第69話 ヴィクトールと生徒会の面々
カイルとアルベルトが見舞いに来てから数時間後、エリス達もそれぞれ授業に向かっていった。ルシュドも治療を受けた後、そのまま保健室で横になっていた。
「ふぅ……」
口の中には、先程食べたトリュフの甘みがまだ残っている。頬がとろけるぐらい美味しくて、何度も舌を動かして余韻を味わっている程だ。
「……一人で……」
同時に、アルベルトやアーサーの言葉が反芻される。
「……強く、なる……」
意識を暗闇の中に沈め、自分と向き合う。
そんな時間が暫く続いた後、カーテンが開かれる音が聞こえてきた。
「……?」
今日はもうエリス達は見舞いには来ないはず。そう思ってカーテンの方を見ると、
「……」
「……どうしても見舞いに行きたいと言ってな」
ハンスが巾着袋を、ヴィクトールがガーベラの花束をそれぞれ持って立っていた。
「あ……」
思わぬ訪問に、ルシュドは思わず気の抜けた声が出てしまう。
ハンスは彼の態度も介さず、距離を詰めてから一方的に話を切り出す。
「聞いたよ。大変だったそうじゃないか」
「……うん」
「……怪我の容態はどうなのさ」
「さっき、起きた。今、平気」
「そうなんだ」
「うん……」
「……」
ハンスは何も言わずに、視線だけはルシュドに合わせながら、巾着袋を机に置く。
「薬草を数種類入れておいた。飲むのもいいし、塗るのも全然大丈夫。好きに使ってよ」
「……」
緑の紐で結ばれた巾着袋をじっと見つめるルシュド。
「……何? 不満?」
「……」
「腹を満たせる物が良かったのか? ああ?」
「えっと、違う、違う」
「……じゃあ何だよ」
ハンスは左足を小刻みに揺らし、眉間に皺を浮かべている。ルシュドはそんな彼を諫めるように話す。
「おれ、おまえ、会うこと、二回目。覚えてる」
「……まあ、そうだね」
「一回目。おまえ、覚えた、おれ。嬉しい」
「……」
「ありがとう、ハンス」
満面の笑みを浮かべたルシュドを見て、ハンスの口がほんの少し開く。
「……ふん」
だが何かが起こるわけでもなく、すぐさまハンスは部屋を出ていってしまった。
「全く。奴は何を考えているのか本当にわからんな」
「おれ、わかる。ハンス、優しい。お見舞い、来た。いい奴」
「……まあ、そうだな」
ヴィクトールは花瓶にガーベラをぶっきらぼうに刺す。
「……養生しろよ」
「うん」
それだけ言葉を交わすと、ヴィクトールも部屋を出ていった。
「うーあーうー……」
生徒会室の隅で、リリアンはツインテールを萎らせて机に突っ伏している。
「リリアン、最近ずっとそんな調子だな。大丈夫か?」
「大丈夫……って言ったら嘘になるけど……」
そんな彼女に話しかけていたのは、黒い猫耳と尻尾を生やした男子生徒だった。
「気にしてんだろ、フォルスのこと。まああれは……仕方ねえよ」
「でも何か……私にできることはもっとあったはず……」
「グレイスウィル内ならまだしも、国の外で魔術大麻売買なんてやられちゃ、こっちも対処の仕様がねえからな。王国の診療所で診てもらってんだろ? ここはプロの魔術師達に任せてようぜ。大人に任せりゃどうにかなるなる」
「……ほんっと、ロシェは気楽でいいわよねえ」
「そりゃあ猫族なものでしてね~」
ロシェはわざとらしく猫の鳴き真似をする。
そこに生徒会室の扉が開かれる音が聞こえてきた。
「お? あの二人帰ってきたか」
「保健室行くだけなのに随分と時間かかったわね……また脱走未遂かしら?」
「だろうな。そんなことより、帰ってきたんだからこれやるぞ」
ロシェは机の中央に置いてあった物体をぞぞぞっと引っ張る。
「ふっふっふ~。あいつの驚く顔が見物だぞ~!」
「……只今戻りました」
「……畜生がぁ……」
保健室を去ってから十数分後、ヴィクトールは途中で逃げ出そうとしたハンスを捕らえてから、生徒会室に戻ってきていた。シャドウがハンスの影に入り、逃げないように文字通り影を踏んでいる。
「ああヴィッキー君。お連れの方もお帰りなさいです」
二人を出迎えたのは、ヴィクトールの膝丈程度の身長しかない女子生徒。黄土色のボブカットで、耳には青いピアスをつけている。
「ノーラ先輩。作業の方はよろしいのですか」
「今は休憩中ってやつですよ。そんなことを訊くのなら、君達も作業をしなさい」
「……くそが」
ノーラがひょこひょこと二人を先導し、生徒会室の奥に連れていく。
「……まだいやがる。ぼくのいっちばん嫌いな奴」
包装紙がびりびりと破かれる音を聞いて、ハンスは嫌悪感を顔に刻み込む。
部屋の奥まで歩いていき、いざ音を出した張本人が視界に収まると、更に露骨になった。
「あら二人共。お帰りまさいませ!」
「アザーリア先輩……また饅頭を食べてるのですか」
「またとは何ですの。今日はまだ五箱しか食べていませんわ!」
生徒会が雑務を行う作業スペース。そこでは妖精の翅を生やした長耳の女子生徒が、椅子に座って机に空箱を積み上げていた。
透き通ったブロンドの髪で、それは饅頭を食べ進める動作で揺れている。
「アザーリア、先輩命令です。お饅頭を寄越しなさい」
「承知いたしましたわ~! さあどうぞ、ノーラ先輩!」
「ありがとうです。もぐもぐ」
ノーラは満足そうに饅頭を食べ、そして椅子に座った。
「よっ、ヴィクトール! そしてドーン!」
「ごふっ……」
今度は背後からやってきた人物に、ヴィクトールは突然何かを被せられる。
「おー嵌る嵌る。サイズはこれで問題ねえな」
「もっと削ればいいかなって思ったけど、なら大丈夫だね」
彼は南瓜の被り物を被らせられたヴィクトールをバンバン叩く。
「……ロシェ先輩。急に止めてもらえますか」
「何だよー、お前リアクションうっす!! もっと騒ぎ立てるかと思ったのにー!!」
「リリアン先輩、後ろにいるなら何か言ってやってください」
「あら、気付かれちゃった」
彼女はヴィクトールの後ろに立ち、南瓜の被り物を様々な方向から眺めていた。
「それでこの被り物。先輩達が直していた物ですよね」
「そうそう、学園祭で使うやつ! 前回盛大にぶっ壊れたからさー、新しいの作ってたんだ!」
「成程、それで完成したと。一先ずは喜ばしいですね」
「あははー、ヴィクトール君は相変わらずお堅いなー」
リリアンはヴィクトールの南瓜を抜く。すぽんと景気の良い音がした。
「どうする? ハンス君もこれ被ってみる?」
「……何でだよ」
「何でって、貴方が生徒会室に出入りするようになってからかれこれ三ヶ月だよ? これはもう実質生徒会の一員と言っても過言じゃないと思う」
「全く持って僕も同意見だ。君には学園祭の生徒会の出店を手伝ってもらいたいと思っているよ」
とんがり帽子のアッシュも同調するように、主君であるリリアンの頭の上で飛び跳ねる。
「誰がてめえらなんかと――」
続く言葉は爆発音によって妨害された。
更に続けて黒煙が視界の全てを覆い尽くす。
「……パーシーせんぱ~い……?」
視界が晴れた後、リリアンはゆっくりと部屋の隅を見る。
そこには群青色の髪をした緑ぶちの眼鏡の男子生徒が、工具や魔法具を持ったまま立ち竦んでいた。
マッシュルームカットの髪型は、爆風にやられたのか今はアフロヘアーになっている。
「爆発音がしたと思ったら。パーシー先輩、盛大にやらかしましたねえ」
またまた出入り口の扉が開かれ、今度は蓬色の髪の男子生徒が入ってくる。目の位置が少し離れており、三白眼も伴って非常に目付きが悪い。
「もう新聞部の部長とやってること変わりないなあ……」
「……いや! 今のは試作だから!! 次は成功させるから!!!」
「毎回失敗する奴ってね、皆そう言うんですよ」
「というか何をこうしたら黒煙なんて吹き上がるんですかねえ」
ノーラは椅子から立ち上がり、パーシーの所に向かう。
そして彼の足元で煤を巻いて倒れていた雛鳥を抱き上げる。
「ピィ~……」
「お~怖かったですねえヒヨリン。魔力が足りないからナイトメアを貸せって言われたから、友人を信じてやったのにこの始末。まあこういう実験は個人的には好きなのでいいんですけどね」
「ならば次も貸してくれるよなぁ!?」
「君の辞書にはクールタイム、充電期間という言葉はないのでしょうか。さあヒヨリン、アザーリアのお饅頭を食べて元気回復です」
ノーラはヒヨリンを抱きかかえ、ちょこちょこと椅子に戻っていく。
「……よし! クオーク、お前のナイトメアを貸せ!!」
「その前に一旦お休みしましょうねえせんぱ~い?」
「ぐおおおおお……!?」
リリアンに首根っこを捕まれて、パーシーは生徒会室の出入り口まで連行される。
「……真面目に何を作っていたんでしょうか」
「煙を噴き上げる装置。今回はいつもの出店以外にもロシアンルーレットを行おうとしてるらしくて、それでハズレに当たったらこれがプシューっと」
「……」
ヴィクトール、クオーク、ロシェは装置の残骸に近付き、繁々と見つめる。ハンスは腕を組んで窓の外に目を向けていた。
「……魔術研究部ってどうして発明家気質の奴が多いんだろう」
「おっとクオーク先輩、魔術研究部って一括りにしないでくださいよ。活動の中にも派閥があって、演習場で特訓してる実践派と第四階層に研究室持ってる理論派に分かれているんですから」
「てめえが魔術研究部の何を知ってるんだ、ロシェ。俺の知ってる魔術研究部は変なもん発明して周りを巻き込む迷惑な奴しかいねえぞ」
「……恐らくですが、技術を手にした結果それを試してみたくなるのではないかと」
「あー成程ね。研究者の宿命みたいなもんだな、それ。迷惑なことこの上ないじゃねーか」
そんな三人の所に、アザーリアが饅頭の箱を持ってやってきた。
「折角なので皆様にもおすそ分けいたしますわ! どうぞ召し上がってくださいな!」
「どうも」
「悪いねえ」
「ありがとうございます」
「うふふ……ほら、貴方も♪」
アザーリアはハンスにも饅頭の入った箱を差し出す。
ハンスは怪訝そうにそれを見つめていたが、
最終的にはそれを受け取った。
「珍しいな、今日は受け取るのか」
「……別にいいだろうが……」
ハンスは窮屈そうに再び窓の外を見やり、饅頭を食べる。
「ではでは、わたくしは向こうのお二人にもお饅頭を渡してきますわね~!」
アザーリアはそう言って出入り口の方に向かっていく。
そこからはリリアンがパーシーを正座させ、説教じみたことを言っているのが聞こえてくる。三人はその様子を、饅頭を食べながら他人事のように見つめていた。
「……あいつも饅頭好きかなあ」
そんな彼らの横で、ハンスがぽつりと呟いた一言は、誰にも聞かれることなく秋空に溶けていった。




