一騎討ち その1
カリナは砦から飛び降りながら、もう一度『威圧』を込めて兵士達に言い放つ。
「人間共め! 貴様らの命運はこの一戦にある! 3匹纏めて相手をしてやるから掛かってきなさいっ!」
「ウハハッ、愚かな小娘め! そこまで言うからには覚悟はできてるのだろうなァ!」
元々横柄な態度でカリナを見ていたラクーンは、兵士達に放った『威圧』を多少なりとも受けているにも関わらずそれを崩すことはない。
鈍感すぎるのか、鍛錬によるものなのかは分からないが、能力の影響で一騎討ちを放棄されたりする事はなさそうだった。
だが兵士達は違う。唯でさえ戦で死ぬ恐怖と戦っていたのに、カリナの能力によって術中に嵌った事でそんなことを考える余裕すらなかった。
最早、固唾を飲んで行く末を見守るのみである。
「何なんだ、あの子供の威圧感…」
「子供なのに……。こんなびびるなんて……」
公爵ことラクーンは、そんな言葉を漏らす兵士達を苛立ち気に一瞥すると、カリナの方へ振り返った。
「ほう……、見た目は中々じゃないか。
どうだ、今降参して俺の女になら許してやるぞ?」
「間に合ってるし、余計なお世話です!」
カリナはウンザリした表情を隠すことなく言い放つ。
この手の連中はいつもそうだった。大して知り合ってないのに、金や権力に物を言わせて言い寄ってくる。
そして決まって卑下た目を向けてくるのだ。
「フンッ! 生意気な奴め。そんなに痛い目に遭いたいか!
なら望み通りにしてやる。爺、ゾーラ、準備はいいか!」
「お任せください」
「承知……」
カリナは魔力剣を手に構える。
敵は3人。ラクーンは大剣持ちの剣士、後方の二人は風貌から魔術師だろう。
迂闊に突っ込めば巨大な剣の餌食となる。あの重攻撃をまともに受ければ、剣は折れずとも腕の方が持たないかも知れない。
だからと言って牽制しながら戦っていれば、後衛に控える魔術師達による魔法の的になる。
素早く動きつづけて、近距離と遠距離の攻撃の狙いを絞らせないようにするしかない。
(さあ、どうしようかな……)
カリナは『高速思考』を発動させ、今一度状況を整理する。
この一騎討ちに勝つ事は目的ではなく手段である。本当の目的は敵の将兵を恐れさせ、撤退に追い込む事だ。
その半分は既に『威圧』を使った事で達成したようなものだったが、それだけではまだ足りない。
実際に兵士達にカリナが持つ圧倒的な力を実際に見せつけないと、月日が経てばまた攻めてくるに違いない。
もちろん手段を選ばなければ、それこそ一瞬で達成できる。
敵陣ど真ん中にフレアレーザーの一発でも打ち込めば、敵は即撤退するだろう。多数の死傷者を抱えて――
それは如何にも魔王らしい手段ではあったのだが――
(そんなことしたくないし、絶対にしない。少なくとも今は……)
こんな体になってしまい、今も自らを魔族と言いきっていたが、それでも人の心は持ち続けている。
敵の身を案じてしまうのはおかしな話だが、できるなら虐殺するような事態は避けたい
ハーフエルフという低い身分だが、出来ればこの先も、それなりに穏便に暮らしたいのだ。
殺伐とした心で生き、弱い者を虐めるような生き方はしたくはない。
ではどうするか、それも簡単な話。
(今、この人達をボッコボコにすればいいっ!)
「初手は譲ってやる。さっさとかかってこい!」
「そうですか、じゃあ遠慮なく」
既に大剣を構えていたラクーンが吠える。
それに応えるように魔力剣を握りなおすと、体勢を低くしてラクーンに真っ直ぐ間合いを詰める。
「ハッ!! 馬鹿正直に向かって来やが……ッ!?」
ラクーンは一直線に向かってくるカリナを迎え撃つように構え、そしてあまりの速さに間合いを掴むことが出来ず言葉を失ってしまう。
見下ろす程に小さなその体は、目にも留まらぬ速さで詰め寄ってきた。そしてそこは既に大剣を振れる距離ではない。
ガスッ!!
「グ――……ッゲえォゥゥゥ―――ッ!?」
「で、殿下ッ!」
カリナの拳がラクーンの鳩尾に食い込み、その端正な顔が醜く歪んでいく。
カリナの細腕から繰り出されるその強烈な一撃を受ければ、鎧を着込んでいるにも関わらず誰でも悶絶する。その腕力は戦鬼であるロトスに匹敵するほどだ。
だがこれでも十分な威力を発揮していない。身長差によって跳躍しながらの攻撃は、どうしても体重が載らず威力を半減させしまうのだった。
「鎧の上から殴っておいてこの威力かぁ! 出鱈目な奴めぇ!」
苦痛に耐えながらラクーンがカリナを睨む。
いつの間にか、手にもっていた淡く光る剣は無くなっており、その代わりに拳がぼうっと似たように光っていた。
「これで脚は止まったはずです! 満足に剣を振ることも――」
「――水の精霊よッ!」
「――……」
安心したのも束の間。ラクーンの後方から詠唱の声が聞こえてくる。
反射的に振り返ると、魔術師たちの背後には其々が呼び出したと思しき精霊が顕現していた。
「――広がるその身を今ここに集わせ敵を貫け! 水槍!」
「――トランスファーペイン」
二人が放つ魔法がこちらに向かってくる。
一つは水の中級魔法。一瞬前までカリナが立っていたその場所を射抜くように駆け抜けた。
そしてもう一つの魔法は、緑色の毒々しい黒霧となってラクーンの体を通過すると霧散する。そして――
「ぐあああぁぁァァアアアぁぁぁ――ッ!?」
「え? えぇ!?」
その先で待機していた兵士の一人が、突然悲鳴と共にゴロゴロと転がり始める。
「何が起こって――……ぅあッ!?」
カリナの腹部にラクーンの蹴りが深々と突き刺さる。
その体重差とラクーンの脚力、そしてまともに受けた事でカリナの体が宙に浮き、数メートル程後方に蹴り飛ばされた。
「お返しだコラァッ!!」
「び、びっくりした!」
「チッ! 手ごたえはあったはずなのにダメージ無しか!」
『魔王化』を解いているならともかく、近頃は常に発動した状態である。筋力も戦鬼並みなら頑丈さもそれと同じ。生半可な蹴りなど問題にならない。
呻くラクーンを無視して先程の兵士を見ると、その兵士は涎を垂らしながら腹を抱えてピクピクと蹲っていた。
「な、なにあれ……?」
あの兵士の様子もおかしいが、つい先程まで苦痛に顔をゆがめていたラクーンの方もダメージがない。
まるで兵士が身代わりになったかのように……。
こんな魔法は初めて見た。
(さっきの霧が痛みをあの人に転移した? そんな魔法聞いたことがない……)
もしそうなら厄介な魔法だ。あの霧を受ければ、悶絶していたのは自分だったかもしれない。
ふと、全力で自分を殴ったらどうなるんだろう、という考えがよぎる。だが恐ろしくて試したいとは思わなかった。
それに見とれていると、死角から新たに詠唱が聞こえてくる。
「――天より氷の礫を降らせ! アイスアロー! ――広がるその身を今ここに集わせ敵を貫け! 水槍!」
老魔術師によって未だに顕現続けている水の精霊。そして多重詠唱。どちらも並みの魔術師ではない芸当だ。
頭上からは氷の矢、そして目の前からは水の槍が襲いかかる。
(これは……避けれないっ!)
半ば本能的に感じとる。
頭上の氷が退路を断ち、強力な水の槍がカリナを仕留めようとしていた。
「――フレイムウォールッ! ――スタンボルトッ!!」
右手から放つ火の中級魔法――炎の帯で氷の矢を掻き消す。それと同時に左手に帯びた電流が水の槍に絡みついたその瞬間――
バチッ!
電撃が水槍を伝って水の精霊に直撃する。その電撃によるダメージは術者であるコーレンスへ逆流することになった。
「――ぐあぁッ!! い、今の攻撃はまさか『雷撃魔法』ッ!?」
軽い電気ショックを受けながらも、コーレンスは驚き同時に笑みを浮かべていた。
『雷撃魔法』とは風と土を両属性を同時に操ることで発動する魔法である。だが2種類以上の精霊魔法を同時に扱える人はほんの一握りなのだ。
精霊召喚なしで、2種類の魔法を放つことは可能かのうだが、ここまでの電撃が流れる事はない。
カリナの魔法の手際に、同じ魔術師として心が躍るのを止めることは出来なかった。
ともあれこれでカリナは両手が使えない状態だ。その隙を見逃すことなくラクーンが剣を振りかぶる。
そしてカリナの右肩めがけて一気に振りぬいた。
「はぁああああ――――ッ!!」
「ぅわぁぁあっ!」
剣の軌道から逃げるように腰を落として同時に腕をたたみ身を縮こませる。今度は足が使えなくなった。そこに体を回転させたラクーンの2撃目――。
ガン――ッ!!
「ぐぅっ……!」
地面を抉りながら掬い上げるような下段攻撃を、魔力剣を両手持ちで真正面から受け止める。やはり体重さによって衝撃に耐えきれず体が宙に浮いた。
「まだまだ――ッ!!」
更に体を回転させて3撃目。今度は1撃目と同じく振り下ろすような上段攻撃。
まるで竜巻の様な剣戟で迫りくるが、体を回転させてしまったのはラクーンのミスだった。
宙に浮いていたのはほんの一瞬。既にカリナの両手両足は自由に動かせる。
振り下ろされる剣の軌道を高速思考を駆使しながら下がることなく対峙して、そして――
ズババババババババッ
「グ……、ぐあああああぁぁあぁ―――ッ!?」
思いがけない激痛が両腕に走り、ラクーンは大剣を落とした。
そこには幾つもの切傷がつけられている。
その血塗れの腕を見て初めてカリナに恐怖心を抱いてしまう。一体何をされたのか見えなかったのだ。
「き、貴様何をした! いや、それ以前に俺に傷を負わせる意味を理解しているのか!」
「……言ってる意味が解りません」
「俺はこの国の王子だ! 俺の命令があればこんな砦など全軍をもって潰すことだって可能なんだぞ!」
今更何を場違いな事を言っているのだろうとカリナは呆れた顔をする。
戦場に立てば――いや例え盗賊と戦う時であっても敵と味方に身分の差などない。あるのは殺すか殺されるかのみ。
この男の技量は確かに高いが、冒険者のランクとしては精々DランクからCランク程度のもの。少なくとも日々鍛錬を続けるソウヒの足元にも及ばない。
「そんな中途半端な気持ちで一騎討ちに臨んだのですか? 馬鹿にしないで下さい」
「何だと……小娘の分際で!」
カリナの表情から完全に見下されていると察したラクーンは、怒りで腕の痛みを忘れて剣を拾うと、一直線にカリナに向かって突進する。
その動きは明らかに遅く、そして隙だらけだ。
「もう……いい加減にしてください!」
バキッ!
カリナが繰り出した蹴りが男の顔面にめり込むと共に鈍い音が響く。
ラクーンは鼻血を出して気を失うと、足を数歩前に進めてそのまま地面に沈んでいった。




