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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
65/72

決闘の後

「ガエンさん!」

「おう!」

 

  『魔獣化』したソウヒの姿、そしてラクーンの声を聞いて二人は飛び出した。

  それに続いて魔物達、そして離れて決闘を見守っていたグスタフも王子を助けるべく走り出す。

 

「止まってお兄さん! もう勝負はついてる! これ以上は――」

 

 カリナがソウヒにしがみついて叫ぶ。単にしがみつくだけでは止まらない。今のソウヒはカリナよりも高い身体能力(ステータス)となっているのだった。

 少しも手を緩めることなく全力でソウヒの行く手を阻む。これが人であれば絶対に動くことは出来なくなるだろう。

 その力で抑え込まれ、『魔獣化』しているとはいえ流石のソウヒも動きが鈍くなっていった。

 

「もう少しだ! 堪えろ嬢ちゃん!」

「はいっ!」

 

 カリナが足止めしているその隙に、ガエン達は気を失ったラクーンを引き摺りながら後方へ退避させていた。

 

「お兄さん、目を覚ましてください! あの王子(ひと)は降参しました! お兄さんが勝ったんですよ!」

「ウガアアアアアアアッ!!」

 

 カリナが大声を上げソウヒに語り掛ける。だが『魔獣化』によって完全に理性が吹き飛んでいるソウヒにはその声に届かなかった。

 

 カリナに向かって本能のままに拳を振り上げる。まともに受ければカリナの頑丈さでも只では済まされない。だがそれでも諦めずに呼び掛け続けた。

 ここで下がればソウヒに一番近い所にいるカリナは勿論、ガエンや周りにいる者達にも牙を剥くかもしれないのだ。

 

「お兄さん! お兄さん!」

「――グガッ!?」

 

 引き剥がされまいと全力でしがみつきながら何度もソウヒに呼び掛ける。微かだがカリナの声に反応してきたのだ。次第に動きが鈍くなり暴走が収まってきた。

 そんなソウヒに顔を近づけると、カリナの顔を確かめるように見つめ返してきた。

 

「カ…、カリ…な…?」

「はいっ! ボクの事が判りますか!?」

「ァ……ああ、マだ『獣化』…ガ、おさマッテ……ナイけど」

 

 辛うじて理性が本能を抑え込んでいる状態の中、できるだけソウヒを刺激しないようにゆっくりと語り掛ける。

 

「決闘ハ……ドウナ……た? マさカ、俺は負ケタ……のか?」

「勝ちましたよっ! 王子様は『降参する』って! しっかり聞きました!」

「そ、か… そうか…!」

 

 『勝った』という一言を噛みしめる、それは心の底から欲していた一言だった。

 負ければ全てを失う。夢もカリナ自身も、そして自分の命も捨てる覚悟で臨んだ戦いだった。

 だが結果は惨敗。技量では上回っていたが、経験や装備などの差によってラクーンには敵わなかった。

 戦いながら何度もカリナに詫び、そして後悔しながらの戦いだった。

 

(理世、君にも感謝を)

≪年上にはさんをつけろと言っただろ? でも君も、よく頑張ったね≫

 

 未だ戻らず魔獣と化した体のままであったが、その手でカリナの頭をグリグリ撫でまわす。

 本音を言えばカリナを抱きしめて喜びたかったが、この巨体と怪力ではカリナの身体が折れてしまいそうだった。

 それに、今でこそ理性が保たれているものの、『獣化』が解けていない今の状態では、それこそ本能によってカリナを求めてしまう。

 そんな失態は絶対に避けたかったが、それは杞憂となるのだった。

 

「よかった…っ、ほん…と…にっ……!」


 カリナの顔が歪んでいく。

 

「おにい…さん…、本当に……死んじゃう……思っ…て………っ。う……ぐっ……」

 

 大人びたところはあるけれども、カリナはまだ12歳(こども)である。

 父親を失ったカリナにとって、ソウヒは数少ない心許せる存在なのだ。

 そんなこと分かっていながら、ラクーンに決闘を申し込んだ自分は、なんという大馬鹿なのだろう。

 

「悪かった……怖い思い、させてしまったな」

「ぐ……っ、……う…ぅぁぁぁぁああああぁぁあああ」

 

 いつの間にか『獣化』は解けていた。服は完全にその役割を果たしていないが、二人にとってはそんなことどうでもいい。

 堪えきれずにソウヒの胸にしがみ付き泣くカリナを、その頭を撫でながら抱きしめていた。

 

 

*****

 

「俺の負けだ。貴様との約束通り、奴隷制度の廃止に向けて議会に呼びかけることを約束しよう!」

 

 ソウヒの回復魔法によって治療されたラクーンだったが、普通であればあれほどの重傷を負えば後遺症――特に心的外傷――の一つでも残るものであったが、

全くその様子を見せずに、決闘前と同じような態度を見せていた。

 

 時は少し遡り、ガエンとソウヒはそのラクーンを治療する為、グスタフをはじめとする討伐軍の将兵達を砦の中に引き入れることを決めた。

 但、砦の規模や魔物達の数から見積もっても精々1000人程度が限界だった。その為残りの将兵は森の陣地へと引き上げる事となる。

 このまま砦を制圧されると言う懸念はガエンにはない。

 ソウヒが見せた『魔獣化』による恐怖は、ラクーン本人よりも寧ろグスタフ達将達にの方が深く刻まれ、そのような考えを起こす気にもならなかったのだ。

 そして、ソウヒは自ら負った傷よりもラクーンの治療を優先し回復魔法をかける。

 目を覚ましたラクーンが始めに発した言葉は「感謝するが、本音はカリナに治療してもらいたかったぞ」だったのは、周りを凍りつかせた反面、ソウヒ本人は大笑いしながら同意していた。

 

「よかった…! これで行商人や冒険者さんも安心して旅ができるっ!」

「ああ、これで俺もやっと肩から荷を下ろすことが出来る」


 ソウヒの腕に絡みついてカリナが笑い掛ける。人前で甘えられるのは正直照れくさいかったが、それも今更の話だ。

 その時、ふと気になっていた事を思い出した。

 何故、ソウヒは奴隷廃止を目指すようになったのか。

 今回の件のように、解放団の団長はガエンであるはずにも拘らず、組織として大事な決断をソウヒの判断に委ねてしまうのはなぜなのか。

 

「そういえば、お兄さんはどうして――」

「ただし、そう簡単に事がうまく運ぶとは思わない事だぞ? 考えて見ろ、これまで捕まえてきた奴隷は我が国の労働力であり財源なのだ。それらを棄てる以上、それなりの見返りがないと議会を通すことは不可能だろうな!」

「そんなっ! 今更そんなこと言うなんて約束が――」

「俺は『議会に呼び掛ける』と言っただろう? 何も間違った事は言ってはおらん。思い出せ、決闘における約束とはなんだ?

 そう、俺は奴隷制度を廃止するように議会に働きかける事だろう? 確かに約束は果たそう。だがその結果を約束した覚えはない!」

 

 ラクーンの言葉にカリナは怒り心頭である。そんなカリナの姿を見ながらソウヒはため息をついた。

 

「まぁ、そうなると思っていたさ。 それで俺達に何をさせる気なんですかぃ?」

 

 ソウヒとしても、勝ったとしてもラクーンの性格上、簡単に約束を守るとは考えていなかった。

 結局何かしらの理由をつけて、約束を反故にされるに違いないと。

 貴族階級の連中が、一般階級――それも盗賊と見なされた自分達とまともに約束を交わす筈はないのだから。

 だがとそれと同時に別の考えも過っていた。

 決闘を経て、これだけの力の差を見せつけた――それこそ瀕死の重傷まで負わせる程に。

 そしてここは此方の本拠地だ。1000体の魔物に取り囲まれ、逃げられる筈もない。

 ならば、何かしらの妥協案を考えている事もあり得ると。

 

「フッ、俺の考えていることを見抜いたのなら、わかっているのだろう?」

「まあ、カリナにあれだけ執着してりゃね」

 

 横柄な態度で笑い掛けるラクーンにソウヒは苦笑して返す。

 その笑みからこれから言われるであろう言葉が、予想から確信と変わる。

 話についていけないカリナだけは二人の顔を交互に見ていた。

 

「カリナ、王子殿下はお前達を王国に加えようと考えている」

「え……?」

 

 それはカリナにとっては考えもしない話だった。

 だがラクーンの立場を考えてみれば当然である。自分の領地の中に突然、一軍に匹敵する程の力を持った勢力が出現したのである。

 味方ならいい。友誼を結び繋がりを深め、後々は王国の為に尽くしてもらえばいい。

 だが敵であるならば排除しなくてはならない。危険ではあるが、腹に毒を含んでいるよりマシであった。

 

 そして彼はグスタフの話を聞き、そして直接カリナを見て確信した。この『魔王』を自称する娘は、その真偽はともかく強大な力を持っていると。

 同時にこの娘を取り込めば、その恩恵は計り知れないものとなるだろうと。

 何せ、言葉の通じない魔獣や、古くから敵対してきた魔族とは違う。単なる「羽の生えたハーフエルフ」だ。

 言葉が通じるという事は交渉が可能であり、ラクーンにとってこれ以上の好条件で臨める交渉はなかった。

 

「そ、んなっ! 最初からボクが目当てだったという事!?」

「だから初めに行ったであろう? 俺の女にしてやると」

「殿下ッ! ――そうです。貴女は人としての心を持ちながら、その能力(ちから)は強大。従える魔物達も殆どが子鬼族(ゴブリン)がも拘らず我々の兵にも劣らぬ練度を持つ。

そんな『軍隊』を放置するわけにはいかないと考えたのです」

「むううぅぅぅ……」


 そこまで話を聞かされたカリナは、ラクーンとグスタフを睨みながら頭を抱えてしまった。

 まさか自分にそんな利用価値があるとは思いもしなかったのだ。

 正直気乗りがしない。このまま王都に行けばソウヒと離れて暮らすことになるかもしれないのだ。

 それだけは何があっても飲めない。

 しかし要求(これ)を飲まなければ、折角手に届いたソウヒの夢がまた離れてしまう。

 それもカリナの望むところではなかった。

 それならソウヒと一緒に王都で暮らせば――

 

「そう、そうだね。お兄さんが傍にいるならボクは引き受けても――」

「――いやカリナ、俺はこの提案には乗り気がしない。それでもし王子殿下が約束を守れないというのなら、俺達はこれまで通りの活動を続けるだけだ」

 

 ソウヒの言葉にカリナとラクーンが驚いて目を見開いた。

 まさか、当の本人であるソウヒから交渉を断ってくるとは思っていなかったのだ。

 

「お兄さん…?」

「貴様ほどに機転と能力(ちから)がある者ならば、それなりの職と地位を与えて取り立てる事も可能なのだぞ?」

 

 そんな二人を見て、ソウヒは腕に絡みつくカリナを振りほどいた。

 逆にソウヒの方からカリナの体を抱きかかえてラクーンに言い放つ。

 

「今回の事で俺は決めたんだ。もう二度と俺は|カリナを夢を叶える道具にするつもりはねぇ! コイツは俺の大事な……、大切な『光』だ!」

「んな……!?」

 

 それを聞いてラクーンは言葉を失ってしまった。

 それは根本的な思い違いによる誤算である。「カリナを味方に引き込めれば、ソウヒの夢がかなう」という事は「カリナの夢ではない」という事。

 そして夢に向かう張本人(ソウヒ)がそれを断ってしまっては、カリナも首を縦に振る事はない。

 これでは今日の苦労は、全て水の泡になるではないか。

 顔に出さないつもりでも、ラクーンのその態度からその焦りは事は誰にでも伝わって言った。

 もはや交渉は決裂である、と思われたその時、カリナが神妙な面持ちで声を出した。

 

「一晩、考えさせてもらえますか?」

 

 ソウヒが自分を気遣ってくれるのは嬉しいが、それはカリナも同じであった。

 このチャンスを逃して、次の機会はいつ来るのか分からない。

 いま、簡単に答えを出すのは早計だと思ったのだ。

 

「いいだろう。良い返事を期待する」

 

 それしか言えなかった。

 ラクーンは内心、このままカリナ達を敵に回すのは出来るだけ避けたかった。

 魔法が発達していないアルガットに、虎の子の戦略魔法を無効化する能力と、それを上回る火力の魔法を撃ってくる能力を持つ敵。

 そして砦内の魔物達。その殆どは小鬼族(ゴブリン)だが、指揮を執るのは戦鬼(オーガ)達だった。

 それでも戦力だけで勝敗を測るとすれば、数に任せて囲い込めば負けることはないだろう。

 だが、その戦鬼(オーガ)を纏めるのは人間(ガエン)獣人(ソウヒ)となれば話は別だ。

 暴力的な力に知性が加わり、戦い方が洗練されれば負けの目も出てくる可能性がある。

 

 その晩、ラクーンやグスタフ達には一室を用意し、数の多い将兵は砦内の区画にて一晩を明かすこととなる。

 

 

*****

 

 

「お兄さん、起きてますか?」

 

 砦内に響き渡る喧噪――例の如くガエンと部下達、そして今回はラクーン達将兵を交えた大宴会――の中、カリナはソウヒの寝室の扉を叩いた。

 だが返事がない。もう寝てるのかと思ったが流石にそれはないだろう。今日の事を相談しにくる事なんてソウヒだって分かってるはずなのだから。

 

「お兄さん、入りますよ」

 

 ゆっくり扉を開けると、ソウヒが呻き声をあげながら返事をしてきた。

 

「ああぁぁぁ……。すまんカリナ……、『獣化』の後遺症(きんにくつう)に加えて飲まされまくって動けない…」

「また飲まされたんですか……」

 

 呆れ顔でソウヒを見ながら、ソウヒが横たわるベッドにもぐりこむ。

 少々酒の匂いきつかったが、今はそれよりソウヒの近くに居たかった。

 

「今日は色々あったけど……、とにかくお疲れ様でした」

「お前もな。色々心配かけてしまった」

 

 その言葉を心の中で理世にも掛ける。もしあの時、理世を受け入れなければ勝つことは出来なかったのだから。

 

「本当は聞きたいことが沢山あったのですが、それはまた今度。今は一番大切な事から話をしたいです」

「そうだな。それで、カリナはどうする気なんだ?」

 

 カリナが未だ迷ってるのは知っている。掛けられている秤には自分の未来とソウヒのそれを乗せているのだ。

 そう簡単に決められる筈がなかった。

 

「あの人がもう少し信用できる人なら迷う必要はなかったんです。でもあんな態度をとられて、約束も反故にされそうになって……」

「そうか? 王子さんは確かに態度はあんなだけどさ、案外いい奴かもしれないぞ?」

「えぇ……?」

 

 珍しく不満げな顔を浮かべるカリナを見て、ソウヒは苦笑しながら頭を撫でる。

 

「多分、俺が負けても奴隷解放は提案してきたと思う。その見返りに俺達を――」

「そう! 例え俺が勝っても、貴様たちを王都に呼ぶつもりだったわぁ!」

 

 バンッ! と扉を響かせてながら入ってきたのは、つい先程まで宴会に加わっていたラクーンだった。


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