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第九百二十四話 傷が癒えぬ世界・その一

「ルドミリア・ロイス・ウィングレー。只今到着した」

「はっ。長旅ご苦労であります」





 騎士との挨拶も早々に終え、ルドミリアは足早に歩き去る。



 ここはウィーエル国は首都ユディ。首都機能が働いていたのも昔のこと、今はグレイスウィル軍が立ち入り代理で統制を行っている。彼女はその視察も兼ねて訪れたのだが、





「ルドミリア様。遠路はるばるお越しいただき、誠に感謝する」

「イアン殿……お会いできて光栄だ。この度は息災で何より……」




 今回に限ってはまた違った用事がある。商売用のスーツに身を包んだイアンは、彼女を見かけると颯爽と挨拶をする。そして話もそこそこに歩き出した。




「またしても……グレイスウィルに頼んでしまい、誠に申し訳ないのだが」

「構わない、あれは一都市が背負うには重すぎる物だ」









 そうして足を運んだのは大議事堂。元々小聖杯が置かれていたこともあり、魔術的防衛には事欠かない建物であった。




「ではこちらに……」

「……感謝する」






 ルドミリアの案内のまま、イアンは大議事堂内の応接室に案内され――




 鞄から梱包された球体を取り出し、それを同じように梱包された球体の隣に置いた。






「うむ、二つ並べると迫力が違うな……包んであるにも関わらず」

「共鳴とでも言うのでしょうか……本当に生命が宿っているようだ」





 二人の目の前に並んでいるのは、黄色の魔石である。丁寧に梱包された様子からは、尋常ならざる雷の魔力を放っていることが肌身で理解できた。



 それが二個並んでいるのだから、あらゆる要素が二倍になって襲ってくる。生存本能に訴えかけてくるような、禍々しい威圧感も例外ではない。





「雷の巨人サイクロプスの三つ目説……これで確定したようなものだ」

「ええ……捕虜から聞き出した話によると、クラジュも同じ物を一つ持っていて、三つ集める為に今回の戦争を吹っかけたらしい」

「何という理由だ……」



 邪教に取り憑かれたとでもいうのだろうか。いずれにしても、私利私欲の為だったことは間違いない。



「そしてクラジュは、現在エレナージュを掌握しているも当然。再び軍を率いて奪いに来る可能性は否めないでしょう」

「そうなるな……頭では理解しているが、実際にやり合うとなると、少し頭痛がしそうだよ」






「でしたらその魔石、我々に預けてみるのはどうです?」








 閉めていたはずの扉が開かれて、招かれざる客が入ってくる。




「お前は……セーヴァ」

「お久しぶりですねルドミリア殿。少しばかり頬がこけていらっしゃるようで?」

「それは貴様の顔のことではないのか?」




 容赦なく皮肉を飛ばすルドミリア。たとえ世界がひっくり返ったとしても、過激な方法で帝国の復活を目論むこいつには頭を下げないと、固く心に決めていた。




「……そもそも何の目的でここに来た。単なる冷やかしならとっとと失せろ」

「視察ですよ。ユディの方で王国軍が動いているようでしたので、どういったことがあったのかと」

「白々しいな。帝国主義ともあろうものが、あの戦闘の顛末を知らないわけがない」




 イアンも強気な姿勢を見せつつ、ルドミリアに加担する。どちらも彼をこの場に留まらせておくには、リスクが大きいと判断したのだ。




「ふふふ……噂で聞くのと実際に見るのとでは、情報に相当な剥離がある。イアン殿ならお分かりでしょう?」

「……」

「ですがそろそろお暇しましょうか。後ろにある()()は……意地でも取らせてはくれなさそうですし」




 雷の魔石を眺めながら、セーヴァは扉を丁寧に閉め、二人の前から消える。








「……ぷはあ。正直言うと、冷や汗が止まらなかった」

「彼がどこまで聞いていたのかわかりませんからね……」



 強情を顔に張り付けてはいたものの、いざ緊張感が切れると鼓動は早まり出す。



「警備は厳重にしていたんだがな……隙を突かれたか、強引に突破されたか」

「エレナージュの魔術の可能性もあります。クラジュが実権を握ってから、多くの商会や勢力との取引中止が発表されましたが……その中に帝国主義は含まれていなかった」

「今後は手を組む可能性も否定できないか……」




 大々的に、隠すこともせず。今世界の勢力図が変わろうとしている。











「ひーんノーラっちマジお邪魔~~~……」

「どうぞどうぞ、上がってください。本当にこじんまりとしていますが……」

「いいよいいよノーラがいるだけでマジ癒し~~~」

「バウン……」






 薄い灰色の空が広がる、あるリネスの街角。この町の住民は大抵が縦に長い集合住宅に住んでおり、一般事務員のノーラも例外ではない。



 そういった部屋は往々にして狭いという性質があるのだが、それでもノーラは人を上がらせないといけない事情が舞い込んできた。親友のヒルメが尋ねてきたからである。






「あ~~~久しぶりのベッドだ~~~……」

「ワオーーーン……」

「味わうような眠り方しちゃって。一体どんなルートで来たんです?」

「それがさあラース砂漠突っ切るルートが封鎖されちまってよぉ……」




 エレイネ事変に伴う関係悪化が原因なのは言うまでもない。完全に敵対したリネスからの侵入を防ぐ為に、関所を通れる安全なルートは使えなくなってしまったのだ。



 ヒルメはエレナージュ王国は王都ペスタに住む女性である。一時期アルブリアで生活していた時期があったものの、砂漠の外に移動する際にはそのルートを通るのだと、子供の頃から認識していた。




「あとペスタ出てくる時もめっちゃやばかった。こう、空から巨大な目に見下ろされている感じ。聞いた話じゃクラジュ王子が監視する魔術を張っているらしい」

「王子が? あの人病弱じゃありませんでしたっけ」

「ウチもそれ思ったんだけどさ~」





 考察を述べる前に、彼女の腹の音が邪魔をしてくる。





「うげっ、安心したら腹空いてきたわ」

「取り敢えずクッキーがあったのでどうぞ。それでよろしければ、シスバルド商会にまで行ってみません?」

「何かあんの? シスバルドだから、美味い物とか?」

「美味いかどうかはわかりませんが……実はヒルメと同じ理由で、エレナージュから逃れてきた人が結構おりまして。そういった方々に物資を配給しているんです」











 そのシスバルド商会前では――




「はいはーい! 押さないで! このメイド服着た魔術人形(マギアロイド)に沿ってですね、一列に並んでくださーい!」




 想定より多くの人が詰めかけ、中には元からリネスに住んでいるのに、恵んでほしいとせがむ人々も少なからず。




「ちゃんと一列にね! 並んでください! 守らない方に配る物資はありませんからー!」




 やむを得ず別の商会かも人手を借り、ここぞとばかりに魔術人形(マギアロイド)も動員させ、何とか捌き切っている状況である。








「うへっ、ワテクシ、ちょっち休憩……」

「ラールス様お疲れっす~~~」





 配給所から撤退し、シスバルド家の屋敷に戻ってきたラールス。彼はリネス三大商会の一つネルチの会長なのだが、日頃からばら撒いていた不満を発散させるように圧をかけられ誘導係に無理矢理動員させられた。



 そんな彼を出迎えたのは、屋敷の応接室の一角で作業をしていた、フリーランス魔術師ジャネット。フリーランスであるにも関わらず、一部の何も知らない者からはネルチ商会の古株とみなされている。ラールスと息が合い過ぎているのが理由なのだが。





「ジャネットアナタもですねぇ……少しは誘導の方行ってみたらどうなんですか!」

「え? 魔術人形(マギアロイド)投入しているから十分じゃないんすか?」

「まだまだ思考回路がそこまで良くないから、アクシデントは人間が対応するしかないんですヨォ! ふ~っと気を緩めれば実力行使で列を抜かそうとする連中の多いこと多いこと……!」



「それはまあご苦労っす。でもボカァこっち生成するのに忙しいんですよね~~~!!! ほいドリー、一セットあがりィ!」

「了解じゃ」





 魔法陣の上に少量の触媒を置き、それを大気中の魔力と混ぜ合わせ、濃度を上げた魔力錠剤。ジャネットは他の魔術師と共に、それをひたすらに作る作業に没頭していた。二十個できた物を小袋に詰め、ナイトメアのドリーに運んでもらう。



 エレナージュからの避難民の中には、度重なるストレスで甚大な魔力喪失に陥っている者が多数おり、或いはこれから引き起こすリスクも高いので、こうした錠剤も栄養を補う分として配布されている。





「んなこと言ったらワテクシだって薬草だのポーションだの即席で作らないといけませんにぃぃぃ……!」

「ネルチは今そっちの方でてんやわんやって言いますもんね」

「今後数日のタスクがぜーんぶ埋まっちまいましたよ。その割に儲けはごく少量、どう責任取ってくれるんですかねグロスティは!!!」






「ジャネットちゃんラールスちゃん、ご機嫌あそばせ~~~~!!!! あー忙しい!!!」






 会話を強引に分断するように、部屋に女性が入ってくる。ロングスカートのドレス姿で、化粧は年齢による皺を隠すように分厚い。



 だが多量に流した汗により化粧が少し落ちかかっており、そして歩きにくい形状の服にも関わらず足をガンガン前に出して走っている。






「トシ子様お疲れさまです!」

「ジャネットちゃん! お疲れ!! はいこれ差し入れね!!!」

「あざーっす!」



 箱に入ったお菓子をどんと置く、トシ子ことトパーズ・シスバルド。彼女はジャネットとの挨拶も僅か数秒、すぐに部屋を出ようとする。



「トシ子様、もーちょっと落ち着かれてはいかがです? お美しいお顔が汗で濡れてしまいますよ?」

「んも~私もできるならそうしたいんだけどねぇ!!! 大変なのよ!!! 利害関係とか交渉とか考慮したらキリがないわ~~~!!!」




 ラールスとの会話も強引に切り上げ、彼女は走っていく。姿が完全に見えなくなるまでの間でも、複数人に話しかけられるのが目に入った。








「……利害関係ねぇ」

「そっかー……今後は食べ物の値段上がる可能性があんのか」





 ジャネットは息をつきながら窓の外を見る。今も配給所に詰めかける人がごった返しており、聖教会原理主義者が前にしていた年末の炊き出しを彷彿とさせた。



 今は逃げ延びた人達がこうして恵んでもらっているものの、いずれは稼ぎが少ない者も正式に対象になる可能性があるのだ。





「薬扱うのも大変すけど、食品扱うのもまた大変なんですね」

「つまりは商売全部が大変ってことですヨォ。いや~……ワテクシも帰ったら商談だなぁ。エレナージュでしか採れない薬草幾つか卸しているんだよ……」

「マジっすか? ……それって結構致命的では?」

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