第47話 前期末試験
曇天抜ければ輝く海。雨のち曇りでようやく晴れ。夏に心を寄せ、高まる好奇心に胸を躍らせる生徒達。だが夏へと続く道には強大な怪物が仁王立ちして立ち塞がっている。
怪物の名は、『前期末試験』という――
「よし、全員教科書ノートを鞄に仕舞え。今から解答用紙を配る」
監督者の呼びかけに応じ、生徒達はそそくさと教科書やノートを鞄に入れる。
そして解答用紙が裏返したまま配られた。
全員に配り終えると監督者は教壇に戻る。
「では試験前にもう一度確認だ。机の上に出していいのはペンとインク瓶、修正液瓶だけだ。それ以外の物は申し出てくれ。理由によっては許可する。そして監督者は――」
彼は懐から銀色の球体を取り出し掲げる。よく見ると中央に線が走っており、ここから半分に割れそうだ。
「この魔力検知器を持って教室を巡回する。既に知らされている通りナイトメアは納めてもらうし、その他魔力回路が通されている物体は全て鞄に片付けてもらう。だからこれが魔力を感知したら一発でアウトだ。カンニングとして処罰の対象にする」
「それと開始二十五分が経過したら解答用紙を提出して退出しても構わない。その時はくれぐれも忘れ物はしないように。試験が終わるまで教室には入れないからな」
監督者は球体を仕舞い、そして時計を見る。
「時間まであと一分だ。それまで心の準備でもしておけ」
その一分の間で生徒達はそわそわしたり、深呼吸をしたりと様々な様相を見せた。
「それでは、初め」
一分後、監督者のかけ声と共に、生徒達は解答用紙を裏返しペンを手に取る。
(……さて)
アーサーは腕を組み、一旦問題を流し読みする。
(格闘術の基本……構え方や腕の振り方)
解答用紙の中央には大きく人間の絵が描かれており、所々番号が書き込まれている。
(先ずは……相手に向かって利き足を踏み出す)
頭の中に木の的と自分の姿が浮かぶ。
(それに向かって勢い良く、拳を突き出す)
頭の自分は木の的に向かって拳を振るう。的は見事に真っ二つになった。
(拳は親指を中に握り締めると力が入りやすい……)
初めての試験で、アーサーは順調な滑り出しを見せていく。
(……凶暴な猫の魔物)
エリスは解答用紙を眺めている。魔物の特徴が書かれており、それに合う魔物の種類を答えるという問題だった。
(見た目は普通の猫と変わりないが、目がぎらぎらしている。群れを成し、凶暴性が高い。また属性に応じて色が変わるので、派手な色の猫はまずこれだと思っていい……)
その時エリスの脳裏に、故郷の風景がぼんやり浮かび上がる。
(あそこで襲われてから三ヶ月……あっという間だったなあ。お父さん、お母さん、ジョージにクロも元気にしているかな……)
エリスは首をゆっくりと回す。
その時丁度時計が視界に入る。試験終了まであと十五分。
(わわっ……まだ半分しか書いてない。ぼーっとしすぎた……)
エリスはペースを上げてペンを動かしていく。
(……あとはこれだけ。分数の乗除)
イザークはペンを上唇と鼻で挟み解答を考える。
そうしていると、教室の扉が開く。
「失礼しますぅ。え~、ちょっと問題に訂正箇所がありますぅ。大問三の一の文章題。リンゴは七等分じゃなく四等分ですぅ。訂正しておいてくださいぃ……これ以外で、他に質問はありますかぁ?」
それを確認したイザークは、該当の問題を解き直す。
(……二になったな。七分の五なんて半端な数字おかしいもんな)
イザークはミーガンの後ろ姿を追う。彼は少し入り口で待機していた後、頑張ってくださいと言い残して去っていった。
(……見てろよ。絶対いい点数取ってやる)
一時休憩も終わったイザークは、最後の問題の解答を記入していく。
(グレイスウィル四貴族……スコーティオ、アールイン、ウェルザイラ……)
一心不乱にペンを動かすカタリナ。目は大きく見開き、生にしがみつく亡者のよう。
(あと一つ……? あと一つ、何だっけ……?)
ぴたりと手を止め、問題文を凝視する。肘をついて頭を抱える。
(考えろ……考えるんだ、思い出せ……!)
どんどん解答用紙にしがみついていき、腕に瓶が追いやられていく。
(あっ……!?)
修正液の瓶が地面に落ちる。カランという音が教室に響く。
(あっ……ああああ……!? どうしよう……!?)
カタリナが落ちた瓶を見て青褪めていると、
監督者の教師ニースがやってきてそれを拾った。
「はいどうぞ」
「え……あ……」
「物を落としたら監督者が拾うことになっているんだ。だから安心して」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
「……初めてで緊張しているかもしれないけど、落ち着いてね。深呼吸深呼吸」
軽く言うとニースはまた教卓に戻っていく。
(……よし。行こう)
それを見送った後、カタリナは先程よりゆっくりとペンを動かしていった。
(よし……試験開始っ)
リーシャは問題用紙を裏返すと、すかさずペンで書き込み始めた。
(まずは覚えているうちにプリントの内容を書き込む……!)
すらすらとペンを走らせ、問題用紙の世界地図に文字を入れていく。
(よし、いい感じ! やっぱり世界についての問題が大半! 地理学はもらっ……)
しかし残った問題を眺め始めた途端急に手が止まる。
(……王族の名前!? やばい! 王族までは押さえてなかった……! しかも点数がそこそこ大きい……!)
リーシャのこめかみに冷や汗走る――
「着く、着いた、着きません……」
ルシュドは丁寧に文章を確認しながら答えを書き込んでいく。
「この造形文字は」
「……ちょっと君」
「え?」
声をかけられて顔を上げると、監督者の顔があった。
「確認していくのは構わないけど、試験中だからさ。心の中で呟いてね」
「あ……すみません」
監督者はまた歩き出す。どうやらそれだけを言いに来たようだった。
(……ふう。周り、見えていない……気を付ける)
ルシュドは一旦息を吐き出し、そして再度ペンを持つ。
(……物理攻撃系の始祖はガヴェイン。ケイは物理支援系の始祖……)
ヴィクトールのペン捌きは軽快で、水が流れるように進んでいく。
(次は……魔力についてか。魔力は大気中や物質中に存在する元素のようなもので、人体含め物質毎に含有量が違う……)
一つずつ思い返しながら穴埋め問題を解いていく。
同時に金髪赤目の不愛想な彼奴の顔が思い浮かぶ。
(……ふん)
全ての解答欄を埋め、見直しをした後立ち上がる。
(……何?)
クラリアがヴィクトールとほぼ同時に立ち上がり、彼の後ろについていく。
ヴィクトールが後ろを振り向き、そこで目が合ったクラリアは得意気な顔を見せた。
「はい、二人共お疲れ様でした。周りはまだ試験やってるから、静かにね」
こうして二人は監督者に解答用紙を渡し、教室を後にする。
「いいか。周りは試験中だ。決して騒がず、静かに、静かに行動しろ」
クラリアが伸びをするより前にヴィクトールが釘を刺す。
「……そのぐらいはわかっているぜー……」
了承したのか、わざと声を枯れさせて返事をするクラリア。
「あらアナタも終わったのね……ってアナタもいるの!?」
二人が鉢合わせしたのは、丁度一年五組の教室から出てきたサラ。
彼女はヴィクトールに目を遣った後クラリアに目を遣り、少し後ずさる。
「魔法は強さの基本だからなー! ばっちり押さえているぜー!」
「貴様言った側から……!」
「むぐっ……! 忘れていたぜ!」
「……一応納得しておくわ。そういえばエルフの彼は?」
「別室受験だ。リーン先生がお付きになっているぞ。今から迎えに行くところだ」
「ああそう。じゃあついて行くわ」
三人は同じ方向に向かって歩き出す。
「サラ、お前この後の予定はないのか?」
「あのねえ。これが最後の試験なの。課外活動も止められているから、今日はもう何もないわ。話聞いてた?」
「そうだったな! 忘れていたぜ!」
「……成程ね。アナタ自分の興味無い分野には一切の労力を割かないタイプね」
「ん? 何の話だ?」
「何でもない。早く行きましょうか」
「そうだな」
こうして一年生最初の期末試験は、各々目立った事件も特になく、終了したのだった。
「さて皆さん。試験お疲れ様でした」
最終日のホームルームにて、試験でへろへろになった生徒達を前にハインリヒが切り出す。
「試験が終了したので、残るはあと一週間。一週間後の終業式を終えればお待ちかねの夏季休暇が待っています。まあ長期休暇ということは……アレがあるわけでして」
しかし生徒達はわざと疲れている様子を見せ、ハインリヒの話が聞こえていないように振る舞う。
「……えー、では先に配ってしまいますね。ミーガン先生からの宿題」
ハインリヒは糊でまとめられたプリントを列の先頭の生徒に渡す。
「何でこんな量あるんだよ……!」
イザークは嫌そうに歯軋りをしながら、アーサーから宿題の束を受け取る。
「……絶対に終わらせる。アイツにだけは馬鹿にされたくない」
イザークは乱暴にそれを入れた。ぐしゃあと紙が潰される音がする。
「それでは次はこちらになりますね」
「えっと……魔術大麻に注意?」
エリスは次に渡された片面だけのプリントに目を通す。
「隠語としてエム、ブレイズとも呼ばれる。体内を流れる魔力に干渉して活性化させ、束の間の快楽と興奮、物によっては能力向上効果を与える。しかし効果が切れると禁断症状を引き起こし、正常な判断を阻害する……」
「一度や二度までなら身体に変化は見られない。だが何回も服用した場合、切り取り線のような黒ともう一色の痣が現れる。色については、火属性なら赤、水属性なら青など、服用者の属性に準拠する……か」
「ええ、全てはそこに書かれている通りです。一度使ってしまったらもうそれなしでは生きてはいけない。どうしても手に入れたいがために、盗みや強盗を働いて牢に入るという者も多いです」
するとイザークがふんと鼻を鳴らしてから、
「あったなあ、そんなの」
「イ、イザーク……!?」
隣のカタリナが青褪めたのを受けて、イザークは慌てて手を振る。
「いや、実家の近くでもそんな話あったなあってだけ! ボクはやってないよカタリナ!?」
「とはいえ、これは恐ろしいことに学生でも入手が簡単なんですよ。そこら中に売人がいて、学園の小遣いで買える値段で買えてしまう。特に夏季休暇は教員の目がなくなるので、こういう物に手を出してしまう可能性が高いと考えまして、こうして配らせてもらいました」
「なるほど……気を付けます」
「まあ家族で過ごすようなヤツは大丈夫っしょ」
他の生徒達も、魔術大麻についてのプリントを流し見して鞄に入れていく。
(アドルフ先生は反対していましたが……相手が動かないようならこちらから行動するのもありでしょう。何より生徒達の命に関わる)
ハインリヒはその様子を見ながら、思索を巡らせていた。




