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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
55/72

戦いの後

 カリナが目覚めた時、そこは自室――と言っても大して使っていないが――のベッドの中だった。

 それだけでカリナはよかった、と安堵する。

 少なくとも、起きたら牢屋でした、と言うような状況ではないらしい。

 寧ろ、部屋で寝ていられるだけの余裕がソウヒ達にあったという事なのだろう。

 

 窓から外を見ると、空を覆っていた雨雲はすっかり晴れて、月明かりに照らされている。

 たとえ十分ではなくとも、休息した事で僅かだが魔力も回復していた。

 だが、体中の関節が痛みと共にギシギシと悲鳴を上げて辛い。冷えた体のまま寝てしまったせいか少し熱っぽかった。

 その気怠さでもう少しベッドに収まっていたい誘惑に負けそうになる。

 だがまずは状況を確認しなくては――そう考えて部屋を出た。

 

 廊下に出るとドアの前に子鬼族(ゴブリン)が2匹立っている。その先の戦闘に参加していたのか、両方とも目が虚ろになっていた。

 そんな状態だが、カリナが部屋から出てくるなり、飛び上がるように姿勢を正す。

 

「疲れてるのにゴメンね。お兄さんはどこ?」

「ギャギャギュー!」

 

 ……ゴメン、子鬼族(ゴブリン)語はさっぱりなんだ。

 困った顔をしていると、それを察した子鬼族(ゴブリン)達はカリナの手を引いて歩き出す。

 思ったよりもツルツルしてるその手に引かれ連れられて行った先、外門で4体の戦鬼(オーガ)達と共に砦の修復を急ぐソウヒがいた。

 

「主様? もう大丈夫なのですかっ?」

 

 カリナの姿に気が付いたリーシェが声を掛ける。するとその場にいる魔物全員が一斉にカリナの方に振り返った。

 魔物達が作業を止めてカリナの前で跪こうとするのを慌てて止める。

 

「カリナ――もう、大丈夫か?」

 

  ポッ!

 

 ソウヒの声を聞いた瞬間、顔から火が出るような勢いで赤くなるのを感じる。

 

「お、おおおおおおにいさんっ! お………おつかれさまっ!」

 

 瞬時に頭がパニックに陥った。

 ソウヒの声を聞けば、ソウヒと初めての魔力譲渡(キス)をした記憶と同時に、自らが仕出かした行為を思い出す。

 あの時の自分はどうかしていた。まるで魔獣の様な顔をしていたであろう自分を見て、ソウヒはどう思っただろうか。

 勝手に足が動き出してしまいそうだった。

 

(恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる――ッ!!)

 

 ソウヒはカリナの反応に苦笑いしながらも、長い髪をぐしゃぐしゃに撫でる。

 

「お前が眠ってからの状況を説明しよう。砦内の敵は全部排除したか捕縛した。生き残ってた敵は全員奴隷だったが、例の死霊魔術師を倒したせいか主不在状態だったのでそのまま戦力に組み込む」

「敵だったのに味方にするんですか? 危険では――?」

「まあ大丈夫だ。連中みたいなのを戦奴隷と言って本人の意思に関係なく戦わされる、いわゆる捨て駒なんだからな。チャンスがあれば逃亡でも寝返りでも何でもする」

 

 また奴隷――。

 

 この国の人達は何にでも奴隷を使う。

 労働力は勿論、娯楽としての剣闘士から最悪なのが正体不明の薬品の被験者。そして今度は戦奴隷ときたか。

 その殆どは重罪人であるのは知っている。そうでない人も大勢いた。

 いわゆる亜人(デミヒューマン)と呼ばれる、人よりも動物に近い姿をした種族。

 反対に人よりも綺麗な容姿で、弱い権利しか持たないカリナに様なハーフエルフ。

 奴隷となった者達はどのような過去を生きてきたのかは、其々違っているだろうが、奴隷にした者達の目的はただ一つ。金儲けである。

 

「砦の外にいた連中はすぐに撤退した。その戦奴隷諸共、この砦を陥とすつもりだったんだろが、お前のおかげで失敗したと判断したんだろうな」

「そんな……エ、エヘ~~」

 

 顔が緩んでいく。

 

「そんな訳で外に敵はいない。だが次はいつ来るか分からん。急いで門を直してる最中ってわけだ」

「そうだったんですか。じゃあガエンさんは?」

「親父殿達は子供達を逃がすために隠し通路から脱出してたんだが――。もう使いを出して呼び戻してるが恐らく2、3日は掛るだろう」

 

 そして次に戦闘による被害の話。子鬼族(ゴブリン)が100匹程がやられていた。その殆どが外壁防衛に当たっていたロトスが率いる子鬼族(ゴブリン)達。

 彼らは討伐軍から奇襲を受けた直後から、圧倒的に不利な状況の中をロトスと共に敵の侵入を阻止していたのだった。

 その報告を聞いてカリナの顔がみるみる青褪めていく。

 覚悟はしていたが、自分達の都合で『魔王』と言う存在を利用して魔物達を戦場に駆り出しているのだ。

 言葉が通じる者はまだ少ないが、みんな自分を純粋に慕っていると感じられるだけに胸が痛む。

 

「……死んだ子達は出来るだけ弔ってもらえますか」

「ギ?」

 

 カリナの言った言葉の意味が分からず、子鬼族(ゴブリン)達は首を傾げている。彼らには仲間の死を悲しむ事自体が理解できなかった。

 人間の子供と同程度の力しか持たない子鬼族(ゴブリン)が自然の中を生きるという事はそういう事だ。

 

 それにしても、奇襲があったとはいえ総勢およそ1000の戦力のうち1割もやられてしまった。

 戦術的には大損害と言ってもいいだろう。

 対する討伐軍に与えた損害はおよそ500人。殆どが戦奴隷達で、それ以外は外壁に上がってきた正規兵達だ。

 子鬼族(ゴブリン)100匹を犠牲にして500人の被害を与えたと考えれば十分な戦果と言えるだろうが、カリナとしては素直に喜べない。

 

「――んんっ?」


 何か違和感を覚える。4500人と言う大規模な行軍であっさり撤退するものなのだろうか。

 そもそも、砦に魔物達がいるという情報が知られていなければ戦力の過剰投入にも程がある。

 それを実行するだけの費用も莫大なものになるだろうし、一度作戦が失敗したからと言って王都に逃げ帰るとは思えない。

 

「お兄さん、すこしこの辺りを見てきます」

「今からか? もう夜だし危険じゃないのか?」

「大丈夫です。空から見回るだけだし、夜の方が目立たないし、それに――」

 

 なんだか嫌な予感がするとソウヒに告げた。

 ソウヒとしてはカリナが危険な目に遭うのではないかと心配ではあるが、カリナがもつ能力と状況を考えれば認めざるを得ない。

 

「分かった。だけど戦闘は控えてくれ。無事に帰ってくる事が条件だ」

「はい、分かりました」

 

 カリナはソウヒに返事をすると、翼を広げて夜空に向かって飛び立った。



******

 

 

「やはり、あの砦には何かがある」

 

 魔獣に警戒しながら森の中で野営する討伐軍の指揮官は、前回と同様に天幕に入って今日の戦を振り返っていた。

 前回は砦の強固な門と賊共の抵抗、更に工作によって作戦は失敗。人的被害は少なかったものの、盗賊に敗走した事実は国軍として屈辱だ。

 思い出すだけでも気が狂いそうだった。

 だが冷静に考えてみれば、不可解な展開であった。

 緒戦こそ劣勢だったが、それを覆す保険――戦略魔導師を用意していた。

 実際、砦に向かって放つ戦略魔法を見た瞬間、勝利を確信していたのは否定できない。

 だが驚くべきことに、盗賊の中にも戦略魔導師がいて、さらに一度発動すれば防御不可能と言われるあのフレアレーザーを防いで見せたのだ。

 魔法に知識がある者なら、それが如何に非常識な話であるか。この司令官は魔術師ではなかったが、経験からその無茶苦茶な事実を目にしても未だに信じられなかった。

 

 そして今回、その非常識な事態が再び起こる。

 投入した戦力は4500。その内の1割は戦奴隷に割り当てていた。

 理由は正規兵の損耗を防ぐためだけではない。

 前回と同じく戦略魔導師を用意し、盗賊達に戦略魔法を防ぐ程に優れた魔術師が存在するかを確かめるためでもあった。

 勿論、そんなものいなければ、戦奴隷諸共砦を吹き飛ばすつもりでもある。

 

 今回用意したのはそれこそ、この国で最高の戦略魔導師。使用した戦略魔法はフレアレーザー以上に凶悪で破壊力の高い流星の尾(メテオフォール)

 これを防ぐ手立てなど絶対にない(・・・・・)。何せ天から大岩が降ってくるのだから。

 

 その為、その大岩を謎の魔法で迎撃する様を見た時は、思わず自分の正気を疑ってしまったのだった。

 同時に知ることになる。敵には恐るべき魔術師がいる。それも国家に脅威になる程に。

 

「ただの盗賊共と思っていたが、砦に棲む魔物といい、一体あそこには何がいるというのだ……」

 

 司令官はまだ砦に『魔王』がいる事を知らない。想像すらしていなかった。

 尤も、そんなお伽噺の様な存在を想像する方が、頭がどうかしてるともいうが――

 

 ともあれ、砦門は破壊した。

 あとは砦に押し込めば、如何に魔物がいたとしても制圧出来るだろう。

 そう、司令官は考えていたのだった。

 

 

*****

 

 

「やっぱり、いたっ!」

 

 大して大きない森、空から見下ろせば、木々に紛れて野営をしていても丸見えだった。

 敵は撤退したのではない。次の攻撃に備えて下がっただけなのだ。

 恐らく復旧作業が完了する直前に襲ってくるのは想像に難くない。

 今朝の戦闘と復旧作業によって皆疲れている処を襲われれば、さすがのソウヒも持たないだろう。

 

「何とかしないといけない……」

 

 だが、ソウヒからは戦闘は禁じられている。

 それなら、この情報をソウヒに持ち帰れば良いのだが――

 

「……彼我の戦力差が大きすぎる。今から準備をして戦っても勝てるとは思えない」

 

 それならば奇襲――と言う考えがよぎる。

 継戦能力さえ奪ってしまえば、敵の数が多い分だけ損害が大きい。

 それはソウヒとの約束を破る事になるが……。

 

「んん――?」

 

 夜空に紛れて野営地の中心を飛んでいると、一際目立つ天幕。

 天幕事態に特徴がある訳ではない。入り口に兵士が立ち、何より立てられている厳めしい旗が目立っているのだった。

 

「あれは多分、討伐軍の偉い人の天幕か何か……かな?」

 

 独り言だが、それがカリナに一つの閃きとなって頭の中を駆け巡る。

 あの天幕には恐らく、討伐軍の指揮官がいる。つまりあの中で一番偉い人だ。

 その人に「撤退する」と言わせれば、この戦いを終わらせることが出来るのではないだろうか。

 

「お兄さんとの約束も守れるし、それがいいかなっ!」

 

 恐らくソウヒはこういうだろう。――危険な事をするなと言っただろう、と。

 だが、既に侵入を試みるカリナに、それを想像する事は難しい―――

 

 

 まずは天幕の前に立つ兵士達が二人。中に入るには彼らを何とかする必要がある。

 カリナは空から急降下で一人目の兵士に跳び蹴りを食らわせる。

 その一撃で一人目の兵士は地に崩れた。

 

「ん? どうかし――グフッ!」

 

 空から急襲されるなど想定外だ。油断して振り向く二人目の兵士の顎を打ち抜いた。

 殆ど物音を立てずに処理したおかげで、周囲には気づかれていなかった。

 だが、兵士達に最も近い場所にいる天幕の中の人物を誤魔化すことが出来なかった。

 

「おい、静かにしろ!」

 

 怒鳴り声が中から聞こえてくる。どうやら襲撃自体はばれていない。

 カリナは魔力剣を手に、天幕の中に入って行った――。


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