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第37話 ガゼル

 数日後。



「うぇーい放課後放課後ー! 帰って寝るぞー!」

「寝るなー! 帰って課題だうぇーい!」

「エリスさんよ現実を突き付けるなうぇーい!」


「ワオーンワオーン!」

「う、うぇーい、うぇーい……」

「無理なさらずにお嬢様……」




 アーサーは完全に回復し、授業や課外活動にも復帰していた。今日も今日とでイザーク、エリス、カタリナの会話に耳を傾けている。




「……」

「ワン」



 今は頬杖をついてノートを眺めている。何もない白紙のページを見て一息つく。



「……中に入れ」

「ワン?」

「奴とは……一対一で話したい」

「……ワンッ」



 カヴァスを中に収まったのを確認し、アーサーは荷物をまとめ出す。



 それをイザークが見逃すはずがない。



「おい、帰んのかアーサー。この後何かあるのか?」

「……行きたい所がある」

「え、どこだよ」

「オレにしか関係のない所だ」

「じゃあボクも行くぞ」


「駄目だ。オレが一人で行かないといけない」

「ふざけんなよ。それで先週どうなったか思い出せ」



 声色が明らかに、苛立ちを含んだものに様変わりする。





「……どんなことするの?」

「オレと、それからあんた。二人だけに関わることだ」



 アーサーはエリスを見つめるだけだったが、それで言いたいことがエリスには理解できた。



 しかしイザークとカタリナは理解し得ないので、戸惑うばかりだ。



「……そうなんだ。それなら、わたしは何も言えない、かな……」

「エリス? オマエまで何言って……」


「……」

「おい……!」




 アーサーが去っていき、教室に三人残される。




「……やっぱり心配だ。ボク見てくる。サイリ、荷物持ち頼む」






 教室を出て、そのまま五階まで上がったアーサーは、


 生徒会室の前に立っていた生徒に声をかけた。



「……ここにいたか」

「……あ? 何の用だよ」



 ハンスは指を弄りながらアーサーを睨む。





「あんたはオレの正体を知っている」

「そうだけど」

「オレはそれを言いふらされると困る」

「そうみたいだねえ」


「……何? 口封じのためにぼくに媚びようってこと?」

「……ああ」

「ふーん」




 前髪を触り、口を尖らせるハンス。貴族の嫡男らしい礼節はどこにも見当たらない態度だ。




「……媚びるって何するのさ。前のようにはもうできないぞ、見張りもついたし」

「見張り?」



 ハンスは自分のナイトメア、雲の精霊のシルフィを親指で指す。その下にはもう一人、瓜二つのシルフィが浮かんでいた。






「――アーサー!! オマエここにいたのか!!」

「ハンス待たせたな。次は何処に……」



 イザークが階段を駆け上がってくるのと同時に、生徒会室からヴィクトールが出てきた。




 人数が四人になったが、相手の出方を窺う姿勢は変わらない。むしろ人数が増えたことによって、益々気を張り詰めなくてはいけなくなった。



「ぜぇ……ぜぇ……ってオマエはハンス!! もう名前知ってるからな!! また何かアーサーにしようとしてんのか!?」

「……アーサーと言ったな。俺からも言わせてもらうが、此奴には二度と関わらない方がいい。その方がお互いのためだ」

「……」

「……」



 その場にいる全員が無言になっていき、緊張感が支配していく――




 しかし、



「――すっ、すみませーんっっっ! そこにいる生徒達避けてぇぇぇぇぇ!」



 やや甲高い生徒の叫び声が静寂を破る。





「……はぁ?」

「避けるって……」

「何が……」

「来るんだ……?」



 逃げてほしい存在は、すぐに四人の眼中に入った。




 車輪に波動を纏わせ、衝撃波を起こして突っ込んでくる――台車である。



 台車がこちらに向かって突進してきているのである。




「ちっ……!」

「もぎゃー!?」

「……くっ!」

「ぬぅん!」



 四人は思い思いの方法で台車を躱す。




 そして台車は勢いのまま壁に衝突し――



 ひっくり返って、黒煙を噴いて、動きを止めた。





「部長の馬鹿ぁぁぁー!!! もう手に負えない暴れ馬になってるじゃないですかぁぁぁー!!!」



 薄いベージュ色の髪の生徒がやってきて台車を起こしながら、悲痛に叫ぶ。



「……あっ皆大丈夫!? びっくりさせてごめん……おわっ!?」



 起こされた台車はなんと、勝手に移動を始めようとする。意思を持っているかのようだ。



「重ねてごめん! これ一緒に押さえて部室まで持っていってくれないかな!?」

「……押さえるだけでいいんですか?」

「魔力は殆ど使い果たしているから! ただほんのちょっと残っているみたいで、見ての通り勝手に動こうとしてい…るぅん!!」



 生徒は持ち手を握り何とか台車を制御している。




 イザークはすっと台車に乗り、アーサーとヴィクトールがぎゅっと持ち手を握る。ハンスもヴィクトールにずいっと引っ張られて持ち手を握った。



「おお! 上から抑えるの頭いいね! よーし行くぞー! えっちらおっちらー!」




 五人は台車を引っ張っていく。一年生の四人、この生徒の有無を言わせぬ雰囲気の前には、全員が同じように屈服しているようだった。






 引っ張っていった先は生徒会室と同じ階層にある、部室群の一室。壁を本棚が覆い、床にも机にも紙が散乱している。


 紙に書かれているのは文字以外にも、似顔絵や風景画など様々だ。どれも素人の生徒が描いたであろう雑さである。




 そんな部屋に五人は入室。すると慌てた様子の女子生徒に迎え入れられる。




「ガゼル君!? 大丈夫だった!?」

「大丈夫じゃなかったんでちょうどそこにいた生徒達にお手伝いしてもらいました!!」

「本当……ごめんね皆!」

「あれー、あんな大きな音が出るはずじゃなかったんだけどなあ……!?」



 台車は部室に入れられ、そして隅に片付けられた。



 その間にガゼルは、殺人兵器と化した台車を見ながら頭を掻いている生徒に突っかかる。



「部長、もう止めましょう!!! 素人に魔力回路なんて無理なんですよ!!! 次やったら死人が出るかもしれませんよ!?」

「いやいやこれはまだ第一号だから! 次の第二号がグレードアップする布石だから!」


「もう信じられません部長の言葉!!! 前にもありましたよね!!! インク瓶に魔力通した瞬間中身が噴き出して、部室中インクまみれになったの!!! 僕あれ未だに根に持っていますからね!!!」

「あれは不幸な事故だったって言ってるだろぉぉぉ!!!」

「どう考えても人災だろうがボケェェェェェ!!!」




 理不尽と常識で殴り合うガゼルと部長の応酬を、



 ぽかんとして見つめている一年生四人。




「まあいいや! ガゼルには面倒かけた! 今日はもう帰っていいぞ! 

「部長を憎みながらありがたくそうさせてもらいますッッッ!!! さあ君達ちょっとこっちおいで!」



 促されたのでガゼルと共に教室を出ることに。






「ぜーっ、ぜーっ……ああ喉が痛い。帰ったら喉飴舐めなきゃ……本当にごめんね皆。部長はいつもあんな感じで備品を勝手に改造して迷惑かけてるんだ。いや、今回は本気で死人が出る所だった……」



 教室から出てすぐに鞄からタオルを取り出し、汗を拭くガゼル。顔にはすっかり疲れが浮かんでいた。



「あ、自己紹介しとこう。僕はガゼル。三年生で新聞部……うん、ここは新聞部の部室なんだ。以上自己紹介終わり。それでこの後君達予定は?」

「……ない」

「ありませんよ。こっちのエルフも同様です」

「……」

「ないっす」




「だったら好都合! 今からカーセラムに行こう! そこで好きなメニュー奢ったげるよ! というか奢らないと申し訳が立たない!」



 聞き慣れない名詞を耳にして、四人は首を傾げ顔を見合わせる。



「……あ、もしかして君達一年生? カーセラム知らない感じかな? それなら益々丁度いい、この機会に知っとこう!」

「まあタダ飯が食えるなら……ボクは行くよ。オマエらも来い。アーサーは強制な」

「どうしてそうなるんだ……」

「……人間の食文化を知っておくのもいいんじゃないか?」

「そうですね。折角だし甘えておきます!」



 ハンスは高い声と糸目に切り替えていた。言葉も丁寧で、先輩生徒に媚びるつもりなのは明白である。



 他の三人はそんなハンスに対して怪訝そうな顔をするが、ガゼルは既に歩き出していた為それに気付いていない。



「よーしレッツラゴー! あ、その前に君達名前は?」

「ボクはイザークです。左から順にアーサー、ヴィクトール、ハンス。さらにこの黒いのがサイリで……あとはわかりません!」

「よし、一先ず主君は覚えたよ! 改めてレッツラゴー!」

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