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第75話 貴族事情あれこれ

 学生も平民も、旅行者も王国騎士も。誰もが祭に浮かれた一日を過ごしていたが、そうではない者達も少なからずいた。外国から来訪している諸侯貴族である。


 何か楽しそうなことをしているとか、グレイスウィルに対するアピールの為に出て行く者も当然いるが、所詮は自国の行事ではないので関係ないと思う者もいる。





 そしてどちらかというと、後者に該当するであろう貴族がここに約二名――





「貴様、何故俺についてくる。今日は何処に行っても構わないと伝えてはずだが」

「ついてきてんのはてめえの方だろ。ぼくはこっち方面に用があるんだよ」

「俺も会いたい方がいるのでな。全く、困った偶然もあったものだ」



 ヴィクトールとハンスは悪態をつきながらずんずん進む。





 互いが互いに嫌悪感を示すことに夢中で、ロシェの呼びかけに気付くこともないまま、目的の場所に到着。




「君達、一体何の用かな。この先は貴族館だ。アルブリアの外から来ている貴族の皆様がお住まいになられている区画だから、子供の立ち入りは禁止だよ」



 中央通りを王城に向かって進み、暫く歩いた後、左の薔薇があしらわれた門まで向かう。聖教会の大聖堂と宮廷魔術師の管轄区に挟まれる位置にやってきた。



 そこで守衛の騎士に止められた二人は、懐から懐中時計を取り出し見せつける。



「ヴィクトール・ブラン・フェルグスだ。こちらにおられるミュゼア様にお目にかかりたい」

「ハンス・エルフィン・メティアです。アルトリオス様にお会いしたいのですが」




 騎士は懐中時計に刻まれた紋章を繫々と眺める。そして模様を確認した後慌てて槍を地面に突き立て頭を下げた。




「……失礼しました。どうぞお通りください」

「感謝する」

「どうも」



 二人は無礼を働かれたことは気にせず、一刻も早くと急いだ。一礼し門の中に進んでいく。








「失礼します。ミュゼア様、貴女様にお会いしたいというお方が参られました。ヴィクトール・ブラン・フェルグスと名乗っていましたが」


「……通しなさい」

「はっ」



 貴族館の使用人は一礼し部屋を去る。




 それから数分後、ヴィクトールが部屋に入り、彼の手によって扉がゆっくりと閉じられた。



「失礼致します。ヴィクトール・ブラン・フェルグス、貴女様がこの国におられているというお話を聞き、ご挨拶にやって参りました」

「……」




 ミュゼアはヴィクトールの言葉を聞くと、彼の方に身体を向ける。




「……よく来てくれたわね」



 そのまま戸棚に向かい、中からティーポット等を取り出す。





「座ってくれるかしら。今からお茶を出すわ」

「それでしたら私が……」

「いいえ。今は自分でお茶を注ぎたい気分なの。だから大丈夫よ」

「……お心遣い感謝致します」



 ヴィクトールは一人掛けのソファに腰を下ろす。




 少ししてから、ミュゼアもティーカップを二つ持ってソファに座った。淹れ立ての紅茶が白い湯気を上げている。




「ヴィクトール。私は貴方の日々を知りたいと思っていたのよ。こうも長い期間、連絡を取り合わないことなんてないのだから」

「……」



「……答えてくれる? どうかしら、グレイスウィルでの生活は」

「……不満もありますが、一応は充実しております」

「そう。質実剛健な貴方にも不満があるなんて、一体どういうものかしら。気になるわ」




 彼女は胸元が開けた黒いドレスを着ていた。目の形は横長で、あまり瞼が開いていない。微かに彼女の瞳の色が黄色であることが見て取れる。少し暗めの口紅が光に照らされて艶めく。そしてそれらを差し置いて、一番目を引くのは髪である。



 彼女の髪は胸までの長さで、緩くウェーブがかかっている。そして色は赤。だがそれはただの赤ではない。赤の中にも闇を内包し、黒くくすんだ暗褐色。それは例えるなら。




(血で染まったような赤……)


(……普通に生活している中で生まれる赤ではない)




 ヴィクトールは、彼女の姿を視界に捉える度にそう思っていた。






「……クラスに五月蠅い奴がおりまして。名前をクラリアというのですが、ご存知でしょうか」

「ええ、確かロズウェリの。お兄様は聡明で静かな方なのだけれど」

「私は会ったことはありませんが、会ったとしても兄妹だとは認めないでしょう。それ程までに貴族として礼儀がなっていません」



 ヴィクトールは彼女と話す時、いつも心臓を高鳴らせる。


 彼女はそうして緊張するに値する人物、ケルヴィン国の『大賢者』であるからだ。



「いくら貴族といっても所詮は獣人。パルズミールの四貴族はあまり礼儀に拘らない傾向がありますから」

「だからといって、他人の勉学に影響を及ぼすのはどうかと思いますがね」



 ケルヴィン国の意思決定機関、元老院。それを構成する『賢者』と呼ばれる者を統べる、王や皇帝に近しい存在。それが『大賢者』だ。


 三人いるその中で、アーノルドとヴィルヘルムは他の賢者や民の取りまとめが主な役目。実質的に国の方向性を決めているのは、彼女と言っても過言ではない。






「美味しい紅茶でございました。私はこれにて失礼したいのですが、お許し願えますでしょうか」



 その言葉の後の一口で、ヴィクトールは紅茶を飲み干した。


 どうも彼女と話すのは息が詰まる。早く終わらせてしまいたいと、無礼ながらも感じてしまう。




「あら、結構早いのね。別に構わないのだけど……この後何か予定があるのかしら」

「ありません。城下町も見る価値がないので、寮に戻って勉学に励みます」

「熱心なことね」

「学園に行く一番の意義は、勉学に励み優秀になることです」


「そう。ならもう帰って大丈夫よ」

「ありがとうございます。失礼します」



 ヴィクトールは立ち上がりミュゼアに一礼し、背中を向けて扉まで歩く。





「ああそうだわ、最後に一つだけ」



 扉を開けようとした瞬間。



「彼、元気にしているわよ。この間もお父上が良く褒めていてね。そして……貴方にとても会いたがっていたわ」






「そうですか」



 ミュゼアの言葉に一言だけ返事をし、ヴィクトールは部屋の外に出る。




 そして眉間に皺を寄せ、目を大きく見開いたまま、無人の廊下を音を立てて歩き去った。








「――イングレンスの世界において、最も美しい種族は何だ?」



 その男は椅子から立ち上がり、顔を上に向けていた。



「最も賢い種族は? 最も力強い種族は? その答えは一つに収束する」



 顔に右手を当て、恍惚とした笑みを浮かべて、高らかに舌を回す。



「エルフだ。雅麗な風の女神にして、世界全ての美の化身、エルナルミナス。その女神に造られた我等エルフが、最も素晴らしき種族なのだ」



 そして手を降ろし、端正に整った顔を正面に向ける。



「マギアステルの女神は、最初に人間を造った。だが出来上がった生命は酷く穢れて醜かった。何故創世の女神であろうものが不出来な生命を作り上げた?」



 大地の窪みに雨が溜まっていき、そうして生まれた泉のような、水色の瞳。



「それは女神は完璧ではなかったからだ。完璧でなかった故に、不純物が混ざった生命しか造れなかった。だが、エルナルミナス神は違う――」



 夜空に星として、森には陽の光を受けた雫として、煌めいているかのような銀色の髪。



「エルナルミナス神は我等エルフを造り上げた。最も美しく、賢く、力強く種族、不純物のない完璧な種族である、エルフを。すなわち、エルナルミナス神はマギアステルをも超える、偉大なる女神なのだ――!!」



 机を叩く音と同時に、部屋の中で風が吹き荒れる。




「我が名はアルトリオス・エルナルミナス!! 偉大なるエルナルミナス神の血を引く、女神の代弁者にして、穢れなき全ての生命の頂点に立つ者だ!!


「そして穢れた生命は、全て、我が名の元に置いて粛清されることになる――」




 最後の一言は、部屋の中央で跪いていた少年が継いだ。




「穢民よ、首を垂れよ。されば汝が汚い口を上げる前に、エルナルミナスの御言葉が風となり、その首を切り落とす。汝は女神の名の元に、生きるべき世界、不純な生命が集う地獄に導かれることになるのだ」






 風が止んでいき、アルトリオスは少年をじっと見つめる。




「クックック……上出来ではないか、ハンス」



 ハンスはアルトリオスの顔を恐る恐る見上げる。冷酷な目で自分を見下ろしてくるこの男こそが、過激と揶揄されるエルフの組織寛雅たる女神の血族(ルミナスクラン)の長である。



「……お久しぶりです。アルトリオス様」

「ああ、実に久々だ。メティアなんぞ貴様が来るまで存在すら忘れていたよ。まさか貴様の方からから会いに来るとはなぁ?」

「……存在を覚えていただき、誠に感謝致します」



 アルトリオスは机から離れ、ハンスの眼前に移動する。



「どうだ? グレイスウィルでの暮らしは? 如何にエルフが素晴らしい種族であるか、改めて実感できたであろう?」

「ええ。異種族共、とりわけ人間達は本当に穢れている。いつも複数人で群れて、騒ぐことしか能のない猿共です」


「ああ、その通りだ……特に人間は本当に救いようのない連中だ。一番最初に神に造られた生命体とか言って調子に乗っているだけ……クックックッ」

「……」



 再び離れ、机に座るアルトリオス。風のように気紛れだが、ここでは誰もが彼の行動を咎められない。



「さて……他に言うことはあるか?」

「ございません。強いて言うならば、エルフが如何程に偉大かということですが、それらはアルトリオス様なら既にご存知であると思います」

「……上出来だ。ならばもう帰っても良いぞ」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」



 身体を起こし、アルトリオスに一礼してからハンスは部屋を出ていった。







 その後ハンスが廊下を歩いていると――




「……っと」

「……ここでも偶然かよ。もう嫌になる」



 奥からずかずかと進んできたヴィクトールと遭遇した。



「貴様の用事は済んだのか」

「そっちはどうなんだよ」

「……」

「……」



 互いに睨み合い言葉を伺う。





 どうでしても先に言いたくない、そんなプライドのぶつかり合い。貴族特有のものか性格に起因するのかは不明――





「ぬおおおおおおおおおお!!!」



 そこに猛進してくる、狼一匹。



「からのピタッ……ああああああああ!?」



 クラリアは二人の隣を通りすぎて、壁に衝突した。





「ちくしょー! だからドレスは嫌いなんだ! 走りにくいから!」

「ドレスの時は歩くことを覚えろ! この単細胞!」



 クラリアは身体を起こし、のしのしとスカートを捲し上げながら、ヴィクトールとハンスに近付いてくる。



 クラリスも罵倒の言葉を口にしながら、彼女が走ってきた方向より呆れ顔で近付いてきた。



「……そうだよな。貴様もいるよな、ここに」

「何のことだか知らんがおうよ! アタシは父さんと兄貴に挨拶に来てたんだ!」

「ああ、そうか……」



 白をベースに淡いピンクと水色で装飾された、足まで隠れる丈のドレス。普段よりも明らかに豪華な衣服に身を包んでいるにも関わらず、やっていることはいつもと大差ない。



「それでぼく達を見かけたから走ってきたと、そういうこと?」

「うおおおおお! ハンスはやっぱり頭いいな! アタシの考えがわかるなんて!」

「本当に単細胞だな……」



 ヴィクトールもハンスも、呆れ果てた目線をクラリアに向ける。



「そういうお前らは何でここにいるんだ?」

「父上のお知り合いの方にお会いできる機会だったからな。挨拶に来た」

「右に同じ」

「つまりアタシと同じってことだな! んで、そいつは父さんか? じいちゃんか? それとも従兄弟か!?」


「……済まない。今はもう限界だ」

「……完全に右と同意見」

「あいわかった」




 クラリスはクラリアの後ろに回り、尻尾を引っ張っていく。幼女の姿とは思えない筋力が明らかに発揮されている。




「さあ、やることもやったし着替えて帰るぞ。城下町の出店を見に行こう」

「そうだな! 城下町で美味い物を食おうぜ! だが尻尾を引っ張るのは止めて欲しいぜー!」



 そして二人は廊下を曲がった先に消えていった。





 それから数十秒経った後。




「「――つくづく気楽な奴だよ」」




 ヴィクトールとハンスは同じタイミングで盛大に溜息をついたのだった。

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