第88話 学園祭・その3
「こんにっちわーっ」
「どこにいやがるサラー! アタシと会って話をしやがれー!」
「奥の方にいるのかな?」
「ワン!」
「急に駆け出すな。見失いかねない」
次にエリス達が向かったのは温室。ここでは園芸部が種の販売と採れたて野菜を使った出店を行っている。武術部のシフトを終えたクラリアとルシュドも一緒に来ていた。
「温室なんて初めて来たわ。こんな場所があるんだなー」
「緑と土のいい匂いがする……」
「おれ、腹減った。あれ食べたい」
「じゃあ先に食べちゃうかー」
エリス達は道を進み、中央の開けた空間に進む。
そこに着いたエリス達をリーンが出迎える。
「あらエリスちゃん! 来てくれたのね!」
「リーン先生こんにちは。来ちゃいました」
「おっ、いつの間に親しくなったんだ?」
「ちょっと色々あってねー」
するとエリス達の鼻に香ばしい匂いが入ってきた。
「あっ、この匂い……カレーですか?」
「ふっふっふー。カレーはカレーでもカレーパンなんです!」
「カレーパン……!?」
クラリアとルシュドはそれを聞いて空間の左側、生徒が会計を行っている場所にすぐに向かった。
「くれ! 十個!」
「ください! 五個!」
「わわっ、ちょっと待って! 主君とナイトメア、合わせて二個までだからね!?」
「「ええ~……」」
二人は同じように肩を落としたが、それでも銅貨を二枚出してパンを二個買った。
「……五月蠅いのが来たと思ったら。アナタ達なの」
「おや、サラの知り合いですか。リーン先生お疲れ様です」
「お疲れ様~」
奥に見える倉庫からサラとノーラが近付いてきた。エリスは自分の半分程の身長しなかいノーラを、腰を低くして見つめる。
「……えっと……」
「ノーラ・ドゥルク・ジェスパー。こんな身長ですが、四年生なのですよ」
「ノーラちゃんは純血のドワーフなの。だからこんなに小さいんだ」
「属性は大方の予想通り土です。よろしく一年生達」
ノーラは一回転してから、スカートの端をつまんで礼をする。普通の人間のミニスカートぐらいの丈である彼女のスカートが、風に吹かれてよく回った。
そこにクラリアとルシュドも戻ってくる。カレーパンに舌鼓を打ちながら。
「サラァ! ひたかぁ! がんきしてたがぁ!」
「口にパンを詰め込みながら話さないでくれる」
「くっ、パンに気を取られている隙に私の台詞を取られた」
「もぐもぐ、もがぁぁぁぁぁ」
「がふがふがぁぁぁぁ」
「今にも火を噴きそうな声ですねえ」
そうして二人はカレーパンを平らげ、げふぅと満足そうに息を吐いた。
「わたし達もパン買って……ついでにご飯にしようか」
「そうだな」
「賛成っ!」
だがエリス達が歩き出そうとしたタイミングで、会計口の前に看板が置かれるのが目に入る。
「ん~……次の揚げ上がりまで十分って書いてあるわね。丁度さっきので売り切れたみたい」
「う……」
「はいはい、ルシュドは悪くないよ。じゃあその間……花の種を見て待ってようか」
「わかりました。それじゃあこちらに」
「サラちゃん、ノーラちゃん、よろしくね! じゃあ私は……こっちで休んでいようかな!」
サラとノーラは近くに置いてあった長机――園芸部の販売に、リーンは職員控室にそれぞれ移動するのだった。
「ここで種を買って、あそこに蒔くのも良いな」
アーサーは硝子張りの天井を見ながら、ぼんやりと呟いた。
エリスにのみ言ったはずだったが、イザークはそれを逃さない。
「いいねえアーサー! オマエなんだよ、あの島に関してはノリノリじゃねーか!」
「あんた、人前だぞ……!!」
「んあ? 何の話だ?」
「おれ、気になる」
気になることがあるとうずうずするタイプの二人、クラリアとルシュドも当然のように顔を覗かせてくる。
そこでイザークはようやく自分の発言を理解し、大仰に手を振った。
「……あー! 何でもないっす! いやマジで!!」
「だそうだクラリア。何もないなら突っ込む必要はないな?」
「うう、確かにそうだぜクラリス……諦めるぜ……」
「うーん、残念。でも、おれ、我慢する」
「偉いぞルシュド」
「クラリアもルシュドを見習った方がいいんじゃないのか」
二人はとぼとぼとした足取りで、一足先に園芸部販売まで向かう。
「……でも、あの二人なら島に案内してもいいんじゃない?」
「確かに。秘密にしてってお願いしたら、ちゃんと守ってくれそう」
「学園祭終わったら検討すっかー」
そして残った四人も種を見に向かった。
「ピィピィ!」
「この子はヒヨリン、私のナイトメアです。私達がご飯を済ませている間に店番を任せていました」
「サリア、下がっていなさい。コイツらの相手はワタシ達がやるわ」
長机に乗っていたサリアは、頷いてみせるとサラの身体に戻っていった。ノーラはヒヨリンを抱きかかえながらエリス達に向き直る。
「さて、ここにあるのは園芸部で採った種です。作ったのは素人ではありますが、それなりの品質を保証しますよ」
ノーラの言葉に合わせて、エリス達はテーブルの上の種を眺める。野菜から花まで沢山の種類があった。
「赤い南瓜、青い南瓜……作物にも属性があるんですか?」
「勿論。とはいえ一つの属性に強化された品種は、品種改良によって編み出された物が殆どですけども」
「でも南瓜って黄色くないとしっくりこないなー」
「属性だけをそのままに、色だけ元の種類と同様にする品種もありますね。そこまで行くと作物の魔力組成を弄るレベルの品種改良になるので、学生には無理なんですけど」
「さあさあ魔術研究部の皆さん出番ですよ」
「えっとですね、私の友達に魔術研究部の子がいましてね、実際にやりやがったんですよ。結果両断すると爆発する南瓜が誕生して、学生だけでは処理は無理ってことになって、ウィングレー家の皆様にお世話になる事態に」
「大惨事じゃないですかそれ……」
ノーラに若干同情を寄せつつ、今度は花の種に目を向ける。
「ねえサラ。ある程度サボっても可愛い花が咲く種とか、ない?」
「あるわけないでしょそんなの。サボってもいいけど醜い花か、可愛いけど手間のかかる花か、二つに一つよ。両方ないと嫌なら自分で作りなさい」
「だよねー……どれにしようかな」
「……野菜と比べて、普通とは違う色の品種はないな。花に属性はないのか」
「いいえ、あるわよ。ただそうした花は観賞用じゃなくって、薬草やポーション生成、魔法具や触媒の製作に用いられることが多いわ。加えて植える土や肥料、水もその属性に合わせて生成した物を使わないといけないから、学生なんかに栽培は無理ね――」
サラが説明しつつ種から顔を上げると、そこには尊敬の眼差しで見つめるアーサーとイザーク以外の姿が。
「なっ……何なのよアナタ達」
「サラぁ……お前、すげーんだなあ……」
「……ちょっと、何をするの」
「お前頭いいんだなあー!!」
クラリアはサラに急接近し、そして頭を激しく撫でる。
「止めなさい!! 撫でないでよ!! 人には人の距離ってものがあるでしょう!!」
「わしゃわしゃわしゃー! アタシはサラを褒めるから、撫でるのをやめないぜー!!」
サラとクラリアが至近距離で揉み合いを続けている横で、エリス達はノーラに種を何種類か渡す。
「この量ですと、しめて二千ヴォンドですねえ」
「えっと、五種類買ったから一種類辺り四百か。安い……のかなあ」
「しっかりと育つって保証されてる物だったらこんなもんですよ。良きガーデニングライフを楽しんでくださいね」
「ピィ!」
「ありがとうございます、ノーラ先輩」
ノーラは小ぶりな下げ袋に種を入れてエリスに渡す。ヒヨリンも感謝を示すように、ノーラの隣でぱたぱたと羽ばたいた。
「おや、いい匂いがしてきましたよ。どうやら十分経ったようです」
「何だと! もう一回カレーパンを買うぜ!」
「まだエリス達は食べられていないのだから自重しろ」
「うー……」
クラリアはサラから離れてエリス達の所に駆け寄る。サラは恨めしそうにその背中を睨んだ。
「んじゃ並ぼうぜ。にしても、個数制限があるカレーパンってよくよく考えたらすげえな。それだけ丹精込めて作ってるってことだろ?」
「園芸部の野菜は人工肥料を使っていないので、自然そのままの味が出るんですよ。まあ金がなくて肥料が買えないっていうのが本音なんですけども」
「だからここの部員達は頑張って栽培しているんだよねー。それでも四割ぐらい失敗している印象」
カフェ店長のガレアが入り口の方からやってきて、勝手にノーラの言葉を継いでいた。全員真顔で振り向いた後に驚く。
「何ですかガレアさん。冷やかしならお断りって毎年言っている気がします」
「正午回ってシフト終わったからさー、様子を見に来たんだよ。あっこれってつまり冷やかしだね」
「えっ、今正午って言いました?」
エリスは温室中を見回し時計を発見する。短針は十二、長針は一に差しかかっている所だった。
「オレ達のシフトは午後一時。まだ余裕はあるだろ」
「でもこんなに早く時間が過ぎるなんて思わなかった……余裕持って、もう戻った方がいいかな」
「ふぉーゆーことならカレーファン食っていっほに行こうぜ」
イザークがカレーパンを買ってきてアーサーの隣に立つ。
「あーうめー。このカレーパン、中身がぎっしり詰まっているんだ。だから腹一杯になって美味い」
「園芸部の料理も好評なようで。そうだついでに購買部の出店も見に来てよ」
エリス達に視線を移し、あっけらかんとして誘うガレア。
「購買部って……確か生徒会室の隣、だよね」
「そうそう。三十分あればちょちょいのちょいだから、来てよ!」
「こっちとしても冷やかしを撤退させてくださるなら嬉しいです」
「ノーラちゃんったらひっどいなあもう!」
「あはは、ではお言葉に甘えて」
「オッケー! じゃあカレーパン買うの待ってるから、準備できたら言ってよ!」




