剣技
次話へのつなぎが微妙だったので加筆
戦いが始まって直後から、ソウヒの動き精彩を欠いている事はすぐに気が付いていた。ラクーンの剣を受けた時に利き腕を痛めた事もだ。
カリナは上げそうになる声を飲み込んで、成り行きを見守る。
「声を掛けてやらないのかい?」
隣に立つガエンがカリナ声を掛けた。首を振りながら否定する。
「何となく、今声を掛けたらお兄さんが負けそうな気がして……」
どんな状況であっても、カリナの前では強がり冷静さを失わないソウヒだが、ここまで調子が悪そうなところを見たことがなかった。
その原因は自分にある、と何となく悟ってしまうのだった。
(だってさっき、一瞬だけボクを見た目――)
それは嘗て受けていた、悪意や嫉妬で蔑まれていた目と同じだった。
身に覚えがなくとも、その視線を受ければ声を掛けづらくなくなる。それが自分にとって大事な人なら猶更だ。
「いやいや、今声を掛けれやらないと本当に負けるって。いっちょ喝をいれてやれ」
「は、はあ…」
あまり気のりしないが、先程から心配のしすぎで呼吸がおかしいのは自覚している。
それに少しでも声を掛ければ、確かにソウヒに通じるかもしれない。そう信じることにした。
「お、お兄さ――」
「よっし! じゃあいくぜぇ!」
カリナの声に気づかず、遮るようにソウヒが叫んだ。だがそれはまるで無視されたかのように錯覚してさらに不安になる。
痛めた右手を庇いながら短槍を左手に持ってラクーンに向かっていった。
「あぁ…」
カリナの手が虚しく空を切る。
声を掛ける機会を逸して項垂てしまったカリナを見て、ガエンは苦笑いするしかなかった。
*****
ラクーンに詰め寄るソウヒ。その動きは怪我のせいで遅く、最早ラクーンが大剣を振り回す必要もなかった。
振れば当たる寸前の間合いを取りながら、ソウヒは理世に語り掛ける。
(理世は回復を頼む。できるだけ気づかれないように。空威張りに見せかけて反撃だ!)
≪問題ない。 もう腕の感覚も戻ってるはずだ≫
魔王カリナの片割れである理世を受け入れたことで、身体能力だけならそれに匹敵する。
更には急激に得たその力も、理世のおかげで翻弄されることなく発揮することができた。
「その腕ではもう勝ち目はないだろう! 潔く降参しないか!」
「我ながら思慮も配慮も足りない提案だったけどさ、この勝負にアイツと俺の命を懸けたんだ。そう簡単に負ける気はないさ!」
そう言いながらラクーンの攻撃を避け続ける。
少し前までは剣戟の迫力に圧倒され避けるのが精一杯だった、今となっては余裕で回避できた。
当たれば大打撃となる大剣だが、本来の用途は個人――ましてや人間を相手に使用するものでは無い。
その重量を生かして騎馬や魔獣、戦鬼などの大型の魔族を相手に用いられるものだ。
獣人のように身軽な者が相手ならば、大剣よりも片手剣の方が適している。
そのことを悟ったラクーンは、大剣をあっさり投げ捨て腰に差した長剣に手を掛けた。
「隙ありィ―――ッ!!」
「――グアッ!」
一瞬で間合いを詰めると、短槍の柄をラクーンの鳩尾に打ち込む。
鎧によってダメージは与えられずとも、不意の衝撃によって仰け反ったところを飛び掛かり、空中で石突に気を集中させる――。
「貫穿撃ィ――ッ!」
ズンッ!
「グ……ハッ……」
腹部へ注意を引き付けてからの頭部へ打突をまともに受け、ラクーンの意識が一瞬遠のいた。
本来は石突ではなく穂先で鎧も貫く剣技だが、例え石突でも意識を刈り取るには十分な威力の筈だった。
だがラクーンはかろうじて意識をつなぎなおすと、ソウヒを睨みつけながら長剣を鞘から引き抜ぬく。
「ま、まさか剣技まで使いこなすとは……なァ!」
そう言いながら、身動きが取れないソウヒに向けて長剣を振りかぶると、剣先が青白く瞬き始める――。
(クソッ! 左手じゃ意識を刈り取れなかったか! 勿体ぶらずに右手を使えば…!)
≪反省は後だ! この体勢じゃ避けられないよ!≫
「真空ざぁぁんッ!」
着地と同時に防御態勢をとるソウヒに向かって高速で虚空を振りぬいた瞬間、不可視の刃が放たれる。
ヴォンッ!!
真空の刃は短槍で防ごうにも防ぎきれるものでは無い、筈なのだが――
「ぐぅっ!」
悲鳴を上げたのはラクーンの方だった。ソウヒには殆どダメージはない。
体躯に優れ頑強な体を持つラクーンも、ソウヒの剣技を受けてダメージがない筈はなかった。
次第に覚束ない足取りとなる。
「いまだ!」
「えぇい! 猪口才な猿め!」
咄嗟にラクーンに向かって距離を詰めるとソウヒとそれを迎え撃つラクーン。
だが前後左右に動き回るソウヒを捕えることができなかった。
ラクーンの罵倒を余裕で聞き流しながら更に攻め立てる。
ラクーンが長剣に切り替えたことで武器のリーチはソウヒの方が有利。技量はラクーンよりも高いのだから油断なく戦えば勝負になる筈もなかった。
頑丈な鎧に身を包まれていても、少しずつ削りとられ次第に焦りが積もっていく。
こうなれば最早ラクーンに勝ち目はなかった――。
「くそっ……クソがぁぁ――ッ!」
その焦りから生じた隙を見逃すはずもなく、今度は利き手で短槍を構え――
「貫穿撃ィ――ッ!」
ソウヒが放つ気がラクーンの体を貫いた。
******
ガンッ!
金属音と同時に痺れるように伝わってくる衝撃。
ソウヒの放ったその剣技は、利き手による手加減無しの渾身の一撃。
それは確かにラクーンは体を貫いた――筈だった。
「な、んだと……ッ!?」
驚愕のあまりに声が漏れる。鎧に包まれた不可視の障壁は、ソウヒの攻撃を完全に防いでみせたのだった。
眼前まで伸びたソウヒの腕を掴み、ラクーンは笑う。
「ウハハ……、この鎧は特別製だ。三頭犬の炎を防ぎ、戦鬼の一撃も貫くことは出来んぞ!」
打撃も魔法も効かないという事実。
確かにカリナが『威圧』を使った時、意に介していなった事を鑑みてもあり得る話だ。
そしてそれは最初から敗北が決定していたと悟らせるに十分な事実だった。
いかに技量が勝っていても、ダメージを与えられないのであれば勝てる筈がないのだから。
「く…クソッ!」
≪焦るな、ハッタリだよ。 さっきは少しでも鎧を削ることは出来たんだ。 何か仕掛けがあるんだ≫
心が折れかけるソウヒを理世が叱咤する。
だが持ち直すには時間が足りなかった。
「これは…お返しだァァ――ッ!!」
体が硬直するソウヒに向かって、上段のからの一撃が放たれる。
それが頭に命中すると同時に、ソウヒの意識は途絶えた――。




