第九百二十三話 自覚するアーサー君と巻き込まれルシュド
で、話はまだ青春を謳歌するには余裕が残っている、五年生に移っていく。
「あ、あふっ……これはえげつない……!」
「『人妻だから』……そのフレーズは、ありとあらゆる背徳感を超越する……!」
「ゆ、許されていいのかこんな所業が!」
アーサーとルシュドは、見事ランスロットの手中に嵌ってしまっていた。今は外に移動し、人目のない所で読書をしている。そう、読書と書けば聞こえはいいが――実際読んでいるのはウッスイホンである。
それもあれですね、『攻め』る側と『受け』る側に分かれて徹底的に役割に準ずるという、そういう『濃い』タイプのあれですね。
「……!!!」
「お、おおう……ルシュドがこんなに目を輝かせて……」
「男なら誰しも通る道だぜぇ~。ましてカノジョ持ちなら、尚更知っておかねえと!」
俺がしているのは性教育だ! とランスロットは胸を張る。
「お、おれ、あまり知らなかった。こういうこと……」
「それはぁーよろしくねぇな……ならばこれを機に目覚めるがいい!!」
「う、うわー! 何だか股間がむずむずしてきたー!」
「ルシュドォォォ!!! 純粋だからこそ表現がドストレートォォォ!!!」
アーサーが友人の反応に驚愕した、次の刹那!
「……ッ!!!」
彼は気配を感じた――それはそれは燃え滾る、熱意に満ちた気配である。
そう、『不埒な野郎はこの手で駆逐してやる』という、揺るぎない決心である!
「……はは、ナイスタイミング……!」
「もう少し現場を調べてみましょうとやってきてみたら……見事に……!」
その二人の背後からも、複数人がのそのそと姿を見せる。寮長アレックス率いる双華の塔の職員達であった。
そして今いる現場は、二つの塔の丁度真ん中にある物置小屋。わかる人にはわかる、アーサーとエリスの元同棲部屋である。
そう、普段誰も近付かないこの小屋は、性を拗らせた男共がウッスイホンを捨て去るのにはぴったりの場所だったのである――!
「……アレックスさん」
「ようアーサー……まさかこんな所で遭うなんてな……ルシュドもだ……」
「……くっ」
アーサーの隣に立つルシュドも、覚悟を決めたのか引き締まった表情を見せていた。先程股間がどうのこうの言っていた能天気さは何処吹く風だ。
「そして後ろの方……貴方は確かカーセラムの」
「そうだぜ……ラニキって名前で通してる……」
あくまでもクールに、偶然を装った雰囲気で進めていこうとしていたが――
ランスロットの腕に向かって縄が飛んでいく!
「何……ッ!?」
「申し訳ありませんが先程の会話聞こえていました!!!」
「「え゛っ」」
手首を拘束され、職員の一人と引っ張り合いをしているランスロットは、案外その発言にも動じない。彼はこういった性癖の暴露による修羅場も多数経験している為、ちょっとのことでは動揺しないのだ。
むしろ一気に寒気が走ったのは男子学生二名。自分が興奮している様子が、冷静な大人達に事細かに聞かれてしまっている。身の毛はよだっているのに身体の変な所は迸って熱くなっていく。
「つきましては貴方に少々お話を伺いしたく……!」
「お前らにも何していたか訊かないとなあ?」
「……ッ!」
その時、アーサーが取った行動は――
頼れる友人や兄貴分よりも、一歩前に出て、アレックスの顔を見上げることだったッ!
「……どうした? 命乞いをするっていうなら、遠慮なく聞いてやる……」
「寮長その発言は怖すぎます」
「うるせえ今はそういう雰囲気だ」
別の職員から小言を挟まれた気がしないでもないが、今のアーサーにはそんなこと関係ない。
「……アレックスさん! オレは――『気付いた』、いや『自覚した』んです!」
「オレは、あいつに有無を言わせてもらえずに人妻物を刷り込まれていましたが――心のどこかで燻っていた!」
「そうオレは、オレは――!!! 年増の巨乳より、若くて、張りのある、むちむちお乳が好きなんですッ――!!!」
その一言を言い放った瞬間、アーサーから光が放たれる。実際にはそんなことなかったのだが、ここに居合わせた男共は誰もがその幻覚に襲われたのだ。
(うっ、うわーっ! 眩しい! アーサー、おれなんかと違う……好きなジャンルに対しての覚悟が!)
(……ははは、これは素晴らしい。学生にして『悟り』を得たか……!)
(いや、めっちゃかっこいい雰囲気で言ってっけど……さりげなく俺のこと売ったよなこいつ!?!?!?)
(どうやらアーサーは巻き込まれただけのようだな……ふっ、生徒を疑うとは、俺としたことが恥ずかしい)
(ならば情状酌量の余地が……「年増がどうとか聞こえてきたんだけど」
光に覆われた幻覚を見た一同だったが、その存在により忽ち現実に引き戻される。
それは大の大人でも恐怖する威圧感を放っていたッ! 決して超えることのできない『性別』という壁が、年齢を超越して恐怖心を掻き立てるッ!
「……お、おう。ビアンカかと思ったら……エリスか」
「アレックスさんこれはどういう状況で?」
「あ~……最近学生に不埒な諸々を広めようとする輩がいるもんで、調査をな」
「へぇ……」
彼女は、園舎から帰ってきたのか学生服のエリスは、ずけずけと職員達が包囲していた中に入り込み――
ランスロットを豪快に引っ張り、ルシュドの襟元を掴み、アーサーの鳩尾に鉄拳を喰らわせた。一連の行為にかかった時間およそ十五秒。
「ぬぐえぁぁぁぁぁ……!!! 腹、腹、傷がまだ……!!!」
「はいはい続きはお部屋でたっぷり聞くからねぇ……!」
「え、エリス、おれ、許してー!」
「それはキアラちゃんに決めてもらおうかぁ……!」
「でもっておまえは薔薇の塔出禁じゃボケェーーーーー!!!」
「ほぎゅあああああああああーーーーーーっ!!!」
――女という生物は、タマキンが存在していない。故に女である。
故に男のブツを蹴り上げる行為に易々と手を染める。それが如何なる苦痛を齎すのか、理解していないし一生理解することはないのだ。
アレックスはそんなことを思い浮かべながら、エリスの一部始終を見ていた。そしてランスロットの股間をいとも容易く踏み抜いた彼女を見て、とりわけ妻のビアンカにはやはり逆らえないと自覚を改める。
「アレックスさん、こいつら借りていきますけどいいですか?」
「あ、ああ構わんが……こっちも話聞きたいから返してくれよ?」
「了解です」
それだけを交わした後、エリスは薔薇の塔に向かって、男を三人右手で首根っこ掴み、ずるずる引っ張りながら撤収していくのだった。
「……成長したなあ」
彼女の姿が完全に見えなくなった後、職員の一人がぼそっとこぼす。
「何だ急に……? 今の子に何かあったのか?」
「いや、俺はあの子が入学した時から見ていたんだけど……最初はどこか不安そうな感じでさ。聞けばログレスの田舎から来たっていうし、突然の話だったからそりゃそうだろうなあって……」
「ああ、そういえば聞いたことあります。この物置小屋って、昔は人が住んでいたんでしたっけ」
別の職員が、家屋を見ながら呟く。それにはアレックスもはぁと息をつかざるを得ない。
「そうか……この家の話なんて、知らない奴が大多数か」
「二年前のごたごたで職員が一気に入れ替わりましたからね……」
「え、自分本当に何も知らないんですけど、つまりどういうことです?」
「さっきの金髪の男子……アーサーと。それから女子のエリスは、最初は双華の塔に住めなかったんだよ。上の圧力とか色々あってさ」
アレックスは二人の正体を知っているのだが、若い職員に対しては敢えてぼかしておく。思えばこのルールも五年前から変わっていないものだ。
「そうだったんすか……とてもじゃないけど、そんな風には見えなかったです。あんなにも堂々と性癖を暴露して」
「俺もそう思うよ、五年前の自分に教えたい。あいつったら目上を敬う態度もなくて、無愛想で無表情だったんだぜ。エリスがいなけりゃまともに学園生活楽しめなかっただろうさ」
「……何だかそういうの聞いていると、この仕事やっててよかったって思えます。成長が見えるって、やっぱり……」
何十年もそういった姿を見てきたアレックスは、最近は常にそう思っている。
「お前らも今は自覚ないだろうけど、いずれこうなるからな。覚えておけよ」
「了解ーっす先輩。ううっ、ぶるぶる」
「だんだん冷え込んできたな。んじゃ取り敢えず、例のブツ回収して一先ず帰るか。悪かったな、他にも仕事あったろうに引っ張ってしまって」
「いえ、お陰でいい物見せてもらいましたから。よしやるぞ!」
今日もまたアルブリアには雪雲が広がる。それを見上げる人は、雲が大地を見下ろす度に、何らかの変化が訪れているのだ。
そしてその後――
「アーサー、単刀直入に怒るね? 人前であれな話されるとこっちが恥ずかしいからやめて?」
「モウシワケアリマセンデシタ……」
「先輩も……そういうこと考えるんですね……はぁー」
「じ、じっとりした視線におれは傷付くー! やめてくれキアラー!」
「ベディ、ベディやめてっ、関節技はキメないでぇぇぇぇぇ……!!!」
「約束すっぽかしてやってたことがこれな時点で、逃げられると思わないで……?」
「ウッフー! 僕にやられているのよりもきつく結ばれてるねぇ、ランスロット!」
「笑うなトリスタああああああああ……!!!」
今をときめく少年二名と不埒な大人はしこたま怒られましたとさ。ちゃんちゃん。




