第15話 魔法陣検査
「……どうしたのエリス。顔色悪いよ」
「うん……大丈夫」
「ならいいんだけど……」
翌日の火曜日。昨日の放課後に見たことが嘘であるかのようにまた日常が始まる。しかしエリスの中ではアーサーの姿が繰り返し反芻されていた。
あれは一体何だったのかと――
「……あ。先生来たみたいだよ」
「うん……」
「……その、何があったかわからないけど……元気、出して?」
「ありがとカタリナ……」
カタリナの言う通り、エリスは授業に集中することにした。何があろうとも今自分が生きているのは日常なのだから。
眼鏡をかけたロングヘアの教師が教室に入ってくる。生徒達はたちまち静かになり、慌ててノートとペンの準備を行い出す生徒もいた。
「……では、早速だが授業に入っていこうか。私はケビン。このクラスの担当になった。一年間よろしく頼む」
どれだけエリスの頭の中がアーサーのことでいっぱいになっていても、授業はどんどん進む。ケビンと名乗った教師は淡々と説明を続けていく。
「さて、皆も知っている通り、この世界には魔法という現象がある。またそれとは別に魔術というものがある」
「違いを簡単に言うと、魔法は大気中及び肉体に存在する魔力を介し、物理的には実現不可能な現象及びそれを引き起こす行為。対して魔術は魔法を理論化して学問にしたもの。よって皆が学んでいくのは魔術ということになるな」
「だがその為には先ず自分のことを知らないといけない。魔術を極めることは己を極めること、なんて言葉もあるぐらいだからな」
ケビンはローブを翻し、黒板に文字を書き始めた。その間も口を動かし説明は続ける。慣れているのか手際がとてもいい。
「魔法には八つの属性と八つの系統がある。属性はイングレンスが創世された時からある理で、人は生まれながらにどれか一つをを身に着けている。系統は魔法を学問化する際に生まれた概念で、これもまた八つのうちどれか一つが得意となっている」
「これらは日々の生活の中では判断が難しい。そこで確実に診断する方法として魔法陣検査というものがある。今日は皆にこれを行ってもらう」
そこまで言うとケビンはチョークを置いた。
「今から演習場に移動する。持ち物は要らないから、検査の内容を想像しながら私についてくるように」
そしてやってきた演習場には――
「……スッゲえ」
「……すごい、大きい」
グラウンドいっぱいに巨大な魔法陣が描かれていた。
「ケビン先生、あの人達は?」
「彼らは王国所属の魔術師だ。こういった魔術を操ることを仕事にしている。今日は特別に手伝いに来てもらっているんだ」
「すごい、本当に大掛かりだ……」
「……」
円が三重に描かれており、時々白い光が湧き上がって十分に魔力が満ちていることを思わせる。
魔法陣の隣にはローブを着た人間――魔術師が数人おり、魔法陣の様子を確かめていた。
現在生徒達は一列に並び、その先頭にはケビンが立って説明をしている。
「さて皆、私が指示したら魔法陣の真ん中に進んでいくように。そして私が戻るように指示するまでそこに立っていてくれ」
ぞろぞろと生徒達が、魔法陣を見るべく隊列を微妙に崩す。
「よし。それじゃあイザークから始めていくか」
「えっボクかよ。ボクの前に並んでいるアーサーじゃないの?」
「アーサーは事情があってな、後で個別に行うことになっている」
「……」
騎士王なので属性も系統も決まっていないとは誰にも伝えられないわけで。
「ふーん、まあいいや。オマエは見ているといいさ。一番手イザークいっきまーす!」
アーサーは列を抜け、イザークは意気揚々と魔法陣の中心に走っていく。
「よし着いたな。では……よろしく」
ケビンが指示をすると、魔術師達は杖を向けて口を動かす。
すると魔法陣が光り出した。
「……おおおおおおお……!?」
光は魔法陣をなぞってどんどん湧き上がる。そしていつの間にか外側の円と内側の円の間に時計の針が現れ、ぐるぐると回り出す。
やがて光は弱まっていき、完全に消えてなくなる頃には針だけが残り、それは魔法陣に描かれていた模様を示して止まっている。
「……よし。もう戻っていいぞ」
ケビンに呼びかけられ、イザークがひょこひょこと戻ってきた。
「魔力を注ぎ込んだら針が現れただろう。それが指し示す所が今中央に立っている者の属性と得意系統になる。イザーク、お前の属性は雷で、得意系統は魔法妨害系だ」
「……つまり?」
「つまりも何もそういうことだ。詳しい魔法の練習はこれからやっていくからな。今日は自分の属性と得意系統を覚えてくれ」
「……ふーむ。雷か。雷かあ……」
イザークはアーサーの隣に行き、魔法陣をしげしげと眺める。
「雷属性の魔法ってどんなんだと思う? 雷落としてしびれびれ~とか?」
「……知るか」
「では次はエリスの番だな。中央へ」
「は、はい」
エリスはおどおどしながら中央に向う。
「よーし、ではいくぞ」
そしてケビンが同様に合図をし、魔術師達が同様に口走る。
イザークの時と同様に光の奔流も湧き上がる――はずだった。
「……何もない? あたしの……見間違い?」
「いえお嬢様、わたくしの目にもそう見えますぞ。他の方にもそう見えているようです」
魔力を注いだはずなのに、光は湧き上がらない。何も現象が発生しない。カタリナはぽかんとして魔法陣を見つめ、次第にケビンに視線を向ける。
他の生徒達も騒めき始め、エリスを見つめていた。
「せ、先生……これって大丈夫なんですか?」
「……いや、何もないなんてことはないはずだ。悪いがもう一回唱えてもらってもいいか?」
その後も魔術師達は何度も魔法陣を起動させようとするが、結果は変わらなかった。
「……仕方ないな。エリス、一回戻ってこい」
エリスは不安の色を浮かべながらケビンの元に戻ってきた。
「先生、これって……」
「……今は他の生徒も進めなければならない。悪いが放課後になったら職員室に来てくれないか」
「はい……」
ケビンはそう言うと、他の生徒達に対して何事もなかったかのように振る舞っていく。
この時間に異変があったのはエリスだけで、他の生徒の検査は何事もなく進んでいったのだった。




