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第九百十二話 エレイネ事変の終わり・その三

「えっ、モードレッドに!? 大丈夫だったの!?」

「何とかなった……怪我を負ったのは、この腹の傷ぐらいだが」



「それでも大惨事、肉抉れた! よく生きてた、アーサー……」

「まあオレも一発見舞ってやったからお相子かな……うっ……」

「アーサー、あまり動かないで。応急処置はしたけど、治りが悪いんだから……」






 あの後エリスとアーサーはユディに戻り、最初に入った大通りにてカタリナやルシュドと合流した。巨人が落とした風の魔石は、カヴァスとギネヴィアが誠意を以てして、然るべき場所に運搬してくれている。



 今の自分達にできるのは、戦闘による傷を癒すことだけ。アーサーは大通りに来ていた救護隊に傷を見せ、薬を塗った後包帯を巻いてもらった。





「治りが遅い……エリスの魔力でも駄目なの?」

「理由は二つ考えられる……オレがナイトメアであること、あいつの槍に特別な術式が仕込んであることだ」

「どっちもだと思う。アーサー、特別。えーっと……モードレッドの槍、影の世界。二つ、合わさってる」

「……そうかもな」





 そういえばここに来るまでの間、ストラムに『ウィッカーマン』と呼ばれる儀式のことを聞いた。影の世界に伝わる人身御供の儀式だと。



 人間を詰めれる巨大な藁人形。それを模したであろう物が、中央広場の方には並んでいた。影の世界のやり方で呼び寄せた者が、生命に何かを齎すことなんて、最初から有り得なかったのだ。





「ああ、布が擦れてくすぐったい……こういう時、サラだったらもっといい感じに治してくれるんだろうな」

「そうだね、サラならやってくれそう」

「サラは……わたし達の回復担当だから」






 揺れ動く風に髪を靡かせながら、エリスは空を見上げる。






「サラも……あっちも戦い、終わったかなあ……」











 こうして風の巨人ヨトゥンは勇敢な若者達によって討伐され、ウィーエル国には平穏が訪れることになる。



 文面だけでは至って単純な結末。しかしのその構成要素はと言うと、思惑が絡み合って一筋縄ではいかない。






 あれだけ覇を誇っていた寛雅たる女神の血族(ルミナスクラン)の者は一人たりともいなくなり、彼らに押され気味だった人間達も、その殆どが衰弱した状態で発見された。実際に魔力をヨトゥンに吸われた者もいれば、精神的な疲労が祟った者も少なくない。



 国家規模の介入が必要であると、そう判断されるのは遠くなかった。








「失礼しますよー……うっわ、こりゃあ酷い」

「風の小聖杯……奪われてしまったという話は、本当みたいですね」



 王侯貴族との打ち合わせを終え、やってきたのは赤薔薇のグレイスウィル王国騎士団。到着時刻は午前八時、今まで何をしていたと罵声を浴びせられたのも少なくない。



「いやー、どうしてこうなった……国家不干渉の誓約があるから、内部でどうこうされてもどうにもできないんだよ……」

「そういう奴は入ってこられたらこられたで、勝手に口出しするなって騒ぐんですよ。気にしたって無駄です団長」

「レーラさんの鋼マインドには感服するばかりだなぁ……」




 西部でこれだけ騒いでいるのだから、対抗戦がある中央部には誰も寄り付かないだろうと踏み、精鋭を引き連れてやってきたジョンソン。



 現在は大議事堂にレーラと共に侵入し、事態の深刻さに溜息ばかりを漏らすのであった。






「我が口は説いて明ずるッ!!!」

「ういーっす団長、現状報告にいらしたぜー」



 相変わらず口の減らないユンネと、疲労から口数が減っているアルベルトが、大議事堂の中を窺っていたジョンソン達に声をかける。



「へいへいご苦労。人々の様子はどうだった?」

「まっ、あまり口にすることはなかったんすけど……寛雅たる女神の血族(ルミナスクラン)がいなくなってくれて、清々したってのは多数。グレイスウィルの介入も好意的に受け止めてくれてるっすよ」



「我は知り存ずる。恐怖、それは即ち心を束縛する最大の鎖なり」

「あんなことがあった直後で、べらべら喋る方がおかしいわよ。人が焼かれる様を目撃したでしょうしね……」





 騎士であっても目の前で人がむざむざと殺されるのを目撃するのは、心労に難くないのだから。





「まっ人命救助の方は何とかなるか。アスクレピオスも来てくれることだし。問題はこっちだ、今後どうすっかな……」

「今立ってる場所から侵入して、小聖杯持ってったって感じっすか」

「説明が省けた、助かるよアルベルト君」





 彼にもするはずだった説明を、今度は本国グレイスウィルで待っている王侯貴族に報告しなければならない。頭を悩ませる、胃が痛いとはこのことだ。





「しかし悲しき実情あれば、嬉しき報告もあるが摂理。風の魔石は我等が手中に収めている」

「えっそうなのか?」

「心優しく女性への気遣いもできるお美しい少年のペンドラゴンさんと少女のペンドラゴンさんがやってくれたんだそうだぁーよぉーうぁー」

「特に前者、私怨が籠っていませんでしたか」











 その魔石はと言うと、グレイスウィル騎士団の本部に運ばれ、通りがかった人から好奇の視線を集めている所だ。



「何で野晒しで放置なんです?」

「放置ではナイ、ちゃんと結界を張ってイル。今のユディには、まともに拠点にできる建物がねーんですワ」

「全体を見回しても、この大通りが最もマシだという結論に落ち着いたのだわー!」

「なるほどです……」






 魔石を運搬してきたギネヴィアは、救護班のデューイやボナリスと共に、簡単にこしらえた台座らしき物に置かれたそれを眺めていた。



 ボナリスが言った大通りというのは、ユディの南正門から入ってすぐの場所であり、アーサー達が治療を受けた場所と同一。現在ここにはアスクレピオスの医術師達とリネス連合軍、更にはグレイスウィル騎士団も集い総員で負傷者の救護や救助に当たっている。






「失礼いたします。次の患者を診てもらいたいのですが……」

「了解なのだわー! さっ、そこに座って!」

「オイラもやるとしますカァ」

「デューイさんも医術の心得が?」

「んなわけぇ。オイラはかなり嫌らしい業務をこなさにゃなんネェ」






 まだ腑に落ちない様子のギネヴィア、連れてきた患者を見て納得する。






「あ……ああ……」

「ほら、落ち着かんか。……後はお任せしても?」

「大丈夫ダゼィ」




 先程の戦闘で見た、悪食の風にやられたであろう廃人。肉体の一部が底知れぬ黒に染まっている。



 騎士はそんな人物を連れてきた後、他の所にすたすたと去っていく。




「>=‘+*>}‘{……!!!」

「ぬおおおおおおっ!」

「ハイハイオイラに任せなー」




 椅子に座らせられた直後に、患者は立ち上がりぬらりと手を伸ばす。



 ボナリスにそれが届く前に、デューイが押し入って彼を押し戻し、元の態勢に座らせたのだった。




「……なるほど。デューイさんのお仕事がよくわかりました」

「ダロダロ~。抑え込まねーと医術師の皆さんに被害が及ぶんですわ」

「治療方法自体は簡単で、内容もシンプルなのだわ! まあその後の経過は本人次第なのだけど……」

「元には戻るんですね……よかった」




 しかし戻った後が肝心であるのは、薄々感じていた所であった。








 そうして患者を数人程治療した後。




「デューイ殿、ボナリス殿、ご苦労であります」

「あっケビン先生~。一体今まで何してたのっ」

「ログレスの方に残って、情報の仲介をしていたんだよ。何かあった際には私が残るように手筈しておいたんだ」




 ケビンこと円卓の騎士ケイは、軽くデューイとボナリスに礼をした後、ギネヴィアにそう語った。流石にギネヴィアも空気を読んだ為、人前でケイと呼ぶようなことはしない。




「確かに冷静沈着ならケビン先生なら適任だぁ。そういや、お仲間さんには会ってきたんですか」

「仲間? 誰のこっチャイ」

「ストラムさんとグリモワールさんです」

「まあ、フライハルトと知り合いなの!?」

「あ~まあその道の筋と言いますか……そんな所です、はい」













 ベディウェアは事後処理が始まってから、落ち着かない様子を再三見せてきた。冷静沈着な彼女にしては珍しいことだった。



 故にその辺りを歩いてこいと、トリスタンと共に放逐されたのである。






「……どしたん? 急にここの建物の前で止まるじゃん」

「……」




 確かにトリスタンの言う通り、ベディウェアはある建物を前に一歩も動かなくなってしまった。



 そこは店が立ち並ぶ大通り。グレイスウィルで見かけるブランドの看板もある中、その建物は窓のガラスが入念に砕かれ、室内もがらんどうとしている。



 普通の取り壊しではここまでしない。悪意を持たなければ、ここまで見せしめるような真似はしないだろうと、トリスタンは思った。






「……昔はここで活動してたの」

「マジっすか」




 ミセス・グリモワールがグレイスウィルに引っ越す前の拠点。自分に置き換えるなら、ヴァーパウスやリベラと組んでリネスにいた頃の記憶。



 そんなものを目の当たりにしたら感慨深くなるのも無理はないだろう。




「そういやアルブリアに寛雅たる女神の血族(ルミナスクラン)が進出してきた時、ベディの店は閉店を余儀なくされたんだっけ」

「執拗な嫌がらせを受けてね。このままじゃスタッフの命が危ないって、そう判断したの」

「ふーん……何だか絵に描いたような保守派組織だったんだなあ」





 きっとそれが本質で、女神がどうこうと言うのは後付けの言い訳に過ぎなかったのかもしれないと、彼は付け加えた。



 トリスタンはナルシストだ。自分の特徴を十分に分析し理解しており、そこで得られた長所を前面に押し出しアピールしている。そんな自分自身を元に繰り返された経験により、人の本質を見抜くことを得意としていた。





「気に入らない物を排斥し、抹消する為だけの組織……」

「でもこの建物の壊され方は、やっぱり個人的な感情が入っている気がするなあ。服飾関係でトラブルでもあったんじゃねーの?」

「うーん、心当たりがないわけでもないけど……」




 セシルが弟子になったのは、寛雅たる女神の血族(ルミナスクラン)が発足した後。そもそも数ある重鎮の中の一つの家系なので、全体に影響を及ぼすかと言うと微妙な所。




「まっ、当事者が消えた今じゃ、何を言っても虚構にしかならん。真相なぞこいつらの存在ごと歴史の闇に葬ってしまえ」

「でも何で寛雅たる女神の血族(ルミナスクラン)が誕生したのか、分析は必要よ。でないと後世でまた間違いが繰り返されるわよ」

「それは歴史研究で食っている人達が勝手にやってくれるでしょーよっ!」






 という話を十分ぐらいしていると――








「……あのっ!」

「ん? ……あら、小さなレディだこと」




 ベディウェアの鎧をつんつん小突いて、女の子が話しかけてきた。その瞳は純真に輝き、信じられないと言った表情をしている。




「ほ、ほんもののグリモワールさんだ……」

「えっ嘘でしょ、鎧姿なのにわかったの?」

「だって、顔は変わってないし。オーラもそのままだもん!」

「オーラね……」





 ベディウェアはうんうん頷く。自分の理論が間違っていないことを噛み締めていたのだ。



 服が違っていても、その人物の心の有り様までは変えられないのだと。





「あの、ユディの町はこんなになっちゃいましたけど……また来てくれますか?」

「……そうね。邪魔者もいなくなったし、アナタみたいな小さなレディの頼みなら、少し検討してみようかしら」



 ひいては自分が培ってきた服飾の文化が、ウィーエル地方の復興に繋がるかもしれない。そんな淡い期待を寄せながら。

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