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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
58/72

口上

 ソウヒが率いる解放団――主に子鬼族(ゴブリン)は、全員武装した状態で砦の上から討伐軍を待ち構えていた。

 夜が明け、陽が昇ってくる。

 前方に広がる森はまだ薄暗く、ソウヒの目ではよく見えないが、魔物達の目に討伐軍の姿がハッキリと見えた。

 

「やってきたぜ大将! ドキドキタイムの始まりだ!」

「そんな時間こねぇよロトス! …って、おいリーシェ! お前も得物に頬ずりするのを止めろ!」

「ウフフ……」

 

 戦鬼(オーガ)達――特に戦闘狂のロトスと、昨日は大して戦っていないリーシェのヤル気は凄まじい。

 いつもなら主であるカリナが注意する場面である。

 戦鬼(オーガ)達はカリナに怒られる――構ってもらえるのが嬉しくて、度々やらかしているのだ。

 正直、ソウヒでは手に余るところだった。

 だが今回はそんなやり取りにはならなかった。

 表情こそ普段通りであるカリナだが、前方の森を一点に見つめて動かず、先程から一言も発せられない。

 

「カリナ……カリナッ!」

「ヒャッ!? は、はいッ!?」

 

 一騎討ちとはいえ、今回の大将はカリナが務める事もあり、体が硬直状態になっていた。

 それは兵士達から醸し出される独特の空気の様なもので、自らの足で死地に赴く覚悟や緊張が周辺の空気を凍りつかせているのだ。

 その発生源は勿論、前方の敵兵士達。

 カリナはその空気に飲まれそうになっているのだった。

 

 戦鬼(オーガ)達はそのような空気を出すことがない。死ぬことに対しての意識が極端に薄いせいだ。

 普段は脆弱な子鬼族(ゴブリン)も、カリナ(あるじ)の前では死を恐れるどころか勇敢、いや凶暴になる。

 そんな眷属達にカリナの心中を察するのは難しい。

 

「緊張するなとは言わない。だが心を強く持たないと飲まれるぞ」

「う、うん……大丈夫」

 

 今にも消えそうな声で返事をしながら、眼下で陣形を展開する大軍を眺めていた。

 

 

*****

 

 

 森を抜けたグスタフは、奇襲に気を配りつつ部隊を展開させる。

 とは言え、敵は完全に籠城を決め込んでいるようで、矢の一本、魔法の一発も飛んではこなかった。

 迅速に包囲陣を構築する一方、グスタフは正面の砦をみて一人驚いていた。

 

「もう門を修復したというのか。何という早さだ」

 

 昨日の戦いで奇襲をかけた際、あの重く頑強な門は確かに破壊した筈だった。

 流石の門扉もフレアレーザーの直撃によってあっけなく吹き飛ばされ、砦はまさに丸裸となったはず。

 復旧にはどんなに短く見積もっても数日は掛かるだろう。そう思っていたのだが……。

 この短期間で修復したと言うのなら、やはり敵の能力(ちから)は侮れない。

 グスタフはこれまでの戦いを通じて、ソウヒ達を単なる盗賊と見下すことはなくなっていた。

 

「うかつに近づくな! 周囲を警戒しながら指示を待て!」

 

 そういうと、一人で門前まで馬を走らせる。

 

「なあ、グスタフ様って確か男爵(きぞく)だよな? まさか盗賊相手に名乗る気だろうか」

「だよなぁ……。 あり得ないよな普通……。」

 

 戦闘前に名乗る行動は、即ち一騎討ちの申し出であるが、これを盗賊相手にとるのは非常識と言っても過言ではなかった。

 戦となれば、怪我をするリスクを背負うのは常に兵士達で、逆に指揮官である貴族が傷つく場合はあまりなかった。

 勿論、奇襲等によって兵士共々討死する事もあるが――。

 だが、一騎討ちになれば兵士の出る幕はなく、全ての貴族がリスクを背負う事になる。

 幾ら一騎討ちが貴族として名誉であったとしても、そんな行動を盗賊相手にとる筈がないのだ。

 兵士達もその異様な光景に少なからず違和感を覚えていた。

 そんな疑問を掻き消す様に、グスタフは砦に向かって叫ぶ。

 

「聞けぇ――ぃッ!! 我らが領地で狼藉を働く下劣な盗賊共よ! 我はアルガット王国、王都直属第三軍団、司令官グスタフ・ゾディアスである!

 善良な民を襲い、彼らの生活を脅かし苦しめるその行い、必ずや我らが裁きの鉄槌を下すッ! 貴様らの命運、最早これまでと覚悟せよ!」

 

 

*****

 

 

「あの男、口上述べやがったぜ……!」

 

 砦の前に立ち声を張り上げるグスタフを見ながら、ソウヒは驚いて目を見開いていた。

 

「え? ああいうのって、普通じゃないんですか?」

「国同士の戦ならな。けど俺達はあいつらにとって虫けら同然なんだぞ? 虫に名乗りなんて上げるか?」

 

 確かに虫を人間扱いする事なんてありえない。

 だが特別な事情が敵指揮官(グスタフ)にはあったのだろうとソウヒは言った。それはカリナの存在である。

 自身と部下達を無事に帰すには、自らの矜持など捨て去るしかなかったのだ。

 そんな事になっているのを知らないカリナだが、ソウヒの説明を聞いて合点がついた。

 そして今更ながらに慌て始める。

 

「ど、どうしたらいいんですか?」

「俺も知らねぇよ。けど多分、一言返せばいいんじゃないか? よろしく頼むぜ大将!」

「ええぇ……」


 にやりと笑うソウヒの顔が凶悪になっていた。

 

「主様、こういうのはハッタリかませばいいんですよ!」

「そうですよ主様! 一言ぶっ殺すぞって言えばいいんですよ!」

 

 ――そうなの? そんなのでいいの?

 そんな顔でデクスとコンスティを見るが、そのキラキラした目は絶対に適当に言ってると察してしまう。

 

「じゃ、じゃあ即興だけど、ちょっといってきます……」

「お? 大勢の前で口上述べるのは意外と勇気がいるんだが、随分と簡単に出るんだな。慣れてるのか?」

「これでも商人だったので」


 肩を落としながらそう言うと、トボトボの門上に立つ。

 一体商人の何が口上の役に立つんだ、と考えながらソウヒはそれを見送っていた。

 そして―――

 

 その背中は小さくて弱々しく見えたが、いざ門上に立った瞬間、カリナの様子が一変する。

 翼を大きく広げると、眼前の兵士達に向けて叫んだ。

 

「愚かなる人間共! ここは我ら魔族が治める地であり、断じて貴様達のものではないわッ!

 断りもなくこの地に踏み入れる者は生きて帰れぬと知れッ!!」

 

(マジか……すげぇ……)


 これは何とも勇ましい。

 即興とは言っていたが、人前に立つその度胸や口上が堂に入っている。

 なるほど、商人と言ったのはこういう事かとソウヒは素直に感心した。

 つい先程まで緊張で卒倒しそうだったのに、それを今はおくびにも出さず、強かで自信に満ちたその表情は正に商人の顔である。

 

 だが、その勇ましい台詞が逆に違和感を覚える。

 内容が内容なだけに、少女であるカリナが叫んでも、ごっこ遊びの様に見えてしまうのだ。

 恐らく敵兵士達はそのギャップから笑い出すだろう。または戦場は遊び場ではないと怒り出すかもしれない。

 それは仕方ない事なのだが……。

 

 そう思いながら前方に目を移すが、カリナが叫んだ瞬間から明らかに様子がおかしくなっていた。

 まだ展開中の陣形が動きを止め微動だにせず、皆カリナに注目しているのだ。

 そしてここから見ても分かる。その恐怖に満ちた表情――

 

「俺は正直、絶対に笑われると思ったんだが――」

「何言ってんだ大将っ! 主様の勇ましい御言葉、アタシはシビれたわ―!」

「ああ、なんというか力が湧いてくる感じがするぜ」

「いや、カリナの姿形(なり)と台詞のギャップが激し過ぎてだな――」


 ソウヒは首を傾げるが、逆にリーシェとロトスはカリナを見ながらうっとりしている。

 その後ろに立つデクス、コンスティもカリナの声に聴き惚れて呆けた顔をしていた。

 

「カリナ、もしかして――」

「はい、お兄さんが言う通り、こんな姿形(なり)では何を言っても笑い話にしかなりません。だから先に『威圧』を使いました」

「な、なるほどな……」

(こりゃぁ、俺では考えもつかない芸当(アイデア)だな)

≪君は不器用だからねぇ。まあそこが君に所でもあるけどさ≫

 

 カリナの機転にも理世(あいぼう)の追撃にも言葉が出ない。

 

「貴様、何者だ小娘ッ! ここは女子供が出る幕ではないわ! 今すぐ貴様らの大将を出せ!」

「我は魔族の主、魔王カリナである! 傲岸不遜な人間め、死にたくなければ直ぐに立ち去れ!」

「ハッ! 貴様のような小娘が魔王とは笑止! その言葉に偽りがないのであれば、我らの将と一騎討ちせよ! 我らが将を討ち倒す力があるならば、それに免じてこの場を引こう! だがその力無しとあらば大人しく縄につけぃ――ッ」

 

 ここまではグスタフと事前に申し合わせていた通りの運び通りの流れだが、問題はこの後、実際に一騎討ちとなった時だ。

 それ自体は本当に死合いになるし、負ければ自分は勿論、ソウヒも眷属達の身もどうなるか分からなくなる。

 

「良かろう! 我が眷属に討ち勝つ猛者が人間にいるならば、この地はお前達のものと認めよう! 

 だが、弱者にこの地を渡す気はない! 我らが勝てば――」

「ウハッ! ウハハ――ッ! ウハハハハハ――ッ! 小娘とは聞いていたが本当に小娘とはなっ! 多少、魔法に心得があるらしいが、果たして俺に通用するか確かめてやろう!」


 二人の問答を遮って、高らかな笑い声が聞こえてくる。

 それと同時に、群衆(てき)の中から青年が一人、此方に向かってやってくるのが見えた。

 その青年の見た目は一言で言えば、美男子――いや美丈夫と言うところか。

 一瞬、エルフかと見間違えそうなほどに金髪で端正な顔立ち。

 だが優男とは程遠く、がっちりとした体躯で、着込んだ重厚な白銀の甲冑がそれを引き立てていた。

 そして誰もが目に留まる程に満ちたその存在感は、ただの貴族には見えなかった。

 

 それに続いて魔術師風の白髪の老人と、浮浪者の様なボロボロのローブを着込む男女不明の人物。

 老人の方は如何にも魔術師といった服装で、これまた高そうな魔法杖(ロッド)を持つ様は上位魔術師と思わせる。

 それとは正反対なのが浮浪者風の人物だ。

 薄汚れたローブにマント、そしてくたびれたトンガリ帽子から、この人物も魔術師と予測はつくが、どんな魔法を使うかは見当もつかない。

 不明な装いを見て警戒するカリナだったが、次の瞬間、グスタフがそれらを吹き飛ばす一言を発する。

 

「我が軍きっての勇将、ラクーン・アルガット公爵! 同じくコーレンス・ガラハ伯爵!、そして同盟国ウルファニアからの客将、ゾーラ・ダスタール男爵! 必ずや彼らが貴様らに裁きの鉄槌を下すであろう!」

(……え? 今、公爵って言わなかったっ!?)

 

 見れば鎧に刻まれている紋章は確かにアルガット王室貴族(ロイヤル)のそれだった。

 だが、そんなはずはない。

 辺境の治安はその地方の領主が守るのが当然で、わざわざ国軍がやってくる筈などないのだ。

 

(そうじゃない…。この地方はイシュミルさんが治めている。だけど今いるのは国軍――?)

 

 何かがおかしい、と感じていた。

 グスタフの方を見ると彼の表情は明るくない。寧ろ苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

 恐らくグスタフ本人も、ここに王室貴族(ロイヤル)がいる事は本意ではないのだろう。

 

「さあ、魔王とやら! 俺と勝負する何処だッ!」

 

 ラクーンがカリナに叫ぶ。

 カリナも動揺する心を押し隠して平静を装いながら答えた。

 

「ア、アハハハッ! 我には戦鬼(オーガ)を始め、血に飢えた眷属を無数に従えている! だが人間とはいえ王室貴族(ロイヤル)が相手とあれば、我自身が出るのが礼儀と言うものッ!」

「うははっ! 小娘如きが俺と勝負か! 面白い、その化けの皮ひん剥いてやるわ――ッ!」

 

 広げている翼に魔力を通して膜を紡ぎながら、一瞬だけ振り返ってソウヒに声を掛ける。

 

「それじゃ行ってきます」

「ああ、気を付けてな……」

「うん……? どうかしました?」


 ソウヒはカリナを見送る。だが心の内は穏やかとは言えなかった。

 本来なら自分がカリナを護るべきだし、そう誓った筈だった。

 それがカリナが能力(ちから)を使いこなすようになり、最近では全く逆の立場となる。

 不甲斐ない自分を嘆かずはいられない。

 

「いや、何でもないよ。それよりも、絶対に怪我するんじゃないぞ!」

「はいっ!」

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