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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
67/72

カリナの過去

「それにしても今日は少し驚いたな。カリナってグーデリオの魔法学院出身だったのか? だから元から魔法を使えたんだな」

「え? あ、あぁ―…」

 

 ソウヒの問いかけにカリナの反応は鈍かった。

 グーデリオ魔法と言えば大陸中で1,2を争う名門中の名門の魔法研究機関だ。

 そこを卒業したのであれば、それを誇る事はあっても隠すような事はない筈である。

 控えめな性格ではあったが、予想と違ったその反応に首を傾げる。

 

「ボク、あそこではすごく嫌われてたので。入学した時は『落ちこぼれ』って言われて…。それで頑張って勉強したら今度は『ハーフエルフのくせに』って…」

 あまりいい思い出ではないのか、カリナの口調は重かった。それでもソウヒに促されゆっくり話し始める。

 

 

 一般階級出身であったカリナは、入学当初は全く魔法が使えなかった。それどころか知識すら持ち合わせていなかった。

 対して生徒達(クラスメート)は殆どが貴族階級や豪商の子供達。当然、名門の魔法学院に入学するのだから、既に基礎教育レベルの勉学は身に着けており、中には既に魔法に関する幾らかの知識を持っている子もいる。

 

 一般階級という身分の差だけでなく教育レベルの差、そして社会的弱者(ハーフエルフ)と言いった偏見によって、カリナは生徒達(クラスメート)から爪弾きにされ、蔑まれる日々を送っていた。

 それは生徒だけではなく、余計な教育時間を割かれる事になった教師達も同じであった。

 魔法期間とは言え教育機関も兼ねている以上、基礎教育もカリキュラムとして組み込まれているが、それは表向きの事。

 そう言ったものは既に済ませている子を預かる前提で組まれていた為、カリナの様な子は想定外だったのだ。

 

 ある程度覚悟はしていたが、想像以上の扱いに精神的に追い込まれていたカリナだったが、身分や種族の差は埋まらなくとも知識の差は埋まる筈だと信じ、昼夜構わず独りで猛勉強を続ける。

 そして1年が経過した頃、カリナと生徒達(クラスメート)の間でちょっとした事件が起こった。

 カリナは必死の努力と猛勉強の末、本来なら習得に数年はかかる一般魔法の理論(ロジック)を、1年足らずで理解してしまった。

 そうなると、教師達の中でカリナと生徒達(クラスメート)の評価が逆転してしまう。

 他生徒に比べて高レベルな質問をするカリナに一目を置くようになったのだ。

 

 2年目の夏――

 生徒達(クラスメート)が生活魔法――生活に役立つように調整された精霊を顕現させない一般魔法――の勉学に励む中、カリナは体内に溜めた魔力で精霊を顕現させるようになる。

 それは既に一般魔法と言っても良い程だった。

 さらにその年の冬、才能に恵まれた一部の生徒が漸く生活魔法に手が届く頃、カリナは既に特別優待生として扱われるようになった。

 だが、人よりも多くの魔力を持つとはいえ、社会的弱者(ハーフエルフ)には考えられないこの待遇は、他生徒の反感を招くようになる。

 

 3年目の夏――

 学院内の研究発表会にて、カリナは共同研究として比較的仲の良かった生徒と共に『複合魔法』を発表する。

 術者が持つ魔力を同調させながら別々の精霊を呼び出したその魔法は、火球(ファイアボール)水弾(ウォーターバレット)を打ち込み蒸気化する事で、周囲に視認や回避が困難な攻撃魔法となる。

 同様に、突風(ウィンドブロウ)火弾(ファイアボール)を掛け合わせると、先の魔法より広範囲かつ高威力の火焔竜巻(ファイアトルネード)となった。

 カリナ達の研究発表を目の当たりにした生徒や教師達は勿論の事、視察に来ていたグーデリオの宮廷魔術師達も驚愕させられる事となった。

 

 既に学院中から注目されていたカリナは、この時期から教師達の研究も手伝う様になる。

 その折で得た知識と独学で製作した魔導具は、今も魔法研究施設で研究され、実用化に向けて開発が進められているのだった。

 

 だが、学院はカリナを将来有望の天才として持ていた反面、生徒達(クラスメート)からの目は厳しさを増していった。

 特に入学当初から劣等生としてのレッテルを貼り、常に優越感に浸っていた貴族階級の生徒の嫌がらせは日常茶飯事だった。

 研究を邪魔される事も多く、時には素行の悪い冒険者を雇い、半ば強姦紛いの脅迫をされる事もあった。

 それを止める生徒は皆無で孤立を深めたカリナは結局、逃げるように卒業してしまうだった。

 

「けど、ボクもずっとあそこに居続けるつもりはなかったので未練はないです」

 

 と、乾いた声で笑うカリナ。余程辛い思いをしていたのか、その瞳は揺れていた。

 その顔を見たソウヒが優しく頭を撫でて慰める。

 

「実は俺もさ、お前に嫉妬する事があったんだ。だから意地になって今日みたいな馬鹿な約束してしまって…」

 

 ソウヒには、当時の生徒達の気持ちが何となく分かる。

 生徒達(クラスメート)も決して不真面目だったわけではない。寧ろ、物凄い速度で追い上げてくるカリナに負けないよう必死だった筈だ。

 だが、カリナの成長速度が異常すぎた。あっという間に追い付かれたと思った次の瞬間、今度は手が届かない高みまで上っていくのだ。

 競い合う分野は違えど、剣術も学問も気が遠くなる時間をかけ、地道な努力と研鑽を積み重ねて得られものだ。

 それを後から来た新人(カリナ)にいとも簡単に追いつかれ、後塵を拝すことになる気分は恐らく天才(カリナ)には理解できない。

 その事をカリナに伝えると、青い顔をしながら頭を抱えてしまった。

 

≪それはこの子のせいではない。この子の努力を認めなかった子達が心安らぎたくて苛めていただけでしょう?≫

(ああ、俺も耳が痛いよ)

≪それなら掛ける言葉も決まってるよね≫

 

 当然だ。と心の中で呟いていた。

 

「気にするな。それはお前の努力と才能で得た結果だ。ズルでもなければ卑怯でもない。お前だけの能力(スキル)だ。」

「う、うん……」

 

 カリナ手を握ると、冷たくなっていた指先に熱が戻ってくるのを感じる。

 ソウヒはそれを離さず、カリナが落ち着くのを待つことにした。

 だが、唐突にカリナが口を開く。

 

「それで――お兄さん、ボクに隠してる事あるでしょう?」

「…ん? 何のことだ?」

 

 惚けていたわけではない。本当に身に覚えがなかった。だが問い返すソウヒの頭をカリナは両手で掴みながら、じっと両目を覗き込む。

 思いがけぬ急接近にソウヒは言葉を失うが、カリナもそれは同じだった。

 沈黙と距離から、思わず魔力譲渡(キス)したくなる衝動――を抑えてソウヒの瞳の奥、魂に向かって声を掛ける。

 

「理世さん! そこに居るでしょっ!?」

「…何のことだ?」


 それは想像もしなかった予想外の言葉。同時にソウヒの脳裏には「自分はいない事にしてくれ」と言う理世の言葉が思い浮かぶ。

 

(まずい、動揺したら絶対にばれる!)

 

 必死に平常心を保ち続けた事で絶対に気付くことはないだろうと思っていた。だが少しだけ生まれた小さな動揺――ソウヒの瞳が一瞬だけカリナから離れたのを見逃さない。

 

「やっぱりっ! お兄さんはあの時(・・・)、理世さんと同化したんですねっ!?」

 

 あの時と言うのは、嘗てソウヒがフォルンで生命の危機に瀕していた時。

 既に事切れていたソウヒの魂はカリナを護りきれなかったという無念から、昇天することなくこの世に漂い続けていた。

 それを理世は自分自身をソウヒと同化すると同時に、ソウヒの体に乗り移る事で救ったのである。

 

 ズバリと的中されたソウヒの動揺が広がっていく。それが更にカリナの疑惑を確信に変えていった。そして――

 

≪やれやれ…。 君は正直すぎるぞ君は≫

「す、すまん。けどあれは無理だろ」

 

 頭に響くように聞こえてきた女の声。それは嘗てカリナの中で眠り、人知れずカリナを支え続けていた桜理世(さくらりせ)の声だった。

 

「すまん、隠す気は……あったな。 けど、なんで分かったんだ?」

「昨日、お兄さんが魔力切れで動けなくなった時、実はボクも助ける方法が見つからなくて…。その時声が聞こえたんです。――間違いなく理世さんの声で」

≪覚えがないな≫

 

 惚ける理世の言葉をカリナはすぐに否定する。

 

「ボクは覚えてます。理世さんはボクの半身――ボクの『お姉さん』じゃないですか」

≪…ふんっ≫

 

 その不貞腐れた声も、カリナには理世なりの感情表現だと分かる。

 理世はカリナが魔王に覚醒してから別れるまでの間、カリナが眠っている隙に魔法や能力(スキル)の研究を続け、その知識を共有していた。

 いざと言うとき、カリナが一人でも生きて行けるようにと。

 常にカリナの味方であり続けていたその存在、その声を忘れる筈はなかった。

 

「さっき話をしていて気づいたの。多分、理世さんは昔からボクの事を助けてくれてたんじゃないですか?」

≪それこそ覚えがない。私はつい最近まで眠っていたし。そんなことは出来ないぞ≫

「確かに眠ってたかもしれません。でも理世さんとボクとで記憶や知識を共有しているのなら、基礎や魔法理論(アルゴリズム)が簡単に理解できたのも説明できます」

 

 カリナは理世の転生者(うまれかわり)であり、今でこそ別々の人格に分かれているが、元々は一つの存在。

 そして保有しているユニークスキル『前世の知識』は、すなわち理世の記憶を呼び起こすもので、当然その記憶には理世が培ってきた知識も当然含まれている。

 

「つまり、ボクが得た知識は全部、理世さんの知識の上に成り立っていたという事で、決して努力や才能なんかじゃ――」

≪カリナ、それ以上言うと私も怒るぞ? 私は自分を卑下する奴は大嫌いだ≫

「でも、もしこれが本当だったら――」

「カリナ――例えそれが事実だったとしても、お前の努力や才能はお前だけの能力(もの)だ。ズルでは何も得られない。他の誰にも真似できないものだったとしてもだ。だから卑屈になる事はないんだ」

 

 そう言いながらソウヒも気が付いていた。今朝の自分も当初、理世(カリナ)の能力を使おうとしなかった。理世(カリナ)の能力を借りたのでは意味がないと思い込んでいた。

 だからこそカリナに言える。例え借り物であっても、それで前に進めるのなら躊躇(ためら)う必要はないと。

 そしてこんな自分に力を貸してくれた事や掛けてくれた言葉を決して忘れないと、心に誓うのだった。

 

≪――恥ずかしいこと考えるな!≫

(…………まずい、聞こえてたかのかよっ!?)

 

 心中で立てた誓いは、そのまま理世に丸聞こえになってしまっていた。

 これではまるで告白の練習をしたら本人に聞かれてしまったようで非情に恥ずかしい。

 二人の間に気まずい空気が流れてしまう中、カリナが口を開く。

 

「…そうですね。ボクは自分自身の事を卑下したりしません。今までボク一人じゃやっていけなかった事は沢山あったけど、理世さんがいてくれたおかげで乗り越えてきたんです。理世さん――お姉さん、今までありがとう」

≪……そうか≫

 

 カリナの感謝の言葉に理世は一言だけ返す。と、突然ソウヒが笑い出した。

 

「………ククッ! アハハハッ! 照れてる理世なんてこんなの初めて見たぜっ!」

「……あははっ!」

≪おい…お前達、いい加減にしないと――≫

 

 その理世の声も最早二人には届かない。カリナは掴んでいたソウヒの頭を胸元に引き寄せて抱きしめていた。

 

「ボクはやっぱり幸せですっ! 大好きなお兄さんとお姉さんがいつも一緒にいてくれてっ!」

「か、カリナ…… 顔に柔らかいものが…」

≪まったくもう……。 面倒くさいっ!≫

 

 二人の様子を見て、呟きながら理世は溜息をついた。

 自分は一人っ子だったが、弟や妹がこんなに手が掛かるなんて。

 この上なく面倒くさい気分だが、同時にそう悪くない感情も湧いてくるのだった。


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