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第18話 貴族の二人

 一週間の半ばを超えて木曜日。生徒達は今日も勉学に励む。





 エリスはノートを取りながら紙切れに文字を書き、カタリナに回す。



『何でミーガン先生の話って聞いていると眠くなるんだろう』



 カタリナは読んだ後、裏に文字を書き込みエリスに渡す。



『よくわからないかな。何でだろ』



 エリスは返事を確認すると、眠い目を擦ってノートを取る。




 ただいまの授業では、青い眼鏡のローブの男性教師、ミーガンが黒板を数式や文字で埋めていた。語尾が吊り上がる特徴的な声で話をしながら、板書をすいすい進めていく。




「えー、じゃあおさらいといきますかぁ。この世界の通貨は大体ヴォンドが用いられています。アンディネ大陸の一部ではエウスという通貨も使われていますが、ややこしくなるので記憶から抹消しておいてください。ヴォンド硬貨には金、銀、鉄、銅、青銅の五種類があって――」



「ぐはぁ!?」




 室内なのにどこからか雷が落ちてきた。



 それは数人の生徒に落ち、彼らから悲痛な声を発せさせる。




「んー、じゃあイザーク。四万三千六百七十八ヴォンドを支払う際の最適解はぁ」

「……は? 四万三千六百七十八ヴォンド?」



 イザークはぼけっとしたまま黒板を見つめる。



「……金貨四枚、銀貨二枚、鉄貨六枚、銅貨五枚、青銅貨八枚」

「おっやりますねぇ。睡眠学習ってやつですかぁ」

「……」




 死んだ魚のようにイザークはまた潰れていく。それに対してアーサーはきっちりとノートを取り話を聞いている。前後の席で実に対照的だ。




「まあ金貨が最も貴重で一万。銀、鉄、銅、青銅の順番に千、百、十、一になってますね。硬貨計算は日常に関わる部分なのでこれから何回もやっていきますからねぇ」


「因みに金貨百枚分の価値がある白金貨というものもありますがぁ、皆さんの日常生活に出てくることは先ずないのでぇ、これは忘れておいて支障はないですねぇ」




 ミーガンがそう言い終えた瞬間、鐘の音が彼方から聞こえてきた。




「じゃあこれで授業おしまいですぅ。宿題ちゃんとやってきてくださいねぇー」



 彼は手早く荷物を纏め、教室を出ていった。






「……オマエさぁ、気付いてただろ!? だったら起こしてくれたっていいだろ!?」



 算術の授業終了後、イザークは潰れたままアーサーに抗議した。



「起こす理由がない」

「オマエのせいでボクは雷ドーンで痛い思いしたんだぞー! 謝れー!」

「……理解不能だ。そもそも寝る方が悪いと思うが」

「退屈な授業する方も悪いと思うなあボクは!」



 乱暴に生徒手帳を取り出し、バラバラと捲っていく。



「……次は芸術だ。もうさっさと行っちまおうっと。サイリ!」




 生徒手帳をポケットに入れ、イザークは椅子から飛び出し教室を出ていく。サイリはイザークの机から筆入れと教科書を取り出し颯爽とついていった。




「意外だよね。イザークが音楽の方取るなんて。アーサーと一緒に美術取るのかなって思ってたけど……」

「やめろ。オレとあいつを一緒くたにするな」

「……あたし達も行こうか、美術室」

「そうしようか」






 三階にある美術室。三人がそこに入ると教室には鞄が乱雑に置かれており、生徒は殆どいなかった。




「失礼しまー……あれ?」

「やあ三人共。見ての通り皆はもう外に行ったんだ」



 胸像や画材が雑に積まれている机。その合間から褐色肌でドレッドヘアーの女性が顔を出した。



「ニース先生、今日は何をするんですか?」

「前回言ってたクロッキーだよ。ただ授業時間は四十五分で短いからね。もったいないから早めに行かせたのさ。さあ、そこからクロッキー帳と鉛筆を持って行ってくれ。そして外の風景を描いてくるんだ。ただしクロッキーだからな」


「……十分で描くんですよね? そんなのできない……」

「何事もまずは挑戦だ。命が懸かってるわけでもないし、大丈夫だよ」



 ニースは目を泳がせたカタリナの肩をそっと叩く。



「は、はいっ。頑張り……ます」

「うん。肩の力を抜いて、絵を描くことを楽しんでおいで」





 こうして三人は荷物を置き、クロッキー帳と鉛筆を手に外に出たのだった。





「折角だから三人で分かれて探そう。わたし校門の近く行ってるね」

「わかった」

「あ、あたしは校庭の辺りで……」



 園舎を出ると、整備された道と花壇が生徒達を出迎える。さらに進んで行った先には巨大な門があり、それが正門となっていた。




 外を様々な人間が行く。制服を着た生徒、作業着姿の用務員、黄色いスカーフを巻いた男など。



 エリスは正門の方に向かって行き、カタリナは図書館寄りの花壇に向かった。その場にはアーサーとカヴァスだけが取り残される。




「……行くぞ」

「ワン!」



 一人と一匹は演習場へ向かう道に歩いていくのだった。






「……」



 道を歩んでいく度に感じる、血気盛んな獣の気配。



「……っ!」



 瞬刻、演習場の方から何かが飛んできたのを、


 アーサーはすかさず手で捕らえる。



「……」



 それは杖だった。魔法の演習用の木の杖。





「おーい、そこのお前ー! その杖返しやがれー!」



 演習場の方から誰かが駆け寄ってくる。その生徒は灰色の髪で大きい耳と尻尾が生えていた。



「いやあすまねえな……って」




 食い入るように自分の顔を観察する生徒。橙色の目がじっと見つめてくるが、アーサーは動じない。




「……お前、強いんだろ。アタシの勘がそう言ってる」

「……それを尋ねてどうする」

「強いと言ったらアタシと戦う。弱いと言ったら――隠してるってことだから戦う! その実力を確かめてやるぜ!」

「ふん……」

「ワン!?」



 アーサーは鞘に手をかけた。魔力の奔流が迸り、風となって吹き抜ける。





 カヴァスの動揺も気に留めぬまま、そのまま鞘から剣を抜こうとしたが、





「アーサー、大丈夫? 何やっているの?」

「……おい。物騒なことを言っているが今は魔法の演習の時間だ」

「全くお前って奴は……こっちまで声が聞こえてきたぞ」




 エリスがアーサーに駆け寄ってきたのと、演習場の方からもう二人がやってくるタイミングは同じだった。アーサーは手を降ろして臨戦態勢を解く。




 そしてアーサーと話していた生徒は、エリスを見るなり目を丸くした。



「ん!? お前エリスじゃないか!? こいつと知り合いなのか!?」

「……あなたはクラリア? どうしてこんな所に……」

「呪文唱えたら杖吹っ飛ばしちまってよ! 取りに行ったら強そうな奴と会った! 知り合いなのか?」

「うん。アーサーっていうの。色々あってわたしと一緒に行動しているんだ」

「そうなのか……ならますます戦ってみたいぜ!」



 クラリアはますます意気込み、鼻を鳴らす。


 それを受けて、大いに慌てたエリスは手を振りながら、不自然に声のトーンを上げて話す。



「えっと……わ、わたしの顔に免じて、ここは我慢してほしいな……! ほら、先生達もいるし、ね?」

「うー……でもなあ……」



「我慢だぞクラリア。言葉を用いて生活している以上我慢は大事なことなんだ。自分勝手に振る舞っているのではその辺の獣と何ら変わらん」

「……それもそうだなクラリス! アタシは我慢するぜ!」

「うむうむ、我が主君ながら立派だ」




 クラリスはクラリアの尻尾を足場にし肩に乗る。そのタイミングでもう一人の生徒が大きな咳払いをした。黒髪で七三分けの眼鏡の彼に、エリスは話しかける。




「えっと……ヴィクトール、君? でいいのかな?」

「別に呼び捨てで構わん。それより俺の名前を知っているのか?」

「そりゃー生徒会なんだから知られないわけがねーだろー!」

「ああ……確かにそうだな。まあいい、戻るぞ」



 ヴィクトールはクラリアの右耳を握って引っ張る。



「むぎゃー! 耳引っ張るなー!」

「全く騒がしいな。本当にあのロズウェリの子女なのか?」

「そうだぜー! アタシは気高きロズウェリの狼だぜー! それはそれとして離せー!」



「やれやれ。貴様も大変だな、ナイトメア」

「クラリスだ、覚えろ。まあ他人から見ればそうだろうな。だが私は彼女を誇りに思っているぞ」

「そうか、そうか……よし」

「むぎゃー! 尻尾を掴むなー! うおおおおおおお!」




 ヴィクトールは地面に爪を立てるクラリアを、ずるずると引き摺りながら演習場に戻っていく。






「……貴族か」

「ヴィクトールはそれっぽいからともかく、クラリアが……意外」



 首を伸ばし、二人はは演習場を覗く。そこでは生徒達が魔法の演習をしており、火や水といった様々な物質が飛び交っている。



「今日は呪文やったから……来週からわたし達も演習するんだよね」

「そうだな」


「……あ、そういえば何かいい所見つかった?」

「探そうとした矢先に奴が来た」

「そうだったんだ。えっと、わたしいい場所見つけたんだ。そこで描かない?」

「わかった」

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