子の後輩複数人に出迎えられる。彼らは一年生故、ちょっとしたことでも慌ててしまう性分ではあるのだが、
「先輩が来るまでの間、先輩当てにプレゼントがたくさん来ておりまして……」
「プレゼントだぁ……?」
「と、とにかく見てください! でもってどうするかは先輩が決めちゃって!」
「んー……」
若干の疑いを混ぜながら、イザークはいつもの練習室に入る――
「……うっわ」
文字通りのプレゼントだった。お馴染みの赤と白の箱に入っていたり、高級そうなラッピングが施されていたり、手紙やメッセージカードが挟まれていたり。
そんな諸々の山をざっと見回し、幾つか手に取って開く。
「『親愛なるイザーク・《《グロスティ》》様へ』……?」
「クソが……そういう魂胆かよ」
「やっほーイザリン、機嫌悪そうだね?」
挨拶を聞いて背後を振り向く。そこにいたのは意外な人物。
なんとドリンクの差し入れを持ってきたハンスが、すっかり馴染んでいる様子で練習室に入ってきたのである。
「オマエ……もう隠すこともしなくなったのか」
「なんか目覚めたから別にいいかなーって。んでこれは何?」
「あー……ボクがグロスティの跡取りだってことがバレててさ」
「まじ? 逆に五年間今までよくやれてたよな」
ハンスもプレゼントの山をちょろっとつつく。菓子が入っている物については、食べていいぞと伝えると、好きに開けて食べ始めた。
「あの戦闘でちょっと目立ちすぎたかな……」
「リネス連合軍が助けられたわけだからねぇ。新聞なんかはこぞって取り上げそう。ゴシップ扱うタイプのは特に」
「言われれば確かにその通りだなぁ」
プレゼントを送ってきた相手は、今後を見据えてグロスティ商会に媚びを売りたいのだろうが、イザークの前では等しくただのアイテムにしか他ならない。
「知ってる名前はあるの?」
「全員こぞって知らねー。んでも、店先で見かける名前はあるかな。概ね弱小商会とか貴族とか、そんなもんだろう」
「そういう派閥って、三年生の時の内乱で一掃されたんじゃなかったっけ?」
「今年転入生を沢山受け入れたから、また増えたらしいぞ」
つくづく魔法音楽を嗜んでいる自分とは縁のない世界である。そんな世界の住人から接触を図られたのである。
「でもまあコイツら話になんねーわ。本当に媚び売りたいってんなら、実際にここ来て入部希望とかしてみる根性見せろや」
「そんなこと言ってっと~……「せんぱーい!!!」
先程と同じ一年生が、またまた慌てて練習室の扉を開ける。
「来て、来てください!! 先輩に会いたいって生徒さんが、たくさん来て……一部は魔術使って強引に突破しようとしています!!」
「……」
「ほらーフラグだったぁー。行こうぜ、こういうのは本人が直接断るのが一番効果ある」
「……今ばかりはオマエがちょっと羨ましいわ」
「あ? どした?」
触媒代わりのギターを装備しながら、イザークはハンスにぼやく。
「オマエもエルフ貴族の出自なのに、めっちゃ自由な所がさー」
「ぼくの所は割と貴族主義に反対していたから。きみの所は超大手商会じゃん、人の生活沢山懸かってるんだよ? 比べたって何の参考にもならん」
「……それもそうか。んじゃ行くか」
この後他の生徒を見下し出自ばかりにこだわる裕福な生徒達に対して、イザークは雷魔法を、ハンスは風魔法を存分に放った為、生徒会から厳重注意を受けたとか何とか。




