第九百二十二話 言えないけど隠すつもりもない
「我が主君~!」
「我が主君~~!!」
(半音上げながら)
「我~が~主~君~~~!!!」
(全音上げながら)
「ッヘーイウォンウォン人妻ァァァァァァァンッ!!!」
(叫びと共に扉を押し開ける)
「ぎょわーーーッ!!!」
「な、何だ何だ。何の騒ぎー?」
突如開け放たれた、薔薇の塔はアーサー達の居室の扉。
ルシュドは勉強を頑張っていたのだが、思わぬ音に立ち上がり周囲を見回す。一方ソファーでうとうとしていたアーサーは叩き起こされた。
「おまっ、おまっ、誰かと思えばランスロット!!!」
「あ、ラニキだー。こんにちはー」
「どうもぉ!! んで我が主君よ、今はお時間ありありだね!?」
「いやまあ……何しようかなとは考えていたが……!?」
只今イザークとハンスとヴィクトールは、授業に出ている為不在。ルシュドとアーサーは空きコマなのでこうして部屋にいたわけだが、
「だったら一緒にイこうぜぇ……甘美なる世界によ……!!!」
「おっ、おおっ、おおおおおおっ……!!!」
「んー?」
アーサーを見下ろすようにして立っているラニキ、もといランスロット。やけに喧しい様子の彼が気になり、ルシュドは下から滑り込む形で、彼の持っていたブツを覗き込んでしまう。
「……!?」
「おんやぁ~~~??? 坊っちゃんそんなに目ん玉丸くしちゃってぇ……さては初めてかな!?」
ランスロットは右腕でアーサーを引っ張り起こし、左腕でルシュドを囲って引き寄せる。
「ならば行くべし!!! 俺と共に奥ゆかしい!!! 『人妻物』の世界へーッ!!!」
「待て!!! オレはまあともかく、全然ともかくではないがッ!!! ルシュドは巻き込むな、あいつの純真さを穢さないでくれぇぇぇ……!!!」
「お、おれの貞操が奪われちゃうー!?」
「うわーっルシュドォー!!! どこで覚えたそんな単語ぉぉぉ!!!」
一方こちらは薔薇の塔の職員室――
「アレックスさん……また見つけました」
「む……」
物々しい雰囲気を漂わせて、職員が一人やってくる。
そして寮長アレックスの前に、物体を一つ置いた――
「っ……くそっ、こんな忙しい時に見る物体ではない……!」
「アレックスさんにもそういう『癖』が……!」
「いや違う、そういう意味で言ったんじゃない」
急ぎアレックスは、その物体――本の表紙を隠すように別の書類を重ねる。その後深く呼吸をし、長い時間をかけて理性を保った。
本は、甚くボロボロであった。誰かが酷く読み込んたのであろう。頁が破られているとまではいかないが、各所に捲った指の跡が残されている。色褪せている頁もあるし、そもそも乗っている内容や絵柄が全体的に『古い』ので、質屋に持っていけば相応の価値は付くと思われる。
「これで……今月に入って十七冊目か……」
「魔術戦が終わって生徒達が引き上げてきてからですよね……」
「ああそうだ……」
「赤薔薇の誇りと共に立つ、このグレイスウィル魔法学園に――」
「何者かが、己の『癖』を広めようとしているッ……!!!」
例に漏れずイングレンスにも存在している謎慣習――『特定の一ヶ所にまとめて捨ててあるウッスイホン以下未成年には到底見せられないその他諸々』。
アルブリアの場合はゴミ捨て場が殆どだが、地上階にも唯一無二のスポットがある。それこそが双華の塔の裏庭だったり、園舎の隅だったりといった、魔法学園に関連性がある場所である。
アレックスを含めた双華の塔職員及び教師達は、『青少年だものそういうの興味あって当然だよ逆にない方がおかしいもん』ということで、ある程度の監視はしながらも様子見を続けていたのだが――
この度ッ!!!
そうとは言っていられない状況が
発生したのだッ!!!
「普通に不特定多数が捨てているのなら、そのジャンルは広かれど程よくバランスが取れているもんだ。誰しも内に秘めし『癖』は違うもの――」
「それでもなお、今は異常事態と言える! 何故ならば捨ててあるジャンルに極度の偏りが見られている――」
「そう、『人妻物』ばっかりなのだ!!! ウブな学生諸君にはまだ早いであろう、既婚者特有のねっとり感を前提とし、そこに『寝取り』『寝取られ』『浮気』『痴情のもつれ』といった人間関係でもえげつない要素を盛り込んでくる――」
「そんな『中~上級者向け』の性癖をッ!!! 若者に拡散させ、『癖』を歪めようとするえげつない輩がいるのだ――ッ!!!」
「んひ~忙しいッ! 忙しくて一周回って口が回りまくりだ~!」
「うっせーぞガゼル、口回す暇あんなら腕動かせっ!」
「はひ~!」
卒業を間近に控えた七年生、そろそろ一部の生徒は卒業論文の総まとめで忙しくなる頃合い。就活に現を抜かしていると、そもそも卒業ができなくなる危機に陥ってしまうのだ。
クオークとガゼルもそんな生徒の一人。現在誰もいない空き教室にて、彼らは魔法学に関する論文を連ねていたのだが――
「いやー写すだけでいいって言われてもさあ! それはそれで体力使うっつーか!」
「色々考えちまうよなー、勉強にもなっから」
そう、彼らが必死に模写していた論文は、魔法学総論教師ケビン――円卓の騎士ケイが、ガゼル達の事情を鑑みて準備してくれたものであった。
確かに円卓の騎士ガラハッドとして事件に関わっていましたなんて、言っても信じてもらえそうにはない。そんな友人に付き合ってやったなんてもっと信じてもらえそうにない。
「いよぅ、大変そうだな! がはは!」
「あーっシャゼムー! この裏切り者ー!」
昼食の丼を持ってきながら、背後からのっそり現れるシャゼム。彼は祖母のゼラが店を経営しているのを受け、経営系の論文をコツコツと進めていたのだった。どうやら十二月に突入した段階で九割は終わっていた模様。
「最後まで研究テーマ纏まんなかったそっちが悪いんだぞー!」
「お前僕の事情知ってる癖に何を言うかー!」
「まあでも差し入れぐらいはしてやるから、頑張れ! アップルパイだ!」
「あっこれはすげー美味そうなやつー!」
甘味で体力を補いつつ、再び手を動かそうとするガゼルであったが――
「んおっ……!?」
動かした腕の当たり所が悪く、積み上げていた参考資料に衝突してしまい――
「おっとぉ~~~!?!?!? これは!!!」
そこからひらひらと落ちた紙切れをクオークに拾われ――
「カーッ何ですかガゼルくぅん!!! チミはこういうのが『癖』なんすかぁ!!!」
勝ち誇ったように、彼はぴらぴらとその紙を揺り動かす!!!
「ん何ぃー!!! 何でこんな所に挟まってあるんだぁー!!!」
「え、何々何だこれ!?」
「シャゼム君いいですか、これは今学園内で流行っている例のアレですよ!!! アレの切り抜き!!!」
「おっほお!! こいつぁ溜まんねーぜ!!」
シャゼムがクオークに見せ付けられた紙切れには――
どう見ても自分達の二倍の年齢はあるであろう女性が、シェクッスィーな格好をして、目にした者の特に股間を煽っている絵が――
「くっ……そぉ!! 何でよりにもよって挟まってるかなー!?」
「偉大なる騎士様でもこういうの好きなんですねぇ~!!!」
「頼むから!! クオーク返せ!!」
「ラニキの最も近しい弟分だから、直接『癖』を刷り込まれていると見た!!」
「刷り込まれていない!! これは僕自身の好みであって――」
叫ぼうとした瞬間に、自分は今何という話をしようとしているのだと理性が押し戻し、はっと口を覆うガゼル。
「と、に、か、く!!! それ見られたら七年間積み上げてきた僕の立場が崩れる!!! 返せーっ!!!」
「七年間も積み上げてきたんだからここらで崩すも一興だぜ~!!」
「クオークは本当に趣味が悪いな! ははは!」
親友とじゃれ合う日々も、着実に少しずつ過ぎ去り、終わりに向かっていく。
長い人生の間で初めての経験。ガゼルは性癖を知られて顔を赤くしながらも、その楽しさを実感するのだった。
あとは今の彼らに対して『そういうことしているから卒業論文が進まないんだぞっ♡』と生温かい目でツッコミを入れてあげよう。




