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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
54/72

キス

 勢いよく飛び出したソウヒを見て驚くカリナだが、その魔法の効果を見た瞬間は更に驚いた。

 まさか治癒魔法に浄化魔法と同じ効果があったとはと、ソウヒを見ながら感心する。

 だが様子がおかしい。

 後方に戻ってくると思いきや、膝をついてその場から全く動かない。

 そして思い出す。

 先程までソウヒは肩で息をするほど消耗していた事を。

 

(さっきお兄さんは魔力の使い過ぎで息が荒かった。――もしかして魔力切れ?)

 

 慌ててソウヒに『鑑定解析』を掛けると、やはり状態が「衰弱」となっていた。

 この状態では満足に動くことも出来ない。

 ソウヒによって開けられた空間を埋めるように、戦奴隷達はそこに群がっていく。

 

「今ならまだ間に合う! ――ウィンドブロー!」

 

 魔力を込めた手を前に突き出すが、魔法は発動しない。

 厳密には発動はした。だがいつもの様な威力とは比べ物にならない程に弱い風。

 まるで、人が精霊なしで魔法を使う程度でしかなかった。

 

「え……。どうして……ッ!?」

 

 手のひらを見つめながら愕然とする。

 

「もしかして――アルさん!」


≪はい。主様は膨大な魔力量をお持ちですが既に魔力が枯渇状態です。更に現在、大気中の魔素を魔力に還元する力が急激に弱まってます≫

「そんな……どうしてッ!?」

≪これまでの長距離移動による疲労が原因と思われます。一度休息をとる必要が――≫

 

「そんな……。お兄ぃぃさん―――ッ!!」

 

 嫌だ――

 嫌だ――嫌だ――

 嫌だ――嫌だ――嫌だ――ッ!

 

 思考が追い付かず、声を出すのが精一杯だった。

 その時、頭の中に直接語りかける声がする――

 

≪狂化を使え≫

「え?」

 

 聞こえたのはその一言だけ。声の主が誰なのか、そしてその意図も読み取れなかった。

 けれど、その一言で思い出した。

 それはあまり好きな能力(スキル)ではなかったが、本当にどうしようもない時、最後の切り札はこの能力(スキル)だったのだから。

 

「アルさん『狂化』を使えば魔力は戻る?」

身体能力(ステータス)の底上げに伴った魔力の上昇となります。ですが体に負担が――≫

「今出来る事があるならそれでいい! 併せて『暴走制御』も使って、ウィンドブロウで敵だけを吹き飛ばし、お兄さんを助けます!」

≪主様! それなら残りの魔力を魔法を使うより魔力譲渡をお勧めしまっ!≫

「お兄さんに魔力を渡せるの? どうやって――」

≪はいっ! それは――≫

 

 エルベレーナから魔力譲渡の方法を聞いた瞬間、カリナの顔は赤くなる。

 それは吸血鬼から得た能力(スキル)『給血』の応用との事だが――

 とにかく今は時間がない。ソウヒの救出が最優先だ。

 

「じゃあ行くよ!『狂化』発動――ッ!」

 

  グアアアアアアァァァァァァアアァア――――――――――ッ!!

 

 我ながら、聞いた音のない声で雄叫びを上げる。

 言うなれば、ドラゴンが潰れた喉から火を噴くような声。

 

 カリナの父モタラの死が切っ掛けで目覚た能力(スキル)『狂化』は、あまり使い勝手のいい能力(スキル)ではない。

 発動した瞬間に全てが攻撃対象となるのだ。

 元々、並外れた身体能力(ステータス)を持つカリナから手加減なしの攻撃対象となるのは非常に危険だ。

 だが、カリナにはもう一つの能力(スキル)『暴走制御』があるので『狂化』による暴走状態を抑制する事が可能だ。

 

 体がビクンとはねると全身に力が漲ってきた。

 そして次の瞬間、その身体能力(ステータス)を駆使してソウヒめがけて一直線に駆け出した。

 

「邪魔ぁぁぁぁぁぁぁ―――!」

 

 どれだけ行く手を阻まれても、今のカリナには物の数ではなかった。

 生死人(アンデット)と化した戦奴隷達に一喝。それらを跳ね飛ばしながら一瞬でソウヒの元に辿り着く。

 

「お兄さんッ! お兄さんッ!!」

「おー……」

 

 カリナに呼びかけに力なく答えるが、外傷もなく無事だった。

 

(間にあった……。今度こそ!)


 心の底から安堵しながらソウヒを抱える。

 振り返ると跳ね飛ばした敵が起き上がり、今度はカリナの後退を阻んでいた。

 

「デクス君ッ!」

「主様! 今お助けします!」

 

 カリナ達を追撃する敵にデクス達が牽制する。

 その隙をついて後方まで下がると、ソウヒにしがみつきながら怒鳴った。

 

「お兄さんのバカ! バカバカ! どうしてそんな無茶したんですかッ!」

「お、おう……すまん。まさか魔力切れになるとこうなるなんて――」

 

 魔術師でないソウヒは衰弱状態になる事実を知らなかった。

 これまでにない規模の討伐軍による襲撃、そしてこの一方的な展開を見てソウヒも焦っていたのだ。

 

「と、とにかく魔力を補給しないと」

「ああ、すまんが少し休ませて――」

「いえ、実はボクももう魔力がありません。だから残ったボクの魔力をお兄さんに分けて、一緒に戦ってください」

 

 そういうと、ソウヒの頭部をガシッと掴む。

 

  嫌な予感がする……。

 

「お、おい……カリナ? 一体何を――」

「だ、大丈夫……、ダイジョウブ……。エ、エヘヘ~」

 

 カリナの顔が少し赤い。というか鼻息を荒くして妙ににやけてる。

 その様子を見てソウヒの優れた動物的直感が警告(アラート)を知らせていた。

 

「ま、待てカリナ! カリ―――」

 

 ムチュ~~~~~~~……

 

  唇が柔らかかった――。

 

 後にソウヒは語る、初体験(キス)の感想だった。

 

 

 時間が経つにつれ魔力が戻る。

 既にソウヒの体は衰弱状態から脱していた。

 寧ろ枯渇した魔力はカリナの譲渡(キス)によって満タン状態だ。

 それにも関わらず――。

 

(カリナッ! もういい! 離れろ! 離れろ―――ッ!)

「ムグ――ッ!!」

「ムフ……ムフフ……」

 

 引き剥がそうと本気で力を込めているが、カリナのベアクローがソウヒの頭をがっしりつかんで離さない。

 カリナの理性と羞恥心は、壊れたブレーキの様に箍が外れて止まらなかった。

 

(ヤバい! このままでは何されるか分からん! こうなったら――)

 

  ムニュ――

 

「………」

「………」

 

 数秒間の沈黙。それはカリナの悲鳴によって破られる。

 

「え……? え――ッ!!」

「思った反応じゃないな。悲鳴を上げると思ったんだけど」

 

 カリナが目を白黒させているうちにソウヒが離れる。

 手に残った胸の感触は、暫く忘れられそうになかった。

 

 

*****

 

 

 これまで攻撃を耐え忍んできたが、敵戦力は未だに健在。対してこちらは半数近くまで戦力を失っていた。

 魔物の生命力の賜物か、戦闘不能になった子鬼族(ゴブリン)は数多いが、死亡した魔物はいないのは、主であるカリナにとって幸いだった。

 

「だが……どうしたものか――」

 

 このままでは確実に全滅だ。

 先の戦闘によって敵の大将を倒せば一時的でも無力化できる事は分かったが、それもすぐに復活してしまう。

 カリナの体調が万全、いや1、2時間でも休息できたのなら、それこそ一気に焼き払った事だろう。

 

≪なるほど、要は復活させなければいいんだな?≫

(まあ、そうだな……だが、それが出来れば――)

 

 あるじゃないか、と理世が言う。

 カリナによって魔力を補充された事で、今のソウヒならゾーン・ヒールでも2,3発は使うことが出来る。

 即ち作戦は――

 

「カリナ、話がある。」

「治癒魔法ですね。ボクが道を開きますから、お兄さんが――」

 

 カリナも同じ結論に至ったようで、まるで待っていたように直ぐに答えた。

 だが問題がある、魔法も近接戦闘もこなすカリナが斬りこむのはいいとして、敵の後方に護られた魔術師が何処にいるのかが分からない。

 それもカリナは自信ありと答えて見せた。

 

「……分かった。お前を信じる」

「大丈夫です。お兄さんは安心してついてきてください! ――二人ともッ!」

「「はいっ! 突撃用意――ッ!」」

 

 敵の攻撃を防ぎながら、二人の戦鬼(オーガ)魔王(カリナ)の呼び声に応じてみせた。

 

「「とつげき――ッ!!」」

 

 そんな二人の息の合った突撃。それに続く子鬼族(ゴブリン)達。

 最初は動きの読めなかったことで生死人(アンデット)に翻弄されていたが、この頃には戦鬼(オーガ)子鬼族(ゴブリン)達も対応できる程度になっていた。

 敵を蹴散らし前に進む――。

 

「アルさん、索敵!」

≪畏まりました。 ――目標の前方やや右寄り40メートル≫


 アルベルトが示した位置に目をやると、生死人(アンデット)に紛れる魔術師が見えた。

 翼を広げながらそこに向かって跳躍する。

 

「お兄さん見つけたよ! ――刃となりて敵を滅せよ! ファイアボール!」

「な……あの小娘、空中から……ッ!? ぐああぁぁぁぁぁ――っ!!」

 

 残りの魔力を全て使った火球が魔術師に命中する。

 本調子であれば、命中すれば即致命傷となるファイアボールも今は見る影もなく、ボロボロのマントをほんの少しだけ焼いたに過ぎない。

 だがソウヒにとってはそれで充分だ。

 

≪あそこだ。急げ≫

「分かってる!」

 

 カリナに続いてソウヒも跳躍する。

 カリナのような飛行はできなくとも、猿の獣人(セリアンスロープ)ならではの高く鋭い跳躍は魔術師が反応できるものでは無かった。

 

「ゾーン・ヒール!」

「――――――ッ!!」

 

 ソウヒを中心に光の輪が広がり、それに触れてしまった魔術師は声もなく消滅した。

 

「やったぁっ! ――うぶっ」

「はぁはぁ……。ど、どうしたカリナ?」

 急にカリナの声が途切れた。

 魔術師を倒した以上、敵に追撃される心配はない。

 慌てて振り返ると、地上に倒れて動かないカリナが――

 

「お、おいっ!? カリナ――ッ!?」

「あぃぃぃ……」

 

 力のない返事だったが、とりあえず大事無い事をに安堵しながらカリナを抱き起す。

 

「ご、ごめんなさい、魔力切れです――」

「そうか……。外の敵は俺達で何とかするからカリナは休んでくれ」

「はい、お願いします」

 

 そういうと、カリナは目を閉じた。

 その顔を見みて先の出来事(キス)が頭に浮かぶ。

 

「お兄さん……」

「ん。 どうした?」

「魔力供給――してもらえませんか」

 

  ゴンッ!

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