表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
68/72

敵陣の中で 1

出張先で絶賛デスマーチ中!

髭は伸びる、爪は伸びる、執筆期間は伸びまくる!


でも髪は伸びない!


 

 ――今でも偶に夢を見る。

   掛けられた隷属の首輪、絶望で死んだ目をしている男達、何処からともなく聞こえてくる呻き声、そして鞭の音――

 

「この先に王国軍の陣地があります」

「随分と近いな。全然気づかなかった」


 二日後の早朝、カリナとソウヒはラクーンに会うために森の中へと足を踏み入れていた。

 目的は勿論、ラクーンの提案を受け入れ、奴隷解放の約束を取りつける為である。

 本来なら解放団の団長であるガエンと一緒に行くところであるのだが、当の本人から「ここまで来たのだから最後までお前達でやれ」と言われてしまう。

 結局、二人で赴く事になっていたのだが――

 

「なんで一緒にくるかなぁ…」

「当然だよ主様。この間も危ない目に遭ったって言うじゃない?」

 

 カリナの視線の先には戦鬼(オーガ)達の紅一点、リーシェが息巻いて歩いている。

 心配してくれているのはありがたいが、そこは空気を読んでくれないかと思わなくもない。

 

 だが彼女としては、今日の戦においては砦で保護されている子供達を護るため、主要な戦闘に参加する事がなかったのだ。

 戦の鬼と呼ばれる種族だけあり、目の前で繰り広げられた戦いを指をくわえて見ているだけと言うのは彼女の誇りが許さなかった。

 

「これからは戦いよりも話し合いって事くらい、アタシだって分かってるさ!」

「それなら別に来なくても……もういいや」

 

 カリナとしてもリーシェの事が嫌いと言うわけではない。リーシェがカリナ達を心配しているのも十分に伝わっているのだ。

 ただ素直に感謝の言葉を言い表せないだけなのだった。

 

 

 カリナが以前、魔素を森に振りまいてから1ヵ月以上は経っているにもかかわらず、未だに危険な濃度保っている。振りまいた魔素により、今も森の中は魔獣が蔓延っている。

 その為に森の中は現在、脅威度が高い魔獣はいないにせよ、魔獣が蔓延っていた。そして今もいつ魔物が生まれ出ても不思議ではない。

 この森は最早、旅人や行商人にとって十分脅威な領域になりつつあった。

 だが、今現在森に棲む魔獣達がカリナ達を襲う事はない。

 魔獣にとっては、例えカリナであっても捕食対象には違いない。だが先を歩く戦鬼(リーシェ)の気配を察知するなり、すぐに退散してしまうのだった。

 弱っているの状態であるならともかく、自分よりも遥かに強い相手を狙う獣などいる筈がないのだ。

 それは魔獣や獣でないにせよ、カリナやソウヒの強さを目の当たりにした人間も同じであった。

 

「こんにちは。ラクーン王子殿下に取り次ぎを御願いします」

「ああん!? なんだ貴様…ってアンタ、いや貴女様は…! し、しばらくお待ちを!」

 

 簡素に立てられた柵の前で魔獣からの襲撃に備える兵士達は、カリナ達の姿を見て慌てて奥へと走って行く。

 そしてすぐに戻ってきた兵士達に案内されたのは、先日カリナが潜入した天幕――グスタフの天幕だった。

 

「カリナ殿、よくぞ参られた」

「グスタフ様も、お変わりないみたいで何よりです」


 天幕に入るなり、グスタフが笑顔で迎える。その背後には幹部らしい武将が数人立っていた。

 それが向ける視線はカリナではない。背後に立つソウヒの方に向けられている。

 

「…? どうかしました?」

「い、いや…」

「…ハハハ! 配下の者も彼の者のお見事(・・・)な戦い振りを思い出したようで!」

「そうですか?」

 

 そう言い繕いながら武将もグスタフも表情を崩すが、無理をしているのは明らかだった。

 

「そんなに怖がらないで下さい。ボク達に敵対する意思がないのなら何もしませんから」

「ハハハ! 怖がってなどおりませんぞ! ただ、我々は男所帯ですので貴女の様な可愛らしい娘さんが来られて少しばかり緊張しておりましてな!」

 

 苦しい言い訳をするものだと胸中呟く。

 カリナのフォローも大して効果がないようで、未だに猜疑心に苛まれ、達は此方から見えないようにしながら腰の剣に手を掛けているというのに。

 一触即発とまではいかずとも、少々気まずい空気が流れてしまった。

 だが、そんな事気にも留めない人物が現れる。

 

「おう、思ったより早く来たな?」

「ラクーン様。先日は興味深いお話をして頂きまして、ありがとうございました」

 

 二人の背後から威勢よくやってきたのは、先の決闘でソウヒが辛くも勝利した相手、ラクーン王子殿下だった。

 思い出してみれば、先日の戦いで一番被害を被った者である。

 

(ボクやお兄さんにあれだけ痛めつけられていたこの人が、一番ケロッとしてるんだから不思議だねぇ)

 

 そんな事を考えながら、二人は王子に頭を下げる。

 

「フッ、頭を下げる必要はない。俺とお前達は親友(とも)と言える間柄ではないか。公式の場でなければ身分の差を気にする事はない」

「そ、そうですか…? じゃあこれからはラクーンさんと呼びます」

 

 いつの間にそこまで近い間柄になったとか、今がその公式の場ではないのかというツッコミは聞いてくれそうにないので諦めて話を進める。

 

「それで、いい返事はもらえるのだな?」

「はい。先日お話して頂いた件は正式にお受けします」

 

 その一言でラクーンは満足気な表情を浮かべる。

 カリナとソウヒそして戦鬼(オーガ)を始めとした多数の魔物達といった、人智を超えた強力な戦力が手に入ったのだから無理もない話だ。

 

「よし、ならば早速手筈を整えさせよう。奴隷制についても心配するな。出来る限りお前達の希望に沿えるよう最大限努力すると約束する」

「その事ですが――」

 

 まるで戦に勝利した将官の様に沸き立っているラクーンにカリナは声を掛ける。

 

「皆で話し合ったのですが、奴隷制度の廃止はひとまず保留にして、今より厳格な制度になるようにして下さい」

「ほぅ? 先日の要求と比べて随分と現実的になったではないか」

「勿論、みんな平等であるべきだとは今も思っています。奴隷制度なんかあっていいモノではないとも。ボク達も悩みました」

 

 カリナとソウヒがラクーンから聞いた話をガエンを始めとした仲間達に伝え、話し合った末に決めた事だった。

 これまで解放団は、奴隷制度の全廃を理想として掲げて活動してきた。だがそれはあくまで理想でしかない。本当の問題はこの制度を試行している機関――即ち王国ではなく、それを取り巻く環境にある。寧ろ王国は置かれた環境を立ちまわるべくこの制度を施行しているにすぎない。

 

 そしてそれを廃する為には越えられない程の大きな難関が幾つものあり、克服するの事は現段階では不可能であると気付くと同時に、仮に制度の完全撤廃を達成しても、王国と民に必要のない混乱を与えるだけだという結論に達したのだ。

 

「ボク達の本当の望みは、何の罪もない人たちが盗賊や人攫いのせいで奴隷にされないようにすることです。逆に言えば罪を犯した悪者に奴隷のような罰則(ペナルティ)を課すは当然だと思うのです」

 

 これならば、ラクーンが話していた隣国への面目が立ち、且つ解放団としての活動は無駄になる事はない。

 それでもソウヒは不満気ではあったが、カリナとガエンの説得、そして理世の話を聞いて渋々ながら了承したのだった。

 

「ふはっ! まさしくその通りだ! それならば議会に話を通すことも可能だろう! いや、俺がこの名を懸けて必ず通して見せよう!」

「はい、お願いします」

 

 よかった、と二人は胸を撫で下ろす。

 紆余曲折はあったものの、やっと解放団としての活動に終止符を打つことになるだろうと。

 だが、話はこれでは終わらなかった。

 

「それでだ、貴様達は仲間を率いて領都に来い。正式に領主として引き立ててやる」

「領主に? でも……」

 

 この領地を治める者はカリナ達の恩人であり解放団の支援者でもあるイシュミルである。その彼が健在にも拘らず、自分が領主になるとは考えていなかった。

 

「この地にだった領主はいるでしょう? ソイツはどうするんですかい?」

 

 カリナに変わってソウヒが問い掛ける。ラクーンは直ぐに分かると言いながらグスタフに声を掛けた。そして連れられてきたのは――

 

「ゼェ…ゼェ…。 で、殿下、これは一体……?」

 

 ――両手を拘束されたイシュミルの姿だった。余程の扱いを受けてきたのか、外傷は見られずとも肩で息を切らし服は泥や汗塗れとなり汚れている。

 

 ラクーンのソウヒに向かって気付いていると言わんばかりに言葉を返してくる。


「恐らく知っていると思うが、この者が領主であり反逆者「イシュミル・ランザーク」だ。この地に棲む盗賊を見過ごすどころか支援までしていた行為は、王国に対して叛意ありと見做し処罰する。貴様達はその後釜だ」

「な、殿下…!?」

 

 二人は息をのんだ。当の本人であるイシュミルも聞かされていなかったのか驚いた顔をしている。

 ラクーンの言うその盗賊とは当然カリナ達の事。王国は解放団とイシュミルが通じている事に気付き、その責任をとらせる気なのだ。

 

「ま、まって…、待って!」

「悪いがこれは決定事項だ。如何にお前の頼みでもこれは聞けぬぞ?」

「その人はボクの恩人なんです!」

 

 カリナはシラを切る事なくあっさりと事実をバラしてしまった。だが今のカリナにとってはそんな事はどうでもいい。一番重要なのはイシュミルの身が危ないという事。

 しかしカリナはともかく、他の者はそうはいかない。

 カリナの言葉を聞いたラクーンはソウヒを睨みつけた。同時に周りの将官もいつでも剣を抜けるように構え、更にリーシェも二人を護るように間に割って入った。

 

「――ソウヒよ。今カリナの発言は事実か? 恩人であり」

「……ああ。少し前、カリナは盗賊に襲われて奴隷商人に連れられていた。それを助けるようにとイシュミル様から俺達に依頼が来た」

「そうか、なるほどな……」

「お願いですラクーン様! ボクはもう2度も『お父さん』を失いたくない…」

 

 それがカリナが出来る唯一の誠意と言葉だ。その姿はお伽噺として伝えられていた『魔王』のイメージには程遠く、先日見せつけられた圧倒的な力を持った者の態度とも思えない、本当に唯の村娘の様であった。

 それでもラクーンは表情を変えない。少し沈黙した後――

 

「グスタフよ。イシュミルの罪はどの程度になるか?」

「私は法務官でもなければ政務官でもありませんが。軍法に照らしてみますれば――死罪が妥当でしょうな。『盗賊』を手懐け治安維持に努めるならともかく、現在我が国において合法である奴隷商人を襲っていた事実は、明らかにその逆の意図を見受けられます」

「そんな…っ!」

 

 その言葉を聞いたカリナは膝から崩れおちる。思えばイシュミルと顔を合わせたのは数回だけ。正直どんな人物であるかもよく分かっていない。だがあの時、迫りくる恐怖と絶望を救ってくれた恩人の一人であり、父親を失った直後のカリナにとってはその代わりとなる人物でもあるのだ。

 そんな人が目の前で処刑されるという。到底受け入れられる事実ではない。

 

 「人間共の事情は知らないがねぇ…」

 

 カリナ様子を見たリーシェは、苛立ち気に声を荒げながら前に出た。

 

「主様を哀しませる事はアタシが許さないよ! それともアタシと一戦やろうってのかい!?」

 

 天幕の中でリーシェの両手が妖しく光り始める。リーシェは拳に――カリナのように――魔法の力を籠めて戦うタイプで近接戦闘も魔法もこなす万能型。

 殺気と共に戦闘態勢をとるリーシェに身の危険を感じた将官達はついに武器を引き抜いた。

 

「クソォ! やはりこうなってしまうのか!」

「だから言ったではないか! 魔物と手を組もうなど不可能だって!」


 そんな光景もカリナの目には入らない。このままではカリナの身が危ないと感じ、ソウヒはリーシェよりも前に立ち場を収めようとする。

 

「双方も動くな! ――グスタフさん、俺達は戦いに来たわけではないんだ。 まずはこの場を収めて欲しい」

「分かっている。お前達も命令なしに戦闘(こと)を起こすことを禁ずる!」

 

 辺りには緊張感が漂う一触即発の状態だった。天幕の外も異常に気付いたらしく、兵士達の気配が増え始めている。

 だがラクーンの態度は相変わらずだった。

 

「それでが――グスタフよ、確かに奴隷商人に盗賊をけしかけて襲わせたのは問題だ。だがこう考えてはどうだ? 

 カリナは罪人ではないだろう。それは今とった態度から見てわかるであろう? ならばその奴隷商人は、善良な娘を奴隷として売買にする違法行為を行った事になる。

 それをイシュミルが見つけてきたとなれば、それは唯の取り締まり。つまり公務であったのだと。

 更にカリナと言う我が国に有用な人物を発掘したのは功績と言えよう。その功を鑑みて如何ほどの刑罰となる?」

「……え?」

 

 カリナは涙でよく見えない目でラクーンを見る。するとそこには僅かに凶悪な笑みになっていくラクーンの姿があった。

 同じくグスタフもその顔を見ながら疲れた表情をする。それでもグスタフはラクーンの考えを正しく読み取っていた。

 

「だから私はその様な役職ではないと……。そうですな、まだカリナ殿は実績を伴っておりません。ですがそれならば処罰に値する事はないでしょう」

「という事だっ! よかったな!」

「殿下……。それは先日に儂が言っていた話ではないですか!?」

 

 イシュミルもグスタフと同じような顔をしていた。

 最早その表情を隠す気はないようだ。悪戯が成功した悪童子のようにニヤニヤとカリナに笑みを浮かべながら声を掛ける。

 そんな様子を見てソウヒも気が付いた。ラクーンは最初からカリナをからかう気だったのだと。

 

(まさか…、こんな事の為にイシュミルを呼びつけたのか?)

 

 そんなことはないだろうと思い直す。これだけ悪知恵、もとい政治的判断ができる人物なのだ。きっと自分には及ばない考えがあった筈だ。そうに違いない。

 

「…………」

 

 暫くの間、カリナは一人呆けた顔で固まっていた。そして――

 

「ん? どうした? 中々の演技だったろう? さては驚き過ぎて腰を抜かしたかっ!? あれほどの強さを持っておるのに存外情けないなぁ!」

「ムキィィィ―――ッ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ