二
翌日の午後、ソラは母親におつかいを頼まれたので、カイと一緒に中心街へ出かけた。中心街はその名の通り国の中心にある街で、多くの店と人でにぎわっている。
中心街まで歩くにはかなり距離があるので、ソラとカイは汽車に乗った。ソラは汽車がとても好きで、始終鼻歌を歌っていた。切符をにぎりしめて、移ろいゆく町の景色を眺めながら。カイはそんなソラの様子を見て、やれやれというふうに首をかしげた。
『ソラ、さっきから同じ歌ばっかり。他に知らないの?』
「この歌が一番好きなの」
汽車を降りるとすぐに活気盛んな商人のかけ声が聞こえてきた。駅前の通りには、様々な種類の店がずらりと並んでいた。肉屋と一口に言っても、牛肉屋・豚肉屋・鹿肉屋・羊肉屋などと色々あるし、野菜もとれた土地によって分類されている。フルーツもソラがこれまでに見たこともないようなものがたくさんある。ふたりはあふれんばかりの人混みを上手くかいくぐって、目的の品を買い集めていった。
頼まれたものを全て買い終えた後、ソラはひきつけられるようにある店の前で立ち止まった。そこはネックレスやブローチなどを売っている装身具店だった。ソラは目を丸くして、色とりどりのアクセサリーを眺めまわした。
『何か買うの?』
「うん。ハヤテが今度誕生日だから、プレゼント」
『ハヤテって、あの赤い髪の女の子?』
「うん」
言いながら、ソラは赤い編みひもに銀の馬のヒヅメがついたブレスレットを拾い上げた。
「これなんかいいかも」
『高いんじゃない?』
「今まで貯めたおこづかい、全部持ってきたから大丈夫」
すると、その店の主人がソラに声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、あんた楽器屋クラウドの娘だろう?」
ソラはびっくりして主人を見てから、うなずいて返した。ソラの父親は楽器職人で、この中心街の一角に工房を構えているのだ。
「やっぱり……俺はクラウドの友達でね。よくあんたの写真を見せてもらってたんだよ。びっくりさせてすまなかったね」
ソラは微笑んで首をふった。主人はニッコリと笑って言った。
「そのブレスレットがほしいのかい? なら、特別に半分の値段で売ってあげるよ。あんたのお父さんには世話になってるからね」
「ホント?」
ソラはうれしそうに言って、すぐにそのブレスレットを買った。そして、大事そうにカバンの中に入れた。
買い物がすむと、ふたりは少しだけ街を散歩することにした。街はソラたちの住む町とは全く違っていた。石畳の道に、カラフルな建物が隙間なく並んでいる。どれもこれも横幅が狭い代わりに屋根が高い。
「トマトの屋根、バナナのビル、ブロッコリーの小屋、みかんの壁……」
ソラは先ほど店で見た野菜やフルーツを思い出して、建物の色にあてはめていった。
「青……青い野菜かフルーツってあった?」
『うーん。ブルーベリーとか?』
「もっと明るい色。この家みたいな」
ソラは鮮やかな水色の壁の家を指差した。
『そりゃ、ないね。……ねえ、そろそろ帰ろうよ。遅くなると、また叱られるよ』
「待って。あとひとつだけ、行きたいところがあるの」
ソラが訪れたのは、街の中央に位置する『神殿』だった。それは国内最大の神殿で、その高さは国を囲む壁よりも高い。何本もの白い石柱が円状に並び、積み上げられて、遠くから見ると巨大なケーキのように見える。頂上の屋根は錐のようにとんがり、その下に3つの鐘がつりさげられている。
目を輝かせて見上げるソラにカイは言った。
『知ってるかい、ソラ。この神殿はもとは単なる鐘塔だったんだ』
「しょうとう?」
『鐘をつりさげるための塔だよ。でも、本当にそれだけだった。鐘だけがあって、ほかはなんにもない塔だった』
「どういうこと?」
『人が出入りするための扉も、塔を上がるための階段も、鐘を鳴らすためのヒモや棒も、なにもなかったんだ。普通、鐘塔っていうのは、鐘を保管する場所としてだけじゃく、鐘を鳴らす場所としてもあるべきだろう。なのに、この塔には誰も入ることができない、誰も鐘を鳴らすことができない。本当におかしな塔だった。だから、誰もが不思議に思った。鐘を鳴らすための塔じゃないのなら、何のための塔なのか、ってね。やがて出た結論は、この塔を造ったのは神様だ、というものだ。神様が造ったものだから人間の理解を超えて当然、この巨大さにも納得がいく。そんなわけで、人々は塔を改築して、神様をまつる神殿としたんだ』
「へえ……カイは色んなことよく知ってるね」
ソラは感心した顔でカイを見た。
『ソラが知らないだけだよ』
カイはそっぽを向いてそう言った。ソラは少しだけ笑った。
「……帰ろっか」