ソウヒの意地、ラクーンの策謀
「では、最後に大まかではありますが、確認します。
1.この決闘によりラクーン王子殿下が勝利した場合、ラクーン王子殿下はカリナ様を召し上げる。同時に『奴隷解放団』は即時解体する事。
2.この決闘によりソウヒ殿が勝利した場合、ラクーン王子殿下は我が国の奴隷制度を廃止するように議会に働きかける。制度廃止においては施行までの期限を3年とする事。
その他の細かな取り決めは此方に――問題ありませんか?」
ラクーンとソウヒの間に立つ文官が、決闘の取り決めを念書に纏めていく。
「ああ、それで問題ない」
「では、ここに署名を――」
自らを景品として差し出された事が気に入らず、未だに機嫌が戻らないカリナはふくれっ面でその様子を見ている。
その隣では目が覚めたグスタフが、ラクーンの気まぐれな行動を知り頭を抱えてふさぎ込んでいた。
そして反対側の隣に立つのは、つい先程砦に戻ってきたばかりのガエン。
「嬢ちゃんはまだ機嫌が戻ってないのかい?」
「当たり前ですっ! どうしてこんな危険な賭けを…。お兄さんらしくない!」
プンプン怒るカリナを見て、ガエンは何が面白いのかククッと声を漏らしていた。
「まぁ、何だかんだ言っても、嬢ちゃんはここにきてまだ2ヵ月だしな。まだアイツの事を全部知っちゃいないって事さ」
「それは、そうかもしれませんが…。解放団がなくなるかも知れないのに、そんな大事な事をガエンさんに相談も無しに決めてしまうなんて…」
ソウヒと討伐軍の間で決めようとしていた取り決めを何も聞かされていない筈。それにも拘らずガエンはそれをあっさりと了承してしまったのだった。
そんなガエンの言葉は、二人の関係がカリナの思っている以上に固く、そしてそれ以外の何かで繋がっているように映って見えた。
「ガエンさんはどうして許可したのですか? それに実力ではお兄さんよりガエンさんの方が上なのに」
「さぁな? アイツが本気でそうしたいと言うから許した。それだけだ」
今一つ求めていた答えとは違っていたが、ガエンはそれ以上語る事はなかった。
諦めてソウヒの方に顔を向けてみると、やはりいつも以上に表情が硬い。そこからソウヒ自身もこの状況を理解していると見て取れる。
それなら何故、こんな危険な賭けを――と、カリナは思わずにはいられない。
暫くしてソウヒが戻ってくる。眼はいつもよりも鋭く釣り上がり、怖いくらいに険しい表情となっていた。
自身のとった行動でよく叱られるが、その時の表情とは明らかに別物。不用意に近寄れば怒鳴られるだけではすまない雰囲気が立ち込めている。
「お兄さん……?」
恐る恐るではあったがソウヒに声を掛ける。
「ん? ああ…、すまなかった。いつもお前の事を巻き込むまいと思っていたのに、俺の我儘でこんな事になってしまった。本当にすまないと思ってるよ」
「いえ、気にしないで。ボクにできる事なら何でもしますから…。でもどうしてこんな申し出を? 時間は掛かるかもしれないけど、それこそもっと安全な方法が――」
「これ以上いい条件なんかないさ。今しかないと思ったから事を急いだ。つまりだな――」
カリナと言葉を交わすことで、一時的でも緊張が和らいだせいか、少しずつ口を開き始めた。
不当にこの国に集められた奴隷を解放するのは、奴隷解放団の悲願だった。
だが手段を選んでそれを達成させるには、一生涯を掛けても足りない程の時間と準備が必要になる。
例えば、この制度を廃止させるだけの発言力を持つ事。
封建社会が主流なこの大陸にとって、一般階級や下級貴族が国政に異を唱える事は許されず、相応の身分が必要になる。
例えば、この国で蔓延している奴隷達への差別意識。
奴隷がいる事に慣れた一般階級、安価に奴隷を使い労働力を得る事に慣れた貴族階級にそれを理解させる必要がある。
単に奴隷を解放すると言っても、数えだすとキリがない程に課題が山積みされているのだ。
そこに現われたのが、そこで余裕ぶって立っている公爵ことラクーン・アルガットだ。
彼は態度こそ横柄であったが、カリナやソウヒの事を――盗賊と呼んでいる割には――全く普通の人間の様に接しているのだ。
本人曰く、自らを「革新的」と言っていたが本当にそうなのか、単に世間知らずの単細胞なのかは定かではないが、彼に繋がりがあれば、今よりも遥かに早い段階で目的を達成できる。
「その為にお前を差し出すようなことになった。本当にすまん」
頭を下げるソウヒ。そんな姿を見せられては、カリナも許さざるを得ない。――まだ納得は出来なかったが。
「…分かりました。お兄さんを信じます。だから――」
「ああ、必ず勝つッ!」
そんな二人をラクーンはどす黒い笑みを浮かべて眺めていた。
「フンッ、気に入らんな」
二人の様子を面白くなさそうに見つめるラクーン。
それもそのはず。先の一騎討ちとは違い、こんな決闘は単なる余興でしかないのだ。
「決闘」ではあるが「殺し合い」ではない、相手が降参すればその時点で勝負は決する。
そんな闘いに何の意味があるのか。
「殿下は一体何を考えていらっしゃるのですか…?」
グスタフが疲れた表情でラクーンに問いかける。
「グスタフ……。お前が言っていた話だろう? 確かにあれはいい人材だ。是非とも我が国に迎え入れたい。こんな決闘など関係なくな」
そう、たとえ決闘で負けたとてもカリナを諦める気は毛頭ない。
そんな約束は念書にも記していないし、あれほどの逸材を見逃すほど無能ではない。
恐らく貴族たちはこの考えに反対するだろうが。
「はぁ……。 となればバラク卿辺りが反発するでしょうな。 身分や出自を重んじる方ですから」
「ハッ! だから我が国はいつまでもウルファニアの後塵を拝しているのだ。寧ろその様な戯言を言うような者にやる爵位などないわ!
身分? 出自? いい人材を取り入れるのに爵位が必要と言うならくれてやる!
奴隷制度の廃止にしてもそうだ。政に携わる立場として、国益が損なわれる約束など交わす価値すらなかったが、見返りに得られる物が相応なら話は別だ。
カリナの能力、そして彼女が率いる魔物達。どちらも他国では得難い掘り出し物だ。
それらを手に入れる事で国の防衛力が強化されるし、上手くすれば奴隷以上の労働力が供給されるかも知れない。
ならば、奴隷など必要ないではないか!
それ(・・)らをウルファニアに送る見返りに得られる金など、端金になるだろうよ!」
国防の要としても、奴隷の代わりの労働力としても、カリナと言う魔物は使えると公爵は判断したのである。
「ならば、なぜ直ぐに交渉の準備をされないので?」
「番犬を手懐けるには首輪を持つ奴が必要だろう? その為には主人に話をつけておかなくてはなぁ」
どす黒い笑みでソウヒを睨む。だが内心はそれだけではない。
魔物ではあるが、あのように可愛らしい少女を見逃すのは勿体ないと考えたのだ。
ましてや、あんなサル野郎の女にするなど許せるはずもない。
「勝てばよし、負けても…いや、負けることなどあり得んな!」
そう言って大剣を手にすると、同じく短槍を肩に担いだソウヒと対峙する――
仕事が忙しくて時間がががが




