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第55話 ルカ

「……ふわあ」


「よく寝た~……」




 エリスはそれなりに長い昼寝から目を覚まし、



 身体を起こすと目を擦り、腕を伸ばして空気を取り入れた。




「起きたかいエリス。町まであと三十分って所かな」

「結構進んだね……でも、まだ暇」

「それなら風景でも見てなさい。何もないのが却って面白いよ」

「……」




 エリスが窓にもたれかかって見たのは、巨大な山峰が壁のように聳えている様子。


 正面の荒野と同じような、灰や茶の地味な色に覆われている。だが唯一頂上付近には、ぽつんぽつんと赤色が打たれていた。


 しかしエリスはそれが好ましくない赤であることに気付く。




「溶岩……だよね、あれ」

「そうだ、目の前にあるのが『ラグナル山脈』。活火山と休火山が混在している、アンディネ大陸の南西に聳える山々だ」

「大きいのが赤く燃えてるから、まだ噴火してるみたい。近付いたら燃えちゃいそう」

「そんな燃えそうな所に住んでる生命がいるってんだから驚きだよなあ」



 時々山の上空を、翼の生えた何者かが飛ぶ。遠目でも鳥ではないと判別できた。



「ドラゴン……でいいのかな?」

「どっからどう見てもそうだね。人間が住んでる近辺には生息していない、極地ご用達の魔物さ」

「ドラゴンから取った素材を使った武具とかあるよね。すっごく高いの」

「わざわざこういう所に赴かないといけないから、めっちゃ大変ってことさ~」



 ラグナル山脈はイングレンスにおいて数少ない火山地帯である為、固有の魔物が少なくない。そういった連中の素材を狩る傭兵が多く出入りしているのだとか。



「僕としてはそういう素材も国家事業で売り出せばいいと思うんだけどね。なーかなかそういった話は持ち上がらないんだ」

「何か理由があるのかな」

「大方竜族と利権争いしてるんだろう。あいつら強情だから。この間竜族を雇っている同業者の話聞いたけど、これもこれで大変そうで……」



 ユーリスと話している間にも、ラグナル山脈はどんどん遠くなっていく。目的地に近付いている証左だ。





「……これは昔からの噂話なんだけど」

「何ー?」

「実はラグナル山脈、あのてっぺんの赤に染まってる所ね。あそこには宝が埋まってるって噂があるんだ」

「宝……?」



 赤いのは溶岩である。つまり、溶岩の中に宝が埋まってるということになる。



「そんなお宝なんて、誰かが掘り出す前に溶けてそうなものだけど」

「と、普通は考えるがそうとも言えない証拠があってね。頂上の河口は門と魔術によって厳重に守られているらしいんだ」


「魔術……? 結界とかってことだよね?」

「そう、誰かが人為的に作った結界だよ。そんでもってそれを管理しているのが竜族ってわけだ。竜族は閉鎖的で、人間とコミュニケーションを取ることなんて滅多にないからねえ。誰が何度訊いても、何があるのか教えてくれないのさ」


「……竜族が厳重に守っている何か。教えられない何か」

「すっごい宝だと思うじゃん?」

「思っちゃうねえ……」




 どのみち自分達はそんな噂を検証しにいく酔狂でないので、関係のないことだ。







 地域独自の噂話を噛み締めつつ、遂に馬車は町に着いた。



 磨かれた石畳を踏み締めた後、観光協会の本部と思われる建物に降り立つ。火山岩を加工したのであろう白い建物だった。




「着いた着いた~」

「相変わらず石しかないにゃ、ラグナルの町は」

「クロ、この町もラグナルって名前なの?」

「そうそう、山脈の名前と一緒にゃ。多分考えるの面倒臭くて一緒にしたのにゃ」



 一行は次々と馬車から降り、身体を伸ばして疲れを癒す。



「旦那、今日泊まる宿は決まってますかい?」

「逆に何故決まっていると思ったのか気になる所ですね。寧ろおすすめを紹介してもらいたいんですけど」

「へっへっへ、それならお手頃な値段で結構良い宿がありますぜ。今日の仕事はこれで終いなんで、ご案内したしますよ」

「じゃあよろしくお願いね。というわけで宿の確保は私達でしておくから、エリス達はその辺散歩してきなさい」

「はーい」




 ユーリスとエリシアは御者と共に街へ進んでいった。




「それじゃあわたし達も行こうか。何があるんだろうね、この町」

「出てきていいぞ」

「ワン!」



 それを完全に見送ってから、エリスとアーサーとカヴァスもラグナルの街に踏み出していく。







 建物は石造りのものが殆どで、塗装もされておらず建材が剥き出しになっていた。まだ日は高く昇っているが、それにも拘わらず怒号や嬌声が絶えない。だがそれよりも目につくのは、屈強でがたいのいい人間の男達と――




「角に、鱗に、爪に牙。あれが……竜族」



 エリスは固唾を飲みながら人々を観察する。色は様々、しかし目付きは鋭い。




 関わるのが憚られるような人々ではあるが――



「あっ……!」

「――っ!」

「ワオン!」




 思いもよらずぶつかってしまう。



 そして尻餅をついたまま顔を上げる。




「グルルルル……」



「……あ……」





 屈強な巨体、そこから生えている角と牙。太陽に照らされ先が一瞬光る。




 憤怒に満ちた目がエリスを見下ろしていた。





「グオオッ!!」



 竜族の男は力のままに腕を振り下ろす。



「きゃあっ!」

「くそっ!」



 爪が身体に食い込む前にアーサーがエリスを押し出し、それは力のまま石畳に堕ちて衝撃を残した。



「グルルルゥ……!!!」

「……おかしいだろ。オレは見ていた。ぶつかってきたのはあんたの方だ」

「ガオオオオ!!!」




 再び男が腕を振り下ろす。



 アーサーも先程と同様にエリスを押し出すが、



 踏み込みが足りず地面に倒れ込んでしまう。




「こいつ、言葉が――!?」

「グオオオオオオーーーーッッ!!!!」

「ガウッ!」




 カヴァスが男の足に噛み付こうとしたが、



 男の一蹴で、近くの建物の壁まで吹き飛ばされる。




「キャイン……!」


       「アーサー!!」




「……くそ……!!」




 立ち上がろうにも時間が足りない。アーサーが流血の覚悟を決めたその時。




「グルルルアアアアーッッッッッ!!!」




 灼炎、吹き荒ぶ。






「グルルゥ……!?」

「ガルルル……」

「……あんたは……?」


「おう、うちのもんが悪いことしたね。ちょっと待ってな」

「……っ!?」




 ピンク色の長髪に黄色の瞳、身体のあちこちに貼られているシール。



 そんな奇抜で派手な風貌の少女には、角に鱗に爪が生えていた。




「グッ、グルル……」

「ガルァッ!?」

「グルゥ……」



 少女と言葉――と思われるものを交わすと、男は決まりが悪そうにその場を去っていく。






「ふぅ、キミ大丈夫?」

「……ああ」



 アーサーは少女の手を取り立ち上がる。



 遠くから一部始終を見ていたエリスとカヴァスも駆け寄ってきた。



「どうも、こんにちは。あたしはルカっていうんだ。見ての通り竜族。よろしく」

「あ、ありがとうございます……! わたしはエリスで、こっちがアーサーとカヴァスです!」

「……感謝、する」

「ワンワンワンワン!」

「うん、よろしく。さっきはあたしの仲間が迷惑かけて本当にごめんね?」



 ルカは申し訳なさそうな表情を浮かべる。風貌からは想像しにくい優しさだ。



「……正直、死ぬかと思いました」

「人間にはああいうド畜生が多いんだけどね。最近は竜族の若者もそれに影響受けてさあ大変。ところでキミ達観光客?」

「はい。旅行券をたくさんもらってきたので、それで」


「あ~観光協会そんなことやってんのか。まあいいや、あたしの知る所じゃないや。それより観光に来たんなら、美味しい店紹介してあげるよ」

「いいんですか?」

「これも何かの縁だから! ついてきて!」



 ルカは駆け出し、少ししてから後ろを振り向き手を振る。二人と一匹はそれについていった。






「遅いなあいつ……」

「……待つ」

「忘れ物取りに戻るだけじゃねえか。何でこんな……」



 アイスクリームの店の前で、中年の男と少年がベンチに座って待っている。中年の男はやや白みがかった髭を四角形に切り揃え、頭髪にはバンダナを巻いていた。口から煙を吐き出す様からは、結構ないぶし銀だと感じ取れる。



 そして少年は――



「……来た?」

「どうやらそうらしいな」




 二人は近付いてくる少女の姿を目視する。



 少年は立ち上がって手を振り、早く来いと急かした。





「おっ、何か増えてるな。まあ観光客だろうが……ん?」



 男と同様に、少年は手を振るのを止め、目を丸くする。





「お待たせー。いやー暴漢が暴れててさあ……あれ?」



 少女が連れてきた観光客もまた、目を見開く。





 互いに驚愕しているのは明白だった。





「……エリス? アーサー? どうして?」

「……ルシュド? ルシュドだよね!?」

「あんた……どういうことだ」

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