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第101話 匂いは美味なれどきな臭い

「わっはっは! 君も中々口が達者ですなあ! 吾輩程ではありませんが!」

「あーはい、そっすね」



 庭に設けられている飲食可能区画、その一隅でアルベルトが教師バックスに絡まれていた。



「しかしその見事な尻尾! 狐の獣人ということは、君はワグナー町のご出身で?」

「いや、自分はザイカ自治区の出身です。パルズミールにあるあそこです」

「ああ、あの獣人の魔法学園の近くですな! グレイスウィルには遠く及ばない!」

「……」



 アルベルトは顔を一切バックスに向けず、尻尾の揺れと声だけで応対している。その現場をエリス達は入り口から目撃してしまう。




 近くにはカイルとイズヤも立っていて、奮闘する先輩の様子を遠巻きに見つめていた。



「相変わらずハゲやってんな……」

「口は達者な先輩がたじたじですからね」

「あ、カイルさんと……えっと」

「イズヤにはイズヤって名前が与えられているんだぜ。この際だから名前を憶えてほしいとイズヤは願うぜ」



 そこにブルーノとマキノも後ろから追い付いてくる。



「ん、君達どうしてここに屯しているんだ」

「ブルーノ殿にマキノ殿。実は先輩が……」

「ほほう……」




 するとブルーノとマキノは臆することなくアルベルトの元に向かう。




「これはこれはバックス殿、ご機嫌麗しゅう」

「おお、誰かと思えばブルーノ殿! そちらもお変わり無きようで!」

「最後に合ったのはいつでしたか。確かもう五年程前になるような」

「宮廷魔術師の合同演習の時でしたな! 吾輩が多大なる成績を残した!」

「ははっ、そんなこともありましたな……」



 そんな話をしながらブルーノとバックスは次第に席を離れていった。






「いやあ、助かった助かった……」



 バックスから解放されたアルベルトが六人の所に歩み寄ってくる。



「おっちゃんお疲れ様。本当に嫌になるウザさだろ?」

「全くだ。噂以上で嫌になる所だった。後でブルーノ殿には感謝しないとなあ……しかし何だかな、凄え仲良さそうに話しているが」

「バックス殿、何でも魔法学園に配属になる前はスコーティオ家の魔術師だったらしいです。その繋がりがあるのでしょう」

「成程な。何にせよ奴は今拘束状態だ。この隙にお前らさっさと席に着け」



 そうして案内されるまま、生徒四人は手頃な席を見つけて移動。



「ふい~やっとミネストローネが食えるぜ」

「まだほかほかだね。トレック様も言ってたけど、これも魔法具なんだよね」

「何だろう……凄い魔術師もいれば、残念な魔術師もいるんだね……」

「ざ、残念って……表現の仕方があれだよカタリナ……」



 それぞれ器を白い丸机に置き、一緒に渡されたスプーンを手に持つ。


 セバスン、サイリ、カヴァスもそれぞれ出てきて器を前にする。



「……」

「……ん、アーサーどうしたの」

「……」




 アーサーはスプーンを手にしたまま、器の中のミネストローネを見つめていた。




「……」



 そして、両手を胸の前で合わせた後、



「……いただきます」



 そう言ってから器を手にし、ミネストローネを食べ始めた。





「……」



 エリスはその光景に呆気に取られたが、



「……ふふっ。それじゃあわたしも、いただきます」



 次第に笑顔になり、彼女もまた食事を始めた。





「おっ? 何だよ二人共、いい感じになりやがって。まあいいや、ボクもいただきまーす」

「あたしも……いただきます」

「いただきますでございます」

「ワン!」



 残ったカタリナやイザーク達も、次々とスプーンを手に取る。



「……うめえ。こいつは一級品だぞ……!」

「トマトとコンソメの旨味が広がって……美味しい……」

「はふはふ……野菜も柔らかくてほいひい……」

「……美味いな」

「絶品でございますぞ」

「ワン!」



 こうして生徒達はそれぞれ感想を述べながら、今年の恵みに舌鼓を打つのであった。







 一方の騎士達は満足そうにそれを眺めている。



「先輩顔が気持ち悪いです」

「んなこと言うなぁ! 幸せを与えられたんだから、笑顔になるのは当然だろぉ!?」

「至極真っ当なことだとイズヤは思うぜ。ところで、二人共後ろを見た方がいいとイズヤは感じているぜ」

「ん?」

「どうした?」



 イズヤの言葉に応じて、二人は後ろにある王城の入り口に目を遣る。



「……あー」



 そこにいた二人の人物のうち、背の高い方が手招きをしたのを見て、アルベルトは溜息をつく。





「何だよおっちゃん。また悩みの種か~?」

「騎士様には色々あるんだよ。カイル、多分お前もお呼ばれだ」

「了解しました。では君達、後はごゆっくりと」


「ありがとうございます。カイルさんもアルベルトさんも、お仕事頑張ってください」

「善処いたします」

「素直にありがとうって言っておけよとイズヤは突っ込むぜ」

「ははっ、ありがとよ」



 そう言って三人は立ち上がり歩き出す。ミネストローネのほかほかな匂いが後ろ髪を引いてきた。






「……勘弁してくれよ、レーラ。折角楽しい祭りだってのにそんな恰好で来られたら、興が一気に冷やされて壊れる」

「それはごめんなさいね、アルベルト。でもそうも言っていられなくて」



 王城一階に幾つも点在している接客用の部屋。三人はその一つに入った後に話を始めた。



 アルベルトが真っ先に話しかけたのは、コバルトブルーの瞳に緩やかなウェーブのかかった青緑のセミロングの女性。彼女は普段のアルベルトと同じ鎧を着て、兜を右脇に抱えている。



「ウェンディ、久しぶりだな」

「は、はいっ!?」

「どうした。俺の顔に何か付いているか」

「う、ううん! そんなの、全然ないよ……!」

「そうか。それならどうしてそんなに驚いたのか、理由が理解できないが」

「あ、あああ……!」



 レーラの隣にいたその女性は、身長百五十センチ程度の小柄な体格。それに見合わぬ大層な鎧を着て、いくつもの本を大事そうに抱えていた。


 お団子に三つ編みをくっつけたラズベリー色の髪に、丸く膨れてほんのり赤みががった小顔。それがカイルに話しかけられたのを受け、みるみるうちに魚の頭に変貌する。



「しっかりせんか、ウェンディ! 顔が魚に戻ってるで!」

「ぷぎゃっ!?」

「相変わらず冴えた突っ込みだとイズヤは感心するぜ」



 彼女の身体から出てきた隻眼の赤いコボルトが、頬を思いっきり平手打ちする。



「あ、ああ~……ありがと、ロイ……」

「さて、ウェンディのアプローチも失敗した所で。本題に参ろうか」

「レーラ先輩!?」

「アプローチ? 何のことでしょうか」

「……お前は本当に……」



 アルベルトがカイルの肩を叩き、ロイとイズヤはそれぞれ主君の身体に戻っていく。



「では、物臭なあなたのために単刀直入に言いましょう。実は土の小聖杯が盗まれました」






「……ほう」




 アルベルトとカイルは目付きを変える。



 特にアルベルトはいつもの飄々とした雰囲気はどこ吹く風、よく磨かれた剣のような鋭い視線をレーラに向ける。




「現在はパルズミール公国が保持している、グレイスウィル帝国の遺産の一つ……ですよね」

「あれは緩衝区(セントラル)に安置して徹底管理していたはずだ。盗まれるなんて有り得ない」


「それがね。詳しいことはわからないけどラズ家に貸し出していたらしくて」

「ほう、あのボアボア共に。一体どうして――かはわからないんだったな」

「そうよ。それも含めて行方を調べてほしいって、ロズウェリから依頼が来たの」

「ふうん……」



 アルベルトは腕を組み考え込む。



「編成はどうなる?」

「あなたとカイル、私とウェンディを含めて三十人程度。まだ公にはしていない情報だから、少数で調査を行うわ。それで、隊長が私で副隊長があなた」

「……へぇ。これまた大きく出たねえ」



 平静な声とは裏腹に、後ろに生える五本の尻尾は激しいうねりを見せている。



「先輩」

「……ああ」

「先輩は確かザイカ自治区の出身でしたね。ラズ家の領地内にある」

「……」



「猪と狐。狐は昔からずっと、猪に従うべく頭を下げていた。その影響で自治区の民はいいように使われていると聞きます」

「……そうだなあ。確かになあ。恨み辛みが積もれば、小聖杯を奪おうって気にもなるかもしれんなあ――」

「ええ。きっと先輩が選ばれたのはその為。見知った顔がいるから調査が行いやすいと考えたのでしょう」



「……身内を疑えと言うのか?」

「そういうことになるでしょうね」

「……!」




 拳を握り締め、それが怒りに震え出した時。




「――だからこそ、先輩が無実を証明するべきかと。自分はそう考えております」

「……」



 アルベルトは拳をほどいてカイルを見つめる。ついでにウェンディの憧敬の視線もカイルに向けられる。



「……へっ。お前はいつも、どうして言い方が直球なんだか」

「カイルの言う通りよ。これは無実を証明するための調査。そもそも狐達よりも疑わしい連中がいるし。ターナ家とか」

「確かパルズミール四貴族の一人、猫の領主ですよね」

「ころころと関わる相手を変える、本当の猫のように読めない人。今回も変なことを企んでいないといいが……」


「まっ、それは叶わぬ願いってもんだ。パルズミールで育ったからわかる、あそこで起こる問題には大抵ターナが絡んでいる」

「『影の世界』の遺跡の密集区ですからね。(ろく)でもない遺物を求めて多くのきな臭い連中が集まってくる」

「それを受容するのもどうかと思うんだよ俺としてはさあ」




 愚痴をこぼすような口調になりながら、アルベルトは扉まで歩いていき手をかける。




「それで出発はいつだ?」

「三日後。それまで準備をしておいて」

「もうとっくにそのつもりだったさ」



 そのままアルベルトは部屋を出ていった。





「あっ、あのっ。さっきレーラ先輩の説明にもあったんですけど、今回、一緒の任務です。よ、よ、よ……」

「よろしく頼むぞ、ウェンディ。お前の槍術と回復魔法は頼りになる。今回一緒で心強いよ」

「……!」

「俺も準備に入ります。では」



 カイルも部屋を後にする。姿が見えなくなるほんの少し前に、イズヤが身体から出てくるのが見えた。





「あ、ああああ~……」

「ウェンディ……大丈夫?」

「だいじょーびぃ……では、ないです……」



 部屋に残された女騎士二人。ウェンディは足の力が抜けたのか、へなへなと床に崩れ落ちる。レーラは心配するように彼女を見下ろした。



「今回が……カイル君と近付ける、絶好のチャンスなのにい……私ってば、あんなんで……」

「三年前からずっとこんな感じよね。このままだと、団長の恋愛下手な記録を更新するかも?」

「やめてぇ!! 団長の話はしないでぇ!! ぶるぶる……!!」

「……とにかく頑張ってね、色々と」

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