新しい生活
どのくらい眠っていたのだろうか。
あまりの空腹でカリナが目を覚ました。
「あれ……? ここどこ?」
見回してみると少し大きめの病室のようだった。
寝台がいくつもあり、そこには自分以外に連れてられていた奴隷達がイビキをかいて眠っている。
カリナもその内の一つで眠っていたようだ。
今一つ状況を飲み込めていないが、気を失っている間に運ばれてきたらしい。
部屋の外から喧騒が聞こえてくる。
体の異常がないか確かめていると、猿顔の青年=ソウヒが部屋に入ってきた。
「お、具合はもういいか?」
起きているカリナに気が付き声をかける。カリナは掛けられた声に少し驚いたが、すぐに態度を和らげた。
「お兄さんが助けてくれたのですね? ありがとうございました。」
そう言って頭を下げた。
「それで、ここは何処ですか?」
「ここは俺達の……そうだな、活動拠点というと分かり易いか」
フォルンとアルガットの国境付近にそびえる山脈のどこかにあるらしい。
それ以上は秘密だと言われたので、カリナもそれ以上は聞かなかった。
「…お腹が空きました」
「そうか、食事の準備はできてるからついてこい」
予想していたのかすぐに歩き出す。カリナもそれに続いた。
「お、美味しいぃぃ…!」
食堂の一角で、久しぶりに食べるまともな食事。
既に準備されていた料理を前に感激し、そして一口食べる度に更に感激する。
カリナは一心不乱で口の中に放り込んだ。
あまりにカリナが美味しい美味しいと言うものだから、厨房に立っている親父も機嫌よく料理を出してくる。
「そんなに急がなくても盗らないから。ゆっくり食べろよ」
「はいっ! ありがとうごさいまふ」
幸せ一杯な気分で食事を満喫していた。
「ご馳走様でした。この御恩は一生忘れません」
結局、満腹になるまで食べた。
「あ、いや。そんなに気にすることはない」
逆にソウヒは神妙な顔をしている。
カリナが食事をしている間、ずっと手足の傷に目を追っていた。
「その腕と足、多分体中だと思うが、傷痕が残っちまったな…。すまん……」
カリナには体中に無数の傷痕が残っていた。
傷を癒せなかったのは自分の力が足りなかったせいだと、ソウヒは気に病んでいたのだった。
カリナはそれを力いっぱい否定した。
「そんな事気にしないでください。それよりも助けてもらった事の方が大事です!盗賊に襲われてお父さんも殺されて、ボク自身も生きる希望もなかったです。そんな時に助けに来てくれたお兄さんには感謝してもしきれないですっ!」
奴隷商人に引き取られた時、カリナは絶望の中にいた。
その後のことなんか考えられないくらい希望もなかった。
毎日鞭を撃たれる痛みで、希望を持つのをやめた。
生きた死人にならなければ狂ってしまうくらいに。
その日々を思い出しながら、カリナは少し涙を浮かべてソウヒに感謝した。
「そうか……。けどいつか元に戻して見せるからな!」
≪主様の治癒魔法で、すぐに傷痕を消すことは可能ですが。≫
≪あに様、野暮は言わない事です。≫
確かに傷痕を消す事に抵抗を感じるが、野暮とは何だろうと考えてもよく分からなかった。
*****
食堂を出た後、外からの喧騒の声が未だに響いてくる廊下を抜け、
とある部屋の前まで案内された。
どうやら喧噪の発生源はここらしい。
ソウヒが扉を強くノックする
――ガンガンッ
「親父殿、俺だ。入っていいか?」
「――ソウヒか、早く入ってこい!」
中から叫ぶような声が聞こえてくる。
ソウヒが溜息をつきながらドアを開け、カリナと共に中に入る。
中では宴会らしい催しが繰り広げられ、酒の香りと熱気が伝わってきた。
その瞬間――…。
「うおおおおおおぉぉぉぉ――!」
「ひっ!」
中から一斉に歓声が上がった。
「すっげぇ可愛いじゃんかよ! やったぜソウヒ!」
「てめぇ、病室の前でウロついてると思ってたらそういう事か!」
「おい猿! 一人抜けとか許さんぞ!」
様々な罵声がソウヒ目がけて飛んでくる。
ソウヒはそれらを無視して――動揺を押し殺してガエンの下に歩み寄る。
「親父殿。 知ってるだろうが改めて目通りしよう。 奴隷商人に捕らわれ連れられているところを保護した子だ。名前をカリナと言う」
ソウヒの紹介にカリナが頭を下げる。
「おう、勿論覚えているさ。というかあんな目に遭わされて忘れられるかよ!」
周囲の部下達と共にガエンは盛大に笑いながらジッとカリナを見た。
「嬢ちゃん、怪我はもう大丈夫なのかい? あそこで見たときは正直ドン引きする位傷だらけだったが」
「はい、お兄さんのおかげです」
カリナが答えると周りが更に盛り上がった。
ソウヒ向かって「やったぜ」と叫ぶ者、「サルが盛りやがって!」とヤジを入れる者様々だ。
本人は顔から脂汗が流れているが、カリナは周囲の反応に何となく居心地の悪さを感じて気づかなかった。
盛り上がりが収まった後も、ガエンは暫く目を離さない。
その視線に、何故か背筋を撫でられるような感覚を受け身が震える。
その時――
≪主様、解析鑑定のスキルを受けました。主様の能力を看破するようです≫
≪はいっ主様! この破廉恥野郎をぶっ殺していいですか! いいですよね!≫
頭の中でアルベルトとエルベレーナの声がする。
(ええと、とりあえず穏便に! まだ敵になったとは決まってないから! それとアルさん、解析鑑定というのは?)
≪簡単に説明すると、対象の身体能力や能力を盗み見る能力です≫
(あ―……だからさっき背中がゾゾゾって感じがしたんだ…)
それはスキルで体中を触られたと同じないかと想像して、ガエンをジト目で見返す。
その目に気づき、ガエンは解析鑑定を解除した。
「どう見ても素人にしか見えないが……」
諦めたように溜息をつく。先の剣捌きは一体何なのか、聞き覚えのない詠唱の魔法はなんなのか、そして今どうやって解析を見破ったか。聞きたいことは山ほどあるのだが……。
「ふぅ…。 だがまずは、この後どうするかを決めてからだな。お嬢ちゃんは今後どうしたい?」
気持ちを切り替えてカリナに問いかける。
カリナは即答した。
「お兄さんに助けて頂いたので、ボクはそれに報いたいです」
「いやっほぉぉぉぉぉぉおおおおおお――――――――いっ!」
ここにきて場の盛り上がりは最高潮だ。
何をそんなに騒いでいるのか、カリナは理解できなかったが、
少なくとも歓迎してくれているのだろうと考えると、先程の居心地の悪さは感じなくなった。
だが、そこに水を差す声が上がる。
「いや…。俺は反対だ!」
ソウヒだった。
周囲がその言葉に驚き静まり返る。
「戦えない娘を戦場に連れては行けない」
その言葉に、カリナの胸の奥が痛む。
「おい待てよ、親父とのあの戦いを見てただろ!?」
「あんなすげぇ剣捌き初めて見たぜ!?」
「だが、親父殿に降参したのも確かだ。あの時勝負を決めたのは剣の腕じゃない。親父殿の戦う覚悟に負けたんだ」
その言葉は今のカリナの顔から見ても明らかだった。
斬られる恐怖と斬る恐怖を乗り越えていないからこそ、背中を任せる訳にはいかない。
ガエンは事の成り行きをジッと見守っている。
カリナが答えないといけないのだ。
覚悟を示すために。
カリナは必死になって考える。
どうやったら認めてもらえるか。
何を言ったら納得してもらえるか。
だが覚悟を示すために何をしようが、言葉だけじゃ無理だろう。
「じゃあ――」
カリナは悟った。
(そっか、今のボクじゃ駄目なんだ……)