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第115話 孤児院の夜・その1

 六人が温泉から上がる頃にはすっかり空は夕焼け模様。橙色の中に紫が混じる空を背に、準備されていた馬車に乗る。




「いやー温泉気持ちよかったなあ」

「それはともかくさぁ、風呂上がってから長すぎじゃね? 軽く数十分は待ったよ?」

「女の子は色々あるんですよーだ」



 リーシャは髪を触りながら会話に参加している。



「でも男子も色々やってたでしょ?」

「まあ……やってたよ? 温泉名物風呂上がりの牛乳とか」

「……」



 まだ中身が残っていた牛乳を飲みながら、アーサーは景色を眺める。



「……ぐー……」

「ルシュド起きて。もうすぐ着くよ」

「……はっ。おれ、寝てた?」

「それはそれはもう」


「ふにゃぁ……この後もあるんだよね……」

「そうだよ。これから皆でご飯の時間だ!」

「あたし、眠い……」

「寝るならご飯食べた後! さあ降りるよー!」

「ああ……」




 リーシャを筆頭に生徒達は馬車を降りる。




 最後に御者台からイリーナが降りて、六人の前に立つ。




「よし、全員降りたな。ではこれで一旦お別れだ。明日の十時に大浴場の前でまた集合しよう」

「イリーナさん、今日は本当にありがとうございました」



 代表してリーシャが頭を下げる。



「気にするな。子供達とのひととき、楽しんでおいで」

「はーい」

「では失礼する」



 イリーナはまた御者台に上る。


 そしてトナカイに引っ張られ、馬車は夕暮れを掻き分けて城下町の方に向かって行った。






「さて……と」

「ここがリーシャの家かあ……」

「……うん」



 馬車に揺られること数十分。城下町の賑わいから離れた場所にあったのは、木造の大層な建物だった。窓の位置から二階建てであることがわかり、現在は一階右の大きそうな部屋だけに明かりが灯されている。



「……まずは入ろうか。ここにいても寒いだけだし」

「そうだね」




 六人は扉の前に進む。入り口もガラス製の明かりで照らされており、表札に『メアリー孤児院』と書いてあるのが読み取れた。





 リーシャが一番後ろに着き、アーサーが先導して扉を開ける。




「こんばんはー! リーシャの友達のエリスでーす! 今日はお邪魔しまーす!」



 中に入るやすぐに、無言で壁に背中をつけ、さながら潜入任務のようなアーサーの代わりにエリスが挨拶をする。しかしその声は明かりの一切灯っていない廊下に吸い込まれていく。



「……気を付けろ。何人か気配を感じる。視線もこちらに向けられている」

「待ってアーサー、ここリーシャの家だよ? そんな警戒しなくても……」




 すると――




「……ッ!?」

「……えっ!?」

「……はぁ?」




 弾けるように軽快な爆発音と共に、


 紙テープが頭上や正面から降ってきた。




 突然の衝撃にエリス達は驚き、紙テープを分厚く纏った魔人と化したまま立ち尽くしてしまう。




「な、何これ?」

「……肩凝りそうなんですけど」

「え、それって……」




 すると次々に廊下の明かりが点灯され、



 別の部屋や廊下の奥から子供がわらわらと出てくる。




「何やってんだよおまえー! 何で扉開いたタイミングでやらなかったんだよー!」

「だ、だって! なんかまりょくかいろが詰まっちゃって、ひもを引っ張ってもテープが出なくって……!」 

「後ろの方から叩いていたら、全部一度にばくはつしちゃった……」

「ちぇっ! 今回はせっかくだから、信じたのに!」

「やっぱりジャネットはしんよーできないね! まほうぐはおうこくのすご~い人が作ったのにかぎるね!」



 子供達はそれぞれぶつくさ言いながら、エリス達にかかった紙テープを回収する。一足先に脱出したリーシャは指揮を取っていたであろう子供を満面の笑顔で見下ろす。



「……うん。私達を歓迎しようっていうのはわかった。でもさあ、これは流石に多すぎなぁい……?」

「う~……でもこれは仕方ない! だって他のまほうぐに比べて、紙テープの量が多いっていってたもん!」

「それならさあ、元から買う分を減らせばよかったのではないかなぁ……?」

「……うーん! さすがは学生! 目のつけどころがちがうなあ!」

「はぐらかさないで……っ!?」



 リーシャの背中に、足がよろめいた子供が倒れかかってきた。



「ごめん……足がテープに絡まって……」

「うんしょ、うんしょ……どうしよう、ぼくたちじゃ手におえない。どうすればいいかな……?」

「……仕方ないわね。スノウ!」

「はーいなのです!」




 リーシャの呼びかけに応じて、スノウが彼女の身体からひらりと現れる。




「この山のようになった紙テープを処分してくれる? 方法は屋外でやるなら何でもいいよ!」

「りようかいなのです!」



 スノウは紙テープをいくらか抱えて宙に放り投げる。それに息を吹きかけると、たちまち凍って四散する。



「スノウだ! 氷の魔法使えるの、やっぱりスノウかっこいい!」

「えっへへーなのです!」

「ねえねえスノウ、あれやって? えっと、シャベリン!」

「わかったのです!」



 スノウは大気を凍らせ尖った氷を生成する。それは紙テープの中央に刺さりそして両断させた。



「きゃーっ! スノウ、かっこいいー!」

「ありがとーなのでーす!」



 スノウはぴょんぴょんと飛び跳ね、頭を子供達に撫でられてご機嫌である。



「ん……スノウもやるならセバスンもお願い。数は多い方がいいと思う」

「承知しました、お嬢様」

「よーしオマエも行ったれサイリー!」

「――」


「ジャバウォック。燃やせ」

「おらっしゃあ!」

「……あんたも行く流れだな」

「ワン!」




 セバスン、サイリ、ジャバウォック、カヴァスもそれぞれ出現し、思い思いの方法で紙テープを外に持っていく。




「わっ、びっくりした!」

「もしかしてナイトメア……?」

「すごい! すごいや!」



 子供達は紙テープの片付けを放り投げ、もはやナイトメアの一挙一動に夢中になりつつある。



「あれ、もしかしてドラゴン!? かっくいー!」

「おっ、わかる奴もいるんだな! ならいつもより多めに燃やしてやるぞぉ!」

「……建物、燃える」

「わーってるってそんぐらい! 冗談だよ! そんぐらいの意気込みでやるってことだよ!」


「見て見て! 黒い人もかっこいいよ! こう、ばちばちばちーって!」

「コイツは雷属性だからな~。雷落としてドカーンよ!」

「ねえねえお兄ちゃん、ズボンのチャック開いてるよ」

「マジで!? 嘘だろ!? ちょっ、誰か閉めてくれえええ!」

「はいはい。まったくお手数おかけするんだから~」


「あ、このゴブリンさんタキシード着てる。ゴブリンのくせにおしゃれだね」

「仮にもお嬢様に使える身です故。服装には細心の注意を払うのですよ。それよりも、わたくしの隣に来ると危ないですぞ?」

「……きゃっ!? ああ、怖かった~」

「セバスン……魔力を固めた刃で紙テープ切っていくのはいいけど、怪我させないでね?」

「それは元より承知の上ですよ……ほっほっほ」



「ワンワン!」

「なんだ……なんだこの光!? すげえぞ!?」

「お兄ちゃん、後でわんちゃん撫でてもいい?」

「……こいつに訊け」


「わんちゃん、後で撫でてもいい?」

「わふ~ん」

「……後で、だ。今じゃない。伏せてないで早く仕事に戻れ」

「くぅ~ん」






「……お前達何やってるんだ?」




 賑やかに事後処理が進む背後から、少年が一人やってきて話しかける。


 その姿を視界に収めた子供達は、少し落ち着いたようだった。




「姉ちゃん達歓迎するーって出て行って、中々戻ってこないと思ったら……」

「え、えっとね……やばいことになっちゃったけど、ナイトメアが何とかしてくれたんだよ!」

「ナイトメア……そうか」



 カヴァスやセバスンを舐めるように見つめながら、少年はリーシャ達に近付く。



「ただいま兄さん。相変わらず手を焼いているみたいで」

「まあな。けどそれはリーシャもじゃないか?」

「うーん……どうかな!」



 リーシャよりも背が高く、年齢も高そうな橙色の髪の少年。彼はリーシャの後ろにいるエリス達に目を向けた。



「リーシャのお友達だね。ようこそ、メアリー孤児院へ。もう夕食の準備が終わったから、食堂へどうぞ」

「はい、ありがとうございます」

「お前達、上着の片付けとか手伝ってやれよ」

「「「もっちろん!」」」




 少年が食堂に戻っていった後、子供達に揉みくちゃにされながらエリス達は孤児院の中に入っていった。






 食堂には長机が置かれ、席の一つ一つにキャンドルと皿が置かれてあった。入るとすぐにコクの深い匂いが鼻から入り、空腹(すきばら)を埋めていく。




「うふふ、小さい子供達が張り切っていたようで……」

「ただいまっ、シスター! 私は元気だよ!」

「見ればわかりますよ、リーシャ。今日は帰って来てくれて本当にありがとう」



 食堂の一番奥から、修道服に身を包んだ老齢の女性がやってきた。顔には幾本の皺があり、瞼も垂れていて穏やかな雰囲気を漂わせている。



「初めましてご友人方。私はメアリー、この孤児院の院長を務めています。この子達からするとお母さんってところかしら」



 そう言いながら既に席に着いている子供達を見つめる。およそ二十名程の子供が、席にきっちりと座って食事の始まりを今か今かと待ちわびている。



「メアリーさん、初めまして。わたしはエリスで、こっちがアーサーとカヴァスです」

「……よろしく」

「ワン!」

「ボクはイザークでこっちがサイリでーす」

「ルシュド、です。こっち、ジャバウォック」

「……カタリナとセバスンです」



 それぞれ会釈をすると、メアリーはそっと微笑む。



「リーシャも素敵な人と知り合ったのね……さあこちらにどうぞ」





 エリス達は食堂の奥、両手を広げた女神像に最も近い席に案内されて座る。席に向かう間、子供達は興味深そうに彼女達を見つめていた。





「何だか……初めて。こんな厳かな感じで食べるの」

「あたしも……」

「……」

「イザーク、どうした。緊張?」

「……いや、なーんも」



 唯一リーシャだけは、移動の途中で子供達に引き留められていた。



「だめよ! お姉ちゃん、あたしと食べるんだから」

「ぼくと一緒だよ! 邪魔しないで!」

「わ~やめて~。私ちぎれちゃうよ~」

「……むう」



 三つ編みの少女はポケットから硬貨を取り出す。それはヴォンド硬貨ではなく、麦の穂と草が描かれた赤銅の硬貨だった。



「げっ、影の世界のやつじゃん~。おまえまだそれ持ってたの?」

「捨てられるわけないじゃない、お母さんの形見なんだから……とにかくこれで決めるよ! 表だったらあたしね!」

「いいよ!」



 そう言って投げたコインは、表を上にして机に落ちた。



「よし! お姉ちゃんあたしの隣!」

「えー……! 嫌だ! もっかいやって!」

「何よ! いいよって言ったのそっちじゃない!」

「はいはい、お前は僕と座ろうなあ」

「ううー……!」




 おかっぱ頭の少年は、背の高い少年にずるずると引き摺られていった。そしてリーシャも決まった席に着く。




「さあ皆。今日はお知らせした通り、お客様が来ています。グレイスウィルからやってきたリーシャのお友達。一緒に食事をしながらお話してみてくださいね。ではアルドス……」

「はい」



 先程エリス達にも会った橙色の髪の少年が返事をする。子供達は待ってましたと言わんばかりに、胸の前で手を合わせた。



「氷雪の守護者カルシクル神と豊穣の齎贈(せいぞう)者アングリーク神、万物の主マギアステル神に感謝の意を込めて。今我等眼前の食物を糧とせん――いただきます」

「「「いただきまーす!」」」

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