一騎討ち その2
激おこカリナさんが全てをぶち壊しました。
「で、殿下ぁぁ――ッ!!」
二人の一騎討ちを見届けていたグスタフだったが、倒れ伏したラクーンに駆け寄る事によって一時中断となった。
白目をむくラクーンはグスタフが揺さぶっても全く反応がない。
「鼻の骨が折れてます。治癒魔法をかけないと窒息してしまうかもしれません」
カリナはグスタフを押し退けると、ラクーンの頭を膝の上に乗せる。
間近で見るラクーンの整った顔は、カリナの蹴りによって鼻が折れ曲がり、台無しになっていた。
(こ、こんなに、鼻が曲がっちゃって……)
こうなっては色男も形無しである。
カリナは治癒魔法を掛けながらこっそり吹き出して笑っていた。
必死に笑いを堪えて体が震えているその様子を見ていたグスタフは、何を勘違いしたのかカリナに感銘を覚えていた。
(この娘は戦いの最中だというのに敵にも献身的に……。本当に野盗の一味なのか?
いや、そもそも魔物であるという事も何かの間違いではないだろうか)
程なくしてラクーンが目を覚ます。
目を開いた視線の先には――笑いを堪えるあまりに――涙目になっているカリナの顔があった。
「あ、起きました? 気分はどうですか?」
「お前、可愛いな――」
「はい……?」
何を言ってるのか――とカリナが問おうとした瞬間、ラクーンの手がカリナの顔まで伸びる。
呆気にとられる間もなくその手によって顔を引き寄せられ、唇が触れあった。
「…………ッ!? ひゃあああぁぁぁああああ――――ッ!!」
「ごふっ!」
悲鳴を上げながら力の限りラクーンを投げ飛ばすと、カリナ自身も後方に飛び退く。
それと同時に殺意にも似た『威圧』をラクーンに向けて発動しながら叫んだ。
「な、なにをっ! 今何をしたぁああ!!」
ドガガガガガガガガガガガ――――ッ!!
怒声を上げると同時に、無数のファイアボールがラクーンに降り注ぐ。
「うおおおおっ! お前こそ何をする! この俺が口づけを、してやったというのに!」
「~~~~~ッ!! 許さない! 絶対にッ! 殺すッ! ころすぅゥゥッ!」
「う、うわぁぁぁぁぁ――!」
「に、逃げろ! 後方に退避ッ! 退避ぃぃぃっ! 」
逃げ回るのはラクーンだけではなかった。
放たれた大量の火球は、怒りで正確な狙いをつけることが出来ずに周囲の将兵達を撒きこんでいく。
「か、カリナ殿ッ! 落ち着いてください! 気を確かに!」
「いやぁぁあああ――ッ!! 離してこの変態っ!!」
パッカ――ンッ!
半ば狂乱状態に陥っているカリナの一撃が止めに入ったグスタフにクリティカルヒットする。
グスタフは悶絶する間もなくその場に崩れ落ちた――。
「ハァハァ―…」
「ゼェゼェ―…」
放たれた火球は千発以上。それによって先日の雨で泥地だった地面は抉られ、幾つものクレーターが姿を現していた。
周辺の地形はもはや完全に原型を留めておらず、その中心でカリナとラクーンが睨み合う。
「き、貴様ッ! 俺からの口づけを賜っておきながら、なんだこの仕打ちはッ!」
「う、五月蝿いッ! うるさぁぁいッ!! いきなり何てことするのよ、この変態男ッ!」
ラクーンの言葉に再びカリナの怒りに火が灯り始める。
「殿下! ここは危険で御座います! 急ぎこちらへッ!」
「な? お前たち何をするっ! 離せ! 離さんか―――ッ!」
その様子を見た将兵は、慌ててラクーンを森の方へ引き摺って行った。
「カリナ? 大丈夫か?」
「お、お兄さんッ!?」
いつの間にか外壁から降りてきたソウヒに声を掛けられる。
慌てて取り繕っているカリナだったが、既に何が起こったのかは察しがついている。
遠目で良く見えなかったが、カリナの取り乱し方があまりに異常だったのだ。
だが努めて気づかない振りする。
「貴様―――ッ! その女は俺のものだっ! 離れろ下郎め!」
「あ、あわわわ……。違う、違うんですお兄さんッ! あんなの全然ッ! 全ッ然好みじゃないから!」
遠くから響き渡るラクーンの叫び声にカリナは目を回しながら弁解しようする。
その姿を見てソウヒはその声に苦笑しながらカリナの頭の上に手を置いて言った。
「まぁなんだ。 お前に怪我が無いならそれでいいんだ。――それで、アンタらどうするんだ?」
ソウヒがその視線の先にいる――先の騒動ではちゃっかりと土魔法で壁を作って退避していた、コーレンスに問いかける。
「そうじゃなぁ……。 とりあえずこの指揮官が目を覚めるのを待ち、その後は引き返そうかの。 追撃はないんじゃろ?」
「ああ。正直、俺達にはもう戦う力は残ってないでね」
カリナが大暴れしたことで、最早戦どころではなくなっていた。
だが、図らずも敵将兵に圧倒的な力の差を見せつけるという目的は達成されたのであった。
「フハハッ 正直な奴め。 なら少々ジジイとの世間話に付き合ってくれんかのぅ?」
*****
「――カリナ殿はもしや、グーデリオ魔法学院に在籍していたのかぃ?」
コーレンスはグスタフに治癒魔法を掛けた後、カリナに話しかける。
気が付けば同じ一騎討ちの相手であった魔術師、ゾーラ男爵はいつの間にか姿を消していた。
「ボクを知ってるのですか?」
「あの学院はこの大陸一の名門、いつでも注目されておるからのぅ? するとやはり、あの魔導具を作ったのは――」
「魔導具? 卒業研究に出したあれの事?」
カリナの言葉を聞いた瞬間、コーレンスは興奮を隠しきれず身を乗り出してきた。
「そう、それじゃ! 光の精霊を集め過去を見る魔導具! あの研究が発表された後、大陸中の魔法機関は挙って研究を初めてなっ!」
「あ、あはは……」
その話を聞いてカリナは苦笑いで返す。
嘗てカリナが作ったという魔導具とは、先日の吸血鬼騒動で村人に過去の映像を見せた魔法とほぼ同一の効果を出すものだ。
その基礎研究を発表した時、学院中の教師や研究者が大騒ぎになったのを覚えている。
だが、カリナはそれ以降の研究をすることはなかった。
卒業したことで研究資金がなかったのも理由の一つだが、それとは別に――。
「もうその研究はしてません。悪用したらその…、覗きとかに使われるかもしれないので」
「何とまぁ、勿体ないことを……」
二人の遣り取りを聞いてたソウヒだったが、カリナの言葉を聞いたコーレンスが押し黙ってしまった事でようやく口を開く。
「グーデリオ魔法学院って…。カリナ、お前まさか……」
「な、なんですかお兄さん? 確かにボクは3年ほどそこで勉強してました」
「へ、へぇ…。どうりで出会った時から魔法を使えていたわけだな……」
ソウヒもとある理由で多少ながらも治癒魔法を覚え、そこから独学で勉強を続けている。だがカリナと理世に出会うまでは殆ど上達しなかったのは、治癒魔法自体が秘匿されているのもあったが、そもそも魔法の習得には深い知識と気の遠くなる時間をかけて修練する必要があるのだ。
例え火球の様な初期魔法でも、精霊なしで唱えられるようになるには5年、精霊召喚に更に10年は必要と言われている。
それにも拘らず、たった12歳の時点で攻撃魔法を唱えるカリナを見て不思議に思っていたが、あの名門学院の出身というのなら納得がいく。
だが、ソウヒの認識は甘かった。
この学院は「素人を勉強させる機関」ではない。「優秀な人材を研究員として迎える機関」である。
それは即ち、元々カリナには類稀な魔法の才能があったという事だ。
「それだけじゃないぞぃ! その名門学院の全課程、本来なら10年以上は掛かるところを3年で修了して、将来はエスワルグの宮廷魔術師となる内定も貰っておった!」
「なんだとっ! じゃあなんで行商人なんかやってたんだよっ!」
「ひぇっ!? だ、だってお父さんと一緒にいたかったし…」
「勿体ねぇ……」
心底残念そうな顔をするソウヒを見て、カリナは顔を膨らませる。
「い、いいじゃないですかっ! ボクに学院生活は大変だったし、あそこにいたらお兄さんに出会わなかったんだから!」
「まあそうか。ならこれで良かったんだな」
そう納得したことで、カリナも機嫌が戻――らない。
「おい、そこの獣人ッ! 貴様だ!」
ラクーンの声が聞こえてきた瞬間、カリナから怒りのオーラが立ち込めてきたのだった。
それに気づかずソウヒに睨みながら詰め寄っていく。
「コイツは俺の女にする。いいなっ? 分かったらさっさと去れッ!」
「……ははッ! 急に何なんだ王子殿下? 最近の王室貴族は盗賊の真似事をするようになったのかい?」
「盗賊だと? 貴様、誰に向かって――」
「――ちょっと、黙っててもらえますか…」
カリナの冷え切った声が聞こえてきた瞬間、ラクーンもソウヒも、そしてコーレンスも声を出すどころか身動き一つ取れなくなってしまう。
「王子殿下、ボクが何者か理解してますか? 『魔王』と交際する王室貴族なんて聞いたことありませんよ?」
当たり前の話だ。カリナが『魔王』となるまで復活しなかったのだから。
だがそれとは関係なく、人の天敵である筈の魔物と交流があるのは確かに問題ではあった。
しかしラクーンの神経の太さは留まる事を知らない。
「うははははっ! 心配するな! 俺の常に革新的な心をもっているからなッ! 強く美しい女であるなら種族など気にすることはないっ!」
「そんな事を言いたいんじゃないッ! ボクにはその……す、好きな人がいるんです! そこにいるお兄さんと恋人同士なんですッ!」
もうヤケクソと言わんばかりに捲し立てる。その言葉が通じたのかラクーンはしばらく沈黙した後――。
「貴様……。 その話は真実かっ!?」
「はあ、というか気づかなかったのですかい?」
心底呆れた顔をするソウヒ。それを挑発と受け取ったか、ラクーンはわなわなと体を震わせると剣に手をかけてソウヒに向かって叫ぶ。
「――良かろうっ! 本来なら女を差し出すように命じるところだが、ここは一つ――」
「その前にさ、アンタはさっきからコイツを女、女って言ってるが、それで所有権を主張するつもりなのかい?」
「……お兄さん?」
ソウヒの言葉使いが微妙に変化する事にカリナは気づいた。
ガエンが率いる奴隷解放団は、盗賊と呼ばれている事には慣れていても、実際に罪のない人から物を奪う事はない。
だが今、目の前の貴族はカリナを物の様に扱い、そして奪おうとするのだ。
どちらが盗賊なのだと問い詰めたくなるのも――それが自分の恋人であるなら猶更――道理である。
「言っておくが、俺はカリナを巡っての決闘なんかしないぜ? 俺が勝ってなんのメリットがある?」
邪悪に笑うソウヒ。それを見たカリナは嫌な予感がしてきていた。
「なんだと……。ならば望む物を言ってみろ! 可能な限り用意してやるっ!」
「へぇ、そうかい? なら……」
「ま、まって……お兄さん?」
カリナがソウヒを止めようと声を掛ける。
同時にソウヒは元々これを狙っていたのだと理解した。自分をダシに使われたのは気に入らないし、それはソウヒだって同じ気持ちであろうことも。
それでもソウヒは言うだろう。何せソウヒだけでなく奴隷解放団全員の悲願であるのだから――。
「俺が望むのは、この国における奴隷制度の恒久的廃止だ。俺はその為に活動しているのだからな」
仕事で4月一杯は休止予定……。




