裁く者 前
「――ここまでが俺達と領主イシュミル様との関係です」
解放団とイシュミルとの関係についてラクーン達に説明を求められ、最悪なことにイシュミル本人には逃げられ、更に最悪なことにカリナも連れていかれてしまった事によってリーシェの苛立ちは限界を迎えつつある。
そして次の瞬間には粗方の説明を終えた次の瞬間には、予想通り未だに自分達を盗賊と見做している将校達から向けられる訝しげな表情と共に、こちらに対する配慮など微塵もない罵声を聴く羽目となるのだった。
「なんと…。今の話が真実であるなら、侯爵は王家に叛意を抱いていた事になるのではないか!」
「でたらめだ! 国王陛下より厚く信頼を賜るイシュミル様だぞ! あのお方に限ってその様な軽々しい行動を起こす筈がない!」
将校達の不満を聞き流しながらソウヒはこっそりため息をついた。
正直、こうなる事をは目に見えていたので気が進まなかったのだ。
同時に、将校らの反応はある意味正しい事も解っていた。彼らにしてみれば、それを信じる方がはるかにリスクなのだから。
侯爵は王家に次ぐ上位の爵位。こんなスキャンダルを世間へぶちまければ一般階級以下は当然の事、下級貴族であっても問答無用で投獄される。
そうなれば、たとえそれが真実であっても裁判ともならず直ちにに処刑、つまり口封じとなるだろう。
もし彼らがソウヒの言葉を鵜呑みにしてイシュミルを糾弾しようものなら、その火の粉は自分達へも降りかかってくるのだ。
(あのクソジジイ、戻ったら覚えてろよ! …けど王子様は事前にじいさんから話は聞いてただろうに。その上で説明させたという事は…)
「貴様ら静まれぃ! ――殿下、この話が真実であればイシュミル卿は叛意を抱いていたと受け取っても仕方ありませぬ。
近年の奴隷減少の一因に卿が関わっていたばかりか、盗賊共と繋がり奴隷商人を襲っていたなど――」
「ハァ…。貴様らはそんな事にしか目が向かんのか?」
グスタフの言葉を最後まで聞くことなく、ラクーンは大袈裟にため息をつく。
「よく考えろ脳筋共め! ここら一帯で盗賊や追剥の被害がないのは、そこにいるソウヒ達の影響であろう?
それは公爵が盗賊であろうが有能な者を引き入れた『功績』によるもの。
それに…奴隷商人を襲っていたぁ? 元々は他国の民であると知りながら奴隷にして連れていたのだろう? それを取り締まる事に何の問題がある?」
「し、しかし…!」
「グスタフ。貴様も将官であろう? カリナの登用を提案するまではよかったが、戦力以外に価値を見出せない様ではまだまだよな!」
高笑いするラクーンを見て、グスタフは自らの企みとラクーンのそれの微妙なズレに初めて気が付いた。
王子殿下は本気でこの者達を取り入れるつもりなのだと。
カリナを推薦したのは当初グスタフが画策していた目論見通りだった。だがそれも魔物達を纏めるカリナを隊長職として使い潰す程度でしか考えていなかったのも事実である。
仮に貴族階級を与えるとしても精々騎士階級。即ち一般階級が成り上がる事が許される一代限りの階級である。
ましてや、この獣人はその一味でしかない。利用価値はカリナよりもずっと少なく、此方も精々カリナの子守り役程度でしか考えていなかった。
ラクーンが推す以上強くでる事はないが、中級貴族である彼は一般階級未満のソウヒ達を重用する事を内心快く思っていないのだ。
ラクーンも将校達の心境を察している。本来はその用件でイシュミルを呼びつけた筈だった。
まさか逃げられるとは思ってなかったが――それもカリナをからかい過ぎて怒りを買った事なので何も言えない。
ラクーンの言葉に将校達の反応。
彼らの遣り取りを眺めながら、何となく王子殿下の考えが分かってきた。
(なるほど、俺達を正式に迎え入れるというパフォーマンスなのか…。けど、これは簡単に解決する問題とは思えないな)
≪そうだねぇ。あの王子様はちょっと性急過ぎる。人の気持ちはそう簡単に割り切れるものじゃない≫
理世もソウヒに同意しながら、今はどうやってこの場を切り抜けるかを『二人』で思案し始める。
このままラクーンに任せてもいいが、このまま強引に話を進められてしまうと、後々謂れのない遺恨が残る事になりかねないのだ。
「…? なんだか外が騒がしいね?」
後ろで控えていたリーシェが呟いた。その直後――
「敵襲ッ! 敵襲―――ッ!!」
外から悲鳴のような叫び声。すぐに周囲が騒がしくなっていく。
「敵襲だと!? 一体何処の誰が!?」
「魔獣の類ではないかの? この辺りは魔素が濃い」
「し…しかし、確かに兵は『敵襲』と叫んでおりましたぞ」
「まさか…、まさか砦の盗賊共の仕業ではないのか? 王子殿下を亡き者にしようと!?」
突然の出来事に将校達は顔を見合わせ、そしてその視線が最後にソウヒに向けられる。
「……少なくとも俺達はそんなつもりでここには来てません」
「そんな事分からぬわ! 盗賊風情の分際で…!」
「…こんな事をしても俺達に利点はないでしょう? 折角掴めそうな機会が不意になる」
「何だと!? なら今すぐにお前らをミンチにしてやろうか!」
早くも将校から向けられる眼は猜疑心に満ちていた。その態度にリーシェも殺気を隠すことなく睨み返す。
「静まれ! 各将校は直ちに兵を纏め状況把握に努めよ!
――王子殿下は不測の事態に備えこの場に留まり下さい。 ソウヒ殿は我らが砦までお送りしましょう。話は後日改めて――」
「待ってくれ! カリナとイシュミルがまだ外に…」
「な、何だ貴様等!」
一人の将校が声を上げた瞬間、何者か奇声を上げながら物凄い勢いで次々と天幕に雪崩込んできた。
それは人の形を辛うじて保っていたが最早人とは呼べるものではない。魔素によって腐らずに残った骨と皮と腐った筋肉で全身を構成している、いわゆる生死人である。
生死人達は天幕へ入るなり、他の者には目もくれることなく一直線にラクーンに向かって襲いかかった。
「ガァァァァアアアアア――!!」
「チィ! コイツらの狙いは俺様か!」
護身用に腰に下げていた小剣を引き抜きながらラクーンは毒づいた。 しかしその剣を振うまでもなく、リーシェが間に割って入ると同時に生死人の群に向かって腕を振りかぶる。
「人間共は下がってな! ハァァァッ!!」
拳が振り降ろされた瞬間に天幕が吹き飛ぶそうな程の強烈な風圧と轟音、そして――
「な、何という馬鹿力…」
「これが戦鬼の能力か…!」
――見るも無残な光景だった。一瞬にして気の弱い者が見れば心傷になるだろう光景。
生死人達の四肢はバラバラに砕かれ、それでもピクピクと蠢く様子は、誰が見ても顔を背けてしまう。
呆気にとられる将校達を無視して、リーシェはそんな生死人の頭部を踏み潰しながらソウヒに顔を向けた。
「大将、ここは危険だね。早いとこ主様と撤収しようや!」
「そうだな。 …いや待て、王子殿下を残して逃げるのはマズイ」
カリナの元へと逸るリーシェを落ち着かせて振り返ると、グスタフと王国魔導師のコーレンスが渋い顔をしていた。
「これは……生死人…? しかも我が軍の兵士だと…!?」
「ふむ、手には武器、鎧を身に着ける生死人となると…。答えは一つですな。」
「…あり得ませぬ! 彼の国とは同盟関係なのですぞ!?」
「しかし、この規模の生死人が自然に現われるとは考えにくい。ならば答えは一つかと」
その表情は将校達にから護られるラクーンも同じだった。
「取り込み中申し訳ないが、この分だと『賊』はまだ入ってくるだろう。もし敵の狙いが王子殿下ならすぐにでも脱出しないと」
「…そうだったな。 よし、急いで引き上げるぞ!」
「ハッ、急ぎ兵を纏めます!」
ラクーン達が外に出る瞬間、リーシェがその行く手を遮るように前に出る。
「お、おいリーシェ…」
「‥・下がれ大将! 人間らもだ!」
ドガガガガガガガガ――…ッ!!
リーシェが叫んだ直後、暗闇から風を切る音と同時に氷柱針が撃ちこまれてきた。
一本や二本ではない。今、リーシェが叩き落とすその数を数えるだけでも十本以上は見える。
もしリーシェが割って入らなければ、今頃全員ハチの巣にされていたところだ。
氷柱針は火球とは違って高速で躱し難く目立たない。
カリナの様な『夜目』を持たないリーシェはそれでも一歩も下がらず、全ての氷柱針を捌いていた。
「――チッ! 全て見切るとは、貴様ただの戦鬼ではないな!」
「生憎、アタシは主様の加護を受けているんだよ! そんな初級魔法なんか効かないね!」
そう言って身構えるリーシェの肩越しから覗き込むように声の方へと目を凝らす。
すると朧気にボロボロのローブを羽織った男が宙に浮かんでいるのが見えた――。




