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第113話 寒空に響く鍛錬の声

 澄み切った空の元、雪の一切も無きように整備された演習場。


 その中央に歩み寄り、対峙するは騎士と少年。




「ではルールの再確認だ。制限時間は五分。それを過ぎるかどちらかが降参すればその時点で勝敗を決する。よいな?」

「うむ、それでいい」

「ああ」




 二人は一歩ずつ下がり、真っ直ぐ互いを見つめる。




「氷神カルシクルと戦神アレステナの誓いの元に――始めっ!」




「――ッ!」



 審判の手が降ろされるや否や、少年は地面を蹴って一気に距離を詰める。



「おおっ……!?」



 一気に剣を薙ぎ払い、騎士に一筋浴びせる。




 それはすぐに剣で受け止められたが、衝撃のままに双方は後ろに弾き飛ばされ、地面に靴の跡が付く。




「ほう……攻めてくるな」

「ふん……!」



 騎士が讃える間もなく、少年は下から斬りかかる。



 剣の持ち方、足の踏み込み、剣筋の読み合い、力の入れよう。



 全てが折り重なり、鈍くも鋭利な剣がぶつかり合う音が響く。それはこの場にいる者全てを魅了していた。






「……アイツ剣術得意だったんだな」

「おれ、知らない。見る、初めて」

「いやボクもだよ」




 そんなアーサーとイズエルト王国騎士の決闘を、イザークとルシュドは呆然と観戦している。カヴァスとジャバウォックは応援に熱心で、サイリはいつものようにイザークの後ろに佇んでいる。



 そこに騎士の一人が湯気の立ったマグカップを四つ持ってやってきた。




「君達もココアをどうぞ。晴れているとはいえ寒いからね」

「どもっす」

「ありがとう。です」


「あれ? 氷賢者様は? さっきまで一緒だったよね?」

「えー、何か非番の騎士様に仮面をひっぺ剥がされてどっかに行きました」

「あはは……久々に城から出てきたの見たけど、本当に……」



 騎士は愛想笑いをしながら長椅子の端に座る。イザークとルシュドもその隣に着いた。



「にしても凄いな。あの人は騎士団の中でも結構な腕前なんだけど、それと互角に渡り合えるなんて。学園でも結構な成績じゃないのか、彼」

「それがですねえ、アイツ武術の選択格闘術なんですわ。武器なんて握る余地もない」

「何だって? うーん……あまりにも上手すぎるから、別のにしろって感じかな?」

「さあ……それは訊いてみないとわかんないっす。答えるかどうかも微妙っすけど」



 三人はココアを飲んで一服する。剣戟の音が耳に、ほろ苦い味が口に染み渡り、冬空の元で心地良さを与えてきた。






「……」

「ん? ルシュドどうした?」

「あ、ごめん。えっと、入り口、像、気になる」

「入り口の像だぁ……?」



 イザークはルシュドと同じ方向を向く。その先にあったのは騎士団宿舎の入り口だった。



「像ってあの狼の像のことかな?」

「は、はい」

「あれはカルシクル神の銅像だよ。氷属性を司る偉大なる八の神々の一柱、それを模したものだ」

「へえ、あれが……」




 ひとえに表すなら、それは狼が二足歩行をしている。全身が深い体毛に覆われており、牙も爪も表情に至るまで全てが鋭く、攻撃的な態度を見せている。腰には毛皮の布を巻き、背中もまた毛皮のマントを羽織っている。右肩から大きいベルトをかけ、その手には巨大な戦斧が握られていた。




「氷の神誓呪文ってあるよね。円舞曲は今此処にーってやつ」

「勿論っす……ん、円舞曲(ワルツ)? あの見た目で?」

「意外に感じるかもしれないけど、ちゃんと由来があるんだ。さっきのに続く言葉はわかる?」

「えー……残虐たる氷の神、でしたっけ」


「そうそう。人間を脆弱としてどんどん切り捨てる、そんな感じの残虐な神様。でもある日人間が織り成す舞踏を見て、自分にはできない繊細な動きだと感動したらしいよ」

「へぇ……そこから円舞曲(ワルツ)が好きになったと」

「そういうこと。そんな話があるから、カルシクル神は演舞や劇の神様としても讃えられている。一応戦神としての一面もあるけど、そういう神様は他にもいっぱいいるし、何より文化的な神様は少ないからね」



 騎士との話の傍ら、ルシュドの顔が青褪めていることにイザークは気付く。



「どうした?」

「わ、え、えっと、あの! 銅像、動いた!!」

「は?」



 ルシュドが見ていた方角を、イザークも首を動かし覗いてみると――



 確かに今話題に上がっていたカルシクル神らしき存在が、動き出しこちらに向かってきている。



「確かに何かいるなあ。銅像のナイトメアとか?」

「半分正解。彼はナイトメアだけど、銅像ではないよ。おーいマーク!」




 それが彼の名前なのだろう、カルシクル神によく似た――狼の戦士は、演習場までのしのし歩いてきて、そして名前を呼んだ騎士の正面に立つ。




 イザークとルシュドも当然間近で彼の姿を見ることになる。実にふかふかな毛皮を持つ、仏頂面の狼だった。




「マーク、今リーシャが友達を連れて帰省していてな。横にいるのと今演習場で戦ってんのがそのうちの三人。騎士団に興味あるっていうから案内してたんだ」

「……グルルッ」

「え!? ちゃんとやってるって!! 俺だけじゃなくて他の皆も!! 訓練も哨戒任務もサボらずやってますよぉ~!?」



 瞳をぎろりと見開き、睨み付けるマーク。心が弱い者だったら死を覚悟して気絶しそうになるだろう。



「……というわけでこいつがマーク。女王陛下のナイトメアなんだ」

「女王陛下っすか?」

「そうそう、あのお美しいヘカテ女王の忠騎士さ」



 主君を褒められ、満更でもないのかマークは頬を若干赤く染める。



「グルルル……」

「今照れているな。こんな感じで、見た目はめっちゃ怖いけど心は女王陛下のようにお優しい。時々騎士団にはこうして様子見に来てくれるんだ」

「へえ……ボクはイザークっす。女王陛下にはリーシャとよろしくやってますってお伝えお願いします」

「お、おれもお願いします。あ、おれはルシュド、です。よろしく。お願いです」

「ちなみに向こうで戦ってるのはアーサーです。あっちも一緒によろしくっす」



 了承したように頷くマーク。そしてマントを翻すと入り口に向かおうとする。



「何だ、急ぎの用事か? もうちょっとゆっくりしていったらいいのに」

「ガルルル……」

「女王陛下が散歩されているのか。それの迎えに立ち寄っただけと……成程。じゃあ今度は是非とも、じっくりと訓練を見ていってくれよな」

「グルゥッ!」



 鼻を鳴らしてマークは歩いていく。その間にも別の騎士達に声をかけられ、丁寧に言葉をかけながら帰っていった。





「……おおっ、何かあっちの訓練は延長戦突入してるな」

「マジか、アイツタフだなあ……騎士さん、他に何か面白い話とかないんすか」

「じゃあ神様の話でもしようか。さっき審判が言っていた神様、カルシクル神ともう一柱、だーれだ」

「戦神。えっと、ア、アレ?」



 ルシュドは審判が言った言葉を必死に思い出そうとしている。



「あ、あ……アレステナ!」

「正解。アレステナは戦一色の神様で、騎士や傭兵から一般の平民まで、とにかく戦闘を行う機会がある人達に強く信仰されている。そのせいか伝承も色々あって、様々な解釈がなされているんだよね」

「名前はスゲー女っぽいんすけど、そこから?」

「そうそうそこから。男だったり女だったり、優しかったり残酷だったり。いわゆる第二世代――偉大なる八の神々の次に生まれた神であるんだよね」


「出た~神学用語。確か創世の女神に造られた偉大なる八の神々が、更に造った神サマ達だっけ?」

「またまた正解正解。例に漏れずアレステナも誰かに仕えているんだけど、それもカルシクル神だったりサンブリカ神だったりバラバラ。シュセ神に仕えて近衛の役割を担っていたなんて伝承もある」

「はぇ~……一人の神様の解釈だけで色々あるんだなあ」


「調べてみると結構面白いよ。ちなみにアレステナは戦なら何でもオッケーの神様だから、誇りを重んじる人間なんかには嫌われていることもある。実はこの騎士団でも信仰は禁じられていたりするんだよね」

「えっ、でもさっきがっつり言ってたじゃないすか」

「まあそれは表向きの話だよ。実際は殆どの騎士は信仰している。連中にばれなければそれでいいんだいいんだ」


「……連中?」

「それはだね――」




 騎士が名前を口にしようとした時、角笛の音が鳴り響く。




「それまで! 五分が経った為、この決闘――両者の引き分けとする!」




 審判が高らかに宣言し、騎士とアーサーは静止してそれを受け止める。そして中央に歩み寄った。

 




「ふふっ。お前の剣筋、良かったぞ。まさか俺と引き分けるなんてな。それも二回もだ」

「……」


「だが才能に溺れることなく、これからも腕を磨いていけ。今日は手合わせできたこと、誠に感謝する」

「……ああ」





 二人は両手を握り合い、頭を下げる。観戦していた騎士の何人から、拍手と口笛と歓声が飛んできた。





「凄いな、引き分けだって。仮にも正式な騎士相手にだよ。本当に何者なんだ?」

「さあ……? おっ、お疲れさん」

「お疲れ様。ココア、飲め」


「……水だ」

「あ……ごめん」

「ココア美味しかったもんなルシュド。勧めたくなるのもわかるよ。でも今は水だな、ほらよ」



 イザークは戻ってきたアーサーにコップを差し出す。私服では戦い辛いだろうということで、訓練用の革鎧を貸してもらっていたのだが、その影響もあってか冬にも関わらず汗が噴き出している。



「どうだった、手合わせしてみて」

「……久々であることを考えれば満足いく物だった」

「久々って……やっぱりオマエ、エリスを守るーとか言ってたし、騎士っていうのが本当っぽいな」

「……」


「イズエルト騎士の人達、皆オマエのことスゴいって思ってるぞ。多分スカウトされるんじゃね?」

「……ああ」



 アーサーはゆっくりと水を飲みながら、全体を見回す。



「ん……」

「どした?」

「誰か……来る」




 アーサーが見ていたのは宿舎の前にある訓練場。その入り口に四人の人間がやって来る。一部の騎士は慌ててそちらに向かう。




「あれは……イリーナ殿下だ。戻ってきているとは聞いたけど、こっちに顔を出してくれるだなんて」

「あー、ということは雪華楽舞団(キルティウム)の方が終わったか?」

「え、何の話?」


「実はですね、イリーナさんの付き添いの下この町を観光しているんすよ。ボク達男子三人は演舞よりも騎士じゃーって言ってこっち来たんですけど」

「そうだったんだ!? 氷賢者様が案内するなんて珍しいなあって思ったけど、そうかイリーナ殿下も……」




 そうこうしているうちに、女子達が到着し顔を出した。




「やっほー! 皆騎士団宿舎は楽しかった?」

「おっつ~。こっちは騎士様とアーサーの剣術を眺めていたよ。そちらこそ楽しかった?」

「もう十分! 美しくて、荘厳で……今思い出しても溜息出ちゃう……」



 今にもとろけそうなリーシャとは反対に、エリスはアーサーに不安そうな目を向ける。



「……剣も鎧も木製だ。抜いてはいない」

「そっか……そうだよね。訓練していたんでしょ?」

「ああ」

「……久しぶりかな? 剣を持つのって」

「そうだな……」




 そこに氷賢者と共にイリーナも顔を出す。




「あ、賢者サマ。仮面取り戻せたんですね、よかったよかった」

「何という心の籠ってない……」

「初対面のイメージが悪いですね、これは。あと騎士達もよろけすぎだ。団長に物申しておかないとな……」



 うんうんと頷くイリーナはどこか楽しそうだった。そんな彼女は生徒達と話をする。



「はてさて女子一同は戻ってきたわけだが、男子一同はどうかな?」

丁度(ちょうど)アーサーの決闘が終わったんで、タイミング的には丁度いいと思いますぜ」

「オレは着替えないといけないが」

「じゃあそれ終わったら温泉だー!」


「でもまだ明るいよ……?」

「これからどんどん混んでいくからな。今のうちに行った方が人混みに飲まれずに気楽に入れるぞ」

「じゃあそうしようぜ! 着替え手伝うよ!」

「お、おれも」

「……押すな」

「はーい、それならこっちに来てねー」



 アーサーはイザークとルシュドと共に、先程まで話をしていた騎士が待つ更衣室に向かう。



「うんうん。後で男子からもお話聞かなきゃ」

「アーサーって剣使うんだ……知らなかった」

「学園だと使う機会ないからね……」



 一方の女子達は会話に花を咲かせながら、男子達の帰りを待つのであった。

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