第16話 図書室にて
その日の放課後。エリスとアーサーは、授業で言われた通りに職員室に来た後、ケビンに連れられ生徒相談室に移動した。
「さて……済まないな。本当はアーサーだけのつもりだったがエリスまで呼んでしまって」
「いえ、大丈夫です。元々わたしもついていこうと思っていましたから」
「ハインリヒ先生から話は聞いている。だからアーサーについては把握していたんだが……まさかエリスもだったなんてな」
ケビンよりも先に、エリスが不安そうに切り出す。
「……わたし、魔法が使えないんでしょうか」
「それについては大丈夫だ。今回のはあくまでも検査だからな。自分の得意分野がわからないだけで魔法は使えるし、不得意な魔法を使ったところで不都合が起こるわけでもない。ただ……魔法陣が一切反応を示さなかったということは初めてだからな。我々の知りえないことが起こる可能性もある」
アーサーは何も言わず、じっと耳を傾けている。
「……授業って魔法の演習もありますよね。その時はどうなるんですか?」
「基礎魔法ぐらいなら参加できるだろう。ただその先、合成魔法や系統別の魔法、応用魔法全般の演習の時にどうなるかがわからない」
「自分の属性と系統を把握している前提でカリキュラムを組んでいるし、不得意な系統だった場合に怪我に繋がりかねないからな……そこはやってみないことには何とも言えない。だからその都度こうして個人面談を行うので、そのつもりでいてくれ」
「はい……」
ケビンは紅茶を啜り、今度はアーサーに身体を向ける。
「そしてアーサー、お前の場合は話が違ってくる。お前はナイトメアで騎士王だ。理論上はあらゆる魔法を扱いこなせることができる……その意思があるかどうかは別にして」
「……」
確かに騎士王伝説においても、彼が魔法を使ったという話は一切出てこない。
それでも理論上は、という台詞が少し引っかかるエリス。しかしそれを尋ねるのはケビンではないと考え、話を続けて聞く。
「だがそれだと演習で騎士王であることがばれる可能性もあるし、何よりお前のためにならん。そのためお前にはレポートを提出してもらって、それで演習分の評価をつけたいと思う」
「……」
「それで、本当はお前だけのつもりだったが……さっき言った通りだ。エリスは今後演習に参加できない可能性がある。だからエリスと協力して二人でレポートを完成させて、提出してほしい」
「二人で……ですか」
「そうだ。二人で協力すれば、完成させられるはずだ」
そしてケビンはエリスとアーサーに一枚の紙を渡す。
「レポートは本を読んでもらい、内容を纏めてもらうのが五割。残りの五割は他の生徒の演習の様子を見て、感じたことや学んだことを纏めること」
「そしてこれが本のリストだ。下に行けば行くほど内容が難しくなるぞ。全て図書館にあるものから選んだから、まずは行ってみてくれ」
「枚数は……用紙一枚だな、まだ一年生だから。最初の締め切りは……五月末にしよう。それまでに私に提出してくれ」
「わかりました、ありがとうございます。ほらアーサーも」
「……」
アーサーは無言でケビンを見つめる。態度が悪いので敵意を持っているようにも見えてしまう。
「す、すみません……」
「……まあいいさ。入学したばかりにも関わらず負担をかけて済まないが、どうか二人で頑張ってくれ」
エリスとアーサーは立ち上がり、エリスだけが会釈をして生徒相談室を後にした。
生徒相談室を出たエリスは、早速アーサーに話しかける。
「とりあえず……どうする? 図書室行く?」
「あんたがしたいように」
「じゃあ図書室に行こう。それでいいよね?」
「あんたがしたいように」
「むぅ……」
「何が不満だ」
「その返事」
「……」
「……まあいいや。図書室に行こう」
図書室は同じ一階の左部分にあり、校舎に入ってからすぐ近くだった。窓や室内を緑の蔦が覆っており、自然のカーテンとなっている。漏れ込む光が本を読むのに適切な明るさを確保していた。
「えーっと……この本を探そう。『一冊でわかる魔術師、天才ウォーディガン編』」
「わかった」
二人は図書館を歩き回って本を探し始めたが、
暫く巡っても目的の本は見つからなかった。
「うーん……こっちにはないね。あっちかな」
「向こうは大衆文学の区画だ。あるとしたらこの辺りだと思うが」
「そっか……もっと上の方まで見ないといけないかな。はしごがいるなぁー」
などと話しながら、立ち尽くしていると――
「ねえ、アナタ達」
後ろから話しかけてくる生徒がいた。
「……」
「……わたし達?」
「ええそうよ。金髪男子と赤髪女子の二人」
その生徒は明るい茶色のショートカットで、瓶底眼鏡をかけている。そして黄緑の瞳で怪訝そうに二人を見つめていた。
「さっきからずっとワタシの近くをちょろちょろしてさあ。正直迷惑なんだけど」
「ご、ごめん」
「迷惑だと思うのなら一緒に本を探せ」
「ちょ、ちょっとアーサー……」
「……どんな本?」
アーサーは紙を生徒に見せる。顔面にぶっきらぼうに押し付ける形だったが、生徒は気にせず答える。
「ああ、この本……それならここにはないわよ」
「えっ、それって……」
「カウンターの近くに今月のお薦めの本が並べられていてね。そこにあったわよ」
「そっか、ありがとう」
「ありがとうはいいんだけどね。先ずはそちらに行かないかしら。あるいはカウンターに行って司書に訊かないかしら、ここをうろちょろする前にさあ」
「うう……」
「確かにそうだな」
「……ごめんなさい」
「……もういいわ。集中力が切れた。行くわよサリア」
「あ、待って……!」
しかし呼び止めたのも叶わず、彼女は近くに居た花を持った妖精に呼びかけ、本を抱えてそのまま立ち去っていった。
「……?」
「どうしたのアーサー?」
「何だこれは」
「ん?」
長方形の紙にリボンが穴に通されて、カタバミが押し花にされている。
それが彼女の座っていた席に置かれていた。
「これは栞だね。名前が書いてある……サラ・マクシムス」
エリスは栞を手に取って胸ポケットに入れた。それと同時にある使命を帯びる。
「……明日もここにいるかな?」
「どうだろうな」
そうしてカウンターの近くにやってきた二人。
確かにサラの言った通り、受付の近くにお薦めの本が軽い紹介を添えられて低めの棚にまとめられている。曰く、『新入生にお薦めの読みやすい本色々』。
「これだな」
「うん、題名が同じだね」
「借りるぞ」
「そうだ……あ! 待って!」
慌ててアーサーを引き留めたエリスは、同じ棚から一冊の本を持ち出す。
「これも借りたいな。というか借りちゃうよ」
「それは何だ」
アーサーの視界には、橙色の架かった空の下、鎧を着た屈強な男が白いドレスの女性を抱えて走っている表紙絵が映っている。
「『フェンサリルの姫君』の軽小説版。表題になっているのはこれだけど、他にも色んなお話が入っているみたい」
「……?」
「アーサーも読んでみるー?」
「興味がない」
「むぅ……物語は世界を知るのに最も最適な形なんだよ。アーサーはこの世界のことを知る必要があるんだから、読もう!」
「知る必要がない」
「ならばそうだな……そうだ。わたしが命令します」
「……?」
エリスはまた別の本を棚から取り出し、そしてアーサーに押し付けた。
「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』。これこそイングレンスを知るにはとっておきの一冊……まあ、現在じゃなくて大昔の時代のだけどね」
「昔……」
「もしかしたらアーサーのことも出てくるかもしれないよ。わたしはどっちかっていうとフェンサリルの方ばっか読んでたから、内容は知らないけどね」
「……」
表紙には鎧姿の青年が、緑広がる平原を旅している様子が描かれている。奇遇にも金髪紅目でアーサーと同一だった。
「うわあ、何だか似てるね。もしかしたらアーサーの昔の姿だったりして……」
「……」
「とにかく行こう! 早く離れに帰って、苺を食べながら本を読もうっ♪」
「課題が第一だ」
「あっはい……しゅん」
現実を突き付けられた主君と、どこまでも冷静な騎士。
その時二人のこれからを祝うように、騎士が腰に差している鞘が一瞬光った。




