回り始める歯車
出張終わった~!
これでまた話が書けるよ!
え? 来月も出張? そんなー!
「…んひぃッ!? いきなり入ってこないでよっ! それなら何故、決闘なんて言いだしたんですか!」
ソウヒから飛び退くようにベッドを転げ落ちてカリナが批難の声を上げる。
「ふむ、言いだしたのはその男の方だったはずだが? あくまで俺は便乗したに過ぎんよ。
…それにしても、あっという間に酔いつぶされ、碌に話もできないのはいかんと思い来てみれば…、これは少々時間を潰して来ればよかったか?」
「よ、余計なお世話です!」
「まあ、もう少しデリカシーを持った方がいいですぜ。それで話ってのは?」
「ふん、爺みたいなことを言いおって…。まあいい」
そう言いながら手に持った酒瓶をあおる。これまでとは違い真剣な眼になっていた。
「今は監視役もいない。なので本音で語ろうか。
――貴様らに言われずとも奴隷制の廃止は政策の一つとしてするべきだと俺も思う。このまま大陸内で孤立していても国として益はないのだからな。
事実、奴隷制廃止案はこれまで何度か議会に上がってきた。そして全て却下されてきた。それは何故か分かるか?」
首を傾げる二人を見て、やれやれと言いながら話を続ける。
「単純に言えば、この制度を継続なければ、直ちに国家として立ちいかなくなる危険があるからだ。
王家が滅ぶのではない。『国家そのもの』が他国に侵略され蹂躙される。そうなれば当然、一般階級の者共はその国の下位階級となるだろう。
そして、それがお前たちの望んでいた未来になる筈だ」
ラクーンの話によれば、アルガットは他国に比較して国力が低い。その原因は南から常に吹いてくる塩分を多く含んだ強風のせいだ。
塩のせいで作物が育ちにくい。建物も同じくその影響で脆くなりやすく、常に補修するに費用を割く必要がある上、労働力に不足しているという。
「産業も塩のせいで儘ならん。鉄鋼産業は特にな。よって経済的にも軍事力も隣国に劣る。まさに塩は我々の厄災となっているのだ。
そんな我が国に援助を申し出たのがウルファニア――北の隣国だ」
ウルファニアはアルガットに経済援助と、有事の際での軍事的協力を申し出る。その見返りが『奴隷の提供』であった。
アルガット領内の奴隷を定期的に引き渡すことで援助を受け、それと同時に後ろ盾を得られる。
そのおかげで隣国との拮抗が保たれていた。
「でも、犯罪奴隷ならともかく、中には罪もない旅人や行商人、最悪村に住んでいた人が攫われてきたりもするんですよっ!? 下手をすれば国家間問題にも――」
「それは俺達も把握はしている。そして勿論、今の奴隷法でも禁止している。だが要求される奴隷の数の前には黙認せざるを得ない部分もあるのだ」
すまないと頭を下げるラクーンだったが、カリナは納得できなかった。憤るカリナを宥めながら今度はソウヒが口を開く。
「話を続けてください。それでこの制度を廃止する方法は考えているんですかぃ?」
「それも勿論だ。寧ろここからが本題となる。
現状、我が国はウルファニアの属国も同然よ。それではいつまでも国家として立ち行けぬ。
そこで先に話した話になるのだ。自らを『魔王』と名乗り一軍に匹敵する能力を持った小娘、すなわち貴様とそれに集う魔物達だ」
人間よりも弱い子鬼族ばかりが主体であったとはいえ、中心には戦鬼の姿があり、さらにそれを指揮を執る獣人の姿を目の当たりにして討伐軍は驚いたという。
本来なら目付役とでしか来ていなかったラクーンはグスタフの報告を聞いた瞬間、天啓が下ったと感じたのだった。
「まさか、カリナを戦に駆り出す気なのか? まだ子供なんだぞ!」
「…直ぐに戦にならずとも、いざと言うときは出陣してもらう。それだけではない。奴隷制を廃止するならば労働力の補填が必要になる。それを魔物で賄うつもりだ」
「……要するに、コイツを奴隷の代わりにするって事か!」
ラクーンの話を聞いたソウヒが身を乗り出して声を荒げる。
その今にも飛び掛かりそうな勢いに、慌ててカリナが割って入った。
「お兄さん、落ち着いて! ってボクもなんだけどっ!」
「少なくとも『奴隷』といった類の扱いはせぬ。そこまでの恩恵が我が国にもたらされるなら相応の待遇は期待していいぞ。寧ろ――」
「む、寧ろ?」
「貴様の容姿ならば、国民の象徴、いや『聖女』や『女神』として扱った方が――」
「…………」
ラクーンが発した言葉でソウヒもカリナも動きが止まった。
沈黙が続き、そして――
「ヤメテクダサイ………」
絞り出すようにカリナが呟いていた――
*****
「――俺が直ぐに引き出せる待遇はこれくらいだな」
ラクーンが提示してきたのは、子爵級の爵位とこの砦から数十キロの領地。
その中には村や集落が幾つかあるが、まずはそれらを治め、周囲の信頼を得ることが最優先だという。
それと同時に当然だが、領地防衛はカリナ達の責務となるのも忘れてはならない。
魔族に領地を与えるなど、常識を逸しているのは誰でも分かる事だが、ラクーン曰く「国益の為には投資も必要である」との事だった。
そもそもこの地はイシュミルの領地である。だがラクーンはそれを召し上げる算段も同時に考えていた。
「つまり、ここを拠点にして魔族達が皆の味方だという事を周りに認知してもらえるようにすればいいんですね」
「そうだ。貴様が敵に非情であると思わせるだけで、隣国の脅威十分な抑止力となるはずだ。
同時に味方には慈悲深い所も見せれば、支持も上がっていくことだろう。
政務については分からぬことばかりであるだろうが、追って役人を派遣するから心配はいらん。 まずは領民の生活を護り安心して暮らせるようにすればよい。
当然、集めた税の一部は納めてもらうがな」
最初は気が乗らないカリナだったが、気が付けば積極的に話を聞いていた。
先にソウヒの言っていた通り、ラクーンは今朝の態度とは打って変わってフランクで気安かったのもある。
それと同時に、彼が提示した案においてのメリットとデメリットを打ち明けた上で真意を語る態度は、十分信頼できると思えたのだった。
「だが、そう言った意味でもその顔を利用しない手はないぞ? ソウヒよ貴様もそう思うだろう?」
「…ま、まあ可愛いとは……思うけど…さ」
「だからその話は……やめてくださぃ……」
みるみる顔を赤くしていくソウヒを見て、カリナも顔が熱くなっていくのを感じる。
これまで自分の容姿については特別に可愛いとは思った事はない。寧ろ疎まれたりからかわれる経験の方が多いので、出来るだけ目立たない恰好をしていた。
それでも目立ってしまうのは、人間社会においてハーフエルフはエルフよりも希少な存在であるのに併せて社会的に弱い存在であるからと思っていたのだ。
その為、自分の容姿についての話をするのは極力避けていた。
「ともあれ、一晩とでは考えは纏まるまい? 俺達は明朝、陣へと引き上げるからよく考えて答えを出せ。吉報を待っておるぞ」
そういうと、ラクーンは酒瓶に残った酒を全て飲み干し、部屋を出て言った。
部屋に残された二人であったが、カリナはすぐに話を切り出す。
「お兄さん、ボクはこの話受けてもいいと考え始めてます」
「待て、確かにいい話ではあった。けどそれは俺達と王子様の利害が一致するように話をしていたに過ぎないんだぞ」
「それでも、ボク達の待遇を考えていました。お兄さんの理想も沿った形でです。それに、砦の子達をこのままという訳にはいかないです」
カリナの一言にソウヒも声を詰まらせる。
魔物とは魔素から生まれた存在であり、必ず体内に核を持つ。そしてそれを他の魔物が取り込むとその分だけ強化されるのだ。
これは後に戦鬼や眷属によって知らされ懸念していた事だが、限られた空間に大勢の魔族を留めておくと、まるで壺の中で蟲達が喰いあうの如く、魔族達が凶暴化し核を奪いあう『魔界化』という現象が発生するというのだった。
今はカリナの下に集う魔物達だったが、いつそれが起こるかは誰にも分からない。
その懸念を解消するためにも、領地を得る事は大きな意味を持っている。
「俺はまだ反対だ。譲歩を幾つかの引き出す必要がある。けどその前に一度頭を冷やしてそれを考えないか?」
「…そうですね。結論を急ぎ過ぎると大事な事を見落としそう」
取り敢えず今夜はお開きとなった。しかしカリナは部屋から出て行かず、改めてソウヒのベッドに潜りこむ。
「今夜はもう少しお話させてください」
「…そうだな。俺もカリナに聞きたい事があるんだ」
長くなったので分割。




